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灰色の世界  作者: ken
第四章
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第五十九話 =巣くうモノと護る者の戦い=

第五十九話です。よろしくお願いいたします。

 瞳の想いを聞いた時、優次郎は口を出さないと決めた。

 これは、姉妹で話し合うべき事だ。いくら同居していようと、古馴染みであろうと、血縁という深いつながりの前では部外者にしかならない自分が、口を挟むべきではないと。

 だが、きっと。叶は許さないだろう。


「何を言っているの?」


 そして、その予想は正しかった。

 そして瞳も、その答えが返って来る事は分かっていたようで、顔をこわばらせる。


「言葉通りの意味よ。私も、玲奈に会いに行くわ」


「ダメに決まっているでしょう。今の玲奈ちゃんは、あまりにも危険すぎる。それは瞳だって分かった筈よ」


「えぇ、気が狂う程に見せつけられたわ」


「今のあの子は、周りへの被害なんて考えない。ただ目的を果たすために暴走するだけの存在。きっとユー君や私に対しては、執拗に攻撃してくるでしょう。そんな状況で、私達もアナタを護れる保証なんて無いの」


「自分の身は、自分で護るわ。だから行かせて」


 瞳はクールに見えて こうと決めれば何を言われても突き進むきらいがある。いわば頑固者だ。叶もそれは分かっている。

 叶はため息を漏らした。仕方ない、と。

 そして、再び口を開く。



「自惚れるのは止めなさい」



 思わず、瞳の身体は震えた。優次郎も、意外そうに目を丸くする。

 叶の言葉と全身から放たれるのは、魔力。それも凄まじい重圧を備えたものだ。まるで玲奈と対峙した、あの時の様に。

 こんなおどろおどろしい魔力を、瞳は姉から受けた事がない。身体が震え、立っているのがやっとだった。気が遠くなりそうな所を、何とか堪える。


「瞳、アナタは確かに優秀よ。自慢の妹だわ。けど、今から行くのは地獄なの。いくらアナタでも、未成年の手に負える様な場所じゃないわ。それに今だって、この(・・)程度・・の魔力に充てられただけで、身体が震えてしまってるじゃない」


 放たれる一文字一文字が、重圧の塊となって瞳を襲う。こんな姉は知らない。いや、見せてもらった事がない。

 これが、『天才』としての姉の姿なのだろうか。


「その程度で、地獄へ赴く? 玲奈ちゃんを止める? 冗談はよしてちょうだい。あそこへ行けば、家族であろうと恋人であろうと、全く関係なくなってしまう。瞳が言った通り、自分の命は自分で護らなきゃいけない。

 アナタは大切な妹よ。目に入れても痛くない程にね。

 でも―――――――私はきっと、あそこで瞳の命が危険に晒されても、見捨ててしまうでしょうね。そうすれば、こちらの目的を達成出来る。そういった状況なら、何の迷いも躊躇いも無く、アナタの死を受け入れられる」


「っ」


「瞳、アナタはまだ何も知らない。戦いも、死も、それにユー君の事も、何も知れないの。そんな小娘・・に、地獄はまだ早すぎるわよ。力も心も何も無い子供には。分かったら、二度とそんな戯言は言わないで。アナタは―――――――地獄を知るには弱すぎる」


 初めて聞いた、姉からの明確な拒絶と怒り。様々な感情が瞳を内外から襲ってくる。

 だが、瞳は何も言い返せない。それが正しいと分かっているから。意識が遠のくのが分かる。姉の歪んだ表情も、ただじっと自分を見つめる優次郎も、ぼんやりとして来た。

 

