第四十三話 =もう一つの祭り=
第四十三話です。よろしくお願いいたします。
そろそろ始まった頃か。
海を目前に、優次郎は頭を動かした。
玲奈の魔力は、彼も感じていた。おそらく自分を待っているという事も。だが、きっとそうはならないという確信もあった。
あの綾瀬川叶が、あそこまで言い切ったのだから、必ず止める。そんな確信がだ。
それに、一瞬ではあったが結界魔術が発動した気配を感じた。叶の魔力と共に、である。ならば話は簡単だ。
現在、叶と玲奈は交戦中という事になる。
「はてさて、どうなる事やら……」
他人事の様に言ってのけると、底を伝う感触に変化が生じ、優次郎も一度足を止めた。
今彼の目の前には、すっかり日も落ちた空と、こちらを飲み込もうとしているかのような暗黒に染まった海が広がっている。
そして、もう一つ――――――。
「これはこれは……何とも分かりやすい殺意だね」
同時。
優次郎の身体を貫こうと、何かが彼へ一直線に伸びる。優次郎は――――動かない。動く必要も無い、と言うように。
そして―――――衝撃が轟いた。土煙が舞い、海が少しばかり揺れる。
晴れた時、そこに優次郎は立っていた。一歩も動かず。指一本動かず。先ほどまでと同じ様に。
「やぁ、こんばんわ。キミ達が……今回の玩具?」
ニタァ、と不気味に笑い、何かが伸びてきた方角へ目をやる。そこにいたのは――――――『黒』。
足先から頭頂までを黒く塗りつぶした『ナニカ』。人間では顔にあたる部位も同じ色をしているが、仮面のようなものだと見て取れる。
そんなナニカを見れば、優次郎も身体ごとそちらを向く。
しばしの無言。その後、動いたのは『黒』だった。優次郎へ向けて、再び『何か』を差し向けて来る。
「人が挨拶してるのに、失礼な人たちだなぁ」
軽口をたたく優次郎。言葉の内容とは裏腹に、その顔はニタニタと笑わせたままだ。そして彼の顔目掛け襲い掛かる『何か』は――――優次郎に届く前に弾かれた。
おそらく、優次郎が魔術を発動したのだろうと推測できるが、何を使ったのかまでは分からない。なぜなら彼は、やはり身体のどこすら動かしてはいないのだから。
だが、『黒』に動揺は見えない。まるで予想通り、と言った様子だ。
そして、優次郎によって弾かれた『何か』は角度を変え、海の方へ向かう――――しかし。
「へぇ……」
今度は直角に向きを変え、不規則に動き出した。しばし優次郎の周りを跳ね回った後、再び彼へと襲い掛かって来る。
「ある程度の魔術行使は出来てるみたいだねぇ」
再びそれを弾き、優次郎がぽそりと呟く。
相手の行使しているその魔術は、ある程度操作可能なようだ。そして、一度や二度弾かれた程度では消し去る事が出来ない位の強度も備わっている。
だが、尚も優次郎は動じない。そうでなければ面白くないのだから。
その間にも、『何か』は優次郎を貫こうとする姿勢を崩さない。そして優次郎も、それをいとも簡単に、文字通り『指一つ動かさず』弾き続ける。視線は目の前の『黒』を見据えたまま。
動きを見せない展開に終止符が打たれたのは、すぐ後だった。
もう一つ、同じ『何か』が追加され、同じく優次郎に襲い掛かったのだ。優次郎はちらりと右。海岸側に目を向ける。もう一つ、コピーしたかの様に全く同じ『黒』が、そこには存在した。
そして―――――――二つの『何か』が、優次郎の身体を貫いた。
『黒』は魔術を操る手を下ろし、彼の死体を確認しようと近寄って来る。
だが
「ダめだナァ……よク確認もしナいデ近寄ッてくルナンて」
その声に、『黒』は足を止めた。
視線の先には――――――――ニタニタと不気味な嗤みを止めない優次郎がいた。
その両手には、しっかりと二つの『何か』が握られている。
「残念だけド、キミたチの雷電魔術じャ……ボクはつらヌけないヨ?」
握られていたのは、雷の矢。
『黒』が行使していたのは、雷の力を自在に操る『雷電魔術』だった。
「かわリと言ッちャなんだケド……ほラ、これ、かエスよ」
言うが早いか、優次郎は握りしめた二つの矢をへし折った。
そして、ゆっくりとその切先を『黒』へ向け、手を放す。彼の手元を離れた直後、それは―――――『黒』の時とはけた違いのスピードで、彼らの仮面を貫いた。
強い衝撃が『黒』を襲い、二つは数メートル吹き飛んだ後、仰向けに倒れた。『黒』が立っていた場所には、割れた仮面の欠片だけが残された。
「なぁんだ、もう終わり……な訳ナイよねェ?」
一瞬つまらなそうに顔を伏せるが、すぐにそれは変貌を遂げる。
今この場を見られていないであろう玲奈が、最も見たかった狂気へと。
「ホら、立ちなヨ。まダ立てるンデしョう? もッと遊ぼウヨ。ボク、ずーットマってたンだよォ? やっト愉しメルンだかラサぁ……」
狂気で全身を覆い、優次郎はケタケタと嗤う。彼にとって、待ちに待った瞬間。誰の目も届かず、誰も危険に晒す事無く、思う存分自分の狂気を解放できる、至福の時。
