第二十五話 =交渉=
第二十五話です。よろしくお願いします。
優次郎の言葉の雨が止むと、訪れたのは静寂だった。
瞳も芽衣も、黙って地面と睨めっこをしている。その手は、ちぎれてしまうのでは無いかと思う程強く握りしめられていた。
玲央と叶も、口を出そうとはしない。
それは何故か。
彼らは知っているからだ。優次郎の言葉が、事実であるという事を。
違法魔術師取締委員会。
それは日々途絶える事の無い違法魔術師との戦いに身を投じる者たちの集い。
来る日も来る日も、違法魔術師相手に魔術を放ち、強ければ生き、弱ければ死んでいくのだ。現に、取締委員会に所属した結果、殉職という末路を辿った魔術師たちも星の数ほどいる。
その内の半数以上が、水瀬優次郎との戦いにおいて失われた命だ。
だからこそ、優次郎は知っている。取締委員会に入る事が、何を意味するのかを。茨の道を潜り抜けた先に待っているのは、茨の部屋でしかない事を。
取締委員会を、それ以外の人間を、星の数ほど殺してきた優次郎だからこそ、それを知っているのだ。
その彼が、目の前の小さな命に告げている。
「ここで怖気づくくらいならば、もうそんな夢は捨てろ」と。
「キミたちにとって、それは悪夢にしかなり得ない」と。
芽衣と瞳も分かっていたのだ。違法魔術師取締委員会を目指す事が、どれだけ苦難なのかも。そして所属出来た後も、どれだけの困難が待っているのかも。
分かっていた―――――――つもりだった。
彼女たちはまだ若い。学院生の中では最上級生の位置づけにあるとはいえ、まだ二十歳にも満たない少女なのだ。
それ故の認識の甘さ。心の奥底に常に抱えていた弱さ。
それを今、優次郎によって無理やり引きずり出されたのだ。
辺りが静寂に包まれている。
それを破ったのは―――――――――――――。
「……………とりあえず」
それまでだんまりを決め込んでいた、和也だった。
「俺たちは旧校舎に侵入し、楠木先生の元へ直行。そして古谷さんを救い出せばいいと……そういう事でしょ」
何でもない様に。さも面倒くさそうに。この時間が無駄であると言う様に。
和也は顔を顰め、ガシガシと頭をかきながらそう言った。
全員の視線が、彼に集まる。そして優次郎は、一瞬の凝視の後に、また笑った。
「そーいう事だよ。楠木先生が何仕掛けて来るかは分かんないけど」
「なるほど、分かったよ。じゃあさっさと行こうよ。
はぁ……綾瀬川さんも会長も、最初から悩む事なんて無いじゃんか」
そう言うと、和也はつかつかと旧校舎の方へ歩き出してしまった。
しばし、呆然とそれを見つめていた芽衣と瞳だったが、やがて芽衣が声を掛けた。
「え、辻上君? どこ行くの?」
「だーかーらぁー……水瀬先生が俺たちに言ってんのは、古谷さんの救出でしょ? そんでこっちには、黒岩先生も付いて来てくれるんでしょ?
だったら、保険はそれで十分じゃん。言っとくけど黒岩先生って、俺らにとってかなりの保険だよ? ゲームで言ったらチートアイテムだよ?
そんだけありゃ、装備は十分。クエストはクリアしたも同然でしょ」
「クリア……アナタ、これをゲームか何かと勘違いしているのでは無いかしら?」
咎める様にそう言ったのは、瞳だった。
だが、和也は変わらない。変わろうとしない。
「勘違いも何も、人生なんてもんがゲームと変わんないでしょ。まぁ新しい力手に入れたら悪用する奴がいるわ、水瀬先生みたいなチート魔術ばっか覚えてる重課金勢はいるわで、とんでもないクソゲーだけど」
さらりと言ってのける和也。
彼は本当に、この世界をゲームと同一視している様だ。それを確信できるほど、彼の言葉には迷いも、戸惑いも、何も感じなかった。
「でも、今その重課金勢はこっちにいる。それに俺らは、その重課金勢から直々に魔術の原理を教わってるわけじゃん。
だったら俺は行くよ。俺思うんだけど…………………クエストは、自分のレベルにあったものしか受け付けられないもんだし、このクエストだってそうだろうし。
アンタ方が来ないなら、俺だけでも行くよ。先生も言ってた通り、この事件解決出来ない様なら、取締委員会なんて夢のまた夢だろうしね」
その言葉に目を見開いたのは――――――。
和也はそこまでいうと、視線を再び優次郎へ戻した。
「まぁそんな訳だから先生、早く楠木に話付けて、俺らが中入れる様にしてよ。
じゃないと、このクエスト始まんないし」
芽衣と瞳は、声を出せなかった。
この少年は、一体何を言っているのだろうか。
人生がゲーム?
