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灰色の世界  作者: ken
第三章
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第四十四話 =無慈悲な救済=

第四十四話です。よろしくお願いいたします。

 優次郎と死霊の戦いが始まった事を確認し、シエルも臨戦態勢をとった。目の前には、同じく死霊。皮膚は爛れ、右目は繰りぬかれ、全身に夥しい傷跡を纏いながらも、『コレ』はまだ活動を続けている。

 これが禁忌に数えられる死霊魔術なのだと実感すれば、自然と短刀を握る両手にも力が入った。


「……不憫」


 無意識に、シエルの口から言葉が漏れた。

 コレには既に意思も命も無い。術者が行使を解除しない限り、否応にも活動を続けなければならない、哀れな存在だ。

 ならば、自分のやるべき事は決まっている。


「―――――救済」


「+‘‘+‘*+‘‘‘+*‘‼‼」


 死霊が、シエルへと雷を放つ。彼女はそれを、右手の短刀で弾いた。しかし、雷は活動を止めず、数度の方向転換を繰り返した後、再びシエルへと襲い掛かる。

 シエルにとっては予想範囲。この攻撃は、先ほど確認した。優次郎との戦いで、だ。

 今度は身体を翻し、それを避ける。雷はシエルをすり抜け、あらぬ方向へと飛んでいくが、やはり消える気配はない。

 優次郎がやった様に、受け止めて自身の魔術へと変換する事が出来れば話は早いが、生憎シエルはそんな手段を持ち合わせていない。あれは優次郎が独自に行っている魔術だ。彼の手ほどきを受けている生徒ならまだしも、彼女に扱える道理はない。

 だが、彼女とて取締委員会の人間。この程度では慌てる様子も無かった。

 慌てず、焦らず。自分に対し殺意を抱く雷をかわし続ける。その度に雷は向きを変え、彼女を襲い続けた。


「*+‘*+‘{*+*+‘+*+*+*+*+‼‼」


 死霊は雷を操る手を止めない。シエルを確実に殺そうと、何度も何度も彼女へと使役し続けた。

 だが、『ソレ』は気付かない―――――否、気付けるはずがない。『ソレ』は死霊。意思などなく、ただ魔術を操るだけの、玲奈の『道具・・』なのだ。


 だからこそ、死霊は気付かなかった。シエルが攻撃を躱すたびに、自身へ向けてゆっくりと近づいてきている事に。


「……好機」


 ある程度近づいたところで、シエルは短刀を構える。そんな事はお構いなしに、雷は彼女を襲った。

 そして――――――シエルは短刀で、その雷を()()。強引に方角を変えられた雷は、彼女の左。主である死霊へ向かって飛んで行った。

 『ソレ』は咄嗟に躱すことなど出来ず、そのまま脳を直接貫かれた。上半身が、物理的法則に従い後ろへとのけぞる。

 だが、その程度では死なない。そもそも死ぬことが出来ない身体だ。ゆっくりと上体を戻した。そして、目の前には――――――――


「断罪」


 短刀を死霊の首元へ突きつけた、シエルが立っていた。

 彼女はそのまま、短刀を振り上げる。本来飛沫を上げる筈のものは無く、死霊の頭は呆気なく宙を舞った。やはり死した人間からは、血など出ないのかと漠然と感じながら、シエルは頭部を失い、倒れ行く死霊の身体を眺めていた。

 死霊の弱点の一つは頭脳だ。ソレらは考えると言う行為を実施する際、普通の人間より数歩遅れる。意思も感情も全て取り上げられたからこその弱点と言えるだろう。シエルの今の行動が、遠方からであれば。死霊でも判断が間に合い、躱す事も、受け止める事も、もしかすると解除する事だって出来ただろう。


 だが、近距離ならばどうか。

 答えはNo。『咄嗟の判断』など出来ず、なすが儘に貫かれる事となる。


 それが、シエルの目的だった。自身が受け流した際、確実に相手を仕留める為、ゆっくりと、確実に、距離を詰めていたのだ。

 見事に彼女の目論見は的中した。死霊は躱す事等出来ず、なすが儘貫かれた。しかし、死なない。死ぬことが許されていない。

 それもまた、シエルの予想範囲。

 彼女の狙いは殺す事ではなく、『戦闘不能』に追い込む事だ。

 頭に矢を受ければ、当然後ろへと倒れてしまう。それは人間も死霊も変わらない。そして倒れてしまえば、死霊の視界から、一瞬シエルの姿が消える。

 後は今の通り。視界から外れている間に距離を詰め、起き上がった所を狙い首を落とせばいい。

 いくら死霊と言えども、首を落とされれば、しばらくは活動出来ないだろうと踏んで。

 倒れもがく『ソレ』を、シエルはしばし見つめる。首を失い、視界が奪われたことで、身体を思うように動かせていない様だと確認すれば、どうやら自分の目論見は当たったらしいと、心中安堵する。

