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灰色の世界  作者: ken
第四章
61/120

第六十話 =そして、彼らは古巣へ戻る=

第六十話です。よろしくお願いいたします。


 死霊には感情が無い。そう言われる事が多いが、厳密には違う。たった一つだけ、備わった感情がある。

 それは「欲」だ。地獄に堕とされる様な死霊達は、未練を遺して死んでいる。だから魂が浄化しきれず、清浄な空気が漂う世界へ行けないのだ。

 そして、その欲の中で最も強いものは「食欲」。彼らは飢えている。肉に飢え、血に飢えている。そしてそれは決して満たされる事が無い。何を食べても、体内で蒸発してしまい、結局何も腹に溜まらないのだ。睡眠欲がそぎ落とされた結果と言えるだろう。

 そんな連中だ。自分の世界にのこのことやって来る人間えさを放っておく訳がない。自分のものだと、我先に飛び掛かるのだ。


 だが―――――相手が悪い。


 冥界の門をくぐり、こちらへやって来た人間に飛び掛かった死霊達は、瞬く間にその姿を消していった。たった二人の人間によって、だ。

 一瞬、シンと静まり返った校庭に佇むのは、三つの影。


「ホント、節操の無い死霊れんちゅうだね」


「今は消滅しても、また時間が経てば蘇るんだから、質も悪いわ」


 優次郎は呆れる様に、叶は吐き捨てる様にそう言った。そして彼女の言葉通り、再び地は揺れ、死霊達がわらわらとあふれ出て来る。


「これが全部食べ物だったらいいのになぁ」


「軽口を言っている場合じゃないでしょう? 全く、ユー君は本当に緊張感が無いわね」


 優次郎を咎めながらも、叶は湧き出る死霊達を次々と無に還していった。そして、優次郎も然り。

 それをすぐ後ろで見ているのは、瞳だった。死霊を見るのは初めてでは無いが、校門をくぐってすぐにこんな光景を見せつけられれば、嫌でもここが地獄である事を思い知らされる。

 負の感情を全身で受け止める。その数は無限に近い。当然だ、ここはもう瞳の知っている魔術学院ではない。姿だけが同じの、全く別の場所。

 正直に言えば、気分が悪くなる。逃げ出したい気持ちも当然ある。


(だけど、私は―――――)


「;@:@;:@:@@:「@「@@ーー^「ー「‼‼‼」


 直後、瞳の後ろからコエが轟いた。振り返れば、瞳を喰らおうと無数の死霊が飛び掛かって来る。

 瞳はソレ等を睨みつけ、右手をかざした。


(私は、逃げない。絶対に)


 瞳の右手が発光し、無数の稲妻が死霊を貫く。叶や優次郎の相手と同じく、死霊達はどろどろと地へ還って逝った。


「はは‼ やっぱり瞳ちゃんは、そんじょそこらの学生とは訳が違うみたいで安心したよ! 流石は叶さんの妹だね‼」


「最後の言葉には同意し兼ねるけれど、瞳も成長しているのは確かな様で、私も鼻が高いわ…………この先も気を抜かないでね」


「えぇ」


 再びこちらへ向けて咆哮する死霊に目をやる。死霊自体の力も確かに強いが、優次郎や叶ならば問題はない。瞳もそこそこの死霊相手ならば苦戦こそするだろうが、油断さえしなければ大丈夫だろう。

 だが、叶も言ったように質が悪い。何度倒そうと、すぐに再生してしまう。以前、玲奈と対峙した時に叶が行使した『冥界へ還す魔術』も、この魔術学院自体が冥界と同化した今、使用しても意味がない。した所で、再びこの地へ蘇るだけだ。


「叶さんの先天性魔術を行使するって手段もあるけど……叶さん、やらないですよね?」


「当然よ。こんな所で使用すれば、どれだけ甚大な被害が出ると思っているの? それこそ、死霊より大惨事になってしまうわ」


 叶の先天性魔術。それは叶自身が世界の意思と同化する事。強力だが、場所を選ぶ魔術だ。特に魔術学院そのものが人質の様な状況になっている今、行使する事は躊躇われる。

 ならば、手段は一つ。玲奈を直接倒すしかない。


「玲奈ちゃんは今、死霊そのものになっているわ。再生能力も当然備わっているだろうし、どう倒したものかしらね」


 叶が言えば、優次郎も同意見であった様で考え込む仕草を取った。

 死霊魔術の対処法は、叶の様な例外を除けば一つ。術者を倒すしかない。だが、今回は術者である玲奈自身が死霊となっている。果たして、倒す事など出来るのだろうか。そう思案しながらも、襲い来る死霊への対処に抜かりが無いのは、流石と言った所か。

 

「でも、大丈夫じゃないですか? きっと、打つ手はありますよ! ね? 瞳ちゃん!」


 優次郎はニコリと笑い、瞳へ目を向けた。瞳も、その目をしっかり見つめて答える。


「はい。きっと何とかなります。いえ、何とかします」


 その答えを聞けば、やはり彼女の決意は本物だと、優次郎も叶も満足そうに笑った。

 

