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灰色の世界  作者: ken
第四章
53/121

第五十二話 =交渉、再び=

五十二話です。よろしくお願いします。


「いいよー!」


 周囲の役員達がざわつく。優次郎は何と言ったのか。無意味な疑問が跳ね回った。

 だが、答えは一つ。彼は今「良い」と答えた。それはつまり、自身を追い詰め、三年もの間拘束していた取締委員会への協力を快諾したという事だ。即答で。

 あまりに軽く、あっけらかんとした笑顔を浮かばせる優次郎に、役員たちも信じられない様子だった。態度を崩していないのは三人だけ。叶とシエルだ。

 叶は横目で優次郎をちらりと一瞥すると、呆れた様に息を漏らした。

 シエルは、目を細めて彼を見つめる。彼の返答は、予想できていた。

 優次郎はシエルに言った。「取締委員会がやろうとしている事は、叶から聞いている」「まだばらされたくないだろう」と。

 あの日のシエルにとって、それに該当する案件はこれしかない。当然、治安維持組織である取締委員会が優次郎に協力を要請するなど言語道断。国民からの批判は計り知れない。

 それを盾に交渉してきたという事は、その提案を承諾する意思があるという事だと、シエルは予想していた。もし彼が受けないのなら、別にばらされた所でいくらでも言いようはあるのだから。

 しかし、こんな提案を受ける気でいる等、どういう神経をしているのか。シエルもまた、叶と同じ様に呆れてしまう。

 そして、もう一人。目の前で返答を聞いた藤原雄清の反応は、全くの無であった。ただ、疑問はやはり感じていた様で、それを素直に口にする。


「随分、簡単に受けるのだな」


「別に断る理由もないしねー! それとも何? 条件があるぞーとか、駄々こねて欲しかったの?」


「相応の返答を用意していたのは、事実だな」


「ちなみにだけど、どういう返答?」


「拒否するためのものだ、とだけ伝えておく」


「うわぁ……まぁそうだろうとは思ってたけどさ」


 見事なまでに嫌われたもんだなと表情に出す優次郎に対し、雄清は無表情のままだった。

 

「それで? どうするの?」


 本当につまらない表情だと、心の中で悪態をつきながら、優次郎は問う。


「どう、とは?」


「ボクは良いって言ったんだよ? キミ達の提案、受けるよ。提案って言うか命令って感じだけどね。それに対する答えが欲しいんだけど」


「『返答』はした筈だが」


「ボクが欲しいのは『解答』だよ」


 優次郎も思わず呆れたようにため息をつく。自分の真意は理解している筈なのに、この男は捻くれた言葉ばかり返してくる。それは昔から変わらない。

 

「ハッキリ言うけど、雄清君はボクの返答を聞いても納得出来てないでしょ?」


「信用出来ていない、という方が正しい」


「あーはいはい、そうですか。まーでも無理もないよねぇ? ずーっとキミ達と追いかけっこしてたボクが、こんな無茶苦茶な提案すんなり受けるなんて、普通ありえない事だし」


 それもそうだろう。釈放され、講師となる事が許されたのは、綾瀬川叶という委員会所属の魔術師が近くにいる、言わば『監視役』がいる事が前提だ。何かあっても、叶が止めると言う力関係が成り立っているからである。

 つまり、まだ取締委員会は優次郎を信用などしていない。敵味方の関係は、今なお継続しているのだ。

 そんな彼が、今回の提案をこうもあっさりと受諾したとなれば、当然疑う。裏があるのではないかと目を凝らす。優次郎には何度も裏の裏の裏までをかかれてきたのだから。


「二言は無いよ? ボクは別に、キミ達に協力しても構わない。でも、そんなに疑われてるとなっちゃ、流石に手放しで、とはいかないかな。こっちも疑ってかかっちゃうよ?」


「…………何が言いたい」


「はぁ……ホンット面倒な性格してるね。ならお望み通り、ハッキリ言ってあげるよ」


 言葉を区切り、優次郎は――――――嗤った。



「もシ、後かラ寝首かコウとデもしテルなラ、面倒ダから今やロう?」



 その時。室内は修羅場と化した。

 何人もの魔力が交錯し、窓もない部屋に突風が吹く。優次郎は周囲全体に、周囲の役員達は優次郎に対し、強大な殺気と魔力を差し向けていた。

 優次郎が言う事はこうだ。

 取締委員会の人間は、彼を信用していないし、未だに敵視している。それは間違いないし、当然だと理解している。雄清は『協力』という当たり障りのない言葉を選択したが、実際は違う。