 そして、その時確かに見た。

 優次郎が、ゆっくり自分へ向けてきた笑顔を。


 瞳の途切れかけていた意識が、少しだけ戻る。


 「どうする? 諦める?」「あの時、キミにもちゃんと教えてあげたでしょ?」


 優次郎の表情が、瞳にはそう言っている様に思えた。

 そうだ。楠木隆盛の起こした事件の時、優次郎は自分たちにちゃんと教えてくれていた。取締委員会とは何なのか。戦うとは何なのか。

 今回だって、あの時と変わらない。変わった事は二つだけ。玲央という護身が無い事と、そしてもう一つは―――――――。

 震える身体に鞭を入れ、瞳は右腕を動かした。そして――――


「っ‼‼」


 叶は瞳の行動に、思わず驚きへと表情を変える。

 自身の右腕に思い切り噛みついた、そんな行動に。

 強く強く、自分に「起きろ」とでも言うように歯を突き立てれば、その腕から血が流れ出るのが見えた。

 そして、叶を強く睨みつけた。


「私は――――――地獄へ行く」


 たった一言。瞳の口から言葉が放たれると、叶は思わず魔力を納めた。瞳の身体に圧し掛かっていたものが解け、一瞬のうちに意識も元に戻り、身体も楽になっていく。そして、右腕を解放すれば、痛みもまた彼女を襲った。


「瞳……」


「姉さん、もう一度言うわ。私は地獄へ行く。玲奈に会うために。玲奈を止めるために。玲奈と向き合う為に。そして―――――――卒業したら、取締委員会に入るために。そのために、私は行く。この傷は、その決意表明として受け取ってちょうだい」


 叶は驚きを隠せずにいた。今まで瞳が、これほどの覚悟を持って自分に我儘を言った事があっただろうか。どこかで遠慮していた。自分に気を遣っていた。ずっとずっと昔から。

 だが今、そんな妹が、明確な意思を携えて自分に挑んでいる。不思議な事に、かすかな嬉しさがこみ上げた。


「あの事件の時、水瀬先生が言った事、姉さんも覚えているわよね? 「取締委員会に入るなら、一度ここを死に場所に選べ」と。「もし死んだなら、向いてなかっただけだ」と。その時は何を言っているんだと思っていたけれど、今ならわかる」


 ゆっくりと、瞳は姉の麓まで歩み寄った。目を合わせ、告げる。


「今の玲奈を何とか出来るのは、きっと水瀬先生でも姉さんでもない。私しかいないの。自惚れだと言われても構わないけど、これだけはハッキリ言えるわ。

 私は……二人よりも、あの子の事をよく知っている」


 それは、瞳が玲奈と向き合い、過去を見つめた事を知らせる言葉だった。

 

「もし、そこで何も出来ずに死んだなら、それは自分の自惚れが招いた事。自分以外誰を恨むこともしないと約束するわ。

 だから、私も連れて行って――――――お願いします」

 

 瞳は深々と頭を下げた。これが最後。これで断られれば諦める。そう言っている様に。

 だが、と叶は思う。きっとここで断っても、この子は一人で玲奈の元へ行こうとするだろう。それだけの覚悟を感じる事が出来る。

 妹の成長は喜ばしい限りだ。だが、いかんせん突き抜けすぎやしないかとも思う。


「はぁ、全く……私はとんでもない人に、講師をお願いした様ね」


 妹の成長。その立役者でもある講師へ目をやれば、相手はケラケラと笑った。


「ボクはただ、講師として教え子の夢を後押ししただけですよ! それに、そんな事今更でしょ?」


「……そうね」


 やはり、この子には敵わない。呆れ気味にそんな事を感じながら、叶は瞳へと向き直った。


「瞳。もう一度言うけれど、ここから先、自分の命は自分で護りなさい。それと、あまり無茶はしない事。どんな時も、命を優先して動きなさい。でなければ、玲奈ちゃんの元へ辿りつく事も出来ないわよ」


 瞳は顔を上げ、叶を見つめた。先ほどまでの叶ではない。そこには確かに、何度も見てきた姉の笑顔があった。瞳も自然と微笑む。


「えぇ、分かったわ……ありがとう、姉さん」


 話はまとまった様だと、優次郎も口を開いた。


「さて、じゃあ行きますか? ……地獄へ」


「えぇ、そうね」


 そして、三人は歩き出す。

 向かうは地獄。その奥にいる鬼を目指して。








 動き出したのは、優次郎達だけではない。

 叶からの通信魔術で一部始終を聞いていた取締委員会もまた、今回の事件解決へ動いていた。


「ノーランド、有志は何名程集まった?」


「十名」


 雄清の問いに、シエルは正直に答える。十名とはまた少ないものだと感じるが、無理もないかとも思う。今回の事件は、取締委員会でも例がない。魑魅魍魎の巣窟へ足を踏み入れたがる者など、そういないだろう。

 

