第四十七話 =三者面談=
第四十七話です。よろしくお願いします
小さく漏れ出した芽衣の言葉に、姉と呼ばれた女性は嘲るように笑った。
「あら、まだ私を『姉』と呼ぶのね。ただの顔見知りでしかない私を」
ズキリ。
芽衣の心の奥底が痛み、表情にも顕著に表れた。
「別に……驚いちゃったから、勢いで出ただけだよ……真衣さん」
目の前の女性、真衣から目を逸らす芽衣の声に、覇気は全く無い。表情は苦痛に歪み、身体の震えも止まる気配を見せなかった。
彼女の心中を知ってか知らずか、真衣の笑みは綺麗な物へと変わった。
「そうよね。私と芽衣ちゃんは、姓が同じというだけ。たったそれだけの、赤の他人だものね」
赤の他人。
その言葉が、ズブズブと遠慮なく突き刺さり、芽衣の心は悲鳴を上げ始めた。
「あの人達はどう? 元気にやっているかしら?」
「知らないよ……学院に来てから、一度も帰ってないし……連絡だって来ないし、こっちからもしてないし……」
「へぇ。随分と薄情なのね。アナタも、あの人達も。まぁ……もう私には関係ないけど」
それより、と。
真衣は、未だ目を合わせようとしない芽衣を見据え、表情を消した。
「アナタ、随分と良い顔を出来る様になったのね。古馴染みとして、嬉しく思うわ」
「……そんな事ないよ」
「そうかしら? 芽衣ちゃん、とっても嬉しそうだったわよ? 原因は……あの男の子と、綾瀬川叶の妹かしら?」
芽衣の表情が変わる。視線は、戻らなかったが。
「二人は関係ないでしょ……?」
「そうやって、また自分を騙して、私からも逃げ続けるのかしら? 変わってないわね。本当に――――――――吐き気がするわ」
真衣の表情が、初めて歪む。汚らわしいものを見るかの様に。
「アナタ、どれだけ私を失望させれば気が済むの? どれだけ私を惨めにさせれば気が済むの? ―――――――私の全てを奪っておいて」
「っ、ごめ……な……さ……」
芽衣の表情が変わる。過去に圧し潰され、絶望に手招きをされるのが分かった時、身体は震えを増し、目はこれでもかと見開かれ、放つ声も息も震える。
放たれた謝罪の言葉に、真衣は更に失望を前面に押し出した。
「はぁ。芽衣が、あの家の跡取りなんて……堕ちたものね」
失望は呆れへと変わり、真衣の口を通して外へと放たれた。
「こんなのに私の未来が奪われたなんて、本当に惨めだわ……ねぇ、芽衣ちゃん」
「な、に?」
崩壊寸前の芽衣に、真衣は追い打ちをかける様に笑った。
嘲る様に。挑発する様に。――――――狂気を見え隠れさせながら。
「アナタも、私と同じ目にあってみる?」
「え……?」
「私だけが芽衣ちゃんに奪われっぱなだなんて、フェアじゃないでしょう? だから、私も奪ってあげる。アナタの大事なモノを。そうね……手始めに、あの『男の子』からにしましょうか?」
男の子。それは言うまでも無く和也の事だ。
芽衣には分かる。目の前の女性は。真衣は。和也を―――――殺す気だと。
「アナタにとっては、どちらも大切な人なのでしょうね。男の子も、綾瀬川叶の妹も。でも、さっきまでのアナタを見ていれば分かるわ。
芽衣ちゃん、アナタあの男の子に―――――」
「やめてっ!」
真衣の言葉を遮り、芽衣は叫ぶ。ありったけの思いを込めて。
「辻上君は関係ない! 真衣さんの目的は、私の大事なモノを奪う事なんでしょ!? だったらあんな……あん、な……」
徐々に声は小さく、か細くなっていく。
たった一言で良いのに。『あんな奴、大切でもなんでもない』と、それだけ叫べばいいのに。それが出来ない。
理由は分からない様だったが、真衣は知っているらしく、再び嘲笑った。
「どうしたの? 何か言いたい事があったんじゃないの? 言えばいいじゃない。ほら、どうぞ。心配しなくても、ちゃんと聞いていてあげるから」
「…………」
芽衣は言葉を出さない。いや、出せない。出そうとしても、本能が阻んでしまう。それだけは口にだ出すなと、身体が告げる。
「本当に……興覚めだわ。あの水瀬優次郎の講義を受けているのだから、少しは成長したかと思ったけど、見込み違いだった様ね。何も成長していなくて、本当に…………気持ち悪い」
