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灰色の世界  作者: ken
第三章
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第四十八話 =料理人の矜持=

第四十八話です。よろしくお願いします

 楽しい時間というのは、どうしてこうも早く感じてしまうのだろうか。

 激動から一夜明けた朝。瞳がチェックアウトの手続きを行っている背中を見ながら、優次郎はぼんやりと考えていた。

 現在午前九時五十分。滞在時間ギリギリまで休もうと九時ごろまで眠り、その後は朝食を食べ、現在に至る。


「あーあ、一日が五十時間ぐらいあったら良いのに」


 そんな事を口にするのは芽衣だった。その表情からは、本気で残念がっているのが分かる。昨日に最悪の再会を果たした彼女だが、もう大丈夫の様だ。と言っても、たまに黄昏る時はあるようだが。

 

「良い事ばっかじゃないでしょ。五十時間もあったら、相対的に講義時間も伸びるんじゃない? 三時間くらいに」


「うげっ、それはちょっと……」


「ははは! ボクも勘弁して欲しいかな! そんなに話してたら、喉枯れるし」


「そこ?」


 他愛のない会話をしながら、三人は今回の旅行に思いを馳せる。

 イレギュラーもあったが、楽しかった。それは嘘偽りない、四人の本心だ。運よく祭りにも足を運べたし、海でも遊んだ――というより戦った――。

 旅館も老舗だけあってサービスも行き届いており、温泉に浸かり日ごろの疲れも癒すことが出来たし、最終的には良い旅行だったな、と思う。


「それに、料理もおいしかったなー! 私、三木さんの料理以外で初めて感動したかも!」


「あー、確かにうまかったね。材料が良いのもあるんだろうけど、それを差し引いても三木さんの料理と同じか、もしかしたらそれ以上だったかもね」


 二人の感想に、優次郎も心中で同意する。

 二日間の内に食べた料理は、どれも『一流』と呼ぶに相応しい味だった。椎名が作るのは大衆食なので、旅館の懐石料理とは比較できないが、出来るものなら御代わりしたかったものだ。


「しーちゃんが聞いたら、『どこの旅館だ』とか言ってきそうだなぁ……」


 そんな事を呟けば。


旅館うちの料理をそこまで褒めて頂き、有難うございます」


 不意に女性の声が聞こえ、三人は一斉に振り返る。

 そこに立っていたのは、声色に見合った貫禄を持つ高齢の女性。齢八十を超えていそうだが、その佇まいからは気品が溢れている。


「あのー、アナタは?」


「突然申し訳ございませんでした。私は、ここの料理長を務めております『臼井うすいたえ』と申します。私共の料理に、お褒めの言葉を頂けているのを耳にしまして、つい嬉しくなり声をかけてしまいました」


 美しく微笑み、頭を下げる妙に、芽衣も慌てて頭を下げた。和也も小さく会釈し、優次郎はじっと妙を見つめている。


「とんでもないです! それに、本当に美味しかったです! ごちそう様でした!」


「そう言って頂ける事が、私にとって何よりも励みになります。ご宿泊のお客様以外にも、お昼処として料理を提供させて頂いておりますので、またこの地に御縁が御座いましたら、お立ち寄りください」


「ありがとうございます! 是非、また頂きに来ますね!」


 そんな会話の最中も、優次郎は妙から目を離さなかった。それを感じ取り、妙も彼を見据え、口を開く。朗らかに笑いながら。


「水瀬様。どうかなさいましたか?」


「あーいえ、すみませんジロジロと。ただ、ボクを見ても普通に接してくれる方に会ったのが珍しくて!」


 優次郎は、申し訳なさそうに笑う。今日の朝から、自分とすれ違った人々が、何処か怯えた様子を見せていた事は気付いていた。シエルが帰り迷彩魔術の効果が無いため当然なのだが、それでも昨日の祭りの間は効力を発揮していたのは、彼女からの置き土産だろうと思っている。推測でしかないが。

 だが、妙は違った。水瀬優次郎だと認識しながらも、こうして普通に対応してくれている。それが、少し気になったのだ。

 そんな優次郎の疑念に。妙は笑って答える。


「私にとって、お客様は皆平等です。どんなお客様であれ、過去に何をしていたのであれ、差別する事などありません。食事を求め、宿を求め、湯治とうじを求めいらっしゃる方々には、最大の敬意と歓迎、そして食事を持って迎えるのが、私共の仕事ですから」


