第二十二話 =本物vs成り損ない=
第二十二話です。よろしくお願いします。
境子は叫ぶ。瞳から雫を零しながら。
認めたくなかった。信じたくなかった。こんな光景、見たくなど無かった。
いっそこのまま、自分も彼女の様に切り刻まれても良いかもしれない。そうすれば、痛みで目が覚めるかもしれない。
そう――――――こんな悪夢は、さっさと覚めてしまえばいいんだ。
それがどれだけ愚かな考えなのか、境子の奥の奥に押し込まれた彼女は分かっていた。そんなものは、ありきたりで詰まらない現実逃避でしかない。
認めろ。これは現実だ。椎名はたった今、目の前の男によって八つ裂きにされたのだ。
自分を護って。自分をかばって……。
彼女は言った。「自分を信じろ」と。
そしてこうも言った。
「お前だけは、絶対に守る」と
信じた結果、彼女は言葉通りに自分を護ってくれた。彼女は嘘をつかなかった。
そもそも考えるべきだったのだ。あの言葉を放った時の椎名が、どれだけの覚悟で目の前の悪魔との戦いに臨んだのかを。
相手は魔術のスペシャリスト。現役の魔術師であり、叶に腕を認められて講師を任されるほどの人物。
椎名は学院時代に秀才だったとはいえ、今は一介の従業員で、魔術も久しく行使していない。
そんな椎名が、隆盛を相手に自分を守るとなれば、一体どうするのか。
信じるという事は、本当に辛い。
裏切られるより、守ってくれた時の方が辛いかもしれない。
もし彼女を信じて裏切られていたなら、もう自分はこの世にはいない。よって恨む事など出来る筈も無いし、辛いなんて思う事も許されない。
だが今はどうだ。椎名を信じた。そして守ってくれた。だが椎名はこうして血塗れで倒れている。
人を信じる事がこんなに辛いのなら、信じなければ良かった。
「アナタは信用できない」と言えばよかった。そうすれば、幾分か楽になれたのに。
だが―――――その言葉を伝えるには、自分はあまりにも椎名を好いていた様だ。
ぶっきらぼうだが優しく、いつも美味しい料理を作ってくれる彼女にその言葉をぶつける勇気が無かったのだ。
「いくら泣き叫ぼうが、現実は変わらんよ、古谷君……」
自責の渦に飲まれそうになっている彼女を嘲笑うかの様に、隆盛は言う。
「三木椎名は、君をしっかりと守った。言葉通りにな。いやはや、敵ながら感心するよ。
だが…………」
ニタァ―――――
そんな音が聞こえてきそうな笑みを、隆盛は浮かべた。
そのままスッと伸ばされた銃口は、椎名に縋りつく境子の身体をしっかりと捉えている。
「幾分か頭の悪い人だった様だな。今の君を守る事に必死で、自分が倒れた後の事を考えていない……まさに愚策だ」
つらつらと並べられる言葉に、境子の身体がピクリと揺れた。
慟哭も止め、ぽそりとこう言った。
「三木さんがした事が……愚策だって?」
「そうだろう? 自分の命を盾として人を守る……聞こえはいいが、それは自分が倒れた後の事を考えていない、先の読めないバカのする事だ。ふん……秀才も堕ちたものだな」
隆盛の口撃は止まらない。椎名が反撃しないのを良い事に、死体蹴りの様な所業を続けていく。
「こんな事だから、料理人なんぞに成り下がるんだ……あぁ、魔術の才を持ちながら料理などに現を抜かすという事は、自分への評価も正当に出来ないのだろうな」
その時だ――――――――――。
「黙れッッ‼‼‼‼‼」
そう――――――境子が叫んだのは。
突然の事に少しばかり目を見開く隆盛を、境子はキッとにらみつけた。
赤く腫れあがった目は、真っすぐに彼を射抜いている。もう泣く必要など、考える必要など無くなったとでもいう様に、その目は光を宿していた。
「確かにアンタの言う通り、魔術師様から見れば三木さんがやった事は愚策かも知れない! でも! それが無かったら私は今ここにいない! 三木さんがいたから、私は生きてる! 話せてる! アンタの間違いを指摘出来る‼‼」
そこまで言うと、境子は眠る様に倒れている椎名の閉じられた瞳に目をやった。
「さっきまで悩んでた…………三木さんを信じないでいれば、どれだけ楽だったろうって。裏切られて死んでしまえていれば、こんな思いはしなかったのにって……正直、今でもそう思ってるよ。
だけど! それでも! 三木さんは最後まで戦ってた! アンタからも! 現実からも! 逃げずに戦ってたんだ!
