第二十九話 =ゲームセット=
言い訳はしません。四年間お待たせしました。
「全く……ヒトミちゃんの庇護対象に僕が入っていないのは、それだけ信頼されてるってとっちゃったりしちゃって良いのかな? まぁ、実際問題ないからいいんだけどさ」
たった一人、瞳の張った結界の外にいる玲央は、どこか諦めたようにそう言った。その様子を見れば、今なお無数に飛んでくる矢の雨など微塵も気にしていないように見える。現に彼は壁に寄りかかっている状態で、隆盛の魔術を避けようともしていない。それでも、降り注ぐ魔術が玲央を避ける様にして壁に突き刺さっていく不思議な状況を見れば、何らかの防御魔術を使っているのだろう。よく見れば、玲央に向かって飛んできたそれは、彼の元にたどり着く前に、ワープでもさせられたかのように消えてなくなってしまっているのがその証拠だ。
「さて、こっからが正念場だよ…………君たちが学んできたことの真価が問われる時が来たんだ。僕もしっかり見させてもらわないとね」
一人そう呟く玲央の表情は、笑っていながらも目は鋭い光を放っていた。彼は見極めようとしている。和也を。芽衣を。瞳を。
彼女たちが取締委員会を目指している事は、先ほどの会話で十分承知している。それに玲央は、言い方に難があったとは言え、優次郎の言い分も理解できている。
取締委員会という、部署によっては命の取り合いを毎日の様に行わなければならない様な場所に、自ら志願しようとしているのだ。
しかも玲央は、一時期『臨時役員』として取締委員会に属していたこともあるため、そこにいるメンバーの顔も知っている。
実を言えば、今取締委員会にいる人間のほとんどは、学生時代からこの様な案件を山ほど熟してきた魔術師ばかりなのだ。今となっては知るもののほうが少ない取締委員会の発足理由を考えれば、それも当たり前なのかもしれないが。
とにもかくにも、そんな化け物揃いの委員会に入りたいと本気で思っているのならば、自分はここで彼女らの覚悟と才能を見極める義務がある。生半可な覚悟で、中途半端な魔術力で取締委員会に入れば、待っているのは死の一文字だ。彼とて、未来ある生徒たちが死ににいくのを見過ごせるほど残虐ではないし、だからと言って、彼女らの夢を『止めておけ』の一言で片づけられるほど非道でも無い。
もっとも、生徒が『戦場に出たい』といえば、素質次第では止めただろう。
彼が元いた戦場は、取締委員会の強者たちですら腰が引ける様な場所なのだから。
「もう、目を背けてるわけにもいかないんじゃないかなぁ……」
ポツリと落された玲央の言葉が、受け取り主に届く前に掻き消えてしまった。
「―――芽衣、本当にそれで行くつもり?」
玲央が見つめる中、芽衣の話を聞いた瞳が思わず呟いた。
芽衣が今言った作戦は、確かに理に適ったものだろう。成功すれば、境子を連れ戻す事も隆盛を捕える事も出来る。
だが―――
「それは、あまりにもアナタが危険を冒す事になるわ」
「百も承知だよ。でも、もう方法はこれしかない。それに私は大丈夫だよ! こう見えて結構頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ死なないって!
それにもし死んじゃっても、玲央ちゃんが何とかしてくれるよ!」
努めていつも通りにいう芽衣だったが、親友である瞳にはわかる。
彼女は無理をしている。本当は不安で怖くて仕方がないのだ。確かに芽衣が言うとおり、玲央がいれば身体的には後遺症もなく死者を蘇生出来るかもしれない。一見バカらしい事だが、玲央ならやりかねない。彼にはそんな不思議な魅力がある。
だが、それでも。瞳の心配を取り除くには足りない。
「芽衣、アナタもそうだし、勿論私や辻上君だって、死を体験したことなんて無いのよ? 仮に黒岩先生が死者を生き返らせる力があったとしても、『精神的後遺症』までは先生の領分じゃない」
「っ……」
「死を体験して、また精神的にも問題なく過ごせる保証なんてどこにもないでしょう。もしかすると、二度と魔術にかかわりたくないなんて思ってしまうかもしれない。そうなれば、アナタも魔術学院を自主退学する様な事態にもなり兼ねないわ」
「それは分かってる……けど……」
「それにアナタは生徒会長でしょう? アナタの存在は、生徒たちにとっても大きなものなの。当然、私にとってもね。アナタは魔術に関係なく人を惹きつける魅力がある。もしアナタがいなくなってしまったら、アナタだけじゃない。生徒たちや先生も、魔術学院の信頼にも大きな傷を遺す事になるのよ」
長い付き合いの中で初めてと言っていい集中砲火に、芽衣は黙り込んでしまった。瞳のいう事は正論だ。そして自分がどれほどの我が侭を言っているかも自覚している。
でも、それでも―――
「もう見てるだけは嫌なの。辻上君や瞳っちが頑張ったのに、私はまだ何もしてない。そんなの……嫌だよ」
か細い声で、最後の抵抗の様に芽衣が呟いた。
和也は結界の攻略法を編み出し、瞳は今こうして自分たちを護ってくれている。なら、自分は何をしたのか? ただ二人の後ろを付いて行っているだけで、何もしていないではないか。
そんな想いが、芽衣にある一つの決心をさせたのだ。
「お願い! 私にもやらせて!