「なら、まずはこの死霊たばを何とかしないとね!」


「えぇ。すぐに再生するけれど、確実に進めてはいる。校内がどんな状況になっているかは分からないけれど、きっと向こうも問題ない。私はそう信じているわ」


「……福原先生としーちゃんですね?」


 優次郎の言葉を、叶が首肯する。


「さっきから、馴染みのある魔力を感じるの。福原先生と椎名さんのね。二人とも腕は確かよ。それに、福原先生は約束を違える人じゃない。だから、先生に私の不在を任せたんだもの」


 叶は知っている。義信も椎名も、この程度の事件で死ぬような人間では無い。

 義信は謙遜していたが、魔術師としての腕は一流だ。そして精神面においては、自分よりよっぽど優れている。年季が違うのだ。だからこそ、叶も彼に学院を任せたのだから。

 そして、椎名。彼女も戦いは不得手と言っているが、そんな事は無い。楠木隆盛の起こした事件でも、咄嗟にあんな芸当が出来る人間はそういない。十年弱もの間、魔術から離れた生活をしていた人間なら尚更だ。

 そんな彼らがいるなら大丈夫。そう確信している。

 そしてそれは、優次郎も同じだった。


「福原先生もしーちゃんも、死霊如きに遅れは取りませんしね!」


「えぇ。だから、こっちはこっちで、ちゃんと解決しないとね。あまり長く時間をかけてしまえば、二人に申し訳ないわ」


 死霊との戦いは体力勝負だ。

 術を解除させるのが先か。こちらの力が切れるのが先か。だからこそ、こんな校庭ばしょで呑気にやっている場合ではない。

 

「瞳ちゃん、あまり張り切って魔力切れを起こさない様にね?」


「はい、分かって――――――っ!」


 言いかけて、瞳は反射的に振り返る。そちらを見れば、死霊の群れがすぐそばまで迫っていた。咄嗟に手を上げ、対応しようとする。


(っ! 間に合って!)

 

 大きく口を開け、瞳を飲み込もうとする死霊。瞳も即座に魔術を行使するが、間に合いそうにない。

 そんな時だった―――――――。



「未成年魔術師にしては大した腕だが、まだまだ甘いな」



 瞳にとっては久方ぶりの声。そして同時に、瞳の目の前まで迫っていた死霊は止まった。


 否。より正確に言えば―――――った(・・)


 瞳が声の方向に目を移せば、そこに二つの影が見えた。

 一つは、自分も会ったことがある人物。


「藤原さん……」


「久しいな、綾瀬川妹」


 自身が目指す取締委員会。そのトップに君臨する男が、瞳を見てそう言った。

 藤原雄清。会うのは、叶が優次郎を捕縛した時以来だろうか。

 その隣にいる女性は見たことが無い。白衣を着用している事から、おそらく医師だろうとは思う。


「やぁ、雄清君。まさかキミが直々に来るなんてね!」


「お疲れ様です、会長」


 ひらひらと手を振る優次郎と、会釈する叶。雄清もそちらに目を向けた。 


「水瀬優次郎。私は取締委員会の頂点に立つ者だ。部下の誰よりも死地へ赴き、背中を見せる義務がある」


「誰よりも死んじゃいけないって義務もあるけどね!」


「当然だ。貴様に言われるまでもない」


 吐き捨てる様に言えば、やはり協定による一時的な停戦というだけで、関係が改善した訳では無いと思い知らされる。まぁ、二人にとって大した事でも無いのだが。


「ところで会長、そちらの方は?」


「この方は治癒魔術師連盟から派遣された、澄田美沙子女史だ。今回、天ヶ崎玲奈の監察と志望診断を行って頂いた。彼女の希望もあり、万が一のための保険として来てくださった」


「初めまして、澄田美沙子と申します」


「綾瀬川叶です。ご助力感謝します。そしてこっちは私の妹である瞳と、この魔術学院の講師、水瀬優次郎です」


「どーもー!」


「初めまして」


 各々挨拶を交わす二人に、美沙子も軽く会釈をし、そして優次郎をじっと見つめた。


「? ボクに何か?」


 首を傾げる優次郎。彼女も当然、水瀬優次郎の名は知っている。大犯罪者だ、知らない方がおかしい。この学院の講師として釈放された事も、耳にしていた。


「……いえ、何でもありません。失礼しました」


 美沙子はそう言い、視線を彼から外す。

 少し気になる所だが、今は良いかと優次郎も興味をひっこめた。


「それにしても、雄清君は相変わらず良い腕してるね! 氷雪魔術ひょうせつまじゅつ、またクオリティ上がったんじゃない?」


「当然だ。どんな肩書が付こうと、精進を怠った事は無い」


 今、校庭にいる死霊は一つ残らず氷漬けにされている。雄清が放った氷雪魔術によるものだ。

 昔に対峙した時も、素晴らしい魔術だと感心したものだが、また腕を上げている。


「だが、長くはもたんぞ。もう数秒も経てば、コイツらは再び活動を再開するだろう。その前に―――――早く行け」


「よろしいのですか?」


 叶が問えば、雄清は首肯した。


「貴様らと天ヶ崎玲奈の会話は聞いた。ヤツが待っているのは貴様らだろう。我々の目的は事件の早期解決だ。日本全土を巻き込んだ事態にならない様にな。直に、ノーランドも有志数名を連れてこの地に来る。貴様らは余計な事は考えず、天ヶ崎玲奈の元を目指せ」