私はアンタと水瀬先生の間に何があったかなんて知らないけど……でもこれだけは分かる!」
そこで言葉を区切り、再び彼を睨んだ。明確な敵意と――――戦意を持って。
「アンタは水瀬先生が怖くて逃げたんだ! 私と三木さんに逃げたんだ! 迫って来る狩人に狩られるのが怖くて、戦いたくなくて逃げたんだろう! アンタの下らないプライドを守るために!
そんなアンタより…………水瀬先生から逃げ続けたアンタより、目の前にいた手頃な獲物に逃げたアンタより! 三木さんの方がよっぽど強い人なんだって‼‼‼」
境子は叫ぶ。涙を散らして、声を荒げる。
今でも境子は、椎名を信じてしまった事への後悔を捨てきれてはいない。自分の命を、全て人任せにした事を悔やみ続けている。弱い自分を、卑下し続けている。
だが、それでも。
自分を守ってくれた椎名を馬鹿にする目の前の弱者の言葉を許せなかった。椎名の行動は無駄では無かったといえるのは、彼女に生かされた自分だけなのだ。だから、戦う事を決めた。自分は椎名の様に魔術で対抗した所で勝てない事は分かっている。しかし、一矢だけでも報いたい。椎名が彼と戦った証を残したい。そんな思いが、境子の心に充満した。
そしてそれを聞いて――――――隆盛は酷く顔をゆがめた。
「黙って聞いていれば……未熟者な半人前以下が調子に乗るな‼‼‼」
隆盛は境子へと近づいていく。一歩一歩。ゆっくりと。確実に。右手を突きつけたまま。
「貴様がどれだけ足掻こうが、結末は変わらん。このまま貴様の脳をぶち抜いて殺してやる…………」
殺す。
それは、言葉となった殺意だ。
だがそれにも、境子の目がひるむ事は無かった。
「貴様を殺し――――――水瀬優次郎に勝つ‼‼ この私が‼‼ アイツより上だと‼‼ 証明してやる‼‼‼」
「へぇ――――――キミ、ボクと勝負してたんだ」
隆盛の足が止まったのは、その時だ。
今の声を、聴き間違える筈がない。あの日以降、ずっと心に残っていた、憎き相手の声だ。忘れられない、自身の憎悪の根源だ。
隆盛の目の前では、先ほどまで自分を睨みつけていた境子が、呆然と自分を見ている。
いや、違う。
自分の後ろを見ているのだ。
後ろにいる―――――――『救世主』の狂気を。
「でもさぁ、それなら可笑しいよね? なぁんでしーちゃんがそんな血塗れになってるわけ? キミはボクと勝負してたんでしょ?」
ゆっくりと振り向いた隆盛の目の前にあったのは―――――――何重もの闇に染まった瞳を持つ、嗤っている魔王だった。
「シーちゃンなンテ、イまハカンケイナいでしょ?