今まで魔術から逃げ続けていたけど、もう逃げない! 優ちゃん先生にああ言われて、二人の事後ろで見てて本気で思ったの! だからお願い!」
今度はありったけの声を吐き捨てるように叫ぶ芽衣に、瞳は目を細めた。
芽衣の言いたいことは分かる。彼女の過去も、自分は知っている。だからこそ、親友としてその想いを尊重してあげたい。
だが、だめだ。やはり危険すぎる。
瞳が最後の否定の言葉を発せようとした時だった。
「俺はノるよ、会長の提案に」
芽衣の意見に賛同する者が現れた。
その声の主に、二人は驚きの表情で振り返る。
「辻上君?」
瞳に名を呼ばれ、和也はしっかりとその驚きに支配された表情を見据えた。
「綾瀬川さんの意見は、正しいし分かるよ。今の会長の提案は自己犠牲の塊だ。
世間一般的に言えば、愚策と呼ばれる様な代物だよ」
「だったら!」
「それでも、俺は会長の提案に……会長の『覚悟』にノる」
瞳の声を遮るように、和也ははっきりとそう言った。
「綾瀬川さん、アンタ会長の親友なんだろ? だから心配するのも分かるし、副会長としての意見にも賛同できる。
でもさ……だったら今アンタがやってる事はどうなん?」
「え?」
思いがけない問いに目を丸くする瞳。
和也は改めて目に力を込めた。
「このままやってたって、アンタの魔術が切れるのは目に見えてる。そうすれば、真っ先に矢面に立つのは……綾瀬川さん、アンタだ。
それを分かった上で、今そこに立ってるんだろ? だったら、アンタが今やってることも自己犠牲なんじゃないの?」
「っ!」
明らかな動揺。それは和也の言った言葉が正解であることを示していた。
「アンタら、やっぱ親友だよ。考えてる事一緒じゃん。
それなのに、綾瀬川さんは会長の提案を否定すんの? 会長の想いを……覚悟を、否定すんのかよ」
「辻上君……」
芽衣が、何とも言えない表情で和也を見た。
今の今まで、正直和也の事を気に入らないと思っていた。今もまだ、その思いはある。
しかし今、自身の想いを汲み取り、瞳に真っ向から意見をぶつけてくれている彼の姿は頼もしく、力強く、嬉しいとすら思えた。
「それに、水瀬先生も言ってたでしょ? こんな事件、取締委員会に入れば山の様に受け持つ事になるって。ここで死ぬ様なら、向いてなかったってだけの話だってね。
言っとくけど、俺は本気だよ。本気で将来を考えてる。二人もそれは同じ筈だ。
なら、胸張って死にに行こうじゃないの。『安全な戦場』なんて、世界中探したって見つかりやしないんだ。もし取締委員会に入れるだけの器なら、生き延びるさ。俺たちも、会長もね」
言いたい事は言った。後は瞳の返答を待つだけだ。芽衣もまた、懇願するような目で瞳を見つめる。
「…………はぁ」
深いため息をつき、
「ずるいわね、二人とも。そんな風に言われたんじゃ、もう反論なんて出来るわけないじゃない」
「瞳っち。それじゃあ……!」
芽衣の言葉に、瞳は微笑みを浮かべ、答えた。
「私も信じるわ。芽衣……貴女の覚悟を」
「っ、ありがとう!」
芽衣の想いに、心を鬼にしようと決めたのに。まさか和也の想いまで降りかかってくるなんて思いもしなかった。今回の討論は、自分の完敗だ。
瞳は心からそう思った。
「辻上君……ありがとう」
「礼を言われる様な事はしてない。それに、まだ喜ぶのは早いよ」
和也は目の前の、邪悪な笑顔を携えた元教師をにらみつけた。
「それに、綾瀬川さんの意見はもっともだって言った筈だ。
今の会長の提案は、正直成功する確率の方が低い。あえて数値で表すなら40%ってとこかな」
でも、と和也は言葉をつなぐ。
「今の会長の話を聞いて、良い事を思いついたんだ。
うまくいけば、成功率は70%くらいまでは上がるかな」
「そこは100%じゃないんだね……」
芽衣の突っ込みに、和也は目だけを彼女へ向けた。
「それはまだ学生クオリティって事で。で、俺の案なんだけどさ……」
そして和也は、自分の考えを二人へ話した。
「何をこそこそと話している! 何をしようと無駄だ!