 これは協力ではなく利用。取締委員会は、水瀬優次郎という狂人を使って『何か』を行おうとしているのだ。

 ならば、その『何か』が終わればどうなるか? 答えは簡単だ。


 優次郎は用済みとなり、殺してしまっても全く困らないモノになり果てる。


 目の前の大男が腹に幾重も抱えている事は、優次郎も知っている。そして思想も。もし彼が、優次郎殺害を本気で目論んだとしたら。例え叶が止めたとしても一笑に付して実行するだろう。藤原雄清とは、そういう男だ。取締委員会の中でもトップクラスの権力者であり、策士であり、過激派。だからこそ群を抜いた戦果を上げ、会長の座にまで登り詰めた。


 そして、優次郎はそんな彼の提案をすんなりと受け入れた。何の見返りも条件も求めずに。


 雄清ほどの男が、それを手放しで肯定する筈がない。優次郎も何か裏を持っているのではないか、と疑う。当然だ。信用していない相手なのだから。

 

 だからこそ、優次郎は言ったのだ。

 もし最後に始末しようとしているのなら、面倒だから今ここで決着をつけようと。


 優次郎から、明確な殺意を感じる。雄清の返答次第では、このまま此処で戦争にもなり兼ねない。だからこそ、周囲の役員達も迎え撃とうと殺意を向けているのだ。唯一、魔力にも殺意にも臆さず、向けず、静観に徹している叶を除いて。

 しばし、無言の取引が行われた。此処で優次郎の提案を拒む答えをすれば、否応にも「用済みになった瞬間に始末しようとは思っていない」という旨の言葉を発する事になる。

 そして優次郎の提案に乗れば、すぐにでも殺し合いが始まる。

 一時的な休戦か。全面戦争か。

 雄清の答えは――――――――決まった。


「……やめろ」


 静かに、そう告げた。

 トップの言葉に、役員達も殺意と魔力を戻す。そして、それが解答である事を理解した優次郎もまた、魔力と狂気を納めた。


「水瀬優次郎。正直に伝えておくが、これは『利用』だ。そして貴様も、私達を『利用』しようとしていると捉える。異論はあるか?」


「ないよ! ボクもそのつもりでいたし! でも、終わった後すぐにキミ達をどうこうする事は無いって言うのは約束するよ!」


 無邪気に笑う優次郎に、雄清も思う。この青年こそ用心深い性格では無いかと。

 今もこうして、先に終了後の事を確約すれば、自分たちは違うとは言えない。言えば、結局殺し合いになってしまう。

 だからこそ、自分の返答は一つしか残されていない。

 しかし、雄清も不本意とは思わなかった。自分もまた、彼と同じ考えだったからだ。


「こちらも、貴様との『協力関係』が終了した後も、すぐに手出しはしないと約束しよう。だが、綾瀬川の監視は継続する。この条件は飲んでもらうぞ」


「問題ないよ! むしろ、叶さんと一緒にいられる方が嬉しいし!」


 思いがけない言葉に、叶はそっぽ向いてしまった。ほんのり赤くなった顔を隠すために。


「ならば、交渉成立だ。これより、詳細を説明する」


「ちょっと待った!」


「なんだ?」


「その前に―――――はい!」


 雄清の視線が、更に下へと降りていく。そこには、笑顔の優次郎から突き出された右手があった。


「何のつもりだ」


「一時的で打算まみれとは言え、協力するには違いないんだからさ! ここは一つ、握手でもしとこうと思って!」


「慣れあいをするつもりは無いぞ」


「それでも、だよ!」


 ん! と小さく声を出し、更に右手を近づけて来る。視線を上げて表情を伺えば、わざとらしく頬を膨らませていた。空気を読め、とでも言いたげだ。

 やがて諦めた様に、雄清はその手を取った。


「言っておくが、あくまで『すぐに』手出しをしないだけだ。貴様がまた良からぬ行動を起こすなら、私達は全力で貴様を止めるぞ。三年前までと同じように」


「うん! どうぞ!」


 満面の笑みを浮かべる優次郎。無表情を貫く雄清。対局的な二人の右手が、固く握りあった。

 それが、取締委員会と世界最悪の犯罪者、前代未聞の協定が結ばれた証となる。






 めでたく――とは言えないが――協力関係が成立した後、優次郎は雄清から『協力』の内容を聞いた。それが終われば帰宅許可も下りたので、現在取締委員会の本部を後にしようと歩いている所だ。隣には、当然叶がいる。水瀬優次郎に対する、最大の抑制勢力が。


