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灰色の世界  作者: ken
第四章
58/140

第五十七話 =悪寒=

第五十七話です。よろしくお願いいたします。

 雄清の問いに、当然玲奈が答える事は無かった。

 彼女は既に、言葉を発する事も無ければ、指一本動かす事も無い。出来ない。出来てはいけない。


 天ヶ崎玲奈は死んだ。自ら喉元を突き刺し、死を選んだのだ。

 

 仰向けに倒れた彼女の亡骸を眺めれば、その脇に燭台が転がっているのが見える、先端にあった筈の蝋燭は無く、剥き出しになった鋭い針は、玲奈の血で染まっている。蝋燭は牢獄の角に転がっており、それらの証拠が、何が起きたのかをしっかり伝えてくれている。

 だが、雄清とシエルはそれでも尚、疑問を呈していた。


「天ヶ崎。玲奈。自死。違和感」


「あぁ、私も同意見だ。際限なく行われてた尋問、そして水瀬優次郎からの拒絶に耐え兼ね、自ら命を絶った。確かに筋は通っているが……」


 雄清は顎に手を当て、思考する。

 玲奈が優次郎と接触した事は、当然叶から報告を受けている。そして、そこで何が起こったのかも聞いている。

 シエルの話では、最期に玲奈を確認した時、既に彼女は生気を失い、死霊に近い状態になっていたそうだ。

 それに耐え兼ねての自死。理由としては納得できないものでは無い。

 だが、果たして天ヶ崎玲奈という『狂人』が、ただただ絶望の中で死を選択するだろうか?

 二人は思い返す。玲奈は、自分の命に執着を示していたか? 行動原理は? 何故、彼女は狂人となってしまった?

 答えは簡単に、向こうからやって来る。

 

「天ヶ崎玲奈が執着していたものは、水瀬優次郎。奴への異常な愛のみだった。それは間違いないだろう」


「同意」


 水瀬優次郎を殺す事。それはあくまで、玲奈が考えた最高の結末へ行きつく為の手段でしかない。

 玲奈が考えていたのは、優次郎をわが物とする事。その為だけに行動していた。その為だけに、生きていた。

 そして今日、その優次郎から直々に、拒絶された。その時感じた玲奈の絶望は計り知れない。自分たちには想像すら出来ないし、しようとも思えない。

 

「だが、一度拒絶を受けただけで、自死を選んだのか? 数年かけて追い求めた水瀬優次郎を? 足掻く事すらせずに?」


 玲奈が優次郎へ異常な感情を抱いた時期は、自分たちには分からない。だが、優次郎が殺人を犯していた時期には、既に彼女の存在は記録されている。

 優次郎が予告した場所に現れては、取締委員会には目もくれず、ただただ水瀬優次郎に接触し、殺害する事を画策し続けていた、いわば第三勢力だった。

 その彼女が、一度の拒絶で優次郎を諦めたのか。いや、そんな筈はない。確かにショックだっただろうが、それだけで諦める程、玲奈の優次郎への執着は薄くない。優次郎が欲しいという、ただそれだけの為に死霊魔術という禁忌に手を染めた程の少女なのだ。

 だからこそ、彼女は狂人として、違法魔術師として認定された。

 

「そして、何より気がかりなのは……」


「表情」


 雄清の言葉を、シエルが続ける。

 二人はゆっくりと牢獄の中へ入り、玲奈の遺体へ近づいて行った。そして、しゃがみ込んで顔をのぞく。そこにあるのは、ピクリとも動かない彼女の死に顔。最初にシエルが発見した時から、何も変わっていないその表情を見れば、シエルも顔をゆがめた。彼女への侮蔑と、違和感を感じて。

