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灰色の世界  作者: ken
第三章
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第四十二話 =成長 狂気 開戦=

第四十二話です。よろしくお願いいたします。

 太陽も眠そうに沈む現在、日本魔術学院の食堂は、そろそろ店じまいの時間を迎えようとしていた。

 最後の客を見送った境子はテーブルを片づけ、椎名は湯に浸かっている洗い物の束に手を伸ばし始める。夏休みが始まった当初は忙しなく動いていたものだが、今は少し余裕が出てきた。やはり継続とは偉大だなと、境子は一人思う。


「しっかし、本当に凄いね学食ここ。まさか夏休みに入っても、こんなに繁盛してるなんて思わなかったよ」


「そういや、お前が休暇期間中来た事無かったな。うちの学校、一人暮らしの生徒も多いから、自主勉ついでに此処によって飯食ってくヤツも多いんだ」


 勉強もしないで、飯目当てだけで来るやつもいるけどな。と付け加える椎名の声を聞き、境子は回想する。

 夏休みが始まった当初、学校は休みなのだから、そこまで客も来ないだろうと高をくくっていたが、始まってみれば通常時と大差ない、もしかするとそれ以上の客が開店と同時になだれ込んできたのをみて絶句したものだ。しかも、椎名はこう言っているが、来店したのは学生だけではない。近くに住む学生以外の客も多かった。後で聞けば、長期休暇の間だけではあるが、こうして一般客でも食事を提供しているそうだ。

 椎名は慣れたものだと言わんばかりに動いていたが、自分はそうもいかなかった。手伝いを始めたのもつい最近なのだから、当然と言えば当然だが。

 

「でも、お前も最初に比べりゃ動ける様になってきたじゃねぇか。試しに他の職員全員休みにしてみたが、うまく回ってたみたいだしな」


「まぁね。毎日毎日こんだけ来てれば、流石に慣れるよ」


「頼もしいこった」


 軽く笑う椎名。洗い物を進める背中が、境子には大きく見えた。これだけの人が、休暇にも関わらず彼女の料理を求めて訪れる。今日来店していた男性客が「この時期しか、店長の飯食えないからな!」と豪快に笑っていたのを思い出す。