「お疲れ様、ユー君」


「ありがとうございます! いやー本当に疲れましたよ! やっぱこんな所、もう来たくないもんですねー!」


「何かあれば通信魔術れんらくすると会長も言っていたから、来る事も無いんじゃないかしら? 今は特例的に来ているけれど、私だってあまり来ないもの」


 カツカツと階段を下りる無機質な音が響く中、二人の会話が木霊する。


「それにしても、ユー君の交渉術には毎回ヒヤヒヤさせられるわ。今日だって、あんな狂気剥き出しにしちゃって」


「あぁでもしないと、雄清君と交渉なんて出来ないでしょ? それに、本気で戦争するつもりなんてボクにも雄清君にも無かったし! 叶さんも、それが分かっていたから止めなかったんですよね?」


「そうだとしても、よ。それに、私といられた方が嬉しいだなんて……」


「だって本心だもん! もしかして叶さん、照れてます?」


 ニヤニヤと笑い、こちらを覗き込んでくる優次郎。叶は頬を染めた後、顔を背け優次郎の額をコツンと叩く。グーで。

 痛い! という優次郎の声が響いた。


「調子に乗らないの」


「うぅー、何も殴らなくたって……あっ」


 額をさすりながら、優次郎は足を止めた。ここはニ階。階段を下りた先に広がるのは、この建物の中で最も光が当たらない場所であり、役員以外のメンバーは滅多に近寄らない場所だ。

 ふと、天井を見上げてみる。そこにかけられていた、『違法魔術師拘置所』と書かれた看板が目に入る。


「うわー懐かしい! ボク、ここの一番奥にいたんですよね!?」


「えぇ、そうよ。正確には建物の外。転移魔術が敷かれた先の特別な場所だけどね。後にも先にも、あんな所に入ったのはユー君だけよ。そんなキラキラした顔で、こんな場所の事を懐かしむのもね」


 呆れた様に叶が言う。この三階は、看板の通り捕らえた違法魔術師を拘束する為の場所だ。此処を出たものは、もう二度と戻りたくないと口を揃えるものだが、更に過酷な環境へ拘束されていた優次郎がこんな事を言ってのければ、ため息も出ると言うものか。


「ねぇ! ちょっと歩いても良いですか!?」


「本来ダメなのだけれど、ユー君なら危険も無いでしょうから、別に構わないわ。でも、見たところで何があるわけでも無いわよ? 牢獄が並んでるだけだもの。所々に捕縛した違法魔術師はいるけれど」


「ありがとうございます! ホントに懐かしいなぁー! ボクがいた牢獄へや、どうなってるのかな?」


「残念だけど、ユー君が入ってた場所は厳重に閉ざされているから、開かないわよ?」


 まるでピクニックにでも行くかのように、意気揚々と歩き出す優次郎の後ろを、叶もついて行った。

 彼女が言った通り、何があるわけでもない。ただただ、薄暗い独房が理路整然と並んでいる。一部には違法魔術師が入れられていたが。

 

「そうそう! 壁も鉄格子もベッドも、ここにあるものはぜーんぶ魔力を無効化するんだよなー! しかも、もし操って解こうとしたらすぐに役員さんが来ちゃうんでしたよね?」