 雄清は、やはり何一つ動かない。だが、思いはシエルと同じだった。


「もし本当に、絶望に圧し潰されて死を選んだのなら……」


 火灯りに照らされる、玲奈の表情。目はこれでもかと見開かれ、口は半開きになっている。既に血色は無く、まるで優次郎の様に真っ白な肌が見えた。

 雄清はしばしじっと見つめた後で、違和感の正体を口にした。 




「何故――――――こんな顔で嗤って死ねる?」




 玲奈は、嗤っていた。唇を吊り上げ、愉しそうに。嬉しそうに。来る日を待ち望んでいるかのように。そして―――――狂ったように。

 シエルは、この顔を知っている。この笑顔と同じものを、最近目にした。

 あの日、あの海で――――――死霊を相手に嗤っていた優次郎きょうじんにそっくりだ。


「天ヶ崎。玲奈。策。有。悪寒」


 雄清の後ろに立つシエルが言う。そして、雄清も同意するかのように首を振った。

 天ヶ崎玲奈は、何かを企んでいる。ただで死んだわけでは無い。シエルと同じように、悪寒が雄清の背筋を通り過ぎた。

 一体、玲奈は何をしようとしていたのか。

 雄清の脳裏には、一つだけ可能性が浮かんでいた。もしかすると、天ヶ崎玲奈は――――――。

 だが、すぐに否定する。あまりにも突拍子の無い可能性だ。馬鹿げている、とも言える。在り得ない。そんな事は、出来る筈がないと、雄清の脳が無意識に働いた。

 だが、しかし。


 天ヶ崎玲奈は狂人だ。自分たち正常な思考回路を持った人間とは違う。


 水瀬優次郎がそうだったの様に、取締委員会の人間では到底思いつかない様な異常行動が、彼らにとっての日常動作なのだ。

 だからこそ、もしかしたらと言う可能性が浮上する。否定しきれない自分もいる。


「本当に、天ヶ崎玲奈がそれを行おうとしているのなら……」


 誰にも聞こえない様な声で、雄清が呟いた。

 その続きとなる言葉が、彼の胸に深々と突き刺さる。


 彼の予感が的中する事。それは最悪の事態が起こる事と同意だ。自分たちの住む街だけで住めば良い方だ。もしかすれば、日本全体を巻き込んだ大事件にも発展しかねない。

 

 そうなれば、日本は地図から姿を消す事になるかもしれない。

 雄清がいう所の『馬鹿げた可能性』を彼が否定したのは、それに対する恐怖もあったからなのだろうか。答えは彼にしか分からないが。


「会長」


「何だ」


 一人の委員会メンバーが声をかけてきたため、一度思考を止める。

 

「医師の方が到着されましたので、お連れしました」


「そうか、ご苦労」


 労いの言葉をかけると、失礼します、と敬礼し、去っていく。その後ろに立っていた白衣の女性は案内に礼を述べ、牢獄の中へと入って来る。

 初めて見る医師だと思いながら、雄清は立ち上がり、彼女に向き直った。


「日本治癒魔術師連盟より派遣されました、澄田美沙子と申します」


「違法魔術師取締委員会会長、藤原雄清と申します。ご足労頂き、感謝します」


 互いに名刺を受け取り、挨拶を済ませる。受け取った小さなカードに『日本治癒魔術師連盟常務理事』との肩書が記されていたのを見れば、なるほど今まで会った事が無いのも頷ける。

 見たところまだ若いと言うのに、大したものだと素直に感心した。しかし、上層部の人間が直々に訪れるとは、治癒魔術師連盟も人手不足なのだろうかと、どうでもいい感想も同時に浮かんだ。


「本日の依頼内容ですが……死亡診断と監察。この二つでよろしかったですね?」


 ちらりと雄清の後ろの遺体れいなへ目線を流し、美沙子が問う。


「えぇ、お願いします。対象受刑者の名は天ヶ崎玲奈。年齢十九歳。第一発見者は、このシエル=ノーランドです」


 必要な情報を渡し、シエルへ視線を向ける。シエルも美沙子へ小さく会釈すれば、美沙子もそれを還した。


「では早速、取りかからせていただきます」


 一言断り、美沙子は遺体の傍まで歩みより、座った。先ほどまでぼんやりとしか見えていなかったその表情が、ハッキリと彼女の眼を刺激する。

 そして、表情を歪めた。


「……何故、こんな笑顔かおで亡くなっているのですか?」


「不明です。いくつか可能性は浮上していますが、推測の域を出ていないのが現状です」


「なるほど……」


 しかし、酷く不気味に笑うものだ。

 若干の不快感が襲う中、美沙子は右手をそっと上げ、玲奈の瞳を―――――――閉じようとしたが、やめた。

 そのまま、ゆっくりと右手を下におろしていく。そこから白い光が顔を出し、何らかの魔術を行使している事が分かる。目を閉じ、全身くまなく監察する。

 科学の時代は、実際に遺体を解剖する事で死亡時刻や死因を特定していたと聞いたことがある。それが今は手をかざすだけで分かる様になったのだから、便利なものだ。

 喉、心臓、肺、四肢。尋問によって傷ついた身体も、そうでない所も、全てみた。

 一見関係ない様に思える場所に、思いがけない何かが隠されている事があると、から教わった事がある。

 彼の教えなど気にしたく無いが、実際にその方法で様々な問題や疑問を解決していた事も知っているので、こうして素直に教えを守っているのだ。


「死因は、喉元を鋭利な物で突き刺された事による呼吸困難と失血に間違いありません。しかし、直接死に関係ありませんが、かなり酷い怪我をしていた様ですね。原因は分かりますか?」


