第二十四話 =狂人の思想と学生の意義=
第二十四話です。最近、見てくださる方が増えている様で非常にうれしいです。感無量です。
どうかこれからも、皆さんよろしくお願いします。
「――――――――もしもし? ボクだよ、ボク…………そう、優次郎」
あの事件から一夜明けた朝。その研究室の家主である優次郎は、誰かと話をしていた。話と言っても、相手はそこにはいない。だからと言って魔術による長距離会話を行っているわけでも無い。その右手には、境子に指摘されていたスマートフォンが握られていた。科学の時代に存在していた長距離会話機器だ。
「うん…………うん、そう…………お願い出来る?」
どうやら、優次郎は小さな箱の奥にいる相手に何か頼み事をしているらしい。
そしてそれは、どうやら彼にとっていい方向に進んでいる様だ。ゆっくりと笑顔になっていくのだから、この青年は本当に素直で分かりやすい。
「ありがと。ごめんね突然…………はは、検討するよ。じゃあね」
ピッ。
聞きなれない音が響く。これは電子音と言うらしいが、長らく使っていなかった事もあり優次郎の耳は新鮮な音としてそれを受け入れた。
その直後、ガチャリと扉が開く。
「ユー君、おはよう」
入ってきたのは叶だった。昨日とは違い、今日は優次郎も見慣れた柔和な笑みを浮かべている。
それを見て、優次郎もいつも通りの笑顔を広げた。
「やぁ、叶さん。お早うございます」
「早速だけど、お知らせがあるわ………さっき取締委員会から連絡が来たの」
違法魔術師を摘発する機関からの連絡。それが何を意味するのか、優次郎も当然知っている。思えばあの人たちには、指名手配されていた頃には随分と世話になったものだ。
「この学院の旧校舎で、楠木――――――――――楠木隆盛が立てこもっているらしいわ」
彼女が今、言い直す前に言おうとしていた事を察し、優次郎は少しだけ目を細めた。
「そうですか。って事は……」
「えぇ、アナタが思っている通りよ。楠木隆盛は古谷さんを人質に取っているわ。今は傷もつけられていないようだけど、手を縛られているみたいよ。それに、高度な結界魔術も張っている様なの。取締委員会の人たちも今、現場で交渉をしているらしいんだけどね」
「下手に動けないですよねー。何するか分かんないだろうし」
たった一言。それだけでも失言があれば、昨日の一件で煮えくり返っている隆盛の腹の内に、更なる油を注いでしまう事になるのだ。取締委員会としても、強行突破という考えは首を縦に振れないだろう。
だが―――――優次郎は違う。
彼は取締委員会の様に、国が絡んだ組織の一員では無い。彼は今や一般市民なのだ。この町の……この国の民が認めなかったとしても、国が認めているのだから。
彼ならおそらく、境子を傷つける事無く、隆盛を捕らえる事が可能だろう。
――――――まぁ、優次郎自身が傍観に徹すると言っているのだから、その手は使えないのだが。
「それで、楠木隆盛から一つ。要望があったらしいの」
「――――――ボクですか?」
叶は少しだけ目を開いた。
楠木隆盛の要望。それはおそらく、優次郎を現場に呼ぶ事だろうと、彼は推測している。隆盛が最も殺意を覚えているのは、他ならぬ自分なのだ。だとしたら、隆盛は優次郎とのゲームを勝つまで続けるつもりだ。
一度や二度死にかけたくらいで、彼は自分の誇示をやめようとはしないだろう。
既に楠木隆盛と言う違法魔術師は、そこまで足を踏み入れてしまったのだ。
そして、その推測は正しかった。叶は息を吐き、言葉を作る。
「その通りよ。楠木隆盛の要望は、ユー君を現場に呼び出す事。彼は今度こそ、アナタに勝つつもりでいるわ」
「懲りない人だなぁ、ボクは男に執着されて喜ぶ趣味は無いって言うのに」
ケタケタと笑う声が、叶の耳に突き刺さった。
自分の生徒を人質に取られていると言うのに、変わらないものだ。そんなにも―――――――慣れてしまったのだろうか。こういった状況に。自分に向けられる殺意に。
「それでも、アナタは彼女たちに任せるつもりなのね?」
確認する様に、叶が問う。
そして、優次郎が答える。
「当然。引率としてボクも付いていきますし、万が一なんて事はありませんよ……ボクだけじゃない、叶さんもいるしね」
「前から思っていたけど、ユー君は私を買いかぶりすぎよ」
「ボクに勝った人がそれを言います? 負けたボクの身にもなって下さいよ」
頬を膨らませ、優次郎は拗ねる様な声を出した。
「まぁそれはともかく……玲央先輩は?」
「玲央君はもう現場に行ってるわ。取締委員会の人たちに事情も説明してくれてる」
取締委員会の連中は、腕は確かだが頭が固い。彼らを説き伏せるのは容易ではないだろう。