自分のレベル?
そして何より、何故こんな事を、さも当たり前の様に口にできる?
瞳と芽衣には、それが分からなかった。
玲央と叶もまた、呆気にとられた様子で和也を見つめている。
そして優次郎は――――――大爆笑を巻き起こした。
「あっははははははは‼‼‼‼ 和也くん凄いね! そんな事さらっと言っちゃって……くくく……あーおかしい! キミも大概狂人の素質あるよ?」
「残念だけど、俺はそんな課金勢推奨の職業に就くつもりは無いよ。それより、さっさとクエスト開始したいんだけど」
「はは! あー笑った笑った! …………うん、分かった! でもその前に―――――」
そう言って優次郎が目を向けたのは、芽衣と瞳だ。
「芽衣ちゃん、瞳ちゃん。2人はどうするの? 和也君のいう所の『このクエスト』、キミたちは受けるの? それとも受けないの?」
しばしボーっとして答えなかった2人だが、やがてハッと我に返った。
そして思わず。
本当に無意識的に、言葉を紡いでいた。
「い、行くよ‼ 行けばいいんでしょ!? 全くもう‼ 私たちに何かあったら優ちゃん先生のせいだからね!」
そう言って、芽衣は速足で和也の元へと寄って行った。着くや否や、2人で何やら言い争いが始まった様だが、それを横目に優次郎は――――――瞳に語り掛ける。
「瞳ちゃん、キミはどうするの? このクエスト、受ける? 受けない?」
最終確認。そのつもりで、優次郎は瞳に再び問う。
おそらくここで「受けない」と答えれば、優次郎は笑って許してくれるだろう。
だが――――――――瞳の答えは真逆だった。
「…………言っておきますけど、私は先生の愚策を認めたわけでも、辻上君の考えを許容した訳でもありません。2人の事は、今でも何を考えているんだと、否定的に見ています」
「そっか」
「だから、これは先生と辻上君に影響されたわけではありません。私が今、私自身で考えて答えを出した結果です。
私は、この課外授業で知りたいと思っています」
「何を?」
優次郎が首を傾げれば、瞳は一瞬目を伏せた。
そして、何かを決意した様な目を、再び優次郎へ突き刺す。
「アナタの―――――――先生の事をです。戦いに身を置くことで、少しでもアナタが通った道を知るためです。険しく足場も悪く、茨で乱れている最悪の道を、入り口だけでも―――――――私は知りたい」
目を見開く優次郎。
そんな彼に軽く会釈をして、瞳は言い争いを止めない芽衣と和也の元へと歩いて行った。
しばしその後ろ姿を見つめていた優次郎だったが、やがてくすりと笑い、旧校舎を見上げた。
「さて、じゃあ役者はそろった事だし、始めよっかな、叶さん、玲央先輩。始めますけど、いいですか?」
「どうせ今さらダメだなんて言ってもきかないんでしょ?
だから信じるわ。ユー君を――――――そして、あの子たちと玲央君を」
「僕の方は、もういつでもOKだったりしちゃってるよ!」
腕を組み、未だに不安の色を隠しきれていない様子の叶も、ニコリと笑う玲央も、同じ意味の言葉を掛けた。
それを受けて笑うと、優次郎は旧校舎に向けて叫び出した。
「おーーーい‼ 楠木せんせーーい‼ お待たせしましたー! 水瀬優次郎でーす!」
何とも間の抜けた叫び声だったが、それは彼を呼び出すには十分な声だ。
むくり。
一つの窓から、隆盛が顔を出すのが見えた。その表情は、怒りや憎しみなどの負の感情を全てミキサーでかき混ぜ、無造作に張り付けたようだ。
境子の姿は見えない。おそらく窓の下にいるのだろうか。
「水瀬優次郎…………貴様を待っていたぞ! 散々、この私をコケにしてくれたな‼ 今すぐここへ来い! 今度こそ容赦はせん! 私の最強を以て、貴様を嬲り殺してやる!」
「うわー今時三流小説でも使わない様な言葉だなー……しかも嬲り殺すって、明らかに講師が言って良い言葉じゃないし……」
小声でそう言った後、優次郎は「うわー」と言う擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべた。
その後、再び声を掛ける。
「残念だけどさー! ボクそっち行かないよー!? 代わりと言っちゃなんだけどさー! ボクの教え子たちが相手になるから、それで許してくんなーい!?」
「何……だと……?」
あからさまに、隆盛の顔が歪んだ。
そして視線を少し下に下げれば、そこには自分もよく知る魔術学院生三人の姿が目に映る。
綾瀬川瞳。大橋芽衣。辻上和也。
三人の姿が眼に映れば、今度は怒りのみに彩られた表情で舌打ちをした。
「ふざけるな‼ この私に、そんな半人前をぶつけてくるだと!? なめるのもいい加減にしろ‼」
「なめてるわけじゃないよー‼ この三人、ボクにとっても自慢の教え子たちだし、精鋭を集めたつもりだよー!?」
「半人前に変わりはない! 貴様がそんななめた態度を取るなら……」
そう言って、隆盛は窓の下から『あるもの』を乱雑に引っ張り出した。
それは、手を後ろで縛られ、髪を引きちぎる勢いで掴まれ、苦痛に顔を歪めている境子だった。
「貴様の目の前で! この女を切り刻んでくれるわ!」
瞳と芽衣が、少し目を見開いた。
こうなる事も、予測は出来ていた。逆上した今の隆盛は、こちらの対応によっては境子を殺す様な事だってあり得ると。
それが目の前で起ころうとしている。2人は気を張った。
だが――――――水瀬優次郎は、それを許す様な男では無い。
「へぇーそっか…………じゃあ、このゲームは先生の負けってことで良いね?」
「何………だと……っ!?」
目を見開く隆盛。境子も、ゆっくりと視線を優次郎へ向けた。
彼の――――――狂気が見え隠れする笑顔に。
「境子ちゃんに手を掛けるって事は、もうそれしか手段が無くなったって事だよ?