 彼女の料理が、それほどまでに愛されているのだと感じれば、椎名から直接手ほどきを受けている自分は、なんて贅沢なのだろうかと心の底から嬉しく思った。


「ほら、今日はもう店じまいだ。看板立てて来てくれないか?」


「了解」


 簡単な返事を返し、出入り口へ向かおうとした時だった。ゆっくりと扉が開かれ、一人の見慣れた男性が入って来る。


「あらら、今日はもう閉店だったりしちゃうかな?」


 少し残念そうに笑う男性を見て、境子も声をかけた。


「黒岩先生じゃん。お疲れ様」


「やっほーフルヤちゃん! 夏休みなのに精が出ちゃったりしてるね!」


 ひらひらと手を振る来客は、玲央だった。夏休み中にも来た事あったけど、こんな時間になんて珍しいなと思っていれば、会話を聞いた椎名が二人に近づいてくる。


「黒岩か。今日は随分遅かったな」


「お疲れ様、シーナちゃん。いや、ちょっと野暮用があったりしちゃってね、さっき帰って来たんだ」


「長期休暇中だってのに、ご苦労なこったな」


「お互いにね。それで、今日はもう閉店かな?」


 首を傾げる玲央と、判断を椎名へ委ねた境子が彼女へ視線を向けた。


「残念ながら、今日は店じまいだ……と言いたい所だが、まぁ良いさ。ただし、余りもんで作る事になるが、それでもいいか? 代わりと言っちゃなんだが、お代はいい」


「構わないよ。ありがと、悪いね!」


「あいよ、適当に座ってくれ。古谷、看板立てて来な。それと、お前の賄いも一緒に作るから、終わったら座んな」


「うん、ありがと」


 椎名は厨房へ戻り、二人分の食事を作ろうと冷蔵庫を開ける。境子は看板を立て閉店を知らせた後に、玲央の正面に座った。二人分の水を用意して。


「ありがと、フルヤちゃん。どう? バイトは慣れた?」


「なんとかね。三木さんもだけど、他の職員さん達も優しいし、大変だけど楽しくやらせてもらってるよ」


 水に口をつけながら答えれば、玲央も「そっか!」と嬉しそうに返す。


「それで? もう一つの方は?」


「? もう一つ?」


「料理の事だよ! 聞けば、シーナちゃんに教えてもらったりしちゃってるんでしょ?」


「あぁ……自分じゃ分かんないかな。後で三木さんに直接聞いてよ」


「シーナちゃん、料理に関しては拘りに拘り抜くタイプだったりしちゃうからねー、厳しいんじゃない?」


「本格的に習い始めた初日に、悔しすぎて涙で枕を濡らした程度には」


「何言われちゃったりしちゃったの?」


「まぁ色々と。一番覚えてるのは『ネズミの餌』って言われた事かな」


「うわぁ……」


 思わずそんな声が漏れた。普段は優しい椎名だが、料理に関しては人が変わった様に……それこそ、文字通り『鬼』になる事は玲央も知っていたが、まさかここまでとは思わなかった様だ。

 それほどまでに、三木椎名と言う料理人が料理に対して深い愛情と、並々ならぬ情熱を注いでいる証とも言えるかもしれないが。


「でも、確かにそれも悔しかったけどさ。三木さんの料理食べたら、妙に納得しちゃう自分がいてね。それが一番悔しかったよ」


「そっか。でも……止める気ないんだね?」


「当然」


 玲央の問いに対し、境子は不敵に笑って見せた。


「こんなトコで降りるくらいなら、最初から頼んでないよ。厳しいのは覚悟してたし、いつか絶対三木さんをギャフンと言わせてやるんだから。それまで何があっても止める気はないね」


「……そっか!」


 先の事件の前からもそうだったが、あの経験を積んで、境子は更に優しく逞しく成長した様だと感じれば、玲央も思わず笑った。


「お待ちどおさん。お前ら何話してんだ?」


 その時、ちょうど料理を作り終えた椎名が戻って来た。首を傾げる椎名に、玲央と境子は顔を見合わせた後、互いに笑った。


「いや、別に」


「大した事じゃなかったりしちゃうよ!」


 二人の答えに「そうかい」とだけ答え、二人分の料理を机に置くと、椎名は彼女の定位置、厨房換気扇の下で煙草に火をつけ始める。

 そんな彼女にくすりと笑うと、玲央と境子は食事を口にした。余りもので作った、あり合わせの料理だと言っていたが、そこは三木椎名。普段から出している料理だと言われても差し支えない仕上がりとなっていた。


「あー美味しい! やっぱりシーナちゃんのご飯食べると安心しちゃったりしちゃうね!」


「本当にね。でも、いつか私もこの域に行ってやるさ」


「そりゃ有難いな。それと古谷、心意気は買うが、まだまだ長旅になるだろうからな。その覚悟はしておけよ」


「わかってるよ」


 師弟の会話を聞き、玲央は視線を椎名へと移した。


「ねぇ、シーナちゃん。どう? お弟子さんの様子は」


「あ? そうだな……」


 換気扇へと吸い込まれる煙を見つめ。椎名はしばし考え込んだ。ちらりと境子を見れば、気にしていない様に料理を食べているが、落ち着かないでいるのは明白だ。内心なに言われるかとドキドキだろう。

 やがて、椎名はありのままの感想を口にする。


「まだまだ人様に出せる様なもんじゃねぇな」


 境子の手が止まった。覚悟はしていた様だが、やはり幾何かショックを受けている様だ。

 だが、椎名の言葉には続きがある。


「しかしまぁ、だいぶ出来てきたんじゃねぇの? 『古谷境子の味』が」


 勢いよく椎名へ顔を向ける境子が見たのは、照れくさそうに眼を逸らす彼女だった。


「少なくとも、ネズミにゃ勿体ないもんには、なったと思うがね」


「へぇー……そっか!」


 素直に人を褒められないのは、彼女の性格なのか、それとも料理という彼女の誇りがかかった事に関してだからなのか。

 答えは分からないが、全くそんな性格だと、玲央は一人息をついた。

 だが境子を見てみれば、どうやら彼女にとっては今の言葉で十分らしく、食事を再開していた。心なしか表情を綻ばせながら。


「全く、似た者師弟だったりしちゃうね」


 そんな彼の言葉は、二人には届かなかったが。


「しかし……水瀬たちは今頃温泉でも楽しんでんのかね」


 ふと、特に理由も無く椎名は話題を変えた。

 

