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灰色の世界  作者: ken
第二章
32/140

第三十一話 =〝創る魔法〟=

三十一話です。よろしくお願いします。


 楠木隆盛の謀反に端を発した事件は、こうして幕を下ろした。

 隆盛は玲央によって校舎外まで運び出され、叶が呼んでいた取締委員会のメンバーでる女性へと引き渡された。刑が決まれば追って連絡する、との事だ。死者こそ出なかったものの、殺人未遂を起こし重傷者も出してしまっている。重罰は免れない。今後、彼が講師として復帰する事は無いだろう。

 隆盛を引き渡した際、叶と女性が何やらもめていたようだが、玲央が間に入り、落ち着いた。帰り際、女性は優次郎の姿を見つけ、鋭いまなざしで睨みつけていたが、優次郎はニコリと笑顔で手を振っていたのが印象的だった。

 玲央と共に潜入した三人には怪我もなく、境子も大した傷を負わずに済んだ――玲央が行った治療については、彼の希望もあり報告されなかったそうだ――。

 そして現在。

 六人は魔術学院へと戻り、境子は医務室にて玲央の診察を受けていた。


「……うん! 治療が必要な傷はもう無いし、後遺症が残る様な傷も無さそうだったりしちゃうね! 二日間疲れただろうし、今日一日ゆっくり休んで、明日からは普通に学校通って問題ないと思うよ!」


「ありがとう、黒岩先生」


 どういたしまして、と答えながら、玲央は何やらカルテに書きこんでいく。境子の視線の先には、玲央が立っているすぐ後ろにある彼のデスクと、その脇に整然と並んでいる夥しい数のカルテがよく見えた。

 医務室長という肩書がついているものの、この学院の治療魔術師は実質彼一人しかいない。それはつまり、彼がこの学院に通う全生徒の身体機能から魔術適正、更には既往歴に至るまで、全て把握していると言う事だ。


「医務の先生も大変だね」


「んー? どしたの、いきなり?」 


 玲央は茶目っ気を含んだ笑みを返す。その表情から、彼が今の膨大な仕事量に何の苦も感じていない事が見て取れた。

 そんな彼を見れば、境子も自然と笑った。


「そのカルテ、ほとんど開かれた様子ないんだね」


「ん? あぁ、これ? 赴任した頃はよく読んでんだけどね。今の生徒は殆ど覚えちゃったりしちゃったし。

 新入生やら転校生やらが入った時はもちろん確認するけど、それ以外は殆ど開かないかな」


「この学院の生徒、そんな少なくないと思うんだけど」


「まぁそうだけどさ。昔いた職場は、もっと患者の数多かったから。これくらいならどうって事なかったりしちゃうんだ」


 未だにカルテから目を離さずに、さらりと答える玲央を見て、境子は何とも言えない表情を浮かべた。

 昔いた職場。それはつまり戦場の事だ。

 毎日の様に兵士が死に、それを補充するために同じく毎日の様に兵士が増えていく様な場所にいたのなら、なるほど納得出来る。

 ふと、境子の脳裏に先ほどの光景が蘇った。

 