 死霊との戦いは初めての経験であったが、彼女も取締委員会の上位魔術師に数えられる逸材だ。流石と言う他はないだろう。


 だがここで、シエルも、一つだけ誤算が生じた。


 その誤算を察知し、一瞬目を動かした後、後ろへと飛んだ。

 胴体から離れた死霊の首が、じわじわと焼かれた様に溶けていったのだ。そして同時に、死霊の首から、再びあるべきモノが蘇る。

 数秒の出来事だった。その数秒で、死霊は再び先ほどまでの姿を取り戻したのだ。


「……再生能力。誤算」


 シエルの誤算。それは、死霊の持つ再生能力。

 これは、普通の死霊魔術には付加されていない能力だ。死霊魔術を極めた先に見える、新たな境地の一つ。

 死霊魔術の最高到達点は、死霊が生前の意思をそのまま持った状態で生み出す事だと聞いた覚えがある。今回は意思を持っていない為、そこまで極められた魔術ものでは無いと考えたのが誤算だった。


「*+‘‘+‘‘***‘+++*+‼‼‼」


 死霊はそんな彼女の苦渋など知る由も無く、再び彼女を仕留めようと咆哮を上げる。

 五体欠損による活動不能状態へと持ち込むという手段は、これで断たれた。ならばどうするか。

 シエルの答えは―――――――決まっていた。


「目的。捕縛。移行」


 再生すると言うのなら、捕縛する事で行動を抑える事に目的を変更する。だが、どうやって抑えると言うのか。

 死霊は身体能力も向上しており、魔術も生前のそれより遥かに威力を増している。生半可な拘束では、すぐに解かれてしまう事は明白だ。

 

 しかし、シエルは死霊を確実に捕縛するための魔術を行使出来る。


 瞬間。彼女の周囲に変化が生じた。死霊をまた、それを感じ取る事が出来た。

 だが関係ない。『ソレ』の行動原理はただ一つ。シエルを殺す事なのだから。


「*‘+‘‘‘++‘+'+'+'+'+*‼」


 再び咆哮を上げた。それが合図。再度雷を召喚し、シエルへと襲いかける。だが、変わったことが一つ。

 雷の数は、十は優に超える程の凄まじい数になっていた。それが一斉にシエルへと向かえば、もう避ける事も受け流す事も出来ないだろう。

 無慈悲な雷が、彼女を襲う。

 だが、シエルは動じなかった。ギロリと鋭い視線で、自身に迫る無数の雷を睨みつける。


「目標。補足―――――執行」


 それが、シエルの合図。

 シエルの足元から、無数の黒い『何か』が飛び出し、雷へと向かっていった。

 雷も方向を変え、それを躱そうとする。

 だが、無意味。

 追尾するかの様に、『何か』は雷に巻き付き、そして一つ一つ確実に砕いていく。

 『何か』に阻まれ、追われ、次第に辺りから光が潰え、闇が覆った。

 