「そうなんじゃない? 良いよねぇ、温泉かぁ……そういえば、昔シーナちゃんや皆で行った事あったっけ」


「そうなの?」


 境子の問いに、椎名は笑って答えた。


「そんな事もあったな。あん時も、水瀬が妙な事に首突っ込んで大変だった」


「あーそうだったね! 確か、追われてた旅行客をほっとけないって言ったんだっけ?」


「あぁ。そんでうち等も勝手に巻き込んで来てさ。今となっちゃ笑い話だがな」


 そんな会話を聞き、優次郎が面倒事を起こすのは昔からだったのかと、境子は一人そんな事を考えていた。


「だとしたら、今回も水瀬が余計な事に首突っ込んで、大事になってるかもな」


「まさか。流石の水瀬先生も、生徒がいる中でそんな事しないでしょ?」


 椎名の言葉を否定して見せる境子だったが、玲央と椎名の苦い顔を見れば、どうやらそうでも無いらしい。

 

「綾瀬川たち、妙な事に巻き込まれてなきゃ良いがな……水瀬アイツ、周り気にしないし」


「そうだねぇ……無事を祈るばかりだね」


 境子は二人の言葉を耳に、一人言いようのない不安に駆られた。

 





「じゃあ、先生。私達は先に行ってますね」


「絶対バックレたりしないでよね! 誰かさんみたいに!」


「へぇ、会長もやっと自分を客観的にみられる様になってきたんだね」


「なぁんでそうなるかなぁぁぁ‼」


 もはや恒例となった言い争いを、瞳はやめなさいと静止にかかる。現在、芽衣と瞳は旅館で貸し出されていた外出用の浴衣に着替えていた。どうやら祭りの期間中は、旅館でも宿泊客の為にこういった服を貸し出している様だ。

 二人を素直に褒めた優次郎に対し、昨日の水着に対する素直な誉め言葉は何処へやら、妙な事を口走った和也と芽衣の小競り合いが起こったのは、また別の話。

 

「大丈夫だよ! 後でちゃんと行くからさ! 先に楽しんできなよ!」


「はい、先生も無理はしないで下さいね」


「はは! 瞳ちゃんは心配性だなぁ。大丈夫だって!」


 ケラケラと笑う優次郎にも、瞳は不安をぬぐい切る事は出来なかった。しかし、今はとりあえず不問とする。


「えぇ、信じています……では、また後程。ほら二人とも、行くわよ」


「うぅ、分かったよ。じゃあ、優ちゃん先生! またね!」


「マジでちゃんと来てよ? 俺一人で女子二人の相手なんて、そんなに持たないからね」


「うん! またね!」


 三人は祭り会場、昼間に訪れた神社へ向けて歩き出す。遠くなっていく背中を見ていれば、また芽衣と和也が言い争いを始めたのが見えた。瞳は諦めている様だ。


「さて、と……」


 三人の姿が見えなくなった後、優次郎は踵を返す。目先にあるのは、海。日が落ちかけ、薄暗い空と同化し始めたそれは、昼間の美しさとは違う、何とも不気味な雰囲気を醸し出していた。


「ボクもそろそろ、行こうカな」


 誰に言うでもなく言葉を落とし、優次郎はゆっくりと、されど確実に海へと歩を進めた。

 ――――――――待ちわびたような、狂った笑顔を携えて。






「はぁ……近づいてくる。優ちゃんが……」


 その頃、迫りくる優次郎の魔力を感じ、恍惚な表情を浮かべる少女が一人、海にずらりと並ぶテトラポットの端に座っていた。

 

「また……あの狂気かおが見れる……はぁ……早く来て……優ちゃん……」


 緑の髪を携え、黒いコートに身を包む少女の名は。天ヶ崎玲奈。優次郎に並々ならぬ愛と殺意を向ける少女だ。

 

「レイちゃん……もう限界だよ……早く……早く……ッ!」


 瞬間。

 玲奈の表情がすべてを消し去り、無となった。感じたからだ。彼女にとって最も憎く、腹立たしく、顔すら見たくない様な相手の気配を。そして、自分たち(・・)を優次郎達がいる空間ばしょから遮断する結界の力を、だ。

