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灰色の世界  作者: ken
第四章
51/140

第五十話 =カコ=

第五十話です。よろしくお願いいたします。

「ねぇ、瞳ちゃん」


 『彼女』が、話しかけてきた。いつもの帰り道。いつもの夕日。いつもの『彼女』。普段と何一つ変わらない風景が、そこには広がっている。

 

「何?」


 瞳もまた、いつもの様に返事をした。横にいる『彼女』は、眩しいばかりに笑う。これもまた、いつも通り。


「瞳ちゃんってさ、将来の夢とかある?」


「どうしたの? 突然」


 これは、いつも通りではない。

 『彼女』から将来の事について質問された事など、まだ(・・)して(・・)くない(・・・)記憶・・を探っても思い当たらなかった。

 いつもの『彼女』が口にする話題と言えば、今日一日の中で起きた出来事、つまり過去の出来事ばかりだった筈だ。

 それが今、何を思ったのか未来について自分に問うている。一体どうしたと言うのか。瞳も思わず首を傾げると、『彼女』は照れた様に顔を染めた。


「別にどうしたって事も無いんだけどさ。ただ、ちょっと気になっただけ。瞳ちゃんって、先生も友達も皆いってるけど、将来なんにでもなれるでしょ? えっと、素質? だっけ? それがあるって」


「うーん……自分では分からないかな」


「そっか……」


「でも、将来の夢かぁ……考えた事無かったな」


 ふと、空を見上げてみる。

 将来、自分は何になっているんだろうか。魔術師? それはそうだろうな、とは思う。今の自分に、魔術以外の秀でたものなんてない。それに魔術を使える様になるのは楽しい。魔術だけではないけど、瞳は昔から出来ない事がある、という事が嫌いだった。

 そして、出来ない事が出来る様になる時、知らない事を知った時、一番嬉しいと感じる。

 それが綾瀬川瞳という人物だ。


「とにかく、何でも出来る人になりたいかなぁ。分からない事なんて作りたくないし、何でも知りたいし、何でもやりたい!」


「ははは! 瞳ちゃんは欲張りさんだね!」


「そうかな?」


「うん! でも、瞳ちゃんのそーゆー所、私大好きだよ! そのために、瞳ちゃんがどれだけ勉強してるか知ってるもん!」


「そ、そっか」


 面と向かって言われれば、恥ずかしいものだな、と思わず俯いた。

 

「そ、それで『   』は?」


「え?」


 『彼女』の名を呼べば、今度は向こうが首を傾げる番だった。


「『   』は、将来の夢、あるの?」


 うーん、と考え込む『彼女』の横顔を、じっと見つめてみる。きっと彼女には、将来絶対になりたいものがあるのだろう。だからきっと、自分にそれを聞いたのだ。

 確証など無い。だが確信はある。


「……うん、あるよ! 将来の夢!」


「へぇー。何?」


 やはりそうだった。彼女には夢がある。自分とは違い、確かな夢が。

 自分が夢を見つける切欠になるかもしれないし、是非聞いてみたいと、瞳は思わず前のめりになった。

 すると、『彼女』はかすかに微笑んだ。

 

「『    』の隣にいる事」


 耳を疑った。『彼女』は、とある人物の隣に立つ事を望んでいた。

 そしてその名は、自分もよく知るものであった。



「レイちゃんは、優ちゃんの隣にいたいの! 優ちゃんのモノになりたいの! そのためだったら……何だって出来るよ」



 思えば、それは瞳が最後に見た、元親友・・・の笑顔だったかもしれない。






「っ‼」


 勢いよく起き上がる。息が荒い。脈が速くなっているのが分かる。

 徐々に暗闇にも慣れていき、辺りを確認する。時刻は、現在22時。広がっているのは、見慣れた自室の風景だ。

 灯りを灯し、部屋にある姿見を確認する。

 そこに映っているのは間違いなく自分。綾瀬川瞳の姿だった。


「夢……」


 酷く懐かしい夢を見た。もう訪れるない、訪れるわけがない、そんな遠い遠い昔の夢だ。

 あの頃の自分は、『彼女』を――――――天ヶ崎玲奈をどう想っていたのだろうか。それすらも思い出せない。あの(・・)、記憶の彼方に封じ込めたのだから。


「酷い顔……」


 姿見の前まで歩み、そっと手で触れながら呟く。

 汗が噴き出している。あんな夢を見たのだから当然だ、と自分に言い聞かせる。そして、今自分が浮かべている表情も、酷いものだ。到底人に見せられるものでは無い。

 あんな夢を見たせいだろうか。これから再び眠りにつく気も起きず、部屋を出て一階のリビングへと向かった。水分を摂って、少し落ち着こう。そう思いながら。

 階段を降り、扉を開けようとすれば、リビングからぼんやりと灯りが漏れているのが分かる。そこに誰がいるのかも、大体検討が付く。

 瞳はゆっくりと、その扉を開けた。


「ん? あぁ、瞳ちゃん! こんばんは!」


「こんばんは、先生」


 そこにいたのは、予想通り。瞳が通う日本魔術学院の講師であり、現在綾瀬川家の居候であり、世界最悪の『狂気の魔術師』、水瀬優次郎だった。

 と言っても、現在その狂気はなりを潜め、少年の様に朗らかな笑顔を自分へ向けている。

 手元にはランプと、以前より大分薄くなったレポートの束があった。


「今日は自室では無いんですね?」


「うん! たまには気分転換でもしようかと思ってね! 瞳ちゃんこそ珍しいね? いつもは上がったら降りてこないのに」


「少し、変な夢をみてしまって……眠れなくなったので、お水でも飲もうかと」


 瞳の返答に、優次郎は短く「そっか」とだけ答え、再びレポートに目をやった。


「もう少しですね」


 てくてくと歩き、コップを手に取った所で、瞳は声をかける。


「うん! 最初はどうなる事かと思ったけど、やっぱり継続は力なりってね! 毎日根気強くやってれば、結果も出るもんだよ!」


 そう言って笑う優次郎は本当に嬉しそうだ。

 水を飲みながら、瞳は思う。この人は、本当によく笑う。毎日毎日、飽きもせずに笑う。その笑顔は本当に眩しくて、疲れ切った自分の心まで癒してくれる。この笑顔は、本当に大好きだ。

 では、昔はどうだっただろうか?