「そうですか! 素晴らしいプロ意識ですね、感服します!」


「ありがとうございます」


 ニコリと笑えば、妙もまた頭を下げる。

 そんな中、優次郎の脳裏に、学生時代に聞いた言葉が顔を出した。その言葉の主と妙とでは客への態度は全く違うが、料理人としてのプライドは同じなんだな、と何となく感じる。

 そんな時、瞳が手続きを終え、こちらへ歩いてきた。


「お待たせ。そちらの方は?」


「あ、お帰り瞳っち! この旅館の料理長さんだって!」


「そうでしたか。二日間、お世話になりました。料理、とても美味しかったです」


「ありがとうございます。また是非、お立ち寄り下さい」


 妙の言葉に「はい、是非」と返し、瞳は会釈する。


「じゃあ、名残惜しいけど行こっか! 妙さん、本当にありがとうございました! また、絶対来ますね!」


「どうも。ありがとうございました」


「えぇ、いつでもいらしてください」


 軽く別れの挨拶を済ませ。四人は出口へ向けて歩き出す。


「水瀬様」


「はい?」


 最後尾を歩いていた優次郎を、妙は呼び止めた。

 何事かと振り返れば、そこには先ほどの笑みでは無く、厳格な貫禄ある表情を携えた妙がいた。


「今、水瀬様は魔術学院の講師をなさっていると耳にしましたが……」


「ありゃ、こんな離れた所まで伝わってるんですか? でも、事実ですよ! ボクは今、魔術講師をしてます」


「そうですか。では……」


 次に妙から放たれたのは、聞き覚えのある名前だった。


「『三木椎名』という料理人を、御存じでしょうか?」


 三木椎名。

 その名前は、確かに知っている。知らない筈がない。というより、先ほど彼女の言葉を思い出したばかりだ。

 優次郎は、正直に答えた。


「はい、知ってますよ! 今、日本魔術学院の学生食堂で料理長をしてます!」


「料理長ですか……あの生意気な小娘が」


 それは優次郎が初めて聞いた、決して上品ではない妙の言葉。やはり思った通り、この女性と椎名とは何か縁があるようだ。

 しばし優次郎から視線を外していた妙だったが、やがて向き直る。


「あの子は……」


 一度言葉を止めた。優次郎は黙って、次の言葉を待つ。

 そして。


「あの子は……元気にやっていますか?」


 まるで娘を心配する母の様に、妙は問うた。年齢差を考えれば、孫と祖母かもしれないが、どちらにしても同じことだ。

 優次郎は、ニコリと笑ってそれに答えた。


「えぇ、元気ですよ! いつもいつも、美味しいご飯を作ってもらって、助かってます!」


「――――そうですか」


 それだけ言うと、妙は頭を下げた。


「呼び止めてしまい、申し訳ありませんでした。では、私はこれで。水瀬様も、また訪れる機会がございましたら、遠慮なくいらしてください」


「はい! ありがとうございます!」


 もう一度軽く会釈をして立ち去る妙の背中を見つめながら、優次郎は笑った。

 椎名に対して『小娘』と言っていた時。妙が嬉しそうに笑っていたのを思い出しながら。






 その日。魔術学院の学食はいつも通り開業していた。

 だが、いつもと違う事が一つ。昼真っ盛りの時間帯だと言うのに、客は一組しかいなかった。天気は晴れ。日曜日。絶好の外出日和だ。

 原因は一つ。明らかに()商売・・をしていないであろう四人組が、食堂を乗っ取っているからだ。

 

「椎名さん、良いんですか? あの人たちのせいで、他のお客さんも逃げちゃいましたよ?」


 心配そうな声で、胸に「森野」と書かれた名札をつけた女性従業員の一人が言葉を発したが、椎名は料理を作る手を止める事も無かった。

 先ほどまで客で溢れ賑わっていた店内も、今は昔の話。別の意味で騒がしいが。彼らが来店した時、森野は来店を止めようとした。他の客も怖がっていたし、何より自分も怖かったからだ。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ四人の話を聞いていると、どうやら叶や優次郎が今、学院にいない事を聞きつけたらしい。

