第二十一話 =一瞬の死闘。その果てに―――――=
第二十一話です。今回もよろしくお願いします。
また、今回の話には、残酷な描写がございます。苦手な方はご注意ください。
無言の喧騒が辺りを支配していた。
隆盛は執拗なまでに敵意をむき出しにした鋭い視線で目の前の女性2人を射抜いており、溢れ出る魔力を抑えようともしない。
その視線の先にいた椎名は、彼に劣らず魔力を放出し、こちらも敵意を相手に伝えている。
そして、椎名に抱きしめられた格好になっている境子は、ただ茫然と目の前の講師を見つめていた。彼の名は、境子も知っている。
楠木隆盛。結界魔術に関する講義を担当する講師であり、叶も認めるほどの腕を持った一流の結界魔術師だ。彼が姿を消していた事も、人伝に聞いている。
だが、今の状況は分からない。
何故、彼は自分たちを攻撃したのか。
何故、彼は姿を消していたのか。
何故―――――――彼の近くにいた自分でも気づけなかった魔術の気配に、椎名は気づいたのか。
「おいおい……魔術のスペシャリストともあろう御方が、凡人程度の魔術知識と技術しかもたない女2人に随分と必死じゃないか。うちら、アンタに恨まれる様な事をした覚えは無いんだけどね」
そんな境子の心境など知らぬと言わんばかりに、椎名がうなった。
その声色には、一切の曇りも無い完璧なまでの敵意が立ち込めている。いつものぶっきらぼうながらも生徒に優しい椎名は、なりを潜めてしまっていた。今、境子を抱えているのは、目の前の講師を内畠さんとする、れっきとした魔術師の女性なのだと、改めて感じさせられた。
椎名が放った言葉を、隆盛もまた鼻で笑ってはじく。
「凡人だと? 笑わせる……私は完璧に気配を消していた。無論、魔術によってな。それを感じ取れる様な女が凡人魔術師などと良く言えたものだ」
一歩。
隆盛が2人との距離を詰めたのはそれだけだった。だが、椎名は境子を抱く腕の力を強める。
隆盛の攻撃の間合いまでは、もう数歩しかない。それを、彼女も感じ取っていた。
「三木椎名……お前の噂は聞いている。何でも、お前も学生時代は学院で1,2を争う成績だったそうじゃないか。座学、技術共にな」
「そんな昔の話は忘れたね。今はただの食堂のお姉さんだよ」
「ふん。そうか」
隆盛も、それ以上は近づかなかった。
否、近づけなかった。
彼も気づいているのだ。先の一撃で、椎名が自分の間合いを把握した事を。
そして、その間合いに入った時、彼女がとるであろう行動を。
「それで、質問の答えがまだなんだけど? アンタが恨み抱えてんのは水瀬だろう。何でうちらを狙うんだ? まさか…………アイツに勝てないと知ってアイツに近しい、それでいて魔術から離れてたうちやまだ学生で未熟な古橋を狙ったなんて、女々しい事は言わないだろうね」
それは明確な挑発だった。
隆盛もその言葉に不快感をあらわにはしたものの、挑発と分かっていて踏み込むほど愚かでも無い。
「ふざけた事を……何、ただのゲームだよ」
ゲーム。
その言葉に、椎名は目を細めた。
「ゲームだって?」
「そうだ。これはゲームだよ、私とアイツ……水瀬優次郎のな。お前らは、偶々そのゲームの駒に選ばれただけの『道具』に過ぎん」
挑発には挑発を、と言う事か。椎名は一度だけ首をならした。
「アンタと水瀬のゲームなんざどうでも良いけど、どうやらうちらもそのゲームの関係者になっちまったらしいね、不本意だけど。だったら、うちらもルールを知る権利はあると思うんだけど」
「なぁに、簡単な事だ…………」
そう言って、隆盛は気味の悪い笑みを浮かべ、両手を広げた。
「今この廊下には、一直線上に結界魔術を施してある。効力は、いわば『異世界の構築』だ」
隆盛は言葉を止めた。そこまで言えば分かるだろう、とでも言う様に。