また玲央には損な役割を押し付けてしまった様だ。今度何か奢ろうかと、優次郎は呑気にもそんな事を考えていた。
「彼女たちは?」
「同じよ、もう現場に行ってるわ。玲央君が見てくれてるから大丈夫だとは思うけど」
「そっか」
言うと、優次郎は叶の前まで歩み寄り、その瞳を見つめた。
そこには一言では言い表せない程の感情が入り乱れており、優次郎は少し笑う。
「じゃあ、ボクたちも行きましょうか……あんまり待たせても申し訳ないですしね」
そう言って扉を開き、部屋の外へと出ていった優次郎の背中を見つめながら、叶もその後を追った。
■ □ ■ □
玲央は今、旧校舎近くの木陰に座って休んでいた。先ほどまでうるさく聞こえていた隆盛と取締委員会とのやり取りも、今は落ち着いている。と言うより、玲央が取締委員会のトップらしき人物と掛け合い、引いてもらったのだ。その後、隆盛には優次郎が来る旨を伝え、そして今ようやく落ち着いた所なのだ。
「全く、僕はいっつもこんな役回りだったりしちゃうよね。学生時代からそうだけど、皆人使い荒いよホント」
ため息交じりにそう言う玲央からは、疲労が見て取れる。玲央は口が達者で、頭の回転も速い。交渉にはもってこいの人材だ。それを良い事に学生時代から叶や、ひどい時は後輩の優次郎からもこう言った場面での後始末をさせられている。まぁ、その後にお礼として学食を奢ってもらっていたのだが。
1人、そんな昔話を思い出していると。
「大丈夫? 玲央ちゃん」
不意に、そんな少女の声が木霊した。
またかと思い、玲央はその声の主を見る。
「仮にも僕だって講師なんだから、せめて先生は付けてくんなかったりしない? オオハシちゃん」
玲央が言うと、声の主である大橋芽衣は楽しそうに笑った。
「良いじゃん別に! 玲央ちゃんだって、こっちの方が好みでしょ?」
「まぁ堅苦しいのよりは…………ってそうじゃなくてさ」
自分はこの子に、講師として見られていないのだろうか。そんな思いに耽っていれば、もう一人の少女が割って入った。
「芽衣、その辺にしておきなさい。黒岩先生、すみません」
何故かその少女、古馴染である瞳が頭を下げるのを見て、玲央は苦笑した。
「別に良かったりしちゃうんだけどね? ただ、ちょっと不安になっただけだよ」
「? 何に?」
「それは…………あー、やっぱいいいや」
言葉を切った玲央に、芽衣は首を傾げ、瞳はもう一度小さく頭を下げた。
「それよりさー優ちゃん先生遅いよね。私たち呼び出したのって先生でしょ?それもこんな物騒なところにさ」
芽衣が旧校舎の、先ほどまで隆盛が顔を出していた部屋の窓を見つめた。
そう、彼女たちを此処に呼び出したのは、他でもない優次郎なのだ。朝、直接優次郎から電話をもらい、旧校舎に向かう様にお願いされた事を思い出す。
集められたのは芽衣、瞳、そして――――――――――少し離れた所で、空を眺めている辻上和也だった。
「確かに遅いわね、先生……何かあったのかしら?」
瞳が独り言の様にそう漏らし、旧校舎を見つめて思考する。今、楠木隆盛がこの中に立てこもっており、古橋境子がその人質となっている。周囲には結界魔術が張られ、立ち入る事は出来ない。隆盛が叫んでいた内容を聞けば、優次郎が来れば結界を緩め中に入れるらしいが…………。
結界。事件。そして―――――水瀬優次郎。
瞳は不安だった。もし、先の事件の様な事が起きたら………と。
今の優次郎は、いつスイッチが入るか分からない存在だ。「殺す」という言葉の他にも、何か彼の中でスイッチが出来てしまっている様に思う。
事実、雪菜と健二のの一件では、健二は殺すと言う単語を発していない。だが彼は狂人と化し、雪菜の魔力を奪い、退学にまで追いやった――――――――そう、雪菜の魔力を奪ったのだ。
瞳が知っている彼ならば、奪うとしたら健二の魔力を奪う筈だ。だが、彼はそうはせず、しかも健二は気絶させられただけで殺されなかった。
何かが。何かが違うのだ。瞳の知っている優次郎と。
そんな彼に、再び歩み寄ろうと決意した瞳の目に、先日までの迷いはもうなかった。
その切っ掛けを与えてくれたのは――――――境子だ。そしてその境子が今、この中で苦しんでいる。
まともに話したのはあの日の食堂の時くらいだが、それでも瞳の背中を押してくれた人物に変わりはないし、瞳もそれを自覚している。
心配だ。助けたい。無事でいてほしい。
そんな瞳の心境を知らない芽衣は、まだ姿を見せない優次郎の愚痴を玲央に吐いていた。
「大体! 瞳っちは「何かあったのか」とか言ってたけど、実際に何かあったのはコッチの方でしょ? それも超特大事件!