 世界的に著名な天才と狂人がいないとなれば、恐れるものは何もないと言わんばかりに、今日こうして来店したという事だろうと、境子は推察する。

 どんな時代になっても、ああいう輩はいるもんだなと、ぼんやり考えながら。

 そして、思う。森野の言っている事は最もだし、対応としても正しかっただろうと。

 だが椎名は止めた。「構わないから席に通してやれ。責任はうちが取る」と、そう言ったのだ。

 

「構わないっつったろ。いいから普通に対応しな」


「でも……」


 森野は椎名の答えに反論しようとするが、出来ずにいた。ここの料理長は椎名だ。全ての決定権は、彼女にある。彼女が良いと言えば、もう何も言えない。

 そんな二人を見かねて、境子が口を開いた。


「三木さん、森野さんがいう事は最もだと思うよ? もし噂が広まったりでもしたら、他のお客さん怖がって来なくなっうかも知れないし」


「古谷」


 境子の言葉に、椎名は手を止めず答える。


「お前、あの客から金受け取ったか?」


「え? 受け取ったけど……」


「だったら問題ねぇだろ。金を貰ったからには、精神誠意飯を作る。そんだけの事だ」


 それとも、と言葉を続け、火を止める。境子へと振り返った椎名の眼は鋭く、思わず肩を震わせた。


「お前はうちに、客を差別しろって言ってんのか?」


「そういう訳じゃ、ないけど……」


 言い淀む境子に、椎名はため息を漏らした。


「これは昔、調理師学校で講師に言われた事だがな。

 客は皆平等だ。どんな輩であろうと、差別するな。飯を食いにきたなら、命かけるつもりで飯を作れ。相手がルールを守るなら、こちらも誠意をもって接しろ。それが料理人としての矜持だ。最初は意味が分からなかったが、今は身に染みてるよ。まぁ、とんでもねぇクソババァ(・・・・・)だったがな」


 最後は吐き捨てながら、椎名は言った。

 境子にも意味は分かる。だが、理解はまだ出来ずにいた。確かに差別や贔屓はするべきでは無いと思うが、今回ばかりは別では無いかと。

 そんな彼女を見れば、椎名も笑う。


「今は分からなくても良い。お前がもし将来、料理を生業にするってんなら、そのうち分かる時が来るもんさ。それに……うちの客は、こんな事で来なくなる連中じゃねぇよ。この時期、よくある事だ」


 その言葉に、境子と森野と顔を見合わせた。

 よくある事とは、どういう事かと。


「おい! 何喰っちゃべってやがる! さっさと飯出せや!」


 そんな時、四人組の一人がそんな事を叫んだ。

 そちらを見れば、明らかに不機嫌な態度でこちらを睨んでいる。


たかが(・・・)飯作るのに、どんだけ時間かかってやがんだ!? 客を待たせんじゃねぇよ!」


 一人が叫べば、他の三人はニヤニヤと笑う。

 本当にどうしようもない連中だと、境子は心の中で悪態をつく。そんな時だった。



「五 月 蠅 ぇ ‼‼ 」



 椎名の声が、学食に響いた。境子と森野はもちろん、先ほどまでニヤニヤと笑っていた四人組も、思わず顔がこわばる。

 普段なら、迷わず睨みつけてやる所なのだろうが、それも出来ないでいる。

 それほどまでに、椎名が彼らに向けた眼光は鋭く、気迫のこもったものだった。


「いいか! テメェ等みたいなどうしようもねぇ連中だろうと、学食ここのルール守るってんなら、いくらでも飯は作ってやる! だがな! ルールを守れねぇなら話は別だ! 今はテメェ等しかいなかいもしれねぇが、関係ねぇ! 此処は公共施設なんだよ! ウダウダ騒ぎてぇんなら帰って出前でも頼みやがれ!」


 椎名の言葉に、四人は押し黙る。おそらく、たかが(・・・)料理人、それも女だからとナメていたのだろう。それが、こうも鬼気迫る表情で怒鳴りつけられれば、無理もない事だ。

