第五十八話 =親友として出来る事=
第五十八話です。よろしくお願いいたします。
モウ ナニモカモ ドウデモイイ
ユーチャン ハ モウ ワタシ ノ モノニハ ナラナイ
ダッテ ユーチャン ハ アヤセガワ カナエ ノ モノニ ナッチャッタ カラ
アイツ ノ …… …… アイツ ノ モノ ?
イヤダ
ソンナノ イヤダ
アイツ ノ モノ ニ ナンテ サセナイ
ユーチャン ノ トナリ ニ イル ノ ハ ワタシ ダ
ワタシ ガ イチバン フサワシイ ニ キマッテル
ナノニ アイツ ハ イツモ ジャマ バカリ シテクル
ナンデ? ナンデ ワタシ ジャ ナイノ?
ユーチャン ヲ イチバン リカイ デキル ノハ ワタシ ナノニ
…………
アァ ソッカ …… ウバッチャエバ イインダ
イママデ ズット ソウシテ キタ ジャナイカ
アイツ モ アイツ モ アイツ モ ……
ゼンブ ゼンブ ソウシテ キタ ジャナイカ
コンカイモ ソウスレバ イイダケダ
「マッテテネ ユーチャン」
イマカラ アイツ ヲ …… アイツ ヲ コロシテ アナタ ヲ スクイダシテ アゲル カラ
叶との話を終えた瞳は、自室のベッドに座りこんでいた。その表情は暗い。床をじっと睨み、この行き場のない感情に苦しんでいた。
『天ヶ崎玲奈が、さっき遺体で発見されたそうなの。獄中自殺を図ったみたい。今、治癒魔術師連盟にも連絡して、詳細を調べているとの事だったわ。悩んだのだけど、瞳には伝えた方がいい気がしてね』
つい数十分前、姉に言われた言葉が頭蓋骨を殴りつける。頭痛と、形容しがたいぐちゃぐちゃした何かが、同時に瞳を襲ってきた。
天ヶ崎玲奈。瞳は、彼女をよく知っている。当然だ。
玲奈は小学生時代、瞳にとって親友だった。何をするのも一緒で、よく周りの友達に揶揄われた程だ。
縁が切れてしまったのは、いつだっただろうか。小学校を卒業した時か、優次郎が事件を起こしてからだったか、それとも、もっと別の何かが切欠だったか。
あんなに仲が良かったのに、出会いも別れも思い出せない。それは、玲奈へ抱いたある感情が由来しているのだろうと、瞳は自分自身を推測する。
「天ヶ崎、玲奈」
彼女の名を呼んでみる。不思議な違和感がある。
出会いや別れは覚えていないのに、交流が途絶えてからの想いは鮮明に覚えているのだから、自分も人が悪いなと思う。
――――――――いや、違う。
これでは同じだ。姉の記憶を押し込めていた時と。
境子に言われ、自分の中にある感情や想いと向き合った事で、姉との大切な思い出は再び顔を出した。
決めたじゃないか。強くなると。自分の弱さと向き合うと。
玲奈の事は憎い。腹立たしい。相容れない存在だと、心の底から思っている。
だが、それはあくまで『今』の瞳が抱くものだ。
昔は違った。親友だった。いつも一緒だった。優次郎達よりも早く出会い、家族を除けば誰よりも信頼していた。
そして、何より。
「私、は……」
あの時もそうだった。優次郎が玲奈の名を出し、「瞳ちゃんの方が、自分より玲奈の事をよく知っている」と言った旨の発言をした時だ。
自分は「知らない」「知ろうとも思わない」と言った。そうやって、向き合う事から逃げたのだ。
今回もまた逃げるのか? 過去を押し込め蓋をして、天ヶ崎玲奈という存在から逃げ続けるのか? 瞳は自分に問うてみる。
彼女は死んだ。もう、この世にはいない。
もし、今ここで彼女への感情を殺してしまえば、二度と自分の中で蘇る事は無い。
それは逃げだ。天ヶ崎玲奈から、そして―――――過去の自分からの逃亡だ。
そんな事をすれば、きっと自分は弱いままだ。この先ずっと。それは嫌だと決めた筈だ。
「私は……私は『 』を……」
瞳の心は、決まった。
そうと決まれば、こんな所で沈んでいる場合ではない。既に死者である玲奈に対し、自分が出来る事など限られているが、どうでもいい。出来る事をするだけだ。
自然と体が動いていた。向かう先は、我が家のリビングである。自分が部屋へ戻ってから、階段を下りていく音を聞いた。優次郎も下にいる筈だ。
まずは二人に、自分の意思を伝えようと、リビングまで下りていく。
中から、何やら話し声が聞こえてきた。やはり、優次郎も中にいるようだ。
「ユー君も………でしょ……の?」
「ボ……は……して……から」