 無へ還った玲奈の顔に、再び色が戻る。それは先ほどまでとは似ても似つかない、憎悪に塗れたものだった。

 ゆっくりと顔を向けたのは、彼女が座っているテトラポットの反対。ずらりと列をなしたそれの奥に、もう一人誰かが立っている。

 その者は目を細め、普段の彼女とは違う表情で玲奈を見ていた。

 しっかりと―――――明確な敵意を持って。


「本当に……いつもいつも何しに来るのかな……叶ちゃん」


 立ち上がり、玲奈も同じく敵意を剥き出しにしてその人物、叶に問う。


「何かって? 決まっているでしょう。アナタを……ユー君の元へは行かせない。それだけよ。」


「だから、こんな結界もの張ったってわけか。はぁ……叶ちゃんはいつもそうやって、私の邪魔ばかりするよね? あの時も、その前も、それに今も……いい加減にしてくれないかな」


 体中から禍々しい魔力が放たれているのが、叶にも伝わる。玲奈は今、明確な敵意と、そして殺意・・を持って叶と対峙している。

 だが、叶はひかなかった。


「それは出来ない相談だわ。アナタとユー君は会わせない……絶対にね」


「はぁ……叶ちゃん、分かってる? キミはもう、優ちゃんにとって過去の遺物なんだよ? それが今もこうやって出しゃばってこられちゃ敵わないよ」


「……確かに、そうかもしれないわね」


 でも、と叶は続ける。


「それを言うなら、アナタもそうなるのでは無いかしら? ユー君は前の事件で、アナタを前にしても正気を保っていたわよね? それはつまり、アナタはもう彼にとって狂気を向ける相手ですらないという風にも捉えられるんじゃないかしら?」


「……何が言いたいのかな」


 穏やかな口調だったが、その端々からはある感情があふれていた。

 今、玲奈が叶に対し向けているものの一部を担う感情―――――――怒りが。


「分からないなら教えてあげる……玲奈ちゃん、アナタはユー君に相手にもされていないという事よ。私は変わったわ。もう、あの頃の私じゃない。何も出来ない無力な私は嫌だった。だから変わったの。その為に、何度も辛い目にあったけれど、後悔はしてないわ。だって、ちゃんと前に進めたんだもの。私が目指す未来に向かってね。

 でも、アナタはどうかしら? アナタの戯言・・も、想いも、何もかも……あの頃と変わっていない様に思えるのだけれど……アナタこそ、過去に縛られているだけの遺物じゃない」




「五 月 蠅 い ッ ‼‼‼‼‼」




 ありったけの声で、玲奈は叫ぶ。今ここが現実と遮断された結界の中で無ければ、街中の人間に聞かれていただろう。

 しばしうつむき気味の玲奈を見つめる叶。ここまでの憎悪と気迫を前に何事もなく立っていられるのは流石としか言いようがない。

 やがて、玲奈は再度しっかりと叶を見据える。いや―――――睨みつける。


「ねぇ、叶ちゃん……レイちゃん優しいんだ。だから、特別に選ばせてあげる。のコレクション(・・・・・・・)に加わるか、今ここで魚の餌になるか……どっちがいいかな?」


 その言葉は、玲奈が叶へ向けていた殺意が、言葉として放たれた瞬間だった。もう止められない。戦いは、避けられないのだ。まぁ、叶も覚悟した上で、あの様な挑発を投げつけたのだが。

 叶は深く息を吐き、彼女が向ける憎悪に応えた。

 彼女が絶対にしてこなかった、敵意と気迫を詰め込んだ眼で睨みつけながら。


「私をどうするかなんて、アナタが自分で決めなさい……拘置所の中で、ゆっくりとね」


 叶から放たれる魔力が、玲奈のそれを押し返す。

 海が荒れ、遮断された世界に暗雲が立ち込める。

 そして――――――――戦いが始まる。

今回もありがとうございました!

叶さんと玲奈ちゃんがおっかない事になってます。そして、何気に二人とも戦う描写書くの初めてですね。どうなる事やら……(汗)


そんな感じの四十二話です。

ここからは戦闘回が続きます。一体どんな戦いになっていくのか? そして、優次郎が目指してる場所に何があるのか? ご期待下さい!


では今回はこの辺で。

また次回もよろしくお願いします!

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