第五十一話 =前進か後退か=
第五十一話です。よろしくお願いいたします。
学生食堂の料理長。その仕事は、何も料理を作るだけではない。食堂職員のシフトや、厨房の管理など多岐に渡る。そして、日本魔術学院に於いて料理長という立場は、教職員ではないものの管理職に分類されている。学院全体に関わる会議には参加しなければならないし、食堂が定休日であろうが、やらなければならない事などごまんとあるのだ。
本日、日曜日。椎名は食堂で一人、テーブルに座って何やら考えていた。食堂内がガランとしているのは、いつもの朝の風景である。一つ違うのは、今日は定休日であるため、今後も一人の空間が続くという事ぐらいだ。
普通の料理屋ならば日曜日に休むなど在り得ない事だが、学院自体が閉館しているため致し方ない。それに、境子も日曜日は弟達の世話で忙しいだろうし、今となってはちょうど良いかも知れない。
閑話休題。
椎名の目の前には、先ほど彼女が作った南瓜コロッケが湯気を出しており、その横には紙とペンが置かれていた。じっとコロッケを見つめた後、おもむろに箸を取って口にする。
「……少し砂糖が多いな。小さじ一杯分ほど減らしてみるか」
ぼそりと呟くと、今度は箸をペンに持ち替え、何やら紙に書き入れている。
見るに、どうやら彼女は九月からの新メニューの開発に勤しんでいるらしい。
「冷めてるって程じゃないが、少し湯気も薄いか。揚げ終わった後の工程、もう少しタイトにしないとな」
独り言とペンが止まらない。彼女は一人でいる時いつもこうだ。自分でも言っていた通り、料理に一切の妥協は許さない。それが椎名の、料理人としての矜持だ。
美味しい食事は当たり前。それだけではなく、運んだ段階で『美味しそう』と思わせる事にも余念がない。『美味しい料理』と『魅せる料理』、その両方を追い求める事こそが、彼女の生き甲斐なのだ。今日は食堂が一日休みの為ここで行っているが、家でいる時もさほど変わらない。結局、何をしようか考える内に料理へ行きついてしまう。
これはもう依存だな、なんて考えてみれば、思わず息が漏れた。
(趣味で作ってた頃は、ここまでじゃなかったんだがね)
一度ペンを置き、記憶を辿る。
最初に出てきたのは、彼女にとって、この世で最も憎たらしい顔だった。
『いいか? 料理ってのは、ただ美味けりゃいいってもんじゃない。料理を求めて店に来る客は様々だ。家族団らんで来る客であったり、疲れて食事を作るのも面倒で来る客であったりね。料理店ってのは、そういう方々に対して料理だけじゃなく、癒しや思い出も提供しなきゃならないのさ。そこまでやって、やっと一端の料理人だよ。いくら味が良くても、盛り付けや対応で不快な思いをさせてしまえば、それは料理人として失格だ。
アンタの料理は、確かに味は他の子と比べりゃまだ良いかもしれないが、独りよがりなんだよ。美味いもん作るに越したことはないが、もっと食べる側の事も考えな。そんな事すら出来てないアンタの料理なんざ、ドブネズミにもやれないね。ネズミにも食材にも失礼だ』
調理師学校に入学してすぐの頃の記憶。それが蘇れば、思わず険しい顔になってしまった。
(思えば、学生の頃はババァに美味いって言わせてやろうと躍起になってたっけか)
あの頃、自分の料理を食べてもらえる相手は、同期以外では妙しかいなかった。当然、他の講師もいたが、何故か自分は妙に味を見てもらう事に拘っていたなと思えば、自虐気味に笑ってしまう。
優次郎に妙の話を聞いたからか、そんな思い出に心を馳せてしまった。
「うちも、少しは変われてんのかね」
そんな時だった。
カランカランと、開くはずのない扉が開かれ、誰かが入って来る。予期せぬ来客の顔をしばし見つめた後、静かにため息を吐いた。
「今日は休みだよ」
「知ってるさ。ただ、料理長さんが険しい顔で天井睨んでたもんで、気になって来ちまっただけだ」
そういうと、来訪者の福原義信は笑い、椎名の前に腰掛ける。
「日曜だってのに、講師も大変なこった」
「学院長不在が続いてるもんでな」
「おっさんも損な役回りだな」
「おっさん言うな」
もう慣れたと言わんばかりに受け流し、彼の視線は目の前のコロッケへと注がれた。
「九月からのメニューか?」
「秋は南瓜が旬だからな。他にも里芋やら秋刀魚やらを使ったメニューも考えてある。十月にはいりゃ、また色々変わるだろうがね」