椎名の表情が、今度こそ不快なものに変わる。
「なるほど……つまりこの廊下は今、周りから見れば無人なわけだ」
「ご名答。素直に流石だと言っておこうか……貴様の言う通り、今この廊下は現実とは切り離された状態になっている。今ここに誰かが来たとしても、私たちの姿は見えはしない。
それに、私の『協力者』の魔術も添えてある。その魔術の効力は、『魔力気配の完全消去』」
協力者。その言葉に、椎名の鼓動は一瞬強まる。
やはりあの飲み会で義信が言っていた仮説は正しかったらしい、と言う事だ。
「つまり、私の結界魔術の上に、更に結界を隠すための結界を張った様な状態と言う事だ。
水瀬優次郎がその二重結界を破り、この隔離された廊下を現実へと引き戻す事が出来たなら、奴の勝利となる。そして私の勝利条件は――――――」
「うちら2人を、アイツが此処に来る前に殺す事―――――――か?」
「…………その通り」
ニヤリと笑い、隆盛が答える。
なるほど、単純なルールだ。つまり楠木隆盛はライオンであり、椎名と境子は腹をすかせたライオンの檻に放り込まれた、哀れな子ウサギ。そして、優次郎はもっぱら狩人というわけだ。
優次郎に見つかる前にウサギを捕らえる出来たならば隆盛の勝利。
ウサギを捕らえる前に隆盛を見つけ出せたならば、優次郎の勝利。
つまりは、そう言うことだ。
「うち等にそこまで教えてよかったのかい? アンタがうち等を殺そうとしていると分かったなら、うち等も抵抗を示すぞ。窮鼠猫を噛むって諺を知ってるか?」
「何、ちょっとしたハンデだ。結界魔術の意味を教えようが、私が貴様たちを殺すと伝えようが、貴様らは結局檻の中の哀れな生贄に過ぎないんだよ」
さて、と言葉を継ぎ、隆盛は再び気味の悪い笑みを浮かべた。
「おしゃべりはこの辺にして……ゲームを始めようか」
「…………おい、古谷」
それまで、ただ椎名と隆盛の会話を聞いているだけだった境子に、椎名が彼女だけに聞こえるほどの声を掛けた。突然の事だったので、境子も「え?」と間の抜けた言葉を零す。
「うちの後ろから離れるなよ。アイツは本気だ。本気でうち等を殺そうとしてる。生きたいなら、絶対に離れるな、いいか?」
「……うん」
いつもの境子からは想像もつかない様な、弱弱しい声が漏れる。
それもそうだろう。まだ17歳の少女に、こんな状況でも気を強く持てなんて言う方が無理だ。それに、境子にとって、これは初めての実戦なのだ。
今までの実践とは、訓練とは違う。練習とは違う。
生きるか死ぬかのコロシアイなのだ。
自分の身体が震えているのが分かる。自分は今、怯えている。初めての命の危機に。初めての恐怖を感じている。
そんな彼女の頭を、椎名は優しく撫でた。
普段の彼女の荒々しいものでは無い、優しく包み込むような手つきで。
思わず顔を上げたが、椎名は依然目の前の『捕食者』から目を反らしていない。
「心配するなよ。水瀬の事だ、もう魔術の気配に気づいて、こっちに向かっているだろう。ほんの一瞬、我慢すればいい。その一瞬で、勝負はつく。
それに耐えれば、うち等の勝ちだ」
もし、耐えられなかったら……。
それを椎名は口にはしなかった。ただでさえ不安なのだ。そんな可能性を提示しては、尚更不安を煽る事になってしまう。それだけは避けなければならない。この少女を、これ以上不安にさせてはいけない。
「大丈夫だ。お前だけは、絶対に守る…………うちを信じろ」
その言葉は、とても重く、鋭く、そして温かい。
あぁ、そうか。これが信じると言う事なのだ。
境子は理解する。そして、その言葉に答えるかの様に、椎名の服をぎゅっと掴んだ。
『信じる』とは、自分の全てを預けると言う事だ。
なんて怖いのだろう。