何を話しているかは、断片的にしか聞き取れなかった。だが、多分玲奈に関する事だろう。ならば、自分も話にいれてもらわなければ。
思うより先に身体が動く。ノックをして存在を知らせようとした、その時だった。
グジャリ
何とも形容しがたい、背筋が凍る感覚に襲われた。思わず身体が反応する。
気配がする。何の? それは分からない。分かるのは、それが明らかに負のオーラを放っているという事。
嫌悪、不快、怒り、そして憎悪。
そう言った人間の負の感情が幾重にもなって、瞳に覆いかぶさって来たのだ。
初めての感覚に、瞳はノックも忘れて扉を開ける。中にいたのは、思った通り優次郎と叶だった。二人がこちらに顔を向ければ、あの感覚も薄れた気がした。
「瞳? どうしたの?」
「……今のは一体?」
「今のって……そっか、瞳ちゃんの所にも来たんだね」
自分の所にも来た、という事は、つまり。
「やっぱり、先生や姉さんも?」
「えぇ。凄まじい魔力を感じたわ」
「魔力……あれが?」
あんなどす黒い魔力など、今まで感じた事も無い。優次郎ですら、あれほど禍々しいものでは無かった。
人間への――――――自分への憎しみ、怒り。それらが全て凝縮された、あんなものが魔力だと言うのか。
「信じられないかも知れないけど、魔力に間違いないよ。でも、瞳ちゃんが今まで感じた事のある魔力とは、少し違うけどね」
「それって……」
「あの魔力は、死んでいたわ」
叶が答えた。魔力が死んでいる。その言葉の意味を理解するには、瞳は若すぎたのかもしれない。
だが、推察は出来る。死の魔力。それが差す現実が何なのか。
「死者の魔力、という事?」
「そーいう事だね。今、叶さんとも話していたんだけど、取締委員会からまた連絡があったんだ」
「天ヶ崎玲奈の遺体だけど、医師の方に監察して頂いたの。そしたら、魔力が完全に枯渇している、との結果が出たそうよ」
魔力の枯渇。それは魔術師にとって死を意味する。あの子が、あの時屋上で言っていた様に。
玲奈は既に亡くなったので、魔力が無くなっていた事は理解できる。
「でも、確か魔力が枯渇するのは、死亡した時点から一日程かかるんじゃなかった?」
「へぇー、流石は瞳ちゃんだね! そんな事まで知ってるなんて!」
「知らない事を作りたくないので。以前、黒岩先生から教わったんです」
「瞳ちゃんらしいね!」
答えた優次郎は、叶の方を見やる。叶もそれを受け止めた後、瞳へと向き直った。
「瞳の言った通り、魔力が死者の身体から完全に無くなるまでは約一日かかるわ。でも、今回はそうじゃない。死亡推定時刻は、監察を始める二時間半ほど前だったそうよ」
「二時間半で、魔力が完全に枯渇するなんて……」
普通は在り得ない。そんな事をすれば、大災害が近辺を襲う事になる。
二人もそれを理解しており、首を動かした。
「そうだね。でも、そのお医者さんも言っていたみたいだけど、死霊魔術を行使したとすれば例外なんだ。死者の魂に、生前の魔力をそのまま持たせる事が出来る。多分だけど、玲奈はそれをやったんだよ」
「それってつまり……自分で自分に死霊魔術を行使したという事ですか?」
「そうなるわね。おかしいと思わない? あの天ヶ崎玲奈が、自ら死を選ぶなんて。それにあの子、私に対して並々ならない憎悪を抱いていた筈だから」
「前に言ってた、姉さんが拘置所送りにしたからという事?」
「それもあるけど、一番の理由は今日……」
「叶さん、今はそんな事いいでしょ?」
優次郎にしては珍しく、食い気味に叶を止めた。何か彼にとって不都合な事柄なのかもしれないが、優次郎も言った通り、今はどうでもいい。
「その話が本当なら、この魔力は……」
「うん、間違いなく玲奈のものだろうね。それも此処からかなり近い。ボクと叶さんに向けてのものだと思ってたけど、まさか瞳ちゃんの所にまで来たなんてね」
それだけ、玲奈にとっては瞳も憎むべき存在に入っているという事なのだろうか。
「とにかく、今の天ヶ崎玲奈は常識が通じない相手よ。自分で自分に死霊魔術を行使するなんて、前例が一切ないわ」
「流石に、ボクも未知数の領域だなぁ」
そう言いつつも、優次郎は笑っていた。何故、この状況で笑えるのだろうか。二人には、皆目見当もつかない。
優次郎もまた、常識の通じない未知数の存在なのだと、改めて思い知らされた時だった。