貴様らのような未熟者に破られる様な結界ではない!」
いまだ攻撃の手を緩めず、隆盛は叫ぶ。
彼は既に、自身の行動の先には『勝利』の一択しか待っていないと確信している。誰の声も届かないし、揺らがない。
だが―――――和也は彼に言葉を投げつけた。
「そんな三流ドラマみたいな台詞吐いてる場合?
こそこそと悪かったね。今アンタを地に這いつくばらせる良い方法を思いついたトコ」
「はっ! 何をほざくかと思えば! この私にここから勝つだと?」
心からの嘲笑を、隆盛は浮かべる。
同時に――――――彼の攻撃は勢いを増した。
「まだ現実というものが分かっていない様だなぁ!
水瀬もとんだ戯言をほざいたものだ! 貴様らが自分の最高の魔術だと?
狂人も地に堕ちたものだ! 牢屋にぶち込まれて、『戦い』とは何たるかを忘れてしまったようだ!」
瞬間――――――
バキッ!
隆盛の攻撃に耐えかねた、瞳の防御魔術は―――砕けようとしていた。
ニヤァ、と。
満面の笑みを、隆盛は浮かべた。
「勝負あったなぁ! 死ね! 未熟者どもぉぉ‼」
最大出力。
その言葉に相応しく、隆盛の攻撃は強まった。
一本の巨大な矢が、三人を貫こうと鼻垂れる。
そして――――――芽衣の準備が整った。
「そう来るよね、やっぱ……綾瀬川さん」
「ええ」
巨大な矢が、先頭に立つ瞳に襲い掛かる。
そして彼女の身体を―――――――――――――
貫く事が出来なかった。
「なっ!」
隆盛が狼狽える。無理もない。
彼が放った殺意は、瞳の身体を貫く前に、彼女の眼前で止められたのだから。
「私が、ただ攻撃を防いでいただけだと思っていたのですか? 楠木隆盛」
ギロリと彼をにらみつけ、瞳は言葉を紡ぐ。
「貴女の魔術は、確かに強力でした。あのまま続けていたら、
本当に私の魔力は空になっていたでしょう」
しかし
「私は……水瀬先生の教え子です。あの人を知る為に、強くなると決めた。
だから! この程度の魔術では屈しません!」
瞳が叫ぶと同時に、隆盛の放った矢は、彼自身へとその先を向けた。
瞳の魔力は、まだ切れていなかった。
わざと魔力の供給を弱め、ひびを入れ、隆盛に勝ちを確信させた。そうすれば、彼は確実に自分たちを仕留めようと最大出力の攻撃を仕掛けてくると踏んで、だ。
そして、瞳はわずかに残っていた魔力を使い、あの方法を使ったのだ。
あの日、優次郎の二度目の授業で、彼女の隣で学んだ方法――――――『吸収』を。
「アナタの殺意は……アナタ自身で受け止めなさい!」
再び、隆盛の放った矢は放たれた。
他ならぬ、彼自身に向かって。
これが、瞳の最後の魔力。最後の攻撃。そして……最初の『覚悟』だった。
だが―――――
「残念だったな、綾瀬川瞳」
なおも隆盛は笑っていた。
「水瀬優次郎がお前に何を教えたかは知らんが、聞いただけでそれを再現出来るのは褒めてやろう……だが、やはり未熟者のお前は見落とした様だ」
そして、その矢は―――――結界に触れると同時に、消滅した。
辺りに蒸気のようなもやが立ち込めたことが、その証拠だ。
「この結界に! 魔力を無効化する力を付与している事をなぁ!」
勝った。隆盛は確信した。
おそらく今の魔術を用いたことで、瞳の魔力は底を尽きた筈だ。そして実際、その推察は当たっている。
瞳には既に、魔術を放つだけの魔力は残っていない。
こうして瞳の最後の魔術は、隆盛の結界の前に無に帰した。
だが、
「知ってるよ、そんな事は」
「……何?」
隆盛から笑顔が消え、怪訝そうにゆがんだ。
そして次に笑ったのは――――――和也だった。
「聞こえなかった? アンタの張った結界が、魔力を無効化するって事は知ってるって言ったんだけど。
まぁ正確には俺じゃなくて、綾瀬川さんが気付いたんだけど」
「……何を言っている」
「だからこそ、アンタ勝ちを確信したんだろ?