 あの時、隆盛を目の前にして、玲央は戦場の兵士の顔をしていた。と思う。


 実際に戦争に参加した事が無い自分には、想像しかできないが。


「ねぇ、先生」


「んー?」


 先ほどと同じような反応を返す玲央に、境子は正直な疑問を投げかけた。



「先生はさ―――――また、戦場に戻りたいって思う?」



 何事もなく進み続けていたペンが、止まった。

 少し驚いた様に、玲央は境子の真摯なまなざしを見つめる。


「…………本当に、どしたの? いきなり」


「いや、別に深い意味はないんだけどさ。ただ、ちょっと気になっただけ」


 焦り気味に答える境子から天井へと目を移し、玲央はうーん、とうなる。


「どうかなぁ……もう戦場あそこを離れて結構経ったしね。

 まぁ、楽しい場所では無かったってのは事実かな。でも―――――」


 一旦言葉を切り、再度境子を見つめた。

 普段と何一つ変わらない笑顔で。


「多分、戻れって言われたら、僕はまた戻っちゃうんだろうなぁとは思うかな。 自分の感情に関係なく、本能的にね」


 それは、とても悲しい答えだと境子は一人思う。


「そっか……悲しいね、そんなの」


「ははっ、僕もそう思うよ。染まっちゃったのかな、あそこに。そんな長い事いたつもりは無かったりするんだけどね」


「戦場専門って、どのくらいやってたの?」


「一年ちょっとかな? 日数で言ったら四百日くらいだったと思う。学院長に誘われたから離れたけど、それまでは一分たりとも離れた事無かったよ」


「それって……毎日の様に戦争があったって事だよね」


「そうだねぇ。一つ終わっても、またすぐ次の場所に行って、けが人を治療して……その繰り返しだったよ。何人治療したかなんて覚えてない。千は超えてると思うけど」


「……やっぱり悲しいね」


「……そうだね」


 途端に、玲央は「よしっ」と声を上げ、カルテを閉じた。

 

「診察も終わったし、今日はもう帰っちゃったりして良いよ! 一応事件は解決したけど、ああいう輩がいつどこにいるか分からないからね。気を付けるんだよ? 後、勇敢なのは結構だけど、ほどほどにしておきな」


 そんなことを言われれば、境子も思わず苦笑した。


「はは、筒抜けってわけか。ご忠告痛み入るよ……ねぇ、先生。もう一つ聞きたいんだけど」


「何?」


 首をかしげる玲央に、境子は問う。



「三木さん……無事だよね?」



 自分をかばい、重傷を負ってしまった、調理師の安否を。

 玲央が目を丸くしていると、境子は更に続ける。


「あの時……三木さんが私を護ってくれた時、私は何も出来なかった。ただ怯えていただけで、指一つ動かす事なんて出来なかった」


「フルヤちゃんの年だったら、それが普通だったりしちゃうんじゃない?」


「そうかも知れないけどさ。でも……会長さんや妹さん、辻上君がああやって私を助けようとしてくれたのを見てたら。そう思っちゃって。我ながら情けないんだけど」


「まぁ、あの三人は取締委員会志望だしね」


「それでも、だよ。だから……三木さんに言いたいことがあるんだ。

 護ってくれてありがとう。

 何も出来なくてごめんなさい。

 他にも色々……三木さんに伝えたい事が山ほどある。それに何より……三木さんに生きていて欲しいって願望が一番強いかな。あんな素敵な人が、私を庇って死んだなんて、嫌だから」


 自分が拉致された後、隆盛に対して忽然とした態度を貫き通せたのは何故か。それは間違いなく、椎名のあの背中を見せてもらったお陰だ。

 相手が現役魔術師でもひるまず、恐れず、生徒を護ろうとしてくれたあの背中。

 とても大きく、それでいて温かい、あの背中に触れたおかげなのだ。

 お礼が言いたい。謝りたい。そして―――――無事でいて欲しい。

 ずっと聞きたかった本当の想いを、境子は玲央にぶつけた。

 しばらく呆気に取られていた玲央だったが、やがてくすりと笑った。


「フルヤちゃん、そういう事は本人に直接言ってあげなよ」


 すたすたと歩きだし、玲央が向かったのは、境子が座っている椅子のすぐ真横。カーテンで仕切られたベッドの方向だった。


「ほら、シーナちゃん。フルヤちゃんがこう言ってるよ? 答えてあげなよ」


 勢いよくカーテンが開かれた先。それを見て、境子は目を見開いた。


「…………よぅ、お帰り」


 少し顔を赤くした椎名が、目線を逸らしつつ呟いた。


「三木さん……え? もしかして今の話……」


「あぁー、まぁなんだ……うん、全部聞いた」


 しまった、と境子は顔を両手で覆った。

 とんだ失態だ。まさか隣で張本人に聞かれているとは微塵も思わなかった。

 そんな二人を見て、玲央はケラケラと笑っている。


「何か僕はお邪魔だったりしちゃうみたいだし、ちょっと外出てようかな! こっからは二人で話しなよ」


 言うが早いか、玲央はそそくさと医務室を出てしまった。横にいるなら、言ってくれたらいいのに。と、境子は心の中で悪態をつく。


「はぁ……黒岩先生も人が悪いな、ホントに」


「それに関しては、諦めろとしか言えないな。黒岩は昔からああいうヤツだから」


 困ったように笑いながら、椎名は答えた。そんな彼女の姿を見て、境子は思う。


「三木さん、もうすっかり元気みたいだね……本当に良かったよ」


 そんな思いは、すんなりと彼女の口から漏れ出た。


「あぁ、この通りだ。元々黒岩に治療してもらう前提だったからな。我ながら無茶したと思うよ、ホント。やっぱりうちは戦いなんて向いてないな、調理師がお似合いだ」


あの(・・)が言ってたけど、三木さん元々学年トップだったんでしょ?」


「成績なんざ、あくまで基準にしかならないさ。一度実戦に出れば、いくら成績が良くたって、それを使いこなせてなけりゃ意味がない。うちは、学んだ事を使いこなせる程器用じゃなかったって事だ」