「「「「:@;@:「;:@:「;@@「¥@@:;;;::::」」」」
凄まじい『コエ』が、三人の元へ届いた。瞳は目を見開き、叶は逆に細めながら、その方向へ視線を移す。
唯一、優次郎だけは何の反応も示さず、ただ黙ってそこにいた。
「今のコエは……」
「えぇ、間違いないわ。瞳も聞いたことがあるでしょう? あれは――――――死霊のコエよ」
叶が早足気味にリビングを後にした。次にガチャリと玄関が開く音を聞きながら、瞳も後を追う。一瞬、何のアクションも起こさない優次郎を一瞥したが、今は気にしない事とする。
玄関を出れば、既に日の落ちた漆黒の空間が目に入る。そして目の前には、魔術学院のシルエットがぼんやりと浮かんでいた。
だが、違う。普段とは明らかに違う。
学院の門から校舎にかけて、無数の『ナニカ』が蠢いている。
それが何なのか。瞳も知っている。あの日から、何度も見せつけられてきた光景だ。
苦しみ、藻掻き、行き場のない怒りを全身で放出するアレは――――――。
「死霊……」
ぽつりと、叶が言葉を落とす。姉の顔を見れば、険しい顔で校舎を睨みつけていた。
彼女の言った通り、あれは死霊だ。数は、多いという事以外は分からない。いや、多いなんてものじゃない。那由他の数が存在している。最早、あの学院そのものが冥界なのでは無いかと錯覚してしまいそうだ。
『 カナエチャン 』
突如、二人のすぐそばで『コエ』が響いた。聞き覚えがあるコエだ。
「その声……玲奈ちゃんね?」
「ソウダヨ ? カナエチャン ヲ コロス タメ ニ モドッテ キタンダヨ ?」
「私には死人に付きまとわれて喜ぶような趣味はないのだけど」
「ハハハ ヘラズグチ ハ カワラナイネ ウレシイヨ」
二人は理解する。玲奈のコエに、以前の面影が無い。まるで玲奈の声だけを抽出した別の何かと話をしている様だと感じた。
その事実を認識した事で、実感する。
本当に、天ヶ崎玲奈は命を絶ち、死霊へと成り下がったのだと。
「ワタシ ガ イマ ドコニ イルカ ワカッテル ヨネ ?」
「アナタの様な死人は、冥界にいるべきだと思うわよ」
「ハンブン セイカイ カナ ?」
玲奈の返答に、叶の眼が少し動いた。
半分正解とは、つまり。
「アナタ……魔術学院を冥界化したの?」
二人の会話を聞いていた瞳が、驚愕に目を見開いた。
死霊魔術によって産み落とされた死霊が、空間一つを冥界と同化した。叶の推測はそういう事になる。
つまり今、自分たちの目の前にあるのは魔術学院であって魔術学院ではない。
魔術学院は今、幾万の死者が跋扈する地獄と化しているのだ。
「ヤッテミル モンダネ ジブンデモ ハンシンハンギ ダッタンダケド サ」
「アナタは、どこまで私を怒らせれば気が済むのかしら?」
「ハハハハハ‼‼ ソノ コトバ ――――― ソックリ ソノママ カエス ヨ」
直後。
叶に落ちている魔力が増幅するのを感じた。瞳は、その影響を受けていない様だ。
「カナエチャン ガ ユーチャン ヲ タブラカシ タリ シナカッタ ラ イマゴロ ユーチャン ハ ワタシ ト イタ ハズ ナノニ」
「……まだ、そんな事を言っているの?」
「ナンド デモ ユウヨ ? カナエチャン ニハ ユーチャン ヲ スクエナイ ユーチャン ヲ リカイ デキル ノハ ワタシ ダケ ダモン」
「へぇー、そりゃまた随分な自信だねぇ」
二人の会話に、割って入る声が来た。
叶と瞳が、同時にそちらを見る。そこにいたのは、いつもの様に嗤う優次郎だった。
「ユーチャン サッキブリ ダネ」
「やぁ、玲奈。随分と気味の悪いコエになっちゃったね。驚いたよ」
「シカタナイ ヨ ユーチャン ノ タメ ダモン」
「ボクの為? へぇーそう。気持ちは嬉しいけど、正直言って有難迷惑ってやつだよ?」
「アァ ヤッパリ ユーチャン ハ カナエチャン ニ ドクサレチャッタ ン ダネ」
「何でそうなるかなぁ……今日、ちゃんとキミの想いは拒絶してあげたでしょ?」
会話の内容は、瞳にとって何の事かサッパリだったが、きっと優次郎が何か言ったのだろうとは推測出来た。
先ほど叶が言いかけた言葉が、無意識に反芻される。
「カンケイ ナイ ヨ ダッテ モウ ドウデモ イイ カラ」
「……どういう意味かな?」
今までの玲奈ならば、決して優次郎に向けなかった言葉に、彼も聞き返してしまった。