あー全くもう! 自分から呼び出したんだから、先にいるのが筋じゃないかなぁ!」
瞳の言葉に芽衣がそう付け加えた時だった。
「あぁ、ゴメンゴメン。遅くなって悪かったよ。だから芽衣ちゃん、そんなに怒らないで?」
背後から、待ち望んでいた声が聞こえた。
芽衣達と向かい合っている玲央はその顔を一足先に見て、「おっ」と声をもらす。
離れていた和也もそれに気づき、ゆっくりと歩み寄って来る。
芽衣と瞳が振り向けば、そこにはいつも通り、無邪気に笑う優次郎と、その後ろには叶もいた。
「あー! 優ちゃん先生遅いじゃん! こっちはさっきまで大変だったって言うのに!」
「だからゴメンって。それより玲央先輩、ありがとうございました」
辺りに取締委員会の連中がいない事を確認する様に一瞥した後、優次郎は申し訳なさそうに笑う。
「良いって良いって。まぁ確かに大変だったけど、ミナセ君のためだしね!
まぁ学食のAランチで手を打ってあげるよ」
「うげ、あの高いやつ……ボク、先輩より給料少ないんですよ?」
「それは自業自得でしょ?」
そう言うのは、理由を知っている叶だ。同じく理由を知っている芽衣と瞳も、そして玲央も、首を縦に振った。唯一和也だけは、値踏みするかのように優次郎を見つめたままだったが。
「まぁ、そうだけどさ…………じゃあ、Aランチは要検討って事で、とりあえず三人とも! 集まってくれてありがとう!」
「まぁ、今日は休日で予定も無かったからいいけど……どうしたの優ちゃん先生? 突然呼び出したりして」
そう言うのは芽衣だった。
それを受け、優次郎は答える。さらりと、簡潔に。
「あぁ、何てこと無いよ。これから3人には特別課外授業として、楠木先生の所に行って境子ちゃんを助けてあげてほしいんだ」
時が止まる。
芽衣は大きく目を見開き、瞳も驚いた様子だった。和也は、相変わらずの視線を優次郎に向けているだけだったが。
「だから、これから芽衣ちゃんと瞳ちゃんと和也くんには、旧校舎に潜入してもらいまーす!」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!」
異議を唱えたのは、芽衣だった。
「私たちまだ学生だよ!? 確かに境子ちゃんは心配だけど……でも! 優ちゃん先生や学院長までいるのに私たちが行く理由なんて無いじゃん!」
その言葉に、叶が首を横に振った。
「残念だけど大橋さん、ユー君は楠木隆盛と、ちょっと揉めちゃってるのよ。だから今、ユー君を彼の元には向かわせられないわ。何が起こるか分かったものじゃないし、最悪周囲にまで影響が出る可能性もある」
「それでも! だったら学院長が行けばいいじゃん!」
「そうしたいのも山々なんだけどね……………ユー君が3人に行かせるべきだって聞かないのよ」
そう言って、叶は優次郎を横目に見る。
相変わらず優次郎は笑っていた。
「まぁまぁ、そう緊張しなくても良いからさ。楠木先生にはボクから話すし、キミたちの安全も保証するよ。そのために、玲央先輩に来てもらったんだし!」
芽衣が玲央の方へと振り返る。玲央は、先ほどから苦笑を浮かべていた。
「オオハシちゃんの話を聞いてる限りだけど、完全に僕の事忘れてたよね…………悲しいなぁ。
でも、ミナセ君の言う通りだよ! 僕が皆と一緒に行って、もしもの時は治療してあげるからさ。まぁそんな事態になる前に、ミナセ君や学院長が止めに入るだろうけど」
「確かに黒岩先生がいるなら安心感はありますが、それでも私は芽衣の意見に賛成です」
今度は瞳が口を開き、優次郎に向き直った。
「先生の案には無理があり過ぎます。まず私たちを向かわせるメリットが分かりません」
「だからさっきも言ったでしょ? 特別課外授業だよ」
「こんなものは、授業とは言えません」
首を傾げて言う優次郎の言葉を、瞳がぴしゃりと止めた。
「第一、先生や姉さんが行けば黒岩先生が態々付き合う事も無いではないですか。それなのに、黒岩先生まで巻き込んで…………それに、私たちにもメリットがあるとは思えないのですが」
何せ自分たちは、まだ学生なのだから。
