第二十七話 =勝利への対話=
三人とも、それぞれ度合いは違えど笑顔だった。
優次郎はいつも通りニコニコと無邪気に、玲奈は口元だけで目が笑っておらず、そして叶は美しくそして冷え切った微笑みを携えている。
ここまで「談笑」の二文字が似合わない笑顔の集団は珍しいだろう。その表情に反して、辺りには一触即発の空気が充満していた。それを感じ取ったのか、太陽も西に向かって逃げ始めている。
「来ると思ってたよ、玲奈」
優次郎が言えば、玲奈は今度こそ目元までしっかり笑った――――――優次郎だけを見据えて。
「レイちゃんの事待っててくれたの? 嬉しいなぁ…………でもさ」
そう言うと、すっ―――――とまた目元だけが冷え切ったものに変わった。
「レイちゃん、この前言ったよね? 浮気はダメだって…………何で叶ちゃんがいるの? しかもそんなに近づいちゃってさ」
朗らかな口調だったが、中身は敵意と殺意のオンパレードだ。
玲奈は暗にこう言っている。
〝自分の大好物に近づくな〟。
〝アンタは過去の女でしかないのだから、とっとと失せろ〟
玲奈にとって、優次郎は世界でたった一人の「愛を向けるべき人類」なのだ。彼女の世界は優次郎を中心に回っている。そしてその隣には、常に自分がいるべきだ。
この世界の真理など、常識など、そんなものくそくらえだ。玲奈にとって、自分の中の世界以外に興味など無い。そしてその世界に存在しうるのは優次郎をおいて、他にはない。
玲奈はそんな世界で生きているのだ。そしてそれは、叶も重々承知している。
「あら、玲奈ちゃんの世界には私がいないのでしょう? 私など、アナタの目には入っていない、蟻の様な存在でしか無いでしょう? だったら私がユー君に何しようが、別に良いじゃない。それとも、玲奈ちゃんはユー君の足元を歩く蟻の行動にまで嫉妬するのかしら?」
だが、叶とて引かない。叶にとってもまた、優次郎は大切な後輩であり、次代を育てる上で欠かせない講師であり、一度は愛した男なのだ。
だからこそ、売り言葉に買い言葉で返して見せた。
そして――――――――どうやら玲奈は、挑発に対する耐性が圧倒的に低いようだ。
「へぇ、いい度胸だね。叶ちゃん…………じゃあ、邪魔な蟻は即刻排除しなくちゃいけないよね」
「やってみなさい。分かっているとは思うけど、私は手を抜くつもりも無ければ、アナタを見逃すつもりも無いわ。徹底的に、骨の髄から縛り上げて、拘置所に送ってあげる。良かったわね、大好きなユー君と同じ場所に行けるのよ?」
突如始まった、女の戦い。玲奈はともかく、叶も珍しく好戦的な態度を取っている。体中から溢れ出ている魔力が、木々を揺らし風を呼んでいた。
玲奈もまた、負けじと魔力を放出し、威嚇する。二つの強大な魔力がぶつかれば、太陽も沈むまで待てなくなったのか、空は今にも雨が降り出しそうに曇り始めた。
話の中心にいながら蚊帳の外を喰らっていた優次郎はと言えば、これも珍しい事に玲奈を前にして冷静さを保っていた。
「おーい、二人ともその辺にしときなよ。天気まで変わってきちゃってるじゃん。今日傘もって来てないし、濡れるの嫌だよ?」
そんな能天気な事を言ってのける辺り、流石は水瀬優次郎と言った所か。
だが、今の二人にはそれも聞こえていないらしい。殺気は収まる所か、更に膨れ上がってしまった。
「まぁ玲奈はいつもの事だけど…………叶さん、らしくないですよ?」
「ユー君、悪いけど私にも「怒る」と言う感情はあるのよ。玲奈ちゃんは私のその部分に触れてしまった……少しお仕置きが必要だわ」
「キャラ変わってますよ? 全くもう…………」
そう言ってため息を吐くと、優次郎はおそらく二人に一番効くであろう言霊を放つ。
「いい加減にしないと―――――――二人ともキライになりますよ」
瞬間。
辺りをこれでもかと覆っていた殺気が、一瞬にして消え去った。
どうやらこの言霊は、優次郎の予想よりも効果覿面だったらしい。叶が申し訳なさそうに、優次郎へ振り向く。