 そっか、と答え、境子は改めて椎名の顔を見つめた。


「三木さん、聞いてたと思うけど、直接言わせて欲しい。あの時……私を助けてくれて、本当にありがとう。三木さんがいなかったら、私は今ここにいなかったと思う。あのまま……絶望に打ちひしがれたまま、アイツに殺されていたと思う。 

 だから、ありがとう。それと……何も出来なくて、未熟な私で、本当にごめんなさい」


 頭を下げる境子の姿を、椎名はじっと見つめる。

 その表情は、何とも言えない哀しさをまとっていた。


「……お前、うちと同じだな」


「え?」


「うちと同じで、戦いやら何やらは向いてないって話だ」


 顔を上げた境子に、椎名は言葉を投げる。

 投げつけられた境子は、はは、と小さく笑い俯いた。


「そう、なんだろうね。今回の事で思い知ったよ」


「あぁ。そうだ。だってお前……優しすぎるし」


 そんな言葉をかけられれば、境子はもう一度顔を上げた。


「優しすぎる? 私が?」


「あぁ、そうだ。あの後の記憶は朧気なんだがな。それでも少し覚えてるよ。

 お前、アイツに言ってくれてただろ? うちの事。アイツより何倍も強い人だって」


 一度区切り、椎名はふっと笑った。とても美しく。


「自分が死の淵にいて、絶望に圧し潰されようとしてる時に、他人をバカにされたからって怒れる様なお人好しは、そうそういねぇよ。もう一度言うが、お前は優しい。優しすぎる。少なくともうちが出会った連中の中じゃ、トップクラスにな。

 だからこそ、お前に戦いは向いてない。優しすぎるお前に、人の命は奪えない。お前多分……『奪う』より『創る』方が好きだろ?」


 境子の眼から、何かが流れた。

 

「うちもそうだった。人から何かを『奪う』より、人の笑顔や幸せを『創る』人間になりたいって思った。元々料理が好きで、よく同級生やらに振舞ってたんだ。そしたら皆、旨い旨いってバカみたいに笑っててさ。その顔見てたら、『これを仕事にしたい』って思い始めてな。それで学院ここを卒業した後、調理師学校に通って免許取ったんだ」


「そう、だったんだ……」


「あぁ。だから、うちが戦いに身を投じるのは、今回が最後だ。

 うちはお前ほど人に優しくなれないが、かさん(・・・)みたいに狂った人間にもなれないんでね」


 そんな事を言えば、境子もくすりと笑った。


「ははっ、本当だね。私も先生は好きだけど、ああいう大人にはなりたくないな」


「やめとけ。性格云々以前に、あんなのが量産されてみろ。世界人口何割減ると思う?」


「言えてるね、それ。ホント、困った人だよ」


 そういうと、今度は二人で笑った。

 椎名は優しく、慈愛に満ちた顔で。境子は美しく、涙に濡れた顔で。

 似た者同士だな、と、どちらともなく思う。


(優しくなれないなんて、嘘ばっかり。三木さんも、底抜けに優しいじゃん。じゃないと、あの人と何年も付き合ってられないって)