「そうか。しかし綾瀬川だけでなく、水瀬優次郎も動いている。敵にすれば厄介極まりないが、今は協定中。不本意だが、中々に心強いものだな」


 まさかこんな言葉を口にするとは思ってもいなかったが、と雄清は心中のみでため息を漏らした。


「私は至急現場へ向かう。ノーランド、準備が整い次第、お前達もすぐに来い」


「了解」


「――――――待ってください」


 雄清が魔術学院へ向かおうとした時だった。

 それまで静観していた美沙子が口を開く。


「何でしょう? 澄田女史」


「差し支えなければ、私も同行させていただいてもよろしいでしょうか?」


「理由を聞いても?」


「単純に、重傷者を危惧しての事です。医師として、そのような状況は見過ごせません。ご心配頂かなくとも、私とて魔術を生業にする身ですので、護身術は身に着けております」


「しかし、これから向かう先は地獄です。お言葉ですが、貴女はそう言った経験はおありですか?」


 雄清が自分を心配しているのが分かる。素直に有難いとも感じる。だが、美沙子も引かない。


「死者を愚弄する様な事件に対し、命を扱う人間として、私も怒りを覚えています。同行させて頂けないなら、一人で向かいますよ。そして、今の質問への返答ですが、ご心配にはおよびません」


 しっかり雄清の目を見つめ、美沙子は答えた。


「私はかつて、戦場医師をしておりました。地獄は何度も見ています」


「……そうですか。そう言った経歴が」


 やけに肝の据わっている女性だとは思っていた。だが、まさかと同じ戦場医師だったとは。

 だが、それならば取締委員会としても有難い。


「では、こちらからもお願いしたい。医師として、今回の事件へご同行願えますか?」


「勿論です。感謝します」


 頭を下げれば、雄清も頷いた。


「ノーランド。有志の統率はお前に任せる。あまり時間をかけるな」


「把握」


「では、参りましょうか」


「はい」


 雄清と美沙子は転移魔術を行使する。こちらもまた、地獄へ赴くために。そんな中、美沙子は。


(魔術学院へ行けば、アイツもいるかもしれない。今度こそ、答えを聞かせてもらうぞ)


 かつて共に戦場へ赴いた男を思い浮かべながら、一人そう決意していた。








 地獄と化した魔術学院は今、暗闇に包まれ、蠢く那由他の死霊たちで溢れている。今が夏休みでは無かったならば、居残りをしていた生徒がいたかもしれないと思うと、不幸中の幸いなのだろう。

 そして彼らは、新たな住処を把握しようと学院内を悠々と闊歩していた。まるで波の様に、立ちはだかるモノは全て飲み込もうとする様に。

 何の意思も思考も無く、ただ前へ進むだけの巨大な死の塊は、とある場所に行きついた。奥には扉があり、中にはかすかな光を灯っていた。

 光に群がる虫の様に、救いを求める悪霊の様に、その光を目指した。そして、扉を破壊しようと凄まじい勢いで体当たりする。

 

 突如、けたたましい音が空間を支配する。

 同時に死の塊は、散り散りになって霧散した。

 

 確かに、扉は破壊された。だが、原因は死霊の束ではない。彼らは扉に触れる直前、何かに弾き飛ばされてしまったのだから。

 