「お答えしかねます」


 雄清の言葉からは、一つの願いが見える。

 察してくれと、彼は暗にそう言っているのだ。医師として追及したいのも山々だが、今はまず依頼を完遂する事が先決だと、無理やり脳の奥へ押し込んだ。

 その後も監察を続けるが、やはり目立った問題は見当たらない。内臓機能も正常に動いていた事が分かる。

 

「ノーランドさん、発見したのは何時頃でしたか?」


「十四時頃」


 左手の腕時計を確認する。時刻は十四時五十分。

 全身状態。出血量。体温。硬直具合。様々な事象を調べ、答えは出た。


「死亡推定時刻は、十二時半頃でしょう。死後硬直もかなり進んでいます。最期に彼女の姿を確認した方は?」


「私」


 再び、シエルが答えた。不愛想な返答だと感じながらも、気にせず続ける。


「大体で結構ですが、時刻は分かりますか?」


「十二時半前。ニ十分頃」


 ふむ、と美沙子は左手を顎に当てた。

 という事は、玲奈はシエル達がこの場を離れてすぐに、自ら命を絶った事になる。普通に考えれば、その時に何か起こったという事になるが……先ほどの問いの答えと同様に、答え兼ねるものだろうと察した。 

 美沙子は、心の中で悪態をつく。やり辛い事この上ない。どこの組織にも、問題児というのはいるものなのだろうかと、憎たらしい顔も浮かんできた。


「不明点もある為、ハッキリとは申せませんが……その時、彼女の精神状態に異常をきたす『何か』があり、命を絶ったと考えるのが妥当です。その可能性は?」


「考慮しております。しかし、確証はありません。彼女もこんな所に幽閉されている程です。私達の常識が通用しない相手ですから」


(妙に言い淀むな……この天ヶ崎玲奈という囚人が、一体何をしたと言うのだ?)


 治癒魔術で身体状態は把握できても、精神状態までは把握できない。生きている内ならばカウンセリング等の方法である程度探る事も出来るが、今となっては死人に口なし。今となっては知る術もない。狂人れいなの死ぬ直前の精神状態が分かれば、今回の事件を解決する為の大きな一歩となるのだが、魔術も万能ではない。出来ない事も多くある。仕方のない事だ。

 精神と身体。その両方を魔術によって把握できる人物がいるとしたら、それは――――――


(こんな時、アイツなら……)


 考えて、やめた。そして、一瞬でもそんな事を考えた自分に腹が立つ。

 あんな奴を頼ろうとするなと自分に言い聞かせ、監察へ戻った。


「では、最後に魔力器官の監察を行います」


 魔力を司る器官は全身に及ぶが、主な働きを担っているのは、脳だ。

 必然的に、またあの不気味な笑顔を見る事になるが、気にしない。これが仕事だと言い聞かせた。


 そして―――――――愕然とした。


(なん、だ? これは)


 自分がまだ未熟である事は自覚している。だが彼女とて二十代で治癒魔術師連盟の理事にまで登り詰めた逸材だ。膨大な数の遺体を監察して来たし、多くの経験をしてきたと自負している。