「ごめんなさい……少し冷静さを欠いていたわね」
少し悲しげに笑う叶。なんだかんだ言いつつも、やはり彼女は優次郎に嫌われたくは無いらしい。今さらだとは分かっているが、本当にこの二人が殺し合いを行っていたのが不思議でならない。
だが――――――――叶以上の重症者が一人。
「優ちゃんが………私を………キライになる………?」
ぼそりと、玲奈が呟いた。
その声に気が付き二人がそちらを見ると…………絶望の表情を浮かべ、目に涙をためる玲奈がいた。
「嫌だ………嫌だよ…………優ちゃん、ゴメン。謝るから…………だから…………キライには…………」
見る見るうちにその涙は零れだし、白い頬に線を作る。
それをしばし見つめた後、優次郎は微笑んだ。
「大丈夫だよ、玲奈。ボクがキミをキライになる事は無いからさ」
「えっ…………本当‼」
なんと単純な事か。先ほどまでの涙が嘘のように、今度はパァと輝かしい笑顔を浮かべた。
「ホントだよ。前にも言ったでしょ?」
だが、やがて優次郎の笑顔は形を変えていき―――――――。
「ボクもきミノこト、キみとオナジクラい…………こロシタいクライ、だいすキダッテさ…………」
いつもの玲奈に向ける、狂気にまみれたそれになった。
彼の隣に立つ叶は、それを何とも言えない表情で見つめる。
玲奈はと言えば、
「そっかぁ、そうだよね! 優ちゃんがレイちゃんを嫌うなんて有り得ないよね‼」
そんな事は露知らず、歓喜にまみれた笑みを浮かべた。
まずい。
叶は直感する。
このままでは、確実に優次郎と玲奈は衝突するだろう。その時の被害は、容易に想像出来る。そしてもしそうなれば、玲奈が何を言おうが優次郎に加勢するつもりでいる。
ならばどうなるか。答えは単純にして明快、『この場を護るものがいなくなる』だ。
旧校舎には隆盛と、彼に捉われた境子。そしてそれを救い出さんと入っていった生徒達と玲央がいる。
優次郎の今の実力は知っているし、昔の玲奈の実力も知っている。今の彼女から感じる魔力を見ても、おそらくあの時より力は増しているだろう。
そして玲奈は叶の知る限り、戦い方が非常に派手だ。そうなれば、旧校舎だって吹き飛ばされる事は間違いない。本当なら、自分があのまま玲奈と一騎打ちする状況に持ち込めれば良かったのだが…………まさか優次郎に止められるとは。全くの予想外である。
どうする。どうすれば、二人の戦争を止められる。表情にこそ出さないが、叶の心臓は今にも飛び出しそうになっていた。
だが、叶のそんな心配は、どうやら杞憂に終わった様だ。
「―――――――なーんてね! 悪いけど、ボクは今忙しいんだよね。キミに構ってる暇がないくらいにはさ」
今日の優次郎は、本当に予想外の事ばかり言ってのけるものだと、叶は一人そんな事を考えた。
対する玲奈と言えば、大好物のお菓子をお預けされた子供の様な表情でいる。
「なぁーんだ、残念…………でもまぁ、好都合って言えばそうなのかな」
ちらりと叶を見て、玲奈は言った。
「じゃあ、とりあえず今日は帰るよ。またね、優ちゃん‼ 今度は邪魔者がいないときに来るからね!」
そのまま、玲奈の身体は消えてしまった。
先ほどまで彼女がいた場所を見つめている叶に向かい、優次郎は微笑む。
「意外でしたか?」
「えぇ、そうね…………アナタ達二人が出会って、こうも何もなく終わるなんて思いもしなかったから」
「まぁ、玲奈が来る事は予測の上でしたし、来たら適当に追い払おうと思ってましたから。それに叶さんだって、本心を言えば争いは避けたかったでしょ?」
悪戯っ子の様に笑う優次郎に、叶は笑顔でため息を吐く。だが、内心は穏やかでは無かった。
優次郎は言った。玲奈を殺したい位好きだ、と。それは明確な殺意の言葉だ。そしてそれを言った以上、彼は相手を、ひいては玲奈を甚振り続けるだろう――――――――自分が飽きるまで。
だが、今回は違った。一度は狂人化したというのに、その後すぐに殺意をおさめたのだ。今までの彼ならば有り得ない事だ。