 シエルの足元から飛び出たもの。それは『シエルの影』だった。


 彼女は自身の『影』を操り、分離させ、雷に対抗したのだ。

 これは『陰影魔術いんえいまじゅつ』と呼ばれる高位魔術の一種だ。自他関係なく、『影』を自由自在に操る力である。

 シエルが得意としているのは『迷彩魔術』。それは間違っていない。だが、それだけでのし上がれる程、取締委員会は甘くない。

 しかし、それを差し引いても、『陰影魔術』をここまで使いこなせる魔術師も珍しいだろう。魔術学院ですら実践は行わず、理論と存在のみを教える様な代物だ。

 それはつまり、学生が扱うには難しすぎるという事に他ならない。一歩間違えれば、自分自身を闇に飲み込んでしまいかねない、危険な魔術なのだ。

 それを扱えるというのだから、シエル=ノーランドという魔術師の底力も計り知れないものだ。


「*++‘+‘+*‘*+‘‼?」


 そして、雷が一つ残らずへし折られ、シエルの影が辺りを覆った頃。死霊は目の前で起きている事象に付いていけず、妙な『コエ』を上げた。

 今目の前には、確かに死霊自身を睨みつけるシエルの姿があった。

 そして――――――終局。


「――――――断罪」


 その言葉と共に、シエルの右手がかすかに動く。

 同時。

 死霊の身体に、数多の影が巻き付いた。

 その『影』は、死霊の足元から伸びている。つまり、死霊自身の影に拘束されているという事になる。自分の影に身体の自由を奪われる等、何とも皮肉なものだ。

 こうなってしまえば、後はシエルにとって簡単な仕事だ。影の拘束を強め、死霊の身体を砂浜へと引き下ろす。砕かない様に。体を砕いてしまえば、再生を許してしまう。


「*++‘+)‼」


 いくら死霊の身体能力でも、シエルが行使する影を砕く事は出来ない様で、必死にもがく姿が何とも滑稽に映った。

 物理的に砕く事は出来ない。もし魔術を行使しようとしても、目の前で自身を見下ろすシエルが、その行為を見逃す筈もない。

 万事休す。既に死霊には、彼女の手から逃れる術は残されていなかった。



「…………完遂」




 ここで、シエルと死霊の戦いは終わりを迎えた。






「……どウやら、向こウは終わッたみタイだヨ?」


 シエルと死霊の戦い。その終局を遠目で確認した優次郎が呟いた。


「シエルちャんが陰影魔術ヲ使エるのは知ッてタけド、随分ト成長シテるみたイダねェ……流石、叶さンの教エ子なダケあるヨ」


 優次郎が、まだ現役・・だった頃。何度かシエルとも対峙した事があった。

 その時も陰影魔術を使っていたが、まだ未熟。優次郎が操る魔術によって、悉く苦渋をなめていた印象があった。

 行使する事自体難しい魔術だと言うのに、あそこまで昇華出来ていると認識すれば、シエルのポテンシャルと叶の指導には脱帽の思いだ。


「さァて……ボクらハ、どうスる?」


「*‘+‘+‘+‘**‘++‘‘……‼」


 視線を、目の前の玩具・・へと戻す。優次郎と対峙していた死霊は今、膝をつき、優次郎を見上げている。

 もう何度、身体を落とされただろうか。

 もう何度、地に這いつくばっただろうか。

 数える事すら億劫に思える程、死霊は優次郎によって嬲られ続けていた。それはもう、戦いと呼べるものですらない。

 優次郎にとって、これは遊び。死霊は、玩具でしかないのだから。


「引かナイよネェ? ダっテ、キミ……そウイう玩具にされチャっタんダから」


「++‘‘‘*++++‘‘+‘‘+**‘*+‘‼‼‼」


 もう何度目か分からない雄たけびを上げ、死霊は再び雷の剣で優次郎を襲う。何度もこうして殺しに行った。その度に嬲られ、四肢を切り落とされた。

 だが、死霊は止まらない。止める術など、持っていない。


「……ハハハ」


 ここで、今までとは違う現象が起きた。優次郎が、小さく笑ったのだ。

 振り下ろされた殺意やいば、まっすぐに彼の頭へ落される。そして――――――優次郎はおもむろに左手を上げ、それを掴んだ。

 雷を直接受け止めたというのに、血も流れなければ、手が焼けこげる事も無いのは、おそらく魔術によるものだろう。

 死霊でなければ、次の手を考えられたかもしれないと思えば、何とも滑稽な話だ。


 そして、優次郎は――――――嗤った。


「相変ワらず、面白みノナイ顔だネ」


 ちょん、と。逆手の人差し指で死霊の額を抑えながら、優次郎は呟いた。


「ボク、ソウゆう趣味じァナいンダ。だかラ……そロソろ見セてよ。ボクのダーい好キな絶望かおヲ」


 刹那。

 優次郎が受け止めた刃が、ぐるりと形を変える。

 それは、玉。

 優次郎によって剣としての役割を剥奪されたそれは、そのまま死霊を吹き飛ばした。

 健二の時と同じだ。彼は魔術の主導権を移し替え、行使したのだ。

 そして――――――それによって、死霊に変化が訪れる。


「ぐぁっ……」


 それまで奪われていた死霊の『』が戻ったのだ。

 ゆっくりと起き上がる顔も姿も、今までと変わらない。だが、声は戻っている。そして、声だけではなく。


「ッ! なん……だよ……これ」


 どうやら、『意思』もの元へと戻った様だった。そして、瞳も生前と同じ色を宿している。

 そして、自身の両手を見て愕然とする。皮膚は爛れ、色は青黒く変色し、もはや生前まえまでの面影は無いに等しかった。

 そして、目の前には―――――。


「……ひぃっ!?」


「やァ、お目覚メかイ? 酷イなァ……せッかく元ニ戻しテアゲたって言ウのにさァ」


 邪悪に嗤う、悪魔の顔。


「水瀬……優次郎……」


「ウン、ソうダヨ? キミにトっテは、久シぶりッて事になルノかな」


 言葉と共に、左手が動く。そして。


「ッ!? ガァァァァァ‼‼」


 死霊の叫びが木霊した。理由は簡単。れば(・・)かる(・・)