「―――――おい」


 残された死霊が立ち止まる中、ぼんやりと視界がひらけた。壊れた扉の前に、何かがある。

 それは、『人』だった。

 声も、顔も、立姿も、その人が怒りを露わにしている事を物語っている。


「急に空が暗くなったもんで、何事かと思えば……天ヶ崎のヤツが何かやりやがったな? ったく、クソガキが」


「「:@:@;@「@「:@ー^^「@:^@「^@:「@‼‼‼‼‼‼‼」」


 怒りで荒んだ、女性の声。だが、相手は死霊だ。彼女の怒りも、あふれ出る魔力も諸共せず、再び蘇り女性へ雄たけびを上げた。

 女性は、大きな舌打ちを放つ。耳障りだ、と言うように。そして、懐から何か箱の様なものを取り出した。

 中を開けば、入っていたのは煙草の束。その中の一本を乱雑に掴み、口にくわえた。


「うちはもう、戦いはしないって決めてたんだが……食堂ここに手を出すってんなら話は別だ」


 指から放たれた小さなひかりは、彼女の加えたそれに熱を与え、燃やした。その光に反応し、再び死霊たちは女性へと向かっていく。


「「「;p;@p@pp0@ー0-0-^@ー@p@‼‼」」」


 だが、女性は向かい来る死の塊にも表情を変えない。

 そして、彼女の右足から何かが迸った。


「――――――うるせぇ」


 一瞬。たった一瞬だった。

 再び轟音が場を支配し、死霊は吹き飛び、身体を消滅させていく。女性が右足を上げ、薙ぎ払う様に蹴りを入れた瞬間だった。

 女性の右足を走るもの。それは『雷』だった。雷を足に纏い、死霊を焼き飛ばしたのだ。

 威力も速度も、並みの魔術師のそれでは無い。彼女の学院生時代の成績が嘘ではないと、その魔術が証明していた。

 再び蘇ろうとする死霊を睨みつき、女性――――ー三木椎名は煙を吐いた。


「うちの聖域みせに手ぇ出す輩は、誰であろうと許さねぇ。客じゃねぇなら、とっとと還りな」


 地獄の片隅で、一つの戦いが行われようとしていた。










「この音、この魔力……三木のやつ、随分と暴れてるようじゃないか」


 椎名が開戦の狼煙を上げた頃、彼女がいる食堂から少し離れたエントランスで、彼はその音を聞いていた。

 彼の名は、福原義信。今、叶に代わってこの学院の責任者を務めている男性だ。


「アイツ以外に、此処に向かってくる魔力が三つあるな。一つは取締委員会、もう一つは水瀬と綾瀬川……それに妹の気配も感じるな」


 何故。未成年の妹を? 答えはすぐに出た。

 どうせまた、優次郎が何かけしかけたのだろうと。その推察は間違っているが、そんな事は当然知る由もなかった。

 

「そして、もう一つは―――――」


「:ーー@ー:「@「「^::;:・。・。・:@p;@‼‼‼」


「うるさいもんだな、人が考え事してる時に」


 義信の思考を遮ったのは、死霊のコエだった。

 彼を囲む様に陣取ったそれらは、文字通り四方八方から義信を取り込もうと襲い掛かって来た。

 だが――――――出来ない。

 義信に触れる寸前で、彼らは瞬く間に溶けていった。おそらく義信が何かの魔術を行使したのだろうとは推察できるが、何をしたかまでは分からない。


「全く、しがない隠居間近の魔術講師相手に、随分と多勢じゃないか」


 自分の専門は、思想学だと言うのに。

 もちろん、死霊にとってそんな事は知った事ではないだろうが。


「魔術なんて久々に使うな。自信も無いが……今は、そんな事も言ってられないか」


 再び身体を形成する死霊を眺めながら、義信は呟いた。

 いつか叶に言った通り、生活に必要な最低限のものを除けばだが、長い間本格的な魔術を一切使わない生活を送ってきた。行使方法も、ハッキリ言って覚えていないものもあるだろう。

 だが、今の義信は学院長代理を務める立場だ。

 学院が危機に瀕していると言うのに、忘れたなんて言って戦いを拒否する事など出来ない。そんな事をすれば、叶に合わせる顔も無い。

 それに取締委員会や優次郎など、凄腕の魔術師も向かっている。今、自分がやるべきは、彼らが解決策を編み出すまでの時間稼ぎだ。それ位なら、何とかなるだろう。


「言っても無駄だとは思うが、こっちもブランクがあるんでな……お手柔らかに頼むぜ」


 椎名に続き、こちらでもまた一つ、戦いが始まろうとしていた。

 自分の大切な場所を『護る』ための戦いが。

今回もありがとうございました!

瞳の成長を主軸に書いているので、話が中々進まずにいましたが、次回からようやく戦闘パートとなります! 今回の戦いは、いつもより長くなると思います。うまく書けるか分かりませんが、精進しながら書いて行きますのでよろしくお願いいたします。


そんな感じの五十九話です。

優次郎に綾瀬川姉妹、取締委員会、美沙子さん、それに椎名や義信まで巻き込んだ戦い。この作品の中で、今までで言えば最も大規模な戦いになると思います。果たして結末やいかに? ご期待ください。


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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