ぼクとヤロうヨ……きミガのゾんデるコロシアイをサ」
魔王が手を伸ばす。自分に。明確な殺意と狂気を携え―――――――さも愉快そうに。
隆盛が飛びのく。右手を伸ばす。その魔王に。
「水瀬優次郎―――――――――ッッ‼‼‼‼‼」
そして、隆盛が魔術を放――――――――てない。
目を見開く。「何故魔術を使えない?」とか、そんな陳腐な理由からでは無い。
まるで心臓を凄まじい力で鷲掴みされている様な激痛が、彼を襲ったからだ。
「ぐっ……あっ……っ!」
その場にバタン! と倒れ込み、激しく身もだえる隆盛。
そしてそれを見下ろすのは――――――突き出された右手で何かを掴む魔王……優次郎の姿。
「どうカな? ジブンのまりョくに、ジブンノシンゾうをにギリツブされキぶンは?」
「がぁっ‼‼」
優次郎が更に深く右手を閉じようとすれば、隆盛の身体は更に激しく、陸にあげられた魚の様に悶えた。
今、優次郎がやっている事は何か。
答えは――――――――相手の体内の魔力をそのまま乗っ取って自在に操り、腹の中から相手を嬲り殺す事。
そんな最凶最悪の魔術だ。
「あラアら、どウシたノ? キミはダんすがとクイナのかナ? イイなァ、たノシそウ……ネぇ、もっトミセてヨ、ホらほら」
嗤ったまま、リズムよく右手を閉じたり閉めたりする優次郎。
その彼の表情は、境子には見覚えが無い。いつもの無邪気で可愛らしい彼はいない。今目の前にいるのは、自分の知らない水瀬優次郎だった。
だが、分かる。
彼は今――――――今まで見たどの状況よりも、生き生きとしていて、尚且つ愉しんでいる。
〝『狂気の魔術師』になんて、到底見えないね〟
いつかの研究室で、自分が優次郎に放った内容が反芻される。
その時の自分が今目の前に現れたら殴っているだろう。お前は何を見ているんだと、そう言うだろう。
間違いない。この人は狂っている。狂ってしまっている。狂気をわが物とし、そして狂気の中でこそ光り輝く事が出来る、正真正銘の『狂気の魔術師』なのだ。
その事を、境子は嫌と言う程実感していた。
「グガァァ‼‼」
その間にも、隆盛の命は目の前の狂気によって弄ばれていた。
優次郎も楽しそうに右手を開閉していたが、不意にピタリと手を止め、表情を無に戻す。飽きた、とでもいう様に。
苦しみから解放された隆盛は、大きくせき込んだ。
「なァンか、あキちャッた………もウイいや、やっパキミみたイナ『コモの』じゃダメかァ……カナえさンとのコロシあイをシッちャッタからっていうノモあるんだロうけド、マんぞクできナイや」
そう言って、再び優次郎は右手を閉じ始めた。
じわじわと。首を絞めていくように。
「あああぁぁぁあぁぁぁぁああああぁあぁぁぁぁぁ‼‼‼‼‼‼」
この世のものとは思えない様な雄叫びが、辺りを支配する。
そして―――――――優次郎は告げた。
「そろそローーーーーーーサヨウナラしよッか」
優次郎の右手が動く。隆盛の魔力によって、隆盛の心臓を握りつぶすために。
それを見ていた境子の――――――意識が、途切れた。
「ざーんねん♪ いっくら優ちゃんでも、まだ殺らせてあげられないかなぁ」
同時に、一つの声がその場に響く。
優次郎の狂気に歪んだ表情が、ぬるぬると無に戻っていく。右手もすとんと落ちてしまった。
そして、一瞬。
今、優次郎の目の前に隆盛はいない。
代わりに、優次郎の腕の中には、血まみれの椎名が抱かれていた。
そしてその少し奥では――――――気を隆盛と、そして境子を担いでいる少女が見えた。
「やっぱり優ちゃん最高! レイちゃんを満足させてくれるのは、優ちゃんしかいないや。
玩具の我儘に付き合ったのも、悪くなかったかもね♪」
「相変わらず、玩具の趣味が悪いね……玲奈」
その少女、玲奈に優次郎は吐き捨てた。
狂気は、既になりを潜めている。優次郎にも分かったからだ。今の玲奈に、自分への戦意が無い事に。
そんな彼に、玲奈は頬を染めて笑った。
「安心しなよ。どれだけ玩具を揃えても、レイちゃんは優ちゃんだけを愛してるって自信もって言えるから!