 死霊の左手、肘から先が吹き飛んだのだ。


 形容しがたい痛みが、彼を襲う。腕が焼かれたように熱く、意識が飛んでしまいそうだった。

 だが、それは許されない。彼は、死霊なのだから。もう……生ある頃と同じでは無くなってしまったのだから。

 そして、それを見た優次郎は、愉快に嗤った。


「アッハハハハハ‼ ゴメんねェ? ちョッと手元が狂ッチゃっタかナァ? 意識だケのツモリだったノに――――――――――『痛覚』まデ、戻シチゃッた見たイ」


「――――――――ッ! ア゛ァ゛‼ はぁ……はぁ……」


 不意に痛みが消えた。

 荒い息遣いで、何が起こったか分からない死霊は左腕を見る。そこには、何事も無かったかのように腕が生えていた。


「それグらイじャ、何トもないヨねぇ? だッて君……もう死んじャッてルんだもン」


「死―――――ッ!?」


 死霊の脳裏に、つい(・・)ほど(・・)の光景が浮かぶ。

 水瀬優次郎からの逃走。

 友人の死。

 そして―――――友人と自分を殺した、少女の笑顔。


「アァ……ッ‼‼」


 記憶に圧し潰され、雄たけびを上げそうになったが、それも叶わなかった。

 今度は右足が、目の前の悪魔によって吹き飛ばされたのだ。彼の戻りたての脳を、再び痛みが支配する。


「あァー、良イねェ、ソノ顔……それガ見たかッタんだヨ。戻シてあげタ甲斐ガあッたなァ」


 死霊の意識と痛覚。それが蘇ったのはいつか。答えは、優次郎が人差し指を額に当てた時だ。

 あの時。優次郎は死霊の中にある死霊の魔力と、そこに覆いかぶさっていた玲奈の魔力を支配したのだ。

 そして、死霊魔術と彼の身体を直接いじり、意識を戻した。


 自分の大好物である、絶望に染まった顔を見たい。ただ、それだけの為に。


 彼はああいったが、おそらく痛覚を戻したのも故意だったのだろう。


「ホらほラ、セッカく戻ったンだヨォ? 遊ぼうヨ、もっと。心配しナクテも、邪魔ハ入らなイしサ」


 視線を逸らせば、そこに映るのは自分自身を睨みつけるシエルの瞳。その中には、悔恨の念も見て取れる。

 シエルも理解したのだ。優次郎は、自分が陰影魔術による捕縛に打って出ると予測していたのだと。

 陰影魔術は高位の存在。操るだけでも難しいと言う事は述べた。だからこそ、シエルは優次郎を止められない。もし止めに来ようものなら、陰影魔術の管理が疎かになり、今目の前にいる死霊を再度解き放つ事になってしまう。

 全ては、水瀬優次郎と言う狂人のシナリオ通り。それを理解したからこそ、シエルも悔しさを滲ませていた。

 彼女の表情にニタァ……と不気味な笑みを返し、優次郎は視線を再度死霊へと向ける。既に再生は終わった様だ。


「死霊魔術を解ク方法ハ、たッタ一つ。術者……玲奈ガ魔術ヲ解くしカ無い」


 玲奈が死霊魔術を解く場合、考えられる状況は二つ。

 一つは、彼女が飽きて捨てる、という事。

 そしてもう一つは、彼女の意識、もしくは命が失われ、強制的に解除される事。


「残念だケど、キミ達ノ玲奈あるじが叶サんに勝ツ可能性なンて、兆ニ一つも在りハシなイよ。玲奈ト叶さンじャ―――――格ガ違い過ギルからサ。

 まァ、ボクにトっテは、玲奈が勝ツなら、そレハそれデ良いンだケどネ。そノ分キミと遊ベル訳ダし。でモ、相手ガ叶さんジャあネェ……贅沢ハ言えナいさ」


 だから、と優次郎は言葉を続けた。

 死霊を恐怖と絶望の底に突き落とす、愉快そうな、狂気に塗れた笑顔を張り付けて。



「向こウが終ワるマデの間だけデ良イかラ、ボクをしッカり愉しマセテね?」



 

今回もありがとうございました!

これにて、シエル、優次郎の戦いは一旦終局です。一話で済みましたけど、戦闘メインの作品では無いので……ご了承くださいm(__)m


そんな感じの四十四話です。

シエルの戦いが描かれたり、優次郎が相変わらず鬼畜だったりと、色々ありましたが、この章も少しずつ終盤に近付いていますね。

次回からは、叶と玲奈の戦いになります! 叶も玲奈も本格的な戦闘描写を描くのは初めてになりますね。結果はどうなるか……近日中に公開します!


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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