なんて辛いのだろう。
なのに――――――――何故こんなにも安心するのだろう。境子はまだ、そこまでの答えには至らなかった。
隆盛と椎名のにらみ合いが続く。だが、隆盛はこのまま間合いを詰めずにはいられないだろう。
隆盛は自分の結界魔術に自信と確信、そしてプライドを持っている。それは間違いない。今の彼は、自分の負けなど想定してはいないだろう。
だが、先ほどからそれを口にすることが多くなったのも事実だ。
それは裏を返せば、自分に言い聞かせていると言う事。
彼の中にある、水瀬優次郎と言うとてつもない狂人への不安を、押し込めようとしていると言う事。
彼も根底では、不安で仕方がないのだ。
優次郎が、この結界を破ってここに来るのではないかと。
そうなると人はどうするか。
答えは単純にして明快。そうそうに決着を付けようとする。
これは隆盛にとって、タイムリミット付のゲームなのだ。じわじわと嬲り殺す様な時間など無い。そもそも彼にそんな趣向は無いし、もしあったとしたなら彼もまた、今頃は狂人の仲間入りをしていただろう。
もう少しすれば、隆盛は必ず仕掛けて来る。
その時に、自分の持てる最大の知恵で、最大の魔術を彼にぶつける。
それが、それこそが、椎名の勝算。勝つための、自分が出来る最高の手段。
そしてその算段は間違っていなかった。
かつん。一つの音が落ちる。
隆盛が半歩、足を踏み出す音。それが―――――――――合図。
2人は同時に手を突き出し、己の魔術を行使する。
そして境子は―――――椎名の背中の温もりを感じながら、目をそっと閉じた。
■ □ ■ □
その一瞬の死闘を、遠くから眺めていた影が一つ。
黒いコート。緑の髪。幼い容姿。
彼の協力者であり、二重結界の一つを造り出した少女、天ヶ崎玲奈だ。
屋上のフェンスに腰掛け、片肘を突いてその光景を見つめている。
「あーあ、終わっちゃったか……」
自分以外の一切が存在しない屋上で、1人呟く。
さも退屈そうに。さも興味無さ気に。
今回のゲームは、玲奈にとって余興に過ぎない。彼女の思考回路は、全て優次郎の元へと直結するように組まれているのだ。それが天ヶ崎玲奈の『狂人』たらしめる理由だ。
だがその優次郎は、今回のゲームの参加者にこそなっているものの、直接的には登場していない。だからこそ、玲奈はこんなゲームは余興なのだ。
「もーちょっと楽しいの期待してたんだけどなぁ……あの人も相当バカで間抜けで貧弱だね」
両手をフェンスに付け、足をプラプラさせながら言う。
椎名と隆盛の勝負に興味など無かったし、何となくだが結果も見えていた玲奈。そして今目の前では、その予想どおりの答えが提示されている。
なんという茶番だろう。予想していた光景が、今現実となって目の前に広がっている。
こんなに退屈な事があるだろうか。
「優ちゃんなら、こんな退屈絶対にさせないのに」
そう。そうなのだ。だからこそ、玲奈は優次郎しか見えていなかったのだ。
彼はいつも予想外だ。誰も想像しない、想像しえない素っ頓狂な答えを告げ、そして無理やり現実をその答えに近づける。
彼は他の魔術師や、それ以外の人間とは違う。現実の飼い犬では無い。現実の奴隷では無い。
現実が、この世界が、それこそが彼の奴隷なのだ。
椎名も隆盛も、叶や瞳も、彼が飼いならす現実と言う巨大なペットの一部でしかない。
そして―――――――自分自身もだ。
だからこそ、玲奈は優次郎が愛しくて仕方がない。
独り占めしたくて仕方がない。
誰にもあげない。あげたくない。自分だけのものにしたい。
そんな思いを、抑える術も持たなければ、持っていても使おうと思わないのだ。
直後、玲奈は満面の笑みを咲かせた。
「やっぱりレイちゃんには、優ちゃんしかいないね!
