第四十六話 =終戦と不穏=
第四十六話です。よろしくお願いします。
「――――――――ッ‼‼‼‼‼」
「ハハハはハ‼‼ ずイブん上手に踊レル様になっテ来タねェ!」
未だ絶叫と絶望を受け続ける死霊が藻掻き狂う姿を、優次郎は心の底から愉しんでいた。
時間なんて分からない。あと何度、この恐怖が続くのかも分からない。分からない事に囲まれる中、痛みと恐怖、そして絶望だけが、死霊のすべてを支配する。
苦しい。死にたい。殺してくれ。
そんな願いが生まれては、すぐに目の前の狂人によってかき消されていた。
腕も、脳も、胴体も、脚も、精神すらも、何度も何度も破壊され、激痛を浴び、そして――――自身の意思など関係なく再生されていく。
もう、死霊の心は崩壊寸前だった。
「ほラ、立チナよ。モう立てル様になっテるデしょ? 時間は有限ナンだから、遊べル時に遊んデおかナイと。ねェ?」
ガタガタと震える身体で、定まらない視界で、優次郎の狂気を全て浴びせられた死霊は、言葉を発さないでいる。
もはや、自分が出せる言葉などないと、知っているからだ。どれだけ言葉を紡ごうと、優次郎へ魔術を放とうと、痛みと絶望になって自分へ返されるだけだと、思い知らされたのだから。
優次郎が更なる絶望を授けようとした時だった。
ようやく―――――死霊の願いは成就される。
「あ……っ?」
一言、そう告げた後、死霊は動かなくなった。狂気に当てられた表情で、跪いたまま止まっている。
その様子を見届け。優次郎は笑顔を消した。さも、つまらなそうに。
「あーあ……終わっちゃった」
優次郎の言葉が届いた時、死霊はゆっくりと姿を変えていく。皮膚が、瞳が、彼の全てが、溶けていく。
最期まで、恐怖に染まった目を優次郎へと向けたまま、絶望の中、死霊は地へと還って逝く。それはつまり、玲奈と叶の戦いが終わった事を意味していた。
不自然な黒い影を遺した砂浜を、優次郎はただじっと見つめる。そこに、先ほどまでの狂気は無く、ただ不機嫌に、玩具を取り上げられた子供の様に。
その光景を見ていたシエルもまた、戦いの終焉を察知した。先ほどまで抵抗を続けていた死霊が動かなくなっている。ゆっくり目をやれば、そこに死霊の姿は無く、同じく影だけが、死霊の存在があった事を教えていた。その影も、時期に消えていくだろう。彼らが生きた物証は、全て消え去る。それが、死霊魔術という禁忌に犯された者の末路だ。
陰影魔術を解除すると、目標を失い行き場をなくした影が、再び主へと戻っていく。
シエルは再度、優次郎へと視線を戻した。彼は相変わらずの眼で影を見つめた後、彼女の視線に応えた。
「引き渡すって約束だったけど、仕方ないよね? シエルちゃんの方だって、そんなになっちゃった訳だし」
「…………承認」
その約束を違えた事には、文句は無い。
だが、それとこれは別問題だ。
「水瀬。断罪。必須。今回。再認識」
「ははっ、そっか! 嬉しいなぁ……そんな殺意を向けられたら、ボクも躊躇しないで済む」
。
シエルは思う。この男は、危険因子だ。必ず抹殺する。自分がこの手で。
優次郎は思う。この子は、新たな玩具になり得る。いつか、心置きなく遊びたいモノだ。
そして、同時に思う。
今はまだ、その時ではない――――――。
「ほら、さっさと帰らなくていいの? 報告、しなきゃいけないんでしょ?」
シエルの周囲が、蜃気楼の様にぼやけて行く。優次郎の言葉通り、この場を離れようとしているのだろうと推測できる。が、しかし。
「…………水瀬」
その前に、シエルは再度、優次郎へ告げた。
「…………殺す。水瀬。私が殺す」
昨日の夜、同じ言葉を告げられた時も、こんな月が出ていたなと場違いな思考が働けば、一陣の風を残してシエルは去っていった。
後に残されたのは、綺麗な微笑を浮かばせる優次郎。そして、風が運んできた、もう一人の魔術師。
ゆっくりと振り返る。そこには、彼の考えた通り、何とも哀しい無表情を張り付けた叶がいた。ゆっくりと、優次郎へ歩み寄る。言葉は、何もない。