そしてそれは、玲奈にも言える事だ。
彼女は優次郎にしか興味を示さず、優次郎を殺す事に人生をかけている。今回ここに姿を現したのも、きっとそのためだろう。だが、彼女はそうしなかった。
自分が見ていなかった数年の間に、彼らの中で何かが変わってしまったのだろう。それが何なのかは、叶にはまだ分からないが。
「とにかく、今は瞳ちゃんたちを待ちましょうよ。あの子たち一人一人がちゃんと自分のすべき事をしていたら、多分ですけど…………」
「えぇ、そうね」
優次郎の言葉を遮り、叶は旧校舎を見つめた。
「本当にそうなら、もう着いてる頃でしょう――――――――楠木隆盛の元に」
■ □ ■ □
楠木隆盛は、不敵な笑みを浮かべていた。
この旧校舎はもはや、彼の領域とかしているのだ。生徒たちが今、どこで、どの様な行動を取っているのかが、彼には手に取る様に分かる。後はそれに合わせて、こちらで結界を操作するだけ。たったそれだけで、相手はこの不明瞭な迷路に閉じ込める事が出来る。所詮は人を相手にしているのだ。人である以上、疲れもあれば飢えもある。魔力の枯渇も然り。
そんな相手であれば、殺すのは赤子の手を捻る様なものだ。いくら黒岩玲央であれど、死者をよみがえらせる事は出来ない。優次郎が指定したのは、生徒の三人のみなのだから、その三人が死ねば、軍配は自分に上がる。
そんな状況で、笑いをこらえる事など出来なかった。
「愚かな男だ、水瀬優次郎…………この勝負、最初から勝敗は見えたも同然。勝負と呼ぶのも烏滸がましいな」
だが―――――――そんな彼を見つめる彼女の目は、彼とは真逆だった。
「――――――愚かなのはアンタだよ」
その声の主は、両手を魔術によって結ばれ捕虜となっている少女、境子だ。
「結局、アンタは何も成長していないじゃないか。そんなんで教師だなんて笑わせるね……あぁ、元教師か。退職は決定した様なもんだからね」
退職で済めばいいけど、と付け加える境子に、隆盛は鼻で笑った。
「今の内にほざいておけ、口だけは達者な半人前以下の雑魚が…………お前が何を言おうと、何をしようと、水瀬優次郎が送り込んだあの半人前共は死ぬのだ。私の手によってな。なぁに、心配せずとも、お前もすぐにアイツらの元へ送ってやるさ」
えらく能弁な隆盛。その言葉からも表情からも、自身の敗北など全く想像しえていない様だ。
それもそうだろう。隆盛から見れば、『天才』と謳われる瞳すらも半人前でしかない。優次郎の様な狂いに狂った魔術も持たないし、『真の天才』である叶の様な戦闘力も持たないのだ。
負ける筈がない。負けは否定されている。それが自然の摂理であり真理なのだから。
だからこそ、境子は嘲る様に笑うしかなかった。
「ほんっと、おめでたい頭してるよ…………そんなんだから猪丸健二みたいなのにも脱走されるんだよ」
「…………何だと?」
隆盛の表情から、余裕が消えた。
それを受け、境子はここぞとばかりに追撃する。
「アンタは水瀬先生にばかり捉われてる様だけど、そもそもの始まりは猪丸健二の脱走事件からなんでしょ? 水瀬先生はその事で結界の甘さを指摘した。それでアンタは、水瀬先生に敵意を持つようになった…………あの人が教えてくれたよ、笑い話としてね。
つまり、切欠はアンタの作った結界を、アンタが言う所の『半人前』の猪丸健二が破った事から始まったんじゃんか。私も詳しいことは知らないけど、聞いた話が本当なら、水瀬先生がアンタに言ったのは『アンタの凝り固まったプライドのせいで、結界魔術が不完全になっている』ってことらしいね」
「…………何が言いたい」
「簡単な事だよ。アンタは何も変わっていないって事さ。その頃からね。
アンタはただ自分を強く見せたいだけ。そのために必死にになって自分を塗り固めて、それがハリボテだってバレるのが嫌なだけなんだよ。それを水瀬先生に指摘されて、しかも自分との力量差をまざまざと見せつけられて――――――――――ホント、必死だね」
「貴様に何が分かる‼」