「えぇ。常に三名は委員会役員が見張っている状態になっているから」


「あんな連中が三人も来ちゃ、脱獄なんて無理だよねー!」


「そうね。それよりユー君、もう少し静かに出来ないの? 見られているわよ」


 ちらりと独房に目をやれば、一囚人の鋭い視線が目に入る。正確には自分では無く、前を歩く優次郎に向けられたものだ。

 それもそうだろう。今彼らの前を朗らかに歩くのは、世界最悪の『狂気の魔術師』水瀬優次郎その人だ。

 ここに入れられている囚人の誰よりも重い罪を犯しながら、三年で釈放された人物である。

 そんな彼が笑顔で目の前を通れば、当然思う事になる。

 何故、自分はこんな場所に今もいるのに、この狂人が出られているのかと。

 そうなれば、当然殺意も沸く。彼らとて取締委員会直々の監視下に置かれる拘置所へ投獄された存在だ。相応の違法行為を働いている。当然、殺人も。

 優次郎を前にしてもひるまず、こうして殺意を前面に押し出す事が出来ているのは、だからこそと言える。

 と言っても、当の優次郎はそんなもの気にならない様子だったが。


「別にみられて減るもんじゃないし、良いですよ! それに叶さんや皆も、こういう視線には慣れておけって言ってたじゃないですか!」


「それは街中での話なのだけれど」


「え、同じじゃないですか?」


白滝しらたきと糸こんにゃく位違うわよ」


「それって殆ど同じじゃ無いですか?」

 

 相変わらず、姉妹揃って妙な例えをするものだ。

 ちなみに白滝と糸こんにゃくは、今でこそ違いもないが過去には製法や太さが違っていた事を述べておく。発祥地域も違うそうだ。余談だが。


「それにしても、ホントに久々だなぁ………ねぇ、叶さん」


「何かしら?」


 不意に立ち止まった優次郎。その横で止まり、要件を問う。

 その横顔に、叶は確かに見た。愉しそうに嗤う彼を。


あの(・・)、どこにいるんです?」


 叶は思わず目を見開いた。

 あの子。その言葉が誰を指すのかは分かる。だからこそ、不安が全身を走る。


「ユー君。まさか……彼女に会うつもり?」


「もう良いでしょう? 向こうは独房の中にいて、手出しなんて出来ないわけだし。ボクの方も、今ここで手を出したりしないって約束しますよ」


「本当に? もし違えれば、私も黙っていないわよ」


「本当ですよ。それに場所も、ボクにとっちゃ最悪でしょ? 取締委員会ここで叶さんと戦っても、三年前と同じ結果になるのは目に見えてますから」


「……ついてきなさい」


 ゆっくりと、ためらうように歩き出す叶の後ろを、数歩遅れてついていく。

 進むのは、更に奥。更に薄暗く、いるだけで頭がおかしくなってしまいそうな場所。先ほどまで節々で炎を灯していた蝋燭すら無くなり、完全な闇の中へ溶け込んでいく。叶が指で火を灯し、何とか進まなければ辿り着けない、そんな場所へと。周囲には牢獄すらなく、ただただ無機質な黒い壁が続くのみだった。

 いくつかの分かれ道を経て、闇の中心部に到着すれば、突き当りにやっと牢獄が見えてきた。中には、ぼんやりと灯りが灯っている。

 そして、その中には――――――――――人間が一人、うつぶせに倒れていた。


「…………此処よ」


 叶の隣で、優次郎も立ち止まる。

 中にいた人物を見れば、ニヤァと気味の悪い笑みを浮かべた。

 倒れていたのは、少女。着ているコートはボロボロに破かれ、所々から白い肌が露わになっている。だが、その肌にも夥しい程の傷が刻まれていた。

 殆ど胴体しか隠されていないその姿に官能的要素は全く無く、ただただ痛々しい。


「ねぇ、生きてる?」


 優次郎が口を開けば、少女の指がピクリと動いた。ゆっくりと顔が上げられ、目が合った。ボサボサになってしまった緑の髪、全く生気を失ってしまった瞳。拷問の限りを尽くされ、疲れ切った表情。どれも、普段の彼女からは想像できないものだ。

 だが、それもつかの間。

 優次郎の顔を確認した途端、色を失っていた瞳に光が戻った。顔だけでなく、上体が全て起きる。

 思えば、こうして直接会うのは旧校舎での一件以来かと記憶を辿りながら、優次郎と少女は、互いの名を呼んだ。

 少女にとっては、会いたいと願ってやまなかった人物の名を。



「優……ちゃん……?」


「久しぶり、玲奈。随分と派手にやられちゃったもんだねぇ」



今回もありがとうございました!

五十二話。気が付けば五十話超えてました。でも、まだまだ物語の終わりは見えてきませんね。これからも頑張ります!


そんな感じの五十二話です。

藤原雄清という人物は、優次郎や玲央と同じで頭がきれるタイプの人間です。組織のトップなので、実働性も去ることながら頭が良い、機転が利く方が向いているかな? と思いこういった人物像を描きました。うまく書けてるかな? うーん、まだまだ実力不足……これからも精進します!


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!


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