瞳の言葉は、暗にそう言っているのだ。学生の自分達を、気がたっている違法魔術師の元へ向かわせる事など、愚策の極みだと。
もしそれで隆盛が、自分が優次郎になめられていると解釈すれば、境子に危害を加える事だってあり得る。最悪殺してしまう事もだ。
玲央は凄腕とはいえ、死んでしまった人間を生き返らせる事は出来ないだろう。それは神の領分だ。人間が手を出していい場所では無い。
それは優次郎だってわかっている筈だ。なのに、何故かれはこんな愚策中の愚策を行使しようとしているのか。
それが、瞳には分からなかった。
そして優次郎は―――――――――表情を消した。
「確かに、瞳ちゃんの言う事も正しいだろうね」
「だったら何故―――――」
「でもさ、瞳ちゃん。それに芽衣ちゃんも…………いつまで「学生」って言葉に甘えてるつもりなの?」
2人が息をのむ。玲央と叶も、黙ってその状況を見守っている。和也は、相変わらずだ。
「瞳ちゃんも芽衣ちゃんも、確か和也くんもかな? 将来取締委員会に入ろうとしてるんでしょ? じゃないと、生徒会なんて入らないもんね。和也くんのノートも見させてもらったけど、そう書いてたよね?」
優次郎の問いに、和也は黙って首を縦に振った。
「まぁ芽衣ちゃんは、今は魔術を使いたくないみたいだけど…………もし取締委員会に入ったら、この程度の事件は山ほど抱える事になるんだよ? その時になっても、「学生」に甘えられると思ってるの?
それとも今度は「新人だから」とか「女だから」とかって言葉に甘えるつもり? もしかしたら「身内が絡んでるから」なんて言葉に甘えようって思ってるんじゃないだろうね」
淡々と告げる優次郎。口元だけは笑っていたが、目は笑っていなかった。
「取締委員会に入るなら、ただ座って授業受けてるだけでも、なんでもない訓練用の的に魔術を浪費するだけでもダメだって事は、2人にも分かるでしょ? 取締委員会は『違法魔術師を摘発し、拘束する』って名目で聞こえはいいけど、やってる事は毎日毎日『人間』に向けて魔術を放り投げる事だよ。違法魔術師と変わらない。唯一変わるなら、『正義』っていう大義名分が付いて来る事くらいかな。
そんな戦場に自分から行こうなんて考えてるのに、今は学生だから怖いの? 人の死を見るのが怖いの? 人を殺すのが…………殺されるのが怖いの?」
そこで言葉を止めた優次郎は――――――――ニコリと笑ってこう告げた。
「取締委員会に入りたいって思いが本当なら、一回ここを死に場所に選びなよ。生きれば、もう一度考えればいい。本当にこんな事ばっかやってる仕事に就きたいのかどうか。
そしてもし、玲央先輩が付いていながら死んだんだったら――――――最初から向いてなかったってだけ。それだけだよ。自分の無力と甘えを知りながら死んでいけばいいさ」
鬼畜だぁー!
完全に鬼畜講師です。言ってる事がラスボスです。こいつ主人公にしてていいのか、最近不安になってきました…………後悔も反省もありませんが((
そんな二十四話です。優次郎が完全に鬼教官モード入ってます。もう教官と言うより狂官です。
彼も違法魔術師として取締委員会に入っていたからこそ、自分も取締委員会の人たちを殺してきたからこそ、そこに入ろうとしている瞳や芽衣の覚悟を試したのでしょうね。玲央と言う最強の保険が付いているのに、それでもビビッている様ならやめておけと、そういう事なのでしょう。学生の間しか、玲央の様な保険は付きませんからね。多分、そういう事を言いたかったのでしょう………………選ぶ言葉があれですが。
後、和也が完全に空気と化していますが、この人次回かその次くらいから活躍する予定ですので、もうしばらくお待ちください。無口な人なんです。すみません、うちの子が。
では、また次回もよろしくお願いします。
p.s 私事です。
前書きでも書かせていただきましたが、最近PV数とお気に入り登録数がかなり増えています。非常に有り難いですし拙作を読んでいただける事は感無量です。
これからも多くの方に読んでいただける様、実力と不相応だと言われぬよう精進いたしますので、どうぞよろしくお願い致します。