ついに耐えられなくなり、隆盛は吠えた。
「私は魔術学院生だった頃から結界魔術に惹かれ、日々鍛錬と研究を続けて来た‼ だからこそ今の地位にいるのだ‼ 旧校舎を張っていた結界も‼ この空間切離結界も‼ 全て私の人生を捧げて来た作品だ‼ それを‼ その私の研究を‼ 奴は踏みにじったのだ‼‼ その屈辱を晴らさずにはいられるか‼ それこそが魔術のプロと言うものだ‼ 自分の魔術に自信もプライドも持てないと言うのなら、そいつはプロでは無い‼ それを半人前の貴様が嘲笑う事など許されないのだ‼ 身の程を知れ雑魚がァ‼‼」
そもそも耐えられる筈も無かったのだ。プライドの塊が服を着て歩いている様な彼が、自身が見下している生徒にここまで言われる事を。
だが、なおも境子は続ける。嘲笑う様に。
「自分の努力と研究に自信を持つのは結構だけど、それをひけらかす様なアンタのそう言う言動こそが、幼稚だって事じゃないか。それを水瀬先生も指摘したらしいけど………半人前の私ですら分かるよ、そんな事は」
そう言うと、境子は表情そのままに、顔を真っ赤にした隆盛を見つめた――――――――見下すように。
「そういう事を、そうやって平気で言える所が、間抜けで餓鬼っぽいって言ってるんだよ」
―――――――――――プツン。
「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」
「っ‼」
瞬間、境子は表情を苦しげに歪めた。隆盛が彼女に詰めより、その首を絞めたのだ。彼の目を見れば分かる。
今ここで、境子を殺す気だと。
「図星つかれた後は実力行使? 呆れるほどに餓鬼だね、ホント」
「やかましい‼‼」
殺気と怒気をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた様な表情で、隆盛は叫ぶ。その凶器には更に力がこめられた。
「うぐっ……‼」
無意識に、境子の口から声が絞り出された。
「もういい‼ 水瀬との勝負など知った事か‼‼ ここで今すぐに貴様を殺し、二度とその減らず口が叩けない様にしてやる‼‼」
隆盛の瞳は、殺気と意思によって染められ、境子を射抜いた。水瀬優次郎への憎悪を、境子への憎悪が上回ったのだ。
今の彼にとって、優次郎とした約束など、勝負など。最早どうでも良い事なのだ。今の彼に取っての最優先事項は、目の前の半人前を黙らせる事。自分より格下の分際で、自分に生意気な口をきく女を殺す事。ただそれだけなのだ。
だからこそ―――――――――――彼は敗れた。
「あーあ、安っぽい台詞…………今時そんな事言うボスはいないよ、古すぎだって」
「辻上君‼ その言い方やめてってさっき言ったじゃん‼」
不意に聞こえる男声と、その声を咎める女声が部屋に響き、隆盛は目を見開き、両手から力が抜けていった。
「ごほっ‼ ごほっ‼ …………ふぅ」
苦しみから解放された境子は大きく咳を吐き出した後、そちらを見る。
そこにいたのは――――――――――境子、そして隆盛も見慣れた四人だった。
「見つけましたよ…………楠木隆盛」
「やっほー‼ 久しぶりだったりしちゃうねぇ」
そんな事を言うのは、隆盛を睨みつける瞳と、ニコニコ笑っている玲央だった。
境子ちゃん逞しいなぁ……お父さん嬉しいよ(ホロリ)
そんな感じで二十七話です。
優次郎と玲奈の戦いは、もう少し先で。玲奈は何しに来たんだよ‼ というツッコミもあるかも知れませんし、優次郎はそんなんじゃねぇ! お前は優次郎じゃねぇ! と思う人もいるかも知れませんが、その理由も後々。そして、そんな二人を見た叶が何を思うのか。それも後々で。
旧校舎攻略組も、いよいよ佳境に入りました。次回かその次には、決着を付けられるかなと。あんま長引かせる気はありません。もう少し先になったら、バンバン戦闘シーンが入って来る予定ですので、しばらくはあっさり目に進めようと思います。
第二章もクライマックスです。どうぞ次回もよろしくお願いします。