真衣の口撃に、芽衣はもう限界だった。今すぐ倒れてしまいそうな程、憔悴しきっている。
そんな時だ。
「やっほー、芽衣ちゃん!」
芽衣にとって聞き馴染みのある、講師の声が割り込んできた。芽衣は初めて顔を上げ、そちらを見る。対する真衣も、にやりと笑ってそちらを振り返った。
真衣の背後からやって来た青年は、場違いに笑い、ひらひらと手を振っていた。
「優ちゃん先生……」
ぽつりと落ちた言葉を拾い、優次郎も一層笑った。
「うん、お待たせ! もしかしなくても、お取込み中だったかな?」
芽衣から視線をずらし、見慣れない女性を見つめた。
真衣もしばし優次郎を見据えた後、今までとは違い人当たりの良い綺麗な微笑を浮かべる。
「お初にお目にかかります、水瀬優次郎様。私、芽衣さんの知人の者でして、名を大橋真衣と申します。以後、お見知りおきを」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます! 知っているかもしれませんが、日本魔術学院講師の水瀬優次郎と申します! 後、様付けなんてやめてください、くすぐったいですから」
芽衣への態度とは打って変わり、上品な言葉遣いと綺麗なお辞儀を披露する真衣に、優次郎も真似して見せ、最後は照れたように笑った。
「それにしても、芽衣ちゃんと苗字が一緒な上に、名前も似てるんですね。それに見た目も」
「偶然ですよ。こちらにいらっしゃる大橋芽衣様とは、確かに旧知ではございますが、何の繋がりもありません」
自分との関係を否定する真衣に、再度表情が歪む。
その様子を一瞥した後、優次郎はすぐに視線を真衣へと戻した。
「そうでしたか……真衣さん、無礼な質問だと思いますけど。いいですか?」
「私に答えられる範囲であれば、なんなりと」
「では、遠慮なく。随分とお若い様ですが、御年はいくつですか?」
「今年で二十三になります」
「へぇー、じゃあボクと同い年ですね!」
「左様でございましたか」
「でも、学生時代に会った記憶はないですねぇ……」
「当然でございます。お恥ずかしい話ですが、諸事情ございまして。私は魔術学院には通っておりませんでしたので」
「そうでしたか。古傷を抉る様な真似をしてしまったのなら、謝ります」
「お気遣い痛み入りますが、御心配には及びません。気にしておりませんので」
「……そうですか」
しばしの静寂が、二人の間を支配する。穏やかな態度を崩さないものの、どこか互いが互いを値踏みしている様に思える。芽衣は心配そうに、二人を見守っていた。
先に動いたのは。優次郎だった。
「さっき、芽衣ちゃんとお話してましたよね? すみません、お邪魔してしまったみたいで」
「構いません。もう話は済みましたので、私はお暇させて頂くつもりです。それに、また近々お会いする事になっていますので」
芽衣の肩が震えるのが分かった。優次郎は、怯えきっている芽衣に目をやる。
「芽衣ちゃんも、もう話す事ないの?」
それは純粋な疑問から出たものなのか、それとも芽衣を試しているのか。優次郎の問いに、芽衣は再度身体を震わせ、そして視線を地面へと逸らす。
「うん……ないよ」
「……そっか」
一言そう返し。優次郎の眼は再び真衣を捉えた。
真衣はニコリと笑顔を作る。
「では、私はこれで。水瀬さん……また、御縁があれば」
「はい! 是非!」
優次郎の笑顔を見ると、真衣は会釈してその場を去る為に歩き出す。
だが、芽衣は視界の隅に捉えてしまう。姿を消す瞬間、真衣がしっかりと芽衣を見つめ、そし手―――――――嗤った事を。
真衣が去った後、残された二人に会話は無い。先ほどまでは耳に入ってこなかった祭りの喧騒が戻る。
楽しそうな声に、芽衣の表情は驚くほどミスマッチだった。
「礼儀正しい人だったねー! 作法とかどっかで習ってたのかな?」
「知らない……」
「真衣さんにも言ったけど、ホントによく似てるね? 本当にただの知り合い?」
「…………そう、だよ。あの人も言ってたでしょ?」
「そっか!」
再び会話が止むと、未だ地面と睨めっこしている芽衣へ歩み寄った。優次郎がすぐそばまで来た事を察知し、芽衣も顔を上げる。