それより意外だなぁ、てっきり境子を庇うものかと思ってたけど……シーナちゃんを庇うなんて」
「キミ、境子ちゃんを殺すつもり無いでしょ? まぁこのまま追っても良いんだけど……こっちの方が心配だからね」
「ふーん、そっか。でもまぁ、その通りだよ! 今はこの子を殺さない。だって……」
玲奈は―――――嗤う。
「この子を守ろうとしてた時の優ちゃん、とってもかっこよくて愛おしくて…………レイちゃん好みに狂ってたんだもん。またあの顔を見たいし、今壊したら勿体ないでしょ?」
そう言うと、玲奈の周りに漆黒の羽衣の様なものが立ち込めた。
彼女の転移魔術を遣おうとしている証だ。優次郎も何度も見た事があるし、間違える筈はない。
「じゃあね、優ちゃん。レイちゃん、待ってるからね…………優ちゃんが、またレイちゃんにあの狂気を見せてくれるのを。そして、そのままレイちゃんに殺されてくれるのを」
その言葉を最後に、玲奈と隆盛、そして―――――境子の姿がその場から消えた。
境子は大事な生徒だ。必ず助けたい。まだ、あの子は死ぬべき子では無い。追いかけようと思えば追う事は出来る。彼女の魔力も、今どこにあるのか手に取るように分かる。だが、優次郎は追わなかった。
それよりも―――――――――。
「―――――――思ったより元気そうだね、しーちゃん」
目線を下に移し、優しく笑った。
すると―――――
「本当に…………そう思うなら…………黒岩に…頭カチ割って中のぞいてもらえ…………ついでに……うちも連れてってくれるなら…………ありがたいな」
それに答えたのは、優次郎の両腕に抱えられている椎名だった。
いつもの様な軽口を返しはしたが、息は荒い。目も虚ろになっており、優次郎を睨む瞳にも、その声にも、いつもの力は皆無だった。
満身創痍の究極まで来ているのが分かる。このままいれば、椎名の命は五分と持たないだろう。普通の治癒魔術師なら、治療も間に合わないかもしれない。
ヒューヒューと息を漏らす椎名に、優次郎はいつもの様な、無邪気な笑顔を向けた。
「大丈夫だよ! 玲央先輩の魔力の気配、すぐそこまで来てるから。こっちから行かなくても、もうじき着くさ。だから――――――――それまで死なないでね、しーちゃん」
「はっ……まぁ……善処は……す………―――――――――」
言い終える前に、椎名の目は閉じられた。
かくん、と首が動き、無造作に身体が揺れる。
そんな彼女をしばし見つめた後、優次郎は窓から除く空を見上げた。
「ちょっとだけ…………気に食わないなぁ」
そんな彼の言葉を聞いたのは、能天気に沈んでいく太陽だけだった。
しーちゃん生きてました。
優次郎チートです。
玲奈はぶれません。
境子ちゃんは…………めっちゃヒロインしてます。
そんな二十二話です。ただ、しーちゃん本当に満身創痍です。今後の彼女に後遺症が残らないか心配……玲央先輩! 何とかしてくれ!(懇願)
今回の話で、優次郎の狂人部分も何とか強く押し出す形で書けたかな、と感じております。
それから、前回までは優次郎の狂人モードの時はカタカナと漢字を使う形を取っていたのですが、今回から平仮名とカタカナの不規則な使い分けで狂人モードを描く、というものに変えてみました。読みづらい部分もあるかも知れませんが、それもまた狂人ぽいかなと…………本当に読みづらかったら、申し訳ありません。変えた方が良い、こんな方法でもいいのでは? と言った意見がありましたら、どうぞお申し付けください。検討いたします。
では、今回はこの辺で。また次回も近日中にと考えておりますので、よろしくお願いします。