間近に迫った叶に対し、優次郎はニコリと、いつもの様に笑った。
「やぁ、叶さん! そっちも終わったんですね! お疲れ様で―――――――」
全て言い終える前に、優次郎は言葉を止めた。目を見開き、少し頬を染めながら。
彼の言葉を止めたのは、叶だった。何も言わず、ただ、彼を抱きしめたのだ。慎重差が殆どない二人。必然的に、優次郎の視線の先に、叶の横顔が張り付いた。ゆるく巻かれた髪が揺れ、彼の顔をくすぐる。両腕はしっかりと背中に回されており、優次郎の身体を強く抱きしめた。離さない、とでも言うように。
「か、叶さん? どうしたんですか?」
少し狼狽えながら、優次郎は問うてみる。だが、叶からの返答は無い。
「心配しなくても、ボクは何ともないですよ? それとも、玲奈に何かされました?」
閉じられていた叶の眼が開かれた。そして、蘇る。
――優ちゃんを救えなかった、哀れな天才魔術師――
玲奈から放たれた、自分が最も言われたくなかった言葉を。自然と、腕に力が入る。叶の体が、かすかに震える。
「叶さん……?」
本当にどうしたと言うのか。玲奈は一体、叶に何をしたのか。
そんな思考も、強くなっていく力によって流された。
「か、叶さん……ちょっと、痛いです」
苦しそうな優次郎の言葉に、叶は我に返った。
そして、勢いよく彼の身体から離れる。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、別にいいですけど……大丈夫ですか?」
「え、えぇ……大丈夫よ。この通り、何ともないわ」
確かに、叶の身体には傷一つ無ければ、服すら破れていない。やはり玲奈と叶とでは、圧倒的な差がある。その事を、優次郎は再認識する。
だが表情は、どこか疲労の色が見えていた。間違いなく、玲奈との間で何かがあったのだろう。しかし、優次郎は敢えて追及する事はしなかった。
「そっか! なら良かったです! じゃあ改めて、お疲れさまでした」
「ありがとう。ユー君もお疲れ様……シエルちゃんは?」
「一足先に帰りましたよ?」
「そう……」
「叶さんも、これから帰りですか?」
優次郎の疑問に、叶は「えぇ」と短く答えた。
「ユー君達は、明日までだったわね」
「はい! もう事は終わったし、明日はのんびりして帰りますね!」
「気を付けてね。瞳達は?」
今度は叶が疑問を口にする。優次郎は微笑み、ある方向へ目をやった。叶もつられてそちらを見れば、自分たちの喧騒など知らない様に、声と光が賑わっているのが見える。
「今日から、あそこの神社でお祭り始まったみたいなんです! 瞳ちゃん達は先に行ってますよ! ボクもこれから合流するつもりです」
「そう、タイミングが良かったのね。これも縁かしら?」
「どうですかねぇ……少なくとも、ボクが神様の立場なら、ボクみたいな人間と縁なんて結びたくないですけど」
ケラケラと笑う優次郎に、叶は一瞬目を細めるが、すぐに微笑みへと変換する。
「でも、せっかくのお祭りなんだもの。楽しんできてね」
「はい! 叶さんも、気を付けて帰って下さいね!」
最も、叶を襲おう等と愚かな事を考える輩はいないだろうが。
叶は優次郎の言葉に応えるかの様に微笑み、転移魔術を行使する。
「ユー君、一つ良いかしら?」
「? 何ですか?」
この地を去る直前、叶は優次郎へと自分の想いを言葉として伝えた。
今、彼に伝えなくてはいけないと、根拠のない確信に背中を押される様に。
「ユー君、私は……私は必ず……アナタを、救ってみせるわ」
再び襲い来る玲奈の言葉を、叶の言葉が押しのける。
「私はもう、間違えない。絶対に。だから…………待っててね」
言葉だけを残し、叶は転移魔術と共に姿を消した。
後に残ったのは、物思いにふける優次郎の姿だけだった。
優次郎を救う。
叶えは確かにそう口にした。そしてその言葉は、優次郎の全身を刺激する。
ふぅ、と一つ息を吐き、空を見上げてみる。そこには、自分を照らす月と星が、憎たらしい程輝いている。