このゲームは、ボクたちにとって境子ちゃんを救出すれば勝ちのゲームだし、境子ちゃんが死ねばボク等の負け。そういうルールだよね?
でも本質は違う。キミにとって、境子ちゃんが生命線なんだよ、このゲームを続ける上でのね。
キミはボクと勝負をする事を望んでいる。だからボクは、今のボクにとっての最善手であるこの三人を君に向ける。この三人が、今のボクにとってキミへの最高の魔術だと思ってくれていいよ。
そこから目を背けて、境子ちゃんに手を掛けるって事は、キミはゲームを降りたって事さ」
そして最後に、優次郎はこう問いかけた。
「それとも――――――キミの言う半人前にも勝つ自信が無いのかな? だから境子ちゃんを殺して、このゲームを早々に終わらせようとしてるの?
だとしたら、キミは本当に無能でどうしようもない人だよ」
ぎょっとして、叶は優次郎を見た。
彼が今行ったのは、明らかな挑発だ。いつ爆発しても可笑しくない爆弾に、石を投げつけたのだ。もうこれで、隆盛が爆発してしまったとしても、文句は言えない。彼は、境子を殺した時点で隆盛の負けだと言ったが、もしこれで隆盛が逆上して境子を殺せば、交渉に失敗した事になり、優次郎の方がゲームに負けた事になる。
それは叶も、そして優次郎も分かっている筈だ。叶はじっと優次郎の不敵な笑みを、後ろから見つめた。
だが――――――その心配は杞憂に終わった様だ。
「――――――面白い」
隆盛は一言そう言って、境子の髪を離した。
「そこまで言うなら、良いだろう。その半人前が三人束になってかかって来ようと、私の足元にも及ばない事を証明してやる。そしてその三人を殺した時は…………水瀬優次郎、貴様の負けだと判断するぞ」
「うん、構わないよ!」
優次郎が笑えば、隆盛はふん、と鼻を鳴らした。
「そこの三人、来るがいい……来れるものならな。まぁ来たところで、貴様らに待ち受けるのは敗北の二文字だけだが」
そう言うと、隆盛は姿を消した。
「…………魔力の気配が消えたわね」
一言、叶がそう漏らした。
その言葉通り、辺りを包んでいた結界魔術の気配は、完全に失われている。
「えぇ、どうやら交渉は成功したみたいです」
そう言うと、優次郎は三人に目を向け、ニコリと笑って言った。
「じゃあ、ここからが本番だよ。あくまでも目的は境子ちゃんの救出だから、そこをはき違えないようにね。
じゃあ、玲央先輩。任せましたよ」
「任されちゃった‼ 安心しなよ、あの三人は絶対に死なせない。無論、フルヤちゃんもね」
そう言って、玲央は三人の前まで歩み寄っていった。
じっとこちらを見つめる三人を一瞥し、笑う。
「さて、旧校舎に侵入しようか。あの口ぶりからして、ほぼ間違いなく楠木先生以外の敵も潜んでるだろうから、油断しないようにね」
玲央の言葉に、三人が一斉に首を振った。
それを見て満足げに頷く。
「それじゃ、行こうか」
玲央の言葉を合図に、三人が旧校舎へと入っていった。
一歩ずつ。確実に。
大口を開ける戦場へと、足を運んで行った。
そしてその四つの影は、誘われるままにその口の中へ入っていき…………姿を消した。
後に残ったのは、叶と優次郎のみ。
他の誰もが居なくなったオアシスで、叶が口を開く。
「ユー君も無茶をするわね……」
「えー? そうかなぁ……ボクにとっちゃ、あれが最善の交渉手段だったんだけど」
ケラケラと笑う優次郎を、叶は見つめる。
彼が何を思い、あんな事を言ったのか。叶なりにだが、結論は出た。
彼が利用したのは、楠木隆盛が持つ並々ならぬプライドだ。
隆盛は今、優次郎や椎名によって引き裂かれたプライドを、それでも守って自分を誇示しようと必死なのだ。
だからこそ、こんな愚策を強行している。優次郎だって叶だって分かる。