「毛ガニと松茸も旬だぞ」
「んなもん学食で出せるか」
食いたきゃどこぞの料亭でも行ってくれと付け足すと、義信も少し残念がった。冗談だとは思うが。
「良ければだが、一つ食べても?」
「構わないよ。他人の意見も聞きたかった所だ」
「んじゃ、遠慮なく」
テーブル備え付けの箸をとると、一つ口にする。甘味が口の中に広がり、カラリと絶妙に揚げられた食感が心地いい。
「流石に美味いな。もう冷めてるってのに大したもんだ。まぁ、多少甘すぎる気もするがね」
「やっぱアンタもそう思うか。少し砂糖減らそうと思ってたトコだし、本格的に検討してみるよ。つうか冷めたくらいで味が落ちるような料理は客になんざ出せねぇよ。特に学食じゃね」
生徒達にとって、食事とは団らんの時間でもある。知らず知らずのうちに話しながら食べていくので、必然的に食事も冷めてしまうのだから、当然だろう。
いつもは飯を冷ますなだの飯食いながら喋るなだの言っている彼女だが、何だかんだで生徒のそういう心理も理解し、その上でのもてなしを考えているのだから、やはり優しい人だと、義信は素直に思った。
「此処の学生だった頃は、もっと刺々しい奴だったと思うがな」
「そんな昔の話持ち出すんじゃねぇよ。もう十年以上前だろ。つうか、その頃はおっさんも新米だったろうが」
「そういや、そうだったか」
「うちが二回生だった頃に赴任して来ただろ。暑苦しい挨拶されたから、よく覚えてるよ」
「今も変わらんだろ」
「自分で言うかね」
軽口を叩きながら笑い合う。思えば、相手との付き合いも長いものだなと、二人して感慨にふけった。
しばらくして、義信は再びコロッケをつまむ。
「このコロッケ、アイツの好物だったな」
「…………そういや、そうだったか」
「しばらく作ってなかった様に思うが、何でまた作ろうと思ったんだ?」
「気まぐれだよ。さっきも言ったけど、南瓜は秋から旬になるしな」
「本当にそれだけか?」
「…………さぁね。ご想像にお任せするよ」
頬杖をつき、顔をそむける椎名を見れば、もうこれ以上追及しても答えないと察し、義信はごちそうさんと一言だけ告げた。
「それより、叶も今忙しいっつってたな」
「あぁ。どうも立て込んでるみたいだぞ? 取締委員会関連でな」
「理由は聞いてるのか?」
「一応な。なんだ、気になるのか?」
「そうじゃねぇよ。ただ、アイツも抱え込み癖があるからな。ちょっとは治ってきてるみたいだが」
椎名も知っている。叶は素晴らしい魔術師だ。才能も探求心も、自分は足元にも及ばない。
だが、まだ二十五歳。世界を背負うには若すぎる。先の一件で義信に学院を預けた意図は、目の前の男から聞いているが、やはりまだ少し心配になってしまう。
長年の癖とは、そういうものだ。自分が、そうであったように。
「……まぁ、大丈夫だろう」
そんな椎名の心中を察してか、義信が口を開いた。
「学院長……綾瀬川は、まだ若い。これから色々経験して、その中で挫折もあるだろう。楠木隆盛とお前の一件のようにな」
「気にするなとは言っといたんだがね。まぁ無理か」
「あの性格じゃな」
そう言って、二人で笑った。だが、すぐに義信も真剣な表情に戻る。
「だが、アイツがぶち当たった壁をクリアするのは、アイツ自身だ。乗り越えるにしろ破壊するにしろ、アイツが自分の意思でやらなきゃ意味がない。部外者の俺らがやれる事と言えば、手を伸ばしてやる事と、迷いそうになれば一緒に考えてやる事くらいのもんだ。だが、それで良いんだろう。それでアイツが、後悔ない選択が取れるよう、サポートしてやれればな。
だから大丈夫だ。綾瀬川も少しずつかもしれないが、強くなっていくさ。それでまた一人で抱え込もうとするなら、俺たちが注意してやりゃ良い。アイツは一人じゃない。俺や三木、それに水瀬や黒岩もいるしな」
「……アンタはどうなんだ?」
突然の質問に、義信は目を丸くした。だが、問うた椎名自身は真剣そのものだ。
「アンタは、後悔ない選択ってのが出来てるのか?」
「何の事だ」
「とぼけるなよ、分かってんだろ? 前の仕事辞めた事だよ」
義信が講師となったのは、二十代半ば。魔術学院を卒業してからしばらくは、講師とは別の仕事を生業としていた。
それを辞め、講師となった事に未練は無いのか?