「ボクを救う、か」
ぽつりと言い終えれば、優次郎は視線を移す。これから自分が目指す場所へと。
「…………いこ」
ゆっくりと歩き出した優次郎。
彼の姿が見えなくなった時、海は元の静寂へと戻っていった。
優次郎が向かう先は今、多くの声と光、そして笑顔であふれていた。訪れたものは皆、一瞬の非日常を楽しんでいるのが分かる。
そして、その中には瞳達三人の姿もあった。
「お祭りで食べる物って、なんか普通に買うより美味しく感じるよねー! 何でかな?」
「気分が高まっているからじゃないかしら。気分がいい時と悪い時では、味も感じ方も違うものよ」
現在彼女らは、人波から少し離れたベンチに腰掛け、先ほど買ったベビーカステラをシェアしながら、お祭りの持つ不思議な力を実感していた。
もぐもぐと食べ進める瞳と芽衣。その様子を、和也は頬杖をついて眺めている。何とも不貞腐れた顔で。
「辻上君、何でそんな顔してるのさ! お祭り、楽しくない?」
「いや、楽しいよ。祭り自体はね。財布は全く楽しくないけど」
「奢るって言ったの辻上君でしょ? それに、瞳だって約束通りリンゴ飴奢ってくれたし!」
「『一本』ね。300円だっけ」
「辻上君だって、このベビーカステラ一つだけだったでしょ?」
「『限定特大サイズ』の、千円したやつね」
和也が不機嫌な理由はこれだ。神社に着けば祭りは始まっており、多くの露店でにぎわっていた。しばし色々な店を見たり、催し物を見たりして楽しんでいたのだが、当然芽衣は約束を持ち出してくる。そこで瞳は、芽衣が食べたそうに見ていたリンゴ飴を購入し、約束を果たす。
瞳が終われば、次は和也だ。祭りで売られている物など、値段もたかが知れていると思っていた彼だったが、これが誤算。ベビーカステラを売っている店に来てみれば、十個限定の謳い文句で件のサイズが売られていた。
お返しとばかりにニヤニヤと笑う芽衣を見て、何でも奢ると言ったことを後悔しながらも、約束の盾を貫く事は出来ず。言われるがまま、和也はそれを購入したのだった。
そして、それを三人で食べようと芽衣が言いだし、今に至る。
「別にいいじゃん! みんなで食べようって話になったんだし、現に辻上君だって何個か食べたでしょ?」
「これって会長だけじゃなくて、綾瀬川さんにも奢った事になってると思うんだけど」
「それは詭弁よ。それとも、私にも半額出せと言いたいのかしら?」
瞳が言えば、和也も目を逸らす。言い返す言葉にも、いつもの覇気は無い。今回ばかりは、自分に非があると分かっているのだから、当然なのだが。
だが、これはチャンスだ。そう思いたった芽衣は、意地悪く笑う。
「あれあれー? いつもは生意気な辻上君も、今回ばかりはお手上げかなー?」
「……何、その気持ち悪い顔」
「そりゃあ、こんな顔にもなるよー! いっつもいっつも、君には苦渋を嘗めさせられてきたからねー! 仕返し位しても、神様も許してくれると思わない?」
「会長が勝手に嘗めてただけでしょ。俺は無実だ」
「あれだけからかっておいて、よく言えるわね」
いつもは第三者の立ち位置を崩さない瞳も、今回ばかりは芽衣の味方をする様だ。瞳も、和也の芽衣に対する対応には呆れていた。お風呂では芽衣を咎めたのだから、和也にも同じ事をしなければフェアじゃない。和也も、いじられる側の気持ちを理解するいい機会だ。そう感じたからこその援護だった。
「あはは! 流石にニ対一ともなれば、辻上君も形無しだねぇ! いやー、最高の気分だよ!」
「……そりゃ良かったね」
睨みつける彼の眼にも、迫力は一切含まれなかった。
芽衣はトドメと言わんばかりに、隣にいる和也へと、掴んだカステラを見せつける。袋には、もう何も入っていない。これが最後の一個だ。
「ありゃりゃ、これで最後かぁ。いやー美味しかったよ! 人のお金で食べるお菓子は格別だね!」
「黒岩先生みたいなこと言ってるわよ……?」
思わず瞳が呟くが、芽衣はようやくつかんだ愉悦を堪能するかのように笑った。