それが、こんな所で終わる等、許される筈がない。彼はわざと魔術を止めたのだ。仮面だけを破壊した後に。
瞬殺など、趣味ではない。
狂人が望むのは―――――絶望に踊らされた表情。
じわじわと追い詰められた時に見せる、人間の心理。
なのに、こんな簡単にトドメを刺してはつまらない。それが、水瀬優次郎なのだ。
その狂気に応えるかのように、『黒』はゆっくりと身体を起こす。
そして、仮面が破壊され、かぶっていたのであろうフードが取れ、二つの『顔』が露わになった時。
「――――あらアら」
再度、嗤った。
その顔は、見覚えがあって見覚えがない顔。
「久しぶリダねェ……随分トマぁ変わッちャッて」
優次郎の脳裏に、つい昨日の出来事が蘇る。厳密に言えば、昨日の朝の出来事だった。
待ち合わせに遅れた自分たちを待っていた、芽衣と和也。そして――――――今目の前にいる、チャラ付いた男二人組。
だが、違う。昨日の彼らではない。
目は白く染まり、皮膚は青黒く、焼けただれた様に変形している。そして、その身体からは―――――生気を全く感じなかった。
これではまるで、『死人』の様ではないか。
「玩具ノ趣味が悪イ玲奈も……流石に手ヲ加えたミたいだねェ」
優次郎は、こうなった人間を知っている。
そして、人間をここまで堕とす術も、心当たりがある。
彼らは殺されたのだ。何者か―――――否、天ヶ崎玲奈に。
コレは、彼女が得意とする魔術だ。死体を蘇らせ、術者の命令にのみ忠実に従う不死の下僕として行使する、禁術の一つ。
「死霊魔術……ねェ」
さも愉しそうに、優次郎は嗤う。
死霊魔術。
今の世の中では、こんな魔術を行使する事など、当然許されていない。禁忌に数えられる魔術の一つだ。
玲奈が叶に対して使った、『コレクション』と言う言葉が意味するものは、つまりこういう事だ。彼らもまた、その一つに加えられた者たち。玲奈の気分で殺され、気分で使役され、気分で捨てられる――――ー哀れな玩具に成り下がった姿。
「「‘++**‘‘+‘‘‼‼」」
最早『言葉』とは判別できない、ただ本能のままにあげられた『コエ』と共に、『人だったモノたち』は優次郎へと向かってくる。
凄まじいスピードだ。凡そ人間が出せる速度ではない。
これも、死霊魔術の特徴の一つ。魔術も身体的能力も、全てが生前より向上する。術者の実力にもよるが。
先ほどの雷電魔術も踏まえ、これほどまでの能力向上が見て取れるという事は、玲奈の術者としての力も相当なものなのだろう。
優次郎は嗤ったまま、それと戯れようとするが―――――
「執行対象。認識」
それは敵わなかった。
突如現れた第三者によって、二つの死霊は再度吹き飛ばされた。
衝撃の晴れた先に見えたもの。それは、
玩具を取り上げられた子供の様に、さも詰まらなく、興覚めといった感情を隠す事無く第三者の姿を見つめる優次郎。
彼の前に立ち、両手に短刀を携え、ギラリと金色の瞳を鋭く光らせた状態で、死霊を睨みつけるシエル。
この二人だけだった。
「……シエルちゃん、邪魔しないでくれるかな? 多分、今も迷彩魔術で周りには見えない様にしてくれてるんだろうし、それには素直に感謝するけどさぁ……やっと心置きなく魔術を行使できると思ってたのに」
狂気を納め、優次郎はシエルに向けて言葉を吐き捨てた。不貞腐れた子供の様に。
やっと面白くなって来た所だったのに、と付け加える優次郎を、シエルはギロリと見据える。
「水瀬。狂気。危険」
「別に良いでしょ? 今誰もいないんだし、それに……今一番危険なのは、アレじゃないの?」
優次郎が指さす先には、再度立ち上がろうとする死霊ふたつ。その心臓部には、シエルによって空けられたであろう穴が見えた。
だが、シエルも言葉を彼へ突き立てる。
「正論。死霊魔術。禁忌。違法。私。取締委員会」
「つまり、違法魔術の相手するのは取締委員会の仕事だって、そう言いたいわけ?」
こくり。シエルが頷いた。
彼女の言い分は最もだろう。くどいようだが、死者の冒涜に等しい死霊魔術は禁忌だ。行使する事等、当然違法である。
ならば。違法魔術の相手ならば。
シエルや叶の様な、違法魔術師取締委員会が動かなければならない。それは優次郎も分かっている。
だが、優次郎とて引かない。
「じゃあ、こんなのはどう? ボクがあっちの相手するから、シエルちゃんは向こうの相手してよ。当然、終わったら取締委員会に引き渡すし。それなら良いでしょ?」
「否定」
即答。
「水瀬。魔術。危険。行使。非推奨」
「えー? 良いじゃん、ケチ! それに……ボク、もう叶さんから聞いてるんだよ? キミ達がやろうとしてる事」
シエルの眼が見開かれた。
対する優次郎は、意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「ほらほらぁ、まだバラされたくないでしょー? だったら、ここは一つボクの提案に乗っといた方がいいんじゃない?