椎名の問いを理解し、義信は――――――笑った。
「無いな、そんなもん。どうやら俺も、お前と同じで『奪う』のは性に合わないみたいでな。未来ある若者の、その未来の選択肢を見せてやる方が、俺に合ってる」
「……さっきの話聞いてても思ったけど、やっぱアンタ、根っからの教師だよ」
椎名が言えば、二人して笑った。
「ところで、『奪う』だなんだって話、おっさんには言ってなかった気がするんだが」
「古谷に言ってたんだろ?」
「誰から聞いた?」
「黒岩だな」
「あのガキいつかぶっ飛ばす」
今日も知らない所で、玲央の株は下がっていくのだった。身から出た錆だが。
同時刻。
優次郎は今、学院にもいなければ綾瀬川家にもいない。時刻とも天気ともそぐわない、薄暗く照らされるだけの廊下をひたすら歩いていた。
すれ違う人々は皆、黒いコートを羽織っている。そして、優次郎を見ればひそひそと話し始めていた。
きっと耳を済ませば、自分に対する罵詈雑言の嵐だろうという事は、聞こえていなくても分かる。だが、気にせず歩く。もしここで面倒事を起こせば、彼女が黙っていないし、此処での彼女の立場を更に危ぶんでしまう事になる。それは、優次郎にとって総意ではない。
「いらっしゃい、ユー君」
嵐を過ぎれば、晴れ間も見えた。
声をかけてきたのは、いつもと変わらぬ微笑みを携える彼女、綾瀬川叶であった。優次郎もまた、自然と笑顔を咲かせる。
「やぁ、叶さん。最近ホント大変そうですね。疲れてませんか?」
「ありがとう。大丈夫よ」
言うと、先ほどまでの笑顔は隠れ、今度は憂い顔を浮かべる。そんな表情も似合っているなと不相応な感想を抱きながらも、優次郎は言葉をかけた。
「もう、皆そろってますね?」
「えぇ。ユー君、しつこい様だけれど……」
「大丈夫ですよ! ここで問題事なんて起こしませんから!」
優次郎が言えば、叶もこれ以上なにも言うまいと、静かに頷いた。
二人の目の前には、黒く重い鉄の扉が聳え立つ。まるで自分を阻もうとしている様だと思っていると、叶がゆっくりと扉を開いた。
扉の奥は、やはり薄暗い空間が広がっている。向かって正面奥に誰かが座っており、自分とその人物の間には、五名程の人間が両脇にならんでいた。開かれた瞬間、自分に向けられる視線は、ほとんどが敵意。全員が揃って着ているコートと同じく、どす黒い感情が流れ込んでくる。優次郎は、それをどこか心地よく感じていた。
「皆さま、お待たせして申し訳ありませんでした」
「どーも! 遅くなってすみませんね!」
深々と頭を下げる叶に対し、優次郎はおちゃらけた態度で手を振った。自分に向かうどす黒い感情が、更に強まったのを感じるが、気にしない。
「ご苦労、綾瀬川。自席へ」
「はい。失礼します」
叶は答え、優次郎から向かって左。一番手前へと歩みより、他の者と同じ様に並んだ。
「水瀬優次郎」
正面、ただ一人座っている人物が、彼に声をかける。男性だ。声を聞けば、さほど年も重ねていない様に思う。
「はーい! 何ですか?」
「そちらへ」
ふざけた態度を崩さない優次郎に構うことなく、男性が指をさした場所は、ちょうど男性の正面。ずらりと並ぶ人の間。
言われるがまま、優次郎は憎悪と怨恨のど真ん中へと歩いていった。指定された場所で立ち止まれば、きょろきょろと辺りを見回してみる。数名は見知った顔だ。自分の右。真隣にいる女性は、つい先日会ったばかりでもある。
「やっほーシエルちゃん! 先日はどうも!」