 ひとしきり笑うと、境子はやっと自分の涙に気付き、袖で吹き上げた。


「……ねぇ、三木さん」


「ん? なんだ?」


「私の家さ、両親が居ない事が多いんだ。だから、幼い弟たちの面倒、私が見る事が多くて」


「そりゃ大変だな」


「本当だよ。大きくなる度にどんどん生意気になってってさ。数年前までの可愛さはどこへ行ったのやら」


「人間年とりゃ、いろんなもん抱え込む事になるからな、可愛げやら何やらは、抱えきれなくなって捨て去られるもんさ」


「ほんとだよ。でも、一つだけ今でも変わらない可愛いとこがあってさ。ご飯食べてる時だけは「うまいよ姉ちゃん」って、あの頃見たいに笑うんだ」


 弟の事を思い返す境子の笑顔は、嬉しそうだった。

 何だかんだ、姉弟想いの良いお姉ちゃんなんだろうな、と椎名は笑う。


「ただ、最近ご飯はまだかって催促が激しくなっちゃってさ。作ってる最中も、こっちの気も知らないで急かしてきてばっかでね」


「そんだけお前の飯がうまいから、早く食べたいんだろうよ。調理のスピードなんざ、この先経験積んでコツを掴めば、何とでもなるもんさ」


「だからさ」


 境子は優しい笑顔で、椎名の眼をしっかりと見つめた。


「三木さん、私に料理教えてよ」


 想像もしていなかった言葉に、椎名は思わず目を見開いた。


「将来調理師になる、なんて言えないけどさ。でも、私もこれから創っていきたいんだ。料理を食べた時の、アイツらの笑顔を」


 見開かれたままの眼でしばし境子を見つめた後、椎名はうなじを掻きながら目を逸らす。


「うちは料理には一切妥協しない主義だ。指導は厳しいぞ?」


「……ははっ、望むところだよ」


 不敵に笑う境子を見て、椎名も思わず可笑しそうに笑った。

 優次郎の周りに集まる生徒は、どうも何かを掴んだ瞬間からその強さを発揮する様な人間が多いらしい。

 目の前の古谷境子も、その一人なんだろう。


「……いいよ。都合のいい時連絡しな。食堂の業務時間外なら、いつでも教えてやる」


「うん……ありがとう」


 言うと、境子はゆっくりと腰を上げた。


「さて、なら言いたい事も言えたし、今日は帰るよ。アイツらに昨日ご飯作ってあげられなかったし、今日はちょっと奮発してあげようかな」


「そうか、頑張れよ……なぁ、古谷」


 扉のすぐ近くまで来ていた境子の背中に、椎名は言葉を掛けた。

 何? と振り返る境子が目にしたのは、先ほどまでとは違う真剣な表情を浮かべた彼女。


「お前からの質問の答え、まだ言ってなかったよな」


 一瞬首を傾げた境子だったが、すぐにはっとする。

 


 なぜ自分が、あの時椎名と一緒にいたのか。

 出会ったのはたまたまだったが、それでも彼女を足止めしたのは、質問をした自分だ。


 学生時代の水瀬優次郎についての質問を。


「学生時代のアイツについてだが…………これはうち個人の考えだが、お前は知らない方がいい」


「え?」

 

 思わず聞き返した境子に、椎名は続ける。


「さっきも言った通り、お前は優しすぎる。それは時に強さになるが……脆さにもなり得る。

 優次郎アイツの過去を背負うには――――――お前はあまりに脆い」


 椎名の答えを理解できたわけではない。が、何となく境子にもこれだけは分かった。


 水瀬優次郎が歩んできた道は、自分では到底渡りきる事が出来ない程、茨に満ち、地に塗れ、そして―――絶望に支配されているのだろう。

 

 椎名は暗にそう言っているのだ。優しい境子に、優次郎の過去を背負うのは荷が重すぎると。

 もし知ってしまえば―――――境子は潰されてしまうと。


「そっか……ちょっと残念だけど、元々興味本位だったしね。諦めるよ」


「それがいい。お前はそのままでいろ。お前まで薄汚れちまったらいけない。

 だが、一つだけ。これだけは伝えておくぞ」


 一つ息を吐き、椎名は続けた。

 学生時代の優次郎の、一部を。





「アイツはな、学生時代――――――――落第生だったんだ」


「え?」


「生徒も講師も、落第生だったアイツに目を向けてなかった。向けていたのは叶に黒岩、後は福原のおっさん位のもんだ。うちは講義なんかには直接かかわらないから、うちの料理を嬉しそうに食べてくれる大飯喰らいの生徒って思ってたけどな。

 だから出回らないんだよ、アイツの学生時代の話なんざ。誰も――――アイツを見てなかったからな」


 

今回も読んでいただき、ありがとうございました!

第二章は、おそらく次で完結となります。第三章ですが、おおまかな構想は出来ていますので、近日中に公開できると思います。


では、次回もよろしくお願いします!


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