そこにいたのは、いつもの笑顔では無く、何かを探る様にこちらを見つめる優次郎だった。見慣れない顔に、芽衣は目を泳がせる。
「な、なに?」
芽衣の言葉には答えず、優次郎は―――――ニコリと笑った。
「戻ろっか!」
「え?」
「瞳ちゃんと和也君、まだ帰ったわけじゃないんでしょ? 早く戻らないと、二人とも心配するんじゃない? それに、ボクまだ芽衣ちゃんに奢るって約束果たせてないしさ!」
「……うん」
芽衣の表情は、まだ戻らない。真衣がいた時よりは、いつもの芽衣に近づいている様には思えるが、それでも影が色濃く出ている。
優次郎はくすりと笑い、「行こ!」と一言かけ、喧騒へ向けて歩き出した。芽衣もまた、その後ろを付いて行った。
「お初にお目に、なんて人が悪いなぁ……昼間から、ずーっとボク達のこと見てたのにさ」
その言葉は、芽衣に届く事は無かった。
「芽衣、遅いわね」
「そうだね」
その頃。芽衣が去ってしまった後、二人はベンチに座ったまま待ちぼうけを喰らっていた。
瞳は賑わう境内をぼんやりと見つめ、和也は頬杖をついて明後日の方向を見つめている。
思えば、和也とこうして二人きりになったのは、初めてだった様に思う。今まで芽衣をはさんで会話をする事が多く、和也から芽衣に旅行に誘われたと告げられた時も周りに他の生徒がいた上に、要件だけ伝えるとすぐに別れてしまった。
ならば、と。瞳は和也へ話しかける。
「ねぇ、辻上君」
「なに?」
「芽衣にも言ったのだけれど……アナタも、もう少し芽衣に優しく出来ないの?」
和也の視線が、瞳の方へと戻って来た。
「俺は十分優しくしてるつもりだけど」
「その顔を見る限り、本気で思っている様ね……呆れるわ」
瞳が言えば、和也も「心外だな」と返す。
「でも、仮にアナタが優しく接しているつもりだとしても、第三者からはそう見えないわよ? 芽衣を揶揄う事を止めなさい、とは言わないけれど……限度というものがあるわ」
「それ、先生にも言われたよ」
「……そう」
二人の争いを楽しんでいる様に見えて、優次郎も内心気にかけていたと知り、瞳は少し意外に感じた。
「そん時、先生にも言ったんだけどさ。仕方ないじゃん。会長の反応面白いんだよね。だから、分かっててもついつい揶揄っちゃう訳」
それに、と和也は言葉を続ける。
「同じくらい、会長見てると―――――イラつくんだよね」
瞳は目を見開き和也を見た。聞き間違いかと思ったが、彼の表情がそれを否定する。
「別に、会長が嫌いなわけじゃないよ? ただ、昔の知り合いにそっくりなんだよね、会長。だからイラつくし、腹立たしい。明確な理由は、言葉じゃ表せないけどね。でも、イラつく」
初めて見る憎悪を押し出す和也の表情に、瞳は言葉が出なかった。
彼が言ったように、芽衣の事を嫌っているわけではないのだろうとは感じていた。だが、芽衣へ向ける感情の中に苛立ちが含まれているなんて、思ってもいなかった。
「それは……」
どういう事なのか。その問いは、最後まで出る事は無かった。
「おーい! 二人ともお待たせー!」
突然の声に、二人して振り返る。
そこには、いつもの笑顔で手を振る優次郎がいた。その横には、浮かない表情の芽衣が見える。彼女の表情に疑問が勝ったため、和也への問いは一度心の中へ押し込んだ。
「先生、遅かったじゃん。用事とやらは済んだの?」
「ごめんごめん! うん、もう終わったよ! それで此処に向かってたら、途中で芽衣ちゃんと会ってね!」
「そう」
和也は芽衣をじっと見つめるが、芽衣は気付かない。一体何があったと言うのか。瞳の疑念は更に膨らんだ。
「瞳ちゃんも。お待たせ!」
「あぁ、いえ……お疲れさまでした」
瞳の返答に「ありがと!」と返す優次郎。それを見届け、瞳は再び芽衣へ視線を戻した。
「芽衣?」
「っ! な、何? 瞳っち」
名を呼ばれ、慌てた様に笑顔を作る芽衣。だが、影は晴れない。
「どうしたの? 浮かない顔して……」
「う、ううん? 何でもないよ? ただ、走ったら疲れちゃっただけ!」
明らかにおかしい。
そう思って優次郎に視線を向ければ、彼はニコリと笑って返すだけだった。「今は聞かないであげて欲しい」と言うように。
心配は消えないが、とりあえず今は聞かない事にして、閉口する。