それに、今ボクがいなくなったりでもしたら、玲奈も黙っちゃいないよ? あの子、下手な事すると何しでかすか分からないって事、キミも良く知ってるでしょ? 多分今、玲奈の相手は叶さんがしてるんだろうけど……叶さんにとって不利益になる事、シエルちゃんがやっちゃって良いのかなぁ?」
相変わらずのいけ好かない笑顔に、シエルはムッとした表情で返した。彼は今の状況も、そしてシエルが叶に抱く親愛の情すら知り尽くし、断れない方向に誘い込もうとしている。
やはりこの男は嫌いだと、心の底から湧き上がる感情を何とか抑え込むシエルが口を開く。
「疑問。水瀬。死霊。執着。何故?」
シエルの最後の抵抗に、今度は無邪気な笑顔を見せた。
「目の前に大好物があるんだよ? 放っておく人の方が珍しいでしょ! それに……」
ふと。
優次郎は遠く離れた灯りに目をやった。綺麗なライトアップの他、賑やかな光が目を刺激する。おそらくあそこでは今、大勢の人間が祭りを楽しんでいる事だろう。
その中には―――――――愛する生徒達三人の姿もある。
「『野暮用済ませてから行く』って約束したからね! 途中で放り投げちゃったら、ボクが怒られちゃうし!」
そう言って笑う優次郎を見て、シエルは直感する。おそらくその約束の相手は瞳だと。敬愛する叶の妹だ。当然、彼女も面識がある。
叶だけでなく、瞳の存在まで仄めかされれば、シエルも諦めるしかなかった。
「……邪魔。私。判断時。水瀬。静止。条件」
邪魔はするな。邪魔をすれば、否応なしに止める。シエルが言いたいのが、そういう事だと理解した時、優次郎も笑みを深めた。
それはつまり、シエルが優次郎の誘いに乗った事を意味するのだから。
「それで良いよ。じゃあ……シエルちゃんこそ、ボクの邪魔しないでね」
「…………私。水瀬。嫌悪」
恨み節をその場に投げ捨て、シエルは立ち上がった死霊へ向けて駆け出した。その背中を、優次郎も満足げに見つめている。
思わぬ静止も入ったが、何とか片方の好物は残してもらえたのだから、今は良しとしよう。
「さて……待たせちゃってごめんね?」
ゆっくりと向き直れば、死霊は既に立ち上がり、優次郎へ向けて猛スピードで近づいて来ていた。その手には、雷電魔術によって形成された剣の様なものが握られている。
勢いよく振り下ろされたそれは――――――やはり優次郎によって止められた。先ほどと同じ様に、指一つ動かさず。
「そう慌てないでよ! もう邪魔は入らないしさ! だから――――――もウ一度、ボクらのお祭リを始メヨウか」
シエルがいなくなり、再び優次郎の狂気は顔を出す。
自身の狂気にも臆さず、何度殺そうと蘇る死霊を相手にしても、優次郎は変わらない。
否。少し違う。
彼はより一層、この戦いに愉しさを感じていた。
何度殺しても壊れない。
どれだけ甚振っても咎められない。
そんな状況に。
「それニシても、ほんと災難だネェ……」
同情の言葉を口にするが、その表情はそれとは似ても似つかない。
それはまるで――――――――新しい玩具を手にした子供と同じだ。
「キミ……二回も殺されル事になッちャうんだカラさァ」
「+‘**‘*+‘**‘**‘‘*+*+‘***‘‼‼‼‼‼」
優次郎の無慈悲な言葉と、死霊の『コエ』が重なった。
今回もありがとうございました!
玲奈vs叶に続き、こちらも開戦です。共に死霊と対峙したシエルと優次郎ですが、『共闘』と言う雰囲気では無いですね……どうなる事やら……。
そんな感じの四十三話です。
玲奈の持つ魔術が明るみになり、死霊魔術という新たな魔術も登場しましたね。普通に『死霊魔術』と読ませても良かったんですが……やっぱりネクロマンシーの方がしっくり来るなーと思いまして。作中初めて、英語での魔術名となりました!
死者を操るなんて、当然『禁忌』です。良い子は真似しちゃダメですよ()。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