手を振って笑いかけるが、シエルは反応を示さない。話すという行為を禁じられている様に。相変わらずだな、と優次郎もつまらなそうに視線を前へ戻した。
目の前にいるのは、自分とさほど変わらない青年。薄暗く容姿はよく見えないが、自分を射抜こうとする攻撃的で薄暗い黄色は良く見えた。
「ここは素直に、お久しぶりと言っておこうか」
「こちらこそ、久しぶり雄清君! 相変わらず若作りうまいねー!」
「貴様の減らず口も相変わらずだな」
目の前の男性を、優次郎はよく知っている。
彼の名は、藤原雄清。ここに立つ者たち―――――――違法魔術師取締委員会の長を務める男だ。
見た目は二十代程だが、年齢はじきに四十を超えようとしている、という事も知っている。
そして雄清も、優次郎をよく知っている。当然だ。優次郎という狂人と、それを取り締まる組織の長なのだから。
何度も対峙した。何度も優次郎を殺そうとした。そんな間柄なのだ。
「しかしまぁ、変わらない様で安心したよ! それに、こういう用心深い所もね! ここなら、ボクが何かしようとすれば、周りの役員さん方が止められるわけだもんね! いやー、ホント信用されてないねーボクって」
「逆にされていると思っていたのか?」
「まっさかー! だから言ったでしょ? 変わらない様で安心したって!」
それで? と。優次郎は言葉を繋げた。
「今日は、こんなおどろおどろしい場所まで呼び出して、何の用かな? まさか和解表明とかじゃないもんね?」
「綾瀬川から聞いていないのか」
「んー? 聞いてるよ? でも、ボクはキミの口から直接聞きたいんだけど」
「……そうか」
雄清は立ち上がり、優次郎の前へと立った。
この行為が意味するところは、優次郎にも分かる。この距離では、たとえ何かを仕掛けられて周りが止めたとしても間に合わない。完全に優次郎の間合いに入っている。
これは、敵意がない事の証明だ。
自分を遥かにしのぐ巨体を、優次郎はじっと見上げた。
「水瀬優次郎。一つ前置きしておきたい事がある」
「どうぞー」
「貴様は、我々にとって忌むべき存在だ」
きっぱりと。そう告げた。
「私個人の考えとして受け止めてもらえればいいが、今この場で貴様の心臓を貫いてやりたいと感じている」
「へぇー。天下の取締委員会の会長さんから、直接そんな事言われるなんてね」
「私個人、と前置きした筈だが」
「それでも、だよ。やっぱり良いね。雄清君の殺意―――――相変わらず、心地いいよ」
一触即発。空間が、その言葉に支配される。
だが、周りは動かない。雰囲気こそ恐ろしいが、互いに手を出すつもりが無い事は分かっている。
「その上で、貴様に頼みがある」
「……どうぞ?」
先を促す優次郎をしばし見つめ。雄清は口を開いた。
おそらく、一生こんな言葉は口にしないだろうと思っていた、その言葉を。
「水瀬優次郎。貴様にはしばしの間、私達――――――違法魔術師取締委員会に協力してもらいたい」
今回もありがとうございました!
ようやく第四章で、物語も本格的に動き出せたかな? と言った所ですかね。今後を描くのが楽しみです! どうぞ、よろしければお付き合いください。
そんな感じの五十一話です。
取締委員会の会長さん、遂にって感じですね。彼らの仇敵でもある優次郎に協力して欲しい事って何なんでしょうか? どうぞ予想してみてください!
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