和也はと言えば、ただじっと芽衣を見つめるだけだった。そこで、ようやく芽衣も彼の視線に気づき、少し肩を震わせる。
「な、なに?」
怯えた様に問う芽衣。和也はしばし間を開け、口を開いた。
「ねぇ、会長」
「だ、だから何さ……」
「そんなに良かったの?」
「へ?」
いきなり何の事かと、思わず間抜けな声と表情を出し、和也を見つめた。
すると、和也はいつもの意地悪い笑みを浮かべ、自身の唇を指さす。
「俺の唇、そんなに良かったのかって聞いてんの」
「え……なぁっ!?」
数秒の後、芽衣は顔を真っ赤にしてしまった。
思い出されるのは、数分前。自分が思わず逃げ出してしまった、あの事件。
「も、もしかして態とやったの!?」
「当然でしょ。俺は会長を揶揄うためなら、金も名誉も、恥だって捨ててやるさ」
「何その無駄な覚悟……他の事に使えないのかしら?」
「使ってるよ、ゲームに」
瞳の呆れた言葉に即答し、再度視線を戻す。
「会長も初心だね。あれしきの事で、そんなに顔赤くしちゃって」
「き、君ってやつはぁ!」
そこからは、いつもの光景だった。
芽衣がわめき散らし、和也は素知らぬ顔で受け流す。それを見て、優次郎がケラケラと笑う。
いつもなら止める所だが、今回ばかりは瞳も笑った。どうやら、芽衣もいつもの調子に戻った様だと安心する。
親友としては悔しいが、やはり芽衣にとって和也の存在は大きいようだ。こうも簡単に、普段の彼女へと戻して見せたのだから。
「はいはい、二人ともその辺にしなよ! それより、ボクも早くお祭り楽しみたいな! 早くしないと、お店しまっちゃうよ? ボク、芽衣ちゃんに奢らなくていいの?」
「っ、あーもう! 結局いつもこうなるんだから! 辻上君! 今はこれで引いてあげるけど、次こそは許さないからね!?」
「許されたら、揶揄っても面白くないでしょ? 良いよ、許さなくて。精々これからも、俺に楽しみを供給してよ」
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ‼‼」
芽衣の叫びを無視し和也は祭りの喧騒へと歩いて行った。芽衣も悔しそうにしながら、その後ろを追いかける。
「アハハハ‼ ホントに飽きないねー二人とも!」
「えぇ、本当に」
「じゃあ、ボク達も行こっか。ほら、瞳ちゃん!」
「え……」
瞳は思わず目を丸くした。そして次の瞬間には、その顔がリンゴの様に変わる。
自然に、さも当然と言うように、優次郎が瞳の手を握ったからだ。
「まだまだ人がたくさんいるし、はぐれちゃったら大変だからさ!」
「で、でも……」
「もしかして、嫌だった?」
嫌なわけがない。むしろ嬉しい。だが、同じくらい恥ずかしいだけだ。
そんな言葉もしょんぼりとする優次郎を見れば吹き飛んでしまう。つくづくズルい人だと、瞳も視線を逸らした。
「嫌じゃ無い、です……」
「良かった! なら、早く行こっ! 」
「……はい」
そこからは、途中で芽衣と和也に揶揄われたりもしたが、何事も無く祭りを堪能する。優次郎が芽衣に奢る約束は、金魚すくいの代金で手打ちとなった。金額の違いに和也がグチグチ言っていたが、気にしない。とりあえず、結果を言えば金魚は取れなかった事だけを記載しておこう。
色々とあったものの、楽しい祭りだった。旅館に戻ったのは午後七時。それから食事を食べ、温泉に入り、一日を終えた。
明日で旅行も終わる。楽しい旅行だった。それは間違いない。
だが同時に、生徒達の次なる試練への前触れであり、笑顔を浮かべながらもまだ完全に影がぬぐい切れていない芽衣の表情が、それを物語っていた――――――。
今回もありがとうございました!
色々新たな課題が生まれつつ、旅行も終盤ですね。色々あったなぁ……と、一人感慨にふけっています。こんなご時世で旅行も中々行けませんが、また行きたいなと、話書いてて思いましたね。
そんな感じの四十七話です。
第三章も、残すところ後僅か。四章の構成は大体できていますので、近日中には更新出来ると思います。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