そして優次郎は、そこに漬け込んだ。
学生相手にまで勝つ自信が無いのか。
本来の隆盛ならば、こんな言葉を投げられれば怒りに打ち震えたところだろう。だが今の彼は通常では無い。
優次郎は言った。この三人こそが、今の自分の最善手だと。
つまりこの三人を討ち取れば、優次郎の最善策を打ち破った事に繋がり、自分の勝ちに相当する。
もう一度言うが、彼は必死だ。どんな手段を使ってでも優次郎に勝ち、自分のプライドを縫い付けようと。
そう――――――どんな手段を使ってでも。
だからこそ、目の前に転がっているチャンスを掴まない手は無い。優次郎が打った手を破り、勝つために、今は隆盛の取って絶好の機会だ。そしてもう一つ。境子を殺せば、自分が打つ手無しとなったと判断し、強制的に優次郎の勝ちとみなす、という事。
それは、目の前の水瀬優次郎から逃げ、弱者を殺そうとした臆病者への正当な判決。
それを、プライドの高い隆盛は許さない。二度も負けているのに、三度も彼に苦汁を舐めさせられる訳にはいかない。だからこそ、彼は境子を殺そうとはしないだろう。
すべては隆盛のプライドを利用した、優次郎にとって最高の交渉手段だった。
そうは言っても、爆弾に石を投げる様なこんな作戦を思いつくのは、おそらく優次郎くらいのものだろうが。
「後は、玲奈がいつどこから飛び出してくるかが不安材料ですけど…………まぁあの子はボクにしか興味ないし、ボクと叶さんで迎え撃てば大丈夫かな!」
「えぇ、そうね。玲奈ちゃんはそれで大丈夫だと思うけど……」
叶はそう言い、憂いを帯びた表情を旧校舎へと向ける。やはり、まだ不安なようだ。いくら戦場慣れしている玲央が付いているとは言え、生徒たちをこういった場所に向けるのは、未だに抵抗がある。
「大丈夫ですよ! それにあの子たちにも言いましたけど、この程度の事件も解決できないんじゃ、どっちにしろ取締委員会なんて入れません」
本来こんな事件は、交渉している裏から取締委員会の者が侵入すれば、それだけで済む話なのだ。違法魔術師と戦おうと言うのだから、魔術師も剛腕揃いである。
そして彼らにとって、逆上して周りが見えていない今の隆盛の様な相手は、やりやすい事この上ないだろう。
これは初歩中の初歩にあたる事件。
取締委員会で、新人が受け持つような事案なのだ。
それを分かっているからこそ、叶も優次郎の言葉には反論できなかった。
生徒たちの夢を否定はしたくない。だが、危険に身を置いてほしくないとも思う。
そんな葛藤を抱える叶の横で、優次郎は全く別の事を考えていた。
それは、結果的に芽衣と瞳をたきつけた、和也のあの言葉。
彼の目は――――――――まるですべてを見通していた様だったと、優次郎は感じていた。
「それにしても、和也君も面白い子だなぁ。特にあの目……それにあの考え方…………あの子、本当に狂人の素質あるなぁ。それも素質だけなら、ボク以上の…………」
優次郎が零した言葉を、葛藤に苦しむ叶が拾う事は無かった。
今回、あんま話進んでません()
次回からは瞳たちの視点で、旧校舎内で起きている事件を描いていきたいと思います。
優次郎が主人公なのに、この章の主軸にノータッチと言う……それもこの作品らしいのかもしれませんが。
優次郎が行った交渉は、危険です。相手の気を逆なでする行為ですし、そもそも論理が無茶苦茶です。優次郎以外がやっても成功しません。絶対にマネしないでくださいね。マネする状況があるかはわかりませんが……。
優次郎の言葉には、何か不思議な力がある様に思います。彼が狂人だからこそ、自然とその言葉に重みや意味がのしかかって来るのかも知れませんね。
では、今回はこの辺で。次回もよろしくお願いします。