どうやら、想像以上に鬱憤はたまっていた様だ。これを食べて、からかうのは終わろうと一人考える。後はのんびりと祭りを楽しめばいいと。
だが、
「甘いね、会長」
最後の最後。窮鼠猫を噛む。
追い詰められた和也が、芽衣への反撃を行った。
「へっ?」
間の抜けた声が、芽衣から漏れ出す。
和也が行ったのは、芽衣が掴んでいた『最後の一個』。それを口で加え、奪い取る行為だった。
「忘れたの? 『最後の一個は意地でも取れ』ってのが、辻上家の家訓だって教えたよね」
今度は和也が意地悪く笑う。芽衣から奪ったカステラを食べながら。また子供じみた事を……。瞳はため息を漏らす。
だが、肝心の芽衣からは何のアクションも無かった。
「会長?」
「芽衣? どうしたの?」
二人して芽衣の顔を覗き込む。
その間も、芽衣は今起きた出来事を反芻していた。
突然、目の前に迫った和也の横顔。思いのほかいい匂いがする髪。そして、自身の指先に触れた―――――――。
「に……」
「に?」
「にぁあああああああああああああああ‼‼」
「ぶふぉっ!」
和也の顔面が圧迫され、妙な言葉が吐き出された。芽衣が和也の顔面に、空になったカステラの袋を押し当てたのだ。
凄まじい勢いで立ち上がった芽衣は、そのまま勢いを殺さず、その場を走りさってしまった。
後に残されたのは、袋が顔面に張り付いたまま首を後ろに倒した和也と、先天性魔術を使っていたら、首が飛んでいただろうな、と今の出来事を他人事の様に眺めていた瞳だった。
「……何でこうなった」
「自業自得ね」
袋伝いに放たれた和也の言葉を、瞳は即座に撃ち落とした。
少し走ったところにある、神社を囲む森の浅瀬。そこで芽衣は立ち止まり、呼吸を整える。彼女の背後には祭りの喧騒がぼんやりと光っており、人々の楽し気な声がかすかに届く。
「はぁ、はぁ……あーもう! 何で辻上君って、あんな無神経なのかなぁ‼」
呼吸が戻った時、思わず芽衣は叫んだ。ほんのり頬が赤いのは、走ったから、それとも別か。今の芽衣には分からない。
「私だって女の子なんだよ!? それなのにあんな! ……あんな……事……」
おもむろに、先ほどまでカステラを持っていた指を見つめる。
思い出されるのは、あの感触。あの顔。
「もう……本当に無神経なんだから……」
不満を口にする芽衣。自分の表情など見える筈もなく、気が付かなかった。
今の彼女の表情は、不満とはかけ離れたものだ。それはまるで――――――――。
「嬉しそうね」
突如として『誰か』の声が耳に届き、はっとする。
誰かに聞かれていたのかと思うと、恥ずかしさが全身を駆け巡った。とりあえず、騒いでしまった事を謝罪しようと、どこか聞き覚えのある声へと振り返る。
「ご、ごめんなさい! おっきい声を―――――――――――っ!」
振り返って、驚愕する。
目は見開かれ、身体がガタガタと震えた。
「あら心外。そんな顔しなくても良いでしょ? せっかく久々に会ったって言うのに……………ねぇ? 芽衣ちゃん」
声の主は、妖艶な雰囲気を纏った女性だった。
自分と同じ色の、自分とは違い長く伸びた髪。露出の多い和装。そして―――――自身を見つめる、色気を帯びた蒼い瞳。
そのすべてが、芽衣の記憶を刺激する。
間違いなく、この女性は自分の知っている人物だ。
かつて共に過ごし、共に笑い、共に泣き―――――――――そして、絶縁した女性。
「お姉……ちゃん……」
震える声で、芽衣は彼女を、かつてと同じ様に呼んだ。
今回もありがとうございました!
これで本当に戦いは終わりです。三章も、後2,3話で終了予定となります。まだ作品は続きますが、ひとまず此処までお付き合いいただき、ありがとうございます!
そんな感じの四十六話です。
生徒達の会話を描くと、日常が戻った感じで安心しますね。完結はいつになるか分かりませんが、これからもまだまだ頑張ります!
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