「ユーチャン ノ キモチ ナンテ ドウデモ イイ ンダ ワタシ ガ ユーチャン ニ アイタイ ソレダケ デ ジュウブン ダヨ
ソコニ ユーチャン ノ キモチ ハ カンケイ ナイ ワタシ ガ ユーチャン ニ アイタイ カラ ソウスル ダケ」
「そのためなら、邪魔者は全員殺す……そういう事でいいのかな?」
「ウン ユーチャン ト ワタシ ヲ ジャマ スル ガイチュウ ハ ミンナ コロシテ アゲル
ユーチャン モ ソイツ ガ キエレバ キット メ ヲ サマシテ クレル ヨ」
叶も瞳も、歪んだ愛をその身で受ける優次郎も理解した。
玲奈は絶望を超えた。全ての恐怖も、失望も、全て自分の体内に取りこみ、ただ優次郎を追い求め、叶を殺す事に執着する死人になった。
まるで地縛霊の様だと思う。玲奈は間違いに間違いを重ね続け、もう取り返しのつかない所に足を踏み入れてしまったのだ。
「サァ フタリ トモ オイデ ? ワタシ マッテル カラ ネ」
そう言い残し、玲奈は気配を消した。後に残された三人を、妙な空気が包み込む。
玲奈は狂人だ。
それは理解していた。
だが、もう彼女は狂人を超えた存在となった。いや、もう人ですら無くなった。
天ヶ崎玲奈は今、自分の望みを叶えるまで決して消える事のない存在となったのだ。
そしてその望みとは、叶を殺し、優次郎と結ばれる事だ。
「叶さん、取締委員会にはもう?」
沈黙の後、優次郎が口を開いた。
「えぇ、通信魔術を行使して、今の会話は聞いてもらったわ。多分、数名こちらに向かっているんじゃないかしら」
「そうですか。玲奈には不本意でしょうけど、あの子の土俵での勝負になるんだから、これくらい良いよね!」
そう言って、優次郎はいつもの様に笑った。本当に、この狂人が考えている事は分からない。
「なら、ボクらも行きましょうか、叶さん。玲奈の望みは、どうやらボク等二人みたいだし」
「えぇ……そうね」
優次郎の言う通り、玲奈が執着しているのは自分たちだけ。自身を拷問にかけた取締委員会すらも眼中にない様だった。
ならば、自分たちが行かなければ、それこそ何をするか分からない。今の玲奈は、人知をも超えている。暴走すれば、日本全土を冥界と化してしまうかもしれない。そうなれば、もうどうする事も出来ない。
互いに頷き合い、死地へと繰り出そうとした、そんな時だった。
「―――――待って」
それまで会話にも入らず、事態を傍観していた瞳が口を開いた。
「どしたの? 瞳ちゃん」
「アナタは家に入っていなさい。万が一あの死霊が敷地内を出る様な事があれば、アナタも危険が及ぶわよ」
「……姉さん」
叶の言葉には答えなかった。優次郎も叶も、瞳へ視線を集中する。
俯き、身体を震わせながら、瞳は思っていた。
玲奈は、自分の親友だ。彼女が姉と出会った事も、優次郎と出会った事も、もとはと言えば自分が彼女に二人を紹介したからだ。
(きっと、玲奈は――――――――――)
そう思えば、彼女の中に一つの答えが浮かんだ。
「天ヶ崎玲奈を狂わせたのは、私よ」
思いがけない瞳の言葉に、叶は驚きに表情を染める。優次郎は表情を変えず、静かに次の言葉を待つ。
「きっと、私があの子の人生を狂わせてしまったの。私だけでも、あの子の味方になってあげなくちゃいけなかったと思うの。だから、こんな事になってしまったのも、私のせいなの」
「そんな事――――――」
「だから、私があの子を止める。いいえ、止めなくちゃいけない」
瞳が言わんとしている言葉を、二人とも察した。
そして、瞳は前を向く。様々な想いが入り混じった姉の表情と、ほんのわずかに微笑みを浮かべた優次郎の顔を見つめ、口にした。
「私も、二人に付いていくわ。あの子と……玲奈ともう一度向き合う為に」
今回もありがとうございました!
難産でした。展開は決めていましたが、どう繋げようか悩みぬいた結果、こうなりました。矛盾は無いと思いますが、いやはや修行が足らん……もっと頑張ります!
そんな感じの五十八話です。
玲奈と向き合い、過去と向き合い、元親友として玲奈を止める事を決断した瞳。当然、叶さんも普通に許す筈はなく……一体どうなってしまうのでしょうか?
次回、黒岩死す!(嘘)。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