「…………ありがとうございます」


 頭を下げ礼を言えば、雄清はそっぽを向いてしまう。


「構わない。それより早くしろ。時間が無い」


 ぐらぐらと音を立て始める氷山を睨みつけ、雄清が三人を急かした。

 叶と瞳は会釈をし、優次郎は「ありがとねー!」と能天気な声を上げ、校舎を目指した。


「………綾瀬川妹」


「? はい……」


 急に呼び止められ、瞳は振り返る。

 雄清は、その未成熟な魔術師をじっと見つめ、やがて口を開いた。


「本当に、来年から取締委員会うちに入りたいと思うのなら―――――――その前に、過去をしっかりと清算して来い。でなければ、入会は認めんぞ」


「っ! …………はい!」


 力強い返答の後、瞳は二人の後を追う。

 三人の姿が見えなくなるまで、雄清が視線を外す事は無かった。


「…………澄田女史」


「何でしょう?」


 まさに今、氷を食い破り餌を飛びつこうとする死霊へ、雄清は身体を向け直す。


「おそらく、校内はこの場以上の死地になります。澄田女史には、そちらの助力をお願いしたい。よろしいですか?」


「構いませんが、藤原会長は?」


「心配いりません」


 バキィィィ‼ 

 

 氷が砕ける音を聞きながら、雄清は魔力を放出した。その質は、叶にも劣らない程、強大だった。


「死霊に後れを取る様では、取締委員会の会長など務まりませんよ」


「……分かりました」


 短く答え、美沙子は三人の後を追うように校舎へと走っていく。そちらを見る事もなく、雄清は地を這う死霊を睨みつけた。


「すまないが、貴様らには私が相手になろう。久々の実戦なものでな――――――加減は出来んぞ」


「「「「;@:@;;;@@@「@@ーーー^「「¥「@「「‼‼‼‼‼‼」」」」


 取締委員会の頂点に君臨する男の戦いが始まろうとしていた。
















 魔術学院から少し離れた場所。月明りに照らされた人物が一人、だいぶ大きく見え始めた校舎を見上げていた。


「あーあ、全く……玲奈アマちゃんて、本当にやる事が過激だったりしちゃうね」


 その男、黒岩玲央は乱雑に頭を掻いた。面倒だ、とでも言うように。

 

「今日の午後から明日まで予定無いし、やっと夏休みも満喫できると思ってたのに、こんな事しちゃったりしてさ。はぁ……そろそろカナエちゃんに、臨時ボーナスでも催促しちゃおうかな?」


 叶や優次郎には、過去に何度も面倒事を起こされ、その度に尻ぬぐいをしてきた。その度に二人から学食を奢ってもらったものだ。最初は「自分の飯は自分で払え」と椎名に言われたものだが、何度も何度も事件を起こす優次郎を見ていれば、自然と彼女も何も言わなくなったものだ。


「まぁでも、これは流石に見過ごせないかな。それに―――――――この魔力、ミサコちゃんも来ちゃったりしちゃってるみたいだね」


 美沙子。澄田美沙子。

 もう会う事も無いと思っていた。もう会いたくないと思っていた。彼女の顔を見ていれば、嫌でも『あの頃』が蘇ってしまうから。

 そして美沙子も、また戦場へ戻る事はしないと思っていたが……。 


「やっぱり君も、本能で戻っちゃうんだね」


 悲しそうに、悔しそうに、玲央は言葉を零した。

 彼女にだけは、もう戦場になんて戻って欲しく無かった。命を賭けなければいけない状況に、自分を堕として欲しく無かった。


 だが――――彼女は戻った。あの地獄に。

 

「僕も行かない訳には行かなかったりしちゃうよね……医者として」


 玲央は歩き出す。

 地獄へと、自ら足を進める。

 講師として。医師として――――――本能の赴くままに。

今回もありがとうございました!

様々な勢力が入り乱れ、想いが交わり、戦いが始まりましたね。今回の戦闘パートでは、今後に繋がる重大な事も書いていければ、と思っています。


そんな感じの六十話です。

気付けば六十話。ここまで続ける事が出来たのも、読んでくださり、中には有難いご感想を頂ける皆さまのお陰です。これからも、拙作をよろしくお願いします!


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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