自分が勝った。やっぱり半人前の学生共に自分の結界は破れないって、そう思ったんだろ?
それこそが―――――アンタの敗因だよ」
「だから何を……っ!」
言いかけて、隆盛は驚愕の表情を浮かべた。
次第に靄が消えていき、彼の前に映ったのは――――――結界の目の前まで来ている芽衣の姿だった。
「辻上君に言われた言葉ですが……アナタはもう、言葉では揺るがない。
だから、魔術によって―――――『行動』によってアナタの油断を誘う事にしたんです」
「巨大な魔術を『吸収』して放てば、当然アンタの視界は埋まる。そして消滅した後は、視界不良にも陥る。
だから、会長の動きが見えなかったでしょ? アンタ」
和也の提案とは、これだった。
芽衣は最初、隙を見て隆盛の結界の前まで移動すると言ったのだ。そこまで到達できれば、自分にはあの結界を打ち破る魔術がある。そう言って。
だが、それは一か八かの賭けだった。
失敗すれば芽衣は真正面から彼の攻撃を受け、命を落としていただろう。
だからこそ和也は提案したのだ。
確実に隆盛の元へ辿りつくための、防がれる事が前提としての瞳による魔術を。
「てなわけで……会長、締めよろしく」
「うん……任せて!」
芽衣は強い目を携え、結界を破壊する為の構えをとった。
だが、それでも隆盛はまだ揺らがない。
「ふん! それがどうした!
言った筈だ! この結界は魔力を無効化する! どんな手段を使おうと―――――」
「でもそれは、あくまで『放出された魔術』でしょ?」
隆盛の言葉を遮ったのは、芽衣だった。
彼女の眼を見て、隆盛は愕然とする。
「貴様……なんだその目は!?」
隆盛が見たもの。それは―――――普段の青空のように澄み渡ったものでは無い、まるでこちらを射抜くように赤く染まった芽衣の瞳だった。
「それだったら……こんなのはどう!?」
そのまま芽衣は、己の右手で結界を殴りつけた。
激しい音が鳴り、結界と拳がぶつかり合う。
「ば、ばかばかしい! ただの拳で結界魔術が破れるわけが―――――っ!?」
その先は、言えなかった。
理由は簡単。
芽衣の拳により、結界にひびが入り始めたからだ。
「ば、バカなっ‼」
「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ‼」
狼狽える隆盛の言葉は、芽衣の叫びによってかき消された。
そして――――――――
「吹き飛べええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼‼‼‼」
バキィィィ‼‼‼
隆盛の何かが、音を立てて崩れ落ちた。
そして――――――
「がぁっ!?」
勢いそのままに、芽衣の拳はほどかれ、そのまま隆盛の顔をわしづかみにする。
「おおおおりゃあああああああああああ‼‼‼‼」
そのまま隆盛は、芽衣によって地に沈んだ。
「うわー痛そ……まさに『物理で殴る』ってやつだね、こりゃ」
呆れた様に笑いながら、和也はガシガシと頭を掻いた。
前書きでもお話しましたが、言い訳はしません。
気付けば、前の投稿から四年……もしまだ待ってくださっていた方がいらっしゃったなら、本当に申し訳ありませんでした。そして、長い間懲りずに拙作を待ってくださって、本当にありがとうございます。
これからも遅筆ですが、合間を縫って投稿を継続してまいります。
どうぞ宜しくお願いします。