だから殺さないとなぁ。取られる前に」
その笑顔はどこまでも純粋で、狂っていた。
■ □ ■ □
玲奈に見られている事など知らず、境子は目を閉じていた。
ほんの一瞬、何か強い風が吹いた様な感覚があったのを覚えている。だが、それだけだ。他には何も感じない。
自分は今、どうなっているのか。生きているのか。死んでいるのか。何も分からない。
それを知る術は知っている。目を開く事だ。
だが、怖い。もし目を開けて、そこが見知らぬ何処かだったら。死後の世界だったら。
そう思うと、怖くてたまらない。目を開けるのが怖い。現実を知るのが怖い。
このまま目を閉じていても、何も進まない事は知っている。だが、それでも――――――その時だ。
〝うちを信じろ〟
先ほど言われた言葉が、脳内で再生された。
そうだ。椎名は言った。言ってくれた。自分を信じろと。境子の事は絶対に守ると。
ならば、目を開けなければならない。信じると決めたのだから。
恐怖におぼれて目を開かないと言う事は、彼女を信じていないと言う事になる。
今まで自分の瞳にのしかかっていたものを取り払い、ゆっくりと、境子は目を開く。
―――――――――――広がっていたのは、代わり映えの無い光景。
突き出していた手は下され、じっと隆盛を見つめる椎名の背中。
同じく手を下し、無の表情でこちらを見据える隆盛。
そして、見慣れてしまった何の変哲も無い、されど違和感のある廊下。
何も変わっていない。つまり、変わらなかったのだ。生きているのだ、自分は。確かに。この場所で。
「三木さん……」
思わず、目の前の背中に声を掛けた。
それにピクリと反応し、ゆっくりと椎名はこちらを振り向いた。
そこにあったのは――――――いつものぶっきらぼうな表情を浮かべた椎名の顔。
そしてそれは自分と目があうと、ゆっくりと笑顔を形成していった。とても優しく、安心する笑顔を。
それを見て、境子も少し笑った。椎名の笑顔を見るのは、そう言えば初めてかも知れない。そして今は、それを見れた事が嬉しくて仕方がなかった。
だが―――――――現実は境子が想像していた以上に意地の悪いものだった。
ぐちゃり。
妙な音が木霊する。
視界が瞬く間に赤く染まっていく。
その赤の出どころが、目の前の―――――――椎名の身体からである事に気づくのに、時間はかからなかった。
服が切り刻まれていく。皮膚が切り刻まれていく。彼女の血が――――――命がふき出していく。
境子は、呆然とその光景を見つめていた。
やがて――――――ばたりと音を立て、椎名の身体が後ろに倒れた。
彼女の口から、頭から、胸から、腹から。
赤い命がドロドロと流れ出し、ぺたんと地面にへたり込む境子へとぬらりくらり迫って来る。
「三木…………さん?」
力なく放たれた言葉に、答える声は無い。
「ねぇ、起きなよ。こんな所で寝たら風邪ひくよ? っていうか、早く帰れって言ったの三木さんじゃん。そんな所で寝てたら、説得力ないんだけど」
ゆさゆさ。
椎名の身体を揺さぶる境子。だが、椎名の口から言葉が漏れる事は無い。
代わりに真っ赤な液体が境子の掌にへばりついてきた。
「あ…………あぁ…………」
それを見て、境子の身体は震え上がった。
視界がぼやける。頬を水滴が垂れていく感覚が分かった。
そして境子は――――――――慟哭する。
「あああああああああああああああああああああああああっっっ‼‼‼‼‼‼」
椎名の身体にしがみつく。名を叫ぶ。声が枯れ果てる。だが、そんな事もお構いなしに。
だが、やはり椎名は答えない。
「…………っ、ふっ、くく……」
それを見て、悪魔は笑った。
「確かに貴様は守った様だ、古谷境子は、な…………はは、ははは! アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
その悪魔の声は、異世界を通り越し、現実世界にまで響き渡っていった。
完 全 に 鬱 回 !
Q.どうしてだ……どうしてこうなった……
A.脚本だからです。
えー前書きでも書きました通り、今回はかなり残酷な描写をしてしまったかな、と思います。
ですが、これも今後の展開的に必要な事。どうぞご容赦ください。もし椎名推しの方がいらっしゃったなら、どうかご容赦ください。お願いします(土下座)
さて、境子はかなりショッキングな場面を目の前で目撃してしまったわけですが……今後どうなるんですかね。もし私だったら、ちょっとしばらくは立ち直れないですね……。
境子が廃人の様にならない事を祈ります。作者私ですが((
では、次回もよろしくお願いします。てか優次郎はよ来い。