 だが、これは明らかに異常だ。こんな状態になった魔力器官を監察た事が無い。全身から嫌な汗が噴き出した。

 そして、いつか彼に教わった事柄の一つが思い出された。

 もし、そうなのだとしたら―――――――。


「どうされましたか? 澄田女史」


「藤原会長」


 雄清の問いには答えず、美沙子は監察を辞める。もう全て観た。全身くまなく。死因は判明したし、死亡時刻も大体あっているだろう。

 だが、ただ一つ。何故そうなったのか全く不明な事がある。それを、素直に口にする事が、彼女の仕事だ。

 だから、彼女は言った。真実を全て話した。一つ一つ、確認するように。


「人間が死に至った時、魔力はどうなっていくのか御存知ですか?」


「お恥ずかしい話、医療の分野には浅学ですので、自信はありませんが……確か、体外に放出されるのでは?」


「えぇ、その通りです。では、魔力が体外へ完全に放出される為の所要時間はいかがですか?」


「……申し訳ありませんが、分かりませんね。しかし、個人差がありそうなものですが」


「その通りです。魔力量の差異もあるので、当然個人差は生まれます。しかし……どれだけ遅くとも、二十時間はかかると言われています」


「ほぼ一日かけて、ですか」


「えぇ。それだけの時間をかけてゆっくりと体外に放出され、自然の中へと溶け込んでいくのです。もし瞬時に多量の魔力が放出されれば、操り手を失った魔力は暴走をはじめ、何を起こすか分からないと言われています。おそらく、魔力が宿った人間が本能的に生み出した手段なのでしょう」


「……なるほど」


 雄清も、美沙子が言わんとしている事を察する。シエルも同じ様で、目をゆっくりと開いていった。




「お察しかと思いますが、天ヶ崎玲奈の身体からは……既に魔力が殆ど枯渇しています」




 ゆっくりと立ち上がり、美沙子は答えた。

 玲奈の死亡推定時刻から現在まで、まだ二時間半ほどしか経っていない。だが、魔力は既に空に近い状態になっている。

 これが何を意味するのか。いかに医療に精通していない雄清達と言えど分かる。

 

「おそらく彼女の魔力は、まだ彼女が何らかの形で行使しています。でなければ、こんな事は在り得ない。二時間半で魔力が枯渇していると言うのに、周囲への影響も及んでいない。考えられない事です」


「……この場所は、全ての魔力を無効化します」


「確かに、そうなのでしょう。今私が魔力を使えているのは、拘置所へ入る時に頂いたパスのお陰ですね?」


「その通りです」


「当然、彼女は持っていないでしょう。持っているのは、取締委員会の中でも役員クラスの方々のみという事も分かります。しかし、例えば―――――」


 美沙子は二人へ顔を向けた。その表情は真剣そのもの。精悍で、それでいて……何かを恐れている様に見えた。




死霊魔術ネクロマンシーによって生み出された死霊。天ヶ崎玲奈がそう言った禁忌の存在になったのだとしたら……魔力を全て吸い取った状態で死霊として蘇る事が可能です」




 死霊魔術。

 その単語が出た瞬間、シエルの表情が変わったのを、美沙子は見逃さない。確証は無かったが、どうやら当たっていたらしい。当たって欲しくは無かったが。

 

「自分でも、馬鹿げた話をしていると思っています。鼻で笑おうと、文句は言いません。しかし、医師をしていると時々思うのです。死後の世界は、確かに存在すると。そして、もしその仮説が当たっていて、天ヶ崎玲奈がそこに行きついた時に肉体に遺した魔力を吸い上げたとしたら……理論上は、魔力無効化を受けずに魔力のみを吸い取れます」


 あくまで理論上はですが、と付け加える美沙子だったが、シエルと雄清は確信していた。

 ただの可能性の一つだと思っていた。そんなバカげた事は在り得ないと思っていた。


 そう―――――――自分に思い込ませていた。


 だが、本当は分かっていたのだ。だからこそ、彼も口にしたのだ。「狂人は、自分たちの理解が及ばない存在だ」と言う旨を。

 もう、認めるしかない。天ヶ崎玲奈が、何故死を選んだのか。何故あがく事もしなかったのか。何故、嗤って死んだのか。

 それは―――――――。



「おそらく天ヶ崎玲奈は、死霊魔術に手を染めていたのではありませんか? だからこそ、こんな場所に幽閉されたのでは?

 そして彼女は、自分・・()死霊魔術・・・・()した(・・)。私には分かりませんが、何らかの目的を果たすために」


 どうして、悪い予感とはこうも当たるものなのか。

 雄清とシエルは、同時にそう感じた。

今回もありがとうございました!

前章で出てきた美沙子さんが再登場です。二十代で常務理事とか普通ありえませんが、そこはまぁ魔術の世界ですから。叶さんも、二十五歳で学院長だし。この作品での魔術の世界は、年功序列ではなく完全な実力主義です。だから、こんな事が起きるのも無理はありませんね。


そんな感じの五十七話です。

次回かその次ぐらいから、戦闘描写に入っていきます。もう今の時点でやばい事になる予感しかしませんが、どうなる事やら……。


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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