 思い返してみれば、優次郎と接点が生まれたのは七年前。瞳がまだ小学生だった時。姉である叶が、突然後輩だった優次郎を家に連れてきて、それが最初だ。

 その頃の優次郎は、今のように笑っていたか? 

 いや、違った。笑う事は確かにあったが、どちらかと言えば―――――――。

 では何故、今はこんなにも笑うようになったのだろうか。原因は。理由は。瞳には分からない。


「瞳ちゃん?」


 名を呼ばれ。我に返る。見れば優次郎は、首を傾げてこちらを見つめていた。


「どしたの? 突然ぼーっとしちゃって」


「あ、いえ、何でも……」


 思わず目が泳ぐ。優次郎がこちらを見つめているのが分かる。

 何故、急にこんな事を考えてしまったのだろうか。きっと、昔の夢なんて見てしまったからだと、瞳は無理やり納得した。


「それより、姉さんはまだ帰らないみたいですね」


「ん? あぁ、そうだね! 取締委員会、今なんか忙しいみたいだよ? もう八月も半ばだし、新学期の準備も始めなきゃって時に、ホント多忙な人だよねー!」


 ケラケラと笑う優次郎に、そうですねと答えた。

 確かに最近、瞳の姉である綾瀬川叶は、外出が多い。しかも帰って来るのは、いつも日付が変わってからだ。

 思い返せば、それもあの旅行から帰ってすぐの頃から続いている様に思う。

 あの時、自分が知らない所で何が起こっていたのだろうか。優次郎が言うには、叶は自分たち生徒を護って欲しいと彼に頼んだそうだが……。

 聞こうとは思わない。姉は自分たちの身を案じて、優次郎に頼んだのだ。今自分がその理由を聞けば、姉の思いを無碍にする事になってしまうし、第一聞いたところで、優次郎も答えないだろう。


 だが、想像は出来る。

 そして恐らく、そこには天ヶ崎玲奈も関わっている。


 推測でしかないが、姉は自分と玲奈の接触をなるべく避けようとしている節がある。楠木隆盛の事件の時も、先日の旅行の時も、だ。

 だからこそ、優次郎と瞳が別行動を取る事になるという条件があったからこそ、叶は優次郎の無茶な提案を通したのだろうし、旅行中も優次郎に頼んだのだろう。

 何故、そんな事をするのか。それも、瞳には分かっていた。


「私も―――――」


「どうしたの?」


「……いえ、何でもありません。それより、忙しいのは先生も同じではないですか? 旅行期間中以外はずっとレポートと睨めっこしていましたし、新学期の講義内容もまとめているそうじゃないですか。それに、明日も予定が入ってるんでしょう?」


「ん? あーまぁね! でも、ボクは叶さんと比べれば大したこと無いよ! レポートもこの子で終わりだし、講義内容も大体まとめたからね! 明日の予定だって、そんな長々と掛かるもんでもないしさ!」


 そう言って、優次郎は再び笑った。

 まただ。また彼はこうやって笑う。

 狂人だって、人間だ。疲れないわけがないし、眠くならないわけもない。辛い時だってある筈だ。

 だが、彼は笑う。いつだって笑う。まるで笑う事を命じられている様に。

 

「先生……」


 気付けば、瞳は口を開いていた。


「今度は何かな?」


「明日…………」


 そこまでは無意識が言葉を出してくれた。

 だが、その先が言えない。その先は、瞳自身が紡がなければならない言葉だから。

 優次郎も、何も言わずに次の言葉を待った。そして、瞳は―――――。 


「………いえ、何でもありません」


 言葉を紡ぐ事を辞めた。


「そっか」


 優次郎も、それを受け入れる。


「……私、もう寝ます。先生も無理なさらないで下さいね」


「うん、ありがと! もうじき終わるから、そしたら寝る事にするよ! お休み!」


「おやすみなさい」


 挨拶を済ませると、瞳は足早にリビングを出て、自室へと向かった。

 部屋に入り、扉を閉め、立ち尽くす。

 結局、言えなかった。たった一言聞けばよかっただけだったのに。

 『明日、どこに行くんですか?』と。

 きっと彼は、また自分の知らない所で危険に身をさらそうとしている。

 一学期の終わり。境子と出会い、楠木隆盛の事件を経験し、少しは成長できたんじゃないかと思っていた。だが―――――。


「私は……弱い……」


 言葉は雫となり、ポタポタと床を濡らしていった。

今回もありがとうございました!

第四章のプロローグ的なお話です。夏休みも終盤に差し掛かり、また優次郎は何か面倒事に首突っ込もうとしてますが、今回はどうなっていくのか。どうぞお楽しみください。


そんな感じの五十話です。

気が付けば、一度更新を止めてしまっていたこの小説も五十の節目を迎えました。今もたくさんの方にご覧頂けて、感無量です。本当にありがとうございます。


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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