 そして、彼らはまだ気づいていなかったが、椎名に一番言ってはいけない言葉を口にした。だからこそ、椎名は止まらないのだ。


「それとお前、今なんつった? 『たかが飯』だ? 社会をなめんのは勝手だが、うちの前で料理を侮辱するなら、今すぐ出てけ! んな馬鹿共は客でもなけりゃ、飯作る義理もねぇんだよ! 分かったなら黙って待ってろ! 耳障りだ!」


 境子達も、思わず身体が震えそうになった。

 今まで何度か、椎名が客を咎める所は見た事がある。だが、今日はその時の比じゃない。

 当然だ。料理を侮辱したのだ。よりによって、椎名の目の前で。それに彼らは知る由も無いだろうが、椎名は『自分は向いていない』としつつも、この学院を首席で卒業した人間だ。ただのチンピラに引けを取る様な人物ではない。


 そして、そんな時に思わぬ助っ人。もとい、彼らにとっては絶望とも思える人物が来店した。


「あら? 随分と騒がしい様だけれど……もしかして、お取込み中だったかしら?」


 カラカラと来店を告げる音を聞き、その場にいた者が一斉にそちらを見た。

 そこに立っていた人物―――――――綾瀬川叶を見て、男たちは絶望し、境子達二人は内心安堵する。

 そして椎名はと言えば、普段と変わらず叶に接する。


「叶じゃねぇか。帰ってたのか?」


「えぇ、ついさっき。お腹もすいたし、久しぶりに椎名さんのご飯を食べたくなって来たのだけど……良いかしら?」


「構わないさ。古谷、席に通してやりな」


「あっ、うん……どうぞ、学院長」


「ありがとう、古谷さん」


 静寂の中、境子は叶を席へと通す。ちらりと椎名を見れば、通すべきテーブルを目でさした為、指示通りに案内する。

 叶も椎名の意図を察し、そちらへと歩み寄り、座った。


 四人組の、真隣の席へと。


「今、お水持って来ますね」


「お願いするわ」


 ニコリと境子に笑いかけた後、叶は四人へと向き直る。

 四人の身体が震える。それもそうだ。今自分たちの隣にいるのは、世界中の魔術師が憧れ、慕い、そして恐れている人物なのだから。

 しばし四人を見つめた後、やがて叶は笑いかけた。


「楽しそうにお話していたのに、ごめんなさいね?」


 叶の声に、四人は目を逸らした。

 これでもう騒ぐ事も無いだろうと、境子達二人は顔を見合わせて笑った。


「叶、注文はどうする? またいつものカルボナーラか?」


「えぇ、お願い」


「あいよ。森野、代金受け取ってくれ」


「はい!」


 椎名に言われ、森野は満面の笑みで答える。先ほどまでの恐怖から解放された事による安心が表情全体に染みわたっていると分かれば、椎名も呆れ気味にため息をついた。


「古谷」


「ん?」


 叶に水を運んだ後、厨房に戻る境子を出迎えたのは、四人分の料理をカウンターへ置いた椎名だった。


「あっちの連中に、これ運んでやんな」


「…………了解」


 かすかに微笑みながら、境子は料理を届けに向かった。ああは言いつつも、結局食事は提供するのだから、やはり椎名も素直じゃないなと、内心おかしく思いながら。

 その後、四人がかきこむ様に食事を終え、足早に去っていったのは言うまでもない。

 帰り際、「ご来店どうも」と礼を述べた椎名に対し、その内の一人が「うまかったです……」と遠慮気味に伝えたのが、妙に印象に残った。

 そして叶は笑みを浮かべ、素知らぬ振りで食事を堪能するのだった。

今回もありがとうございました!

料理を作る人って凄いですよね。色んなお客さんがいて、中にはイライラするような人もいるだろうに、注意をしたりする事はあっても、食事には一切手を抜かない。

昔バイトしてた料理屋さんで、今回のお話にあったような場面に一度だけ遭遇した事がありますが、店長のプロ根性に脱帽したものです。


そんな感じの四十八話でした!

次回で第三章は終わりになります。途中難産もありつつ、何とか此処まで来れました。皆さん、お付き合い頂きありがとうございます! これからも頑張ります!


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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