第十六話 =その場所は――=
すれ違いって、やっぱ定番ですよね。恋愛ものでは。
…………まぁ、これは恋愛ものでは無いですが(汗)
そんなこんなで十六話です。よろしくお願いします。
「―――――――――と、ここまでが結界魔術の主な行使方法と、その中に含まれる物質の全てだよ。例によって簡略化はしてるけど、これだけ分かってれば問題なし!
ただこの板書を見て分かる通り、かなり複雑な方法を用いているよね」
とんとん、と軽く黒板を叩きながら、優次郎は言う。
確かに、そこに書かれている内容は五大魔術の時よりかなり入り組んでおり、尚且つ文字数も凄い事になっている。
生徒たちもそれを感じており、優次郎の言葉にうんうんと頷いていた。
「先週の解錠魔術の時、基本は鍵穴と言う『物質』に形があう様に魔力によって空気の形を変えていくって言ったけど、今回の結界魔術もその点では同じなんだ。魔力を体外に放出して、自分の想像した形に空気を半物質化して作り替えて用いるって意味ではね。
でも、解錠魔術と結界魔術の行使方法はどちらが難解か、と言われれば結界魔術の方になると思うんだけど、それは何でだと思う?」
優次郎はそう言って、教室の中を見回す。
ほとんどの生徒は明確な答えに辿りついていないらしく、首を捻るものが多数いた。瞳を見れば彼女は分かっている様だが、いつまでも瞳に答えさせていては他の生徒のためにもならないだろう。先週も、難しい問いには瞳が答えていた。
その時、優次郎の目にもう2人。
首を捻らず、ただじっと黒板と向かい合っている生徒の姿が目に入った。1人は、あまり話した事は無いが、前までの成績を見ればかなり優秀な事が分かる3回生の男子生徒。名前は、辻上和也と言ったか。
もう1人は、今日も遅れてやってきた境子だった。
「じゃあ境子ちゃん、分かる?」
正直、2人の内のどちらでも良かったのだが、いつも遅れて来る境子の方が印象に残っていたのか、無意識的にそちらを差す。
境子は少し面倒くさそうに顔をしかめたが、やがて答えた。
「解錠魔術には型があるから、その型に合わせて形を作れば良い。
でも結界魔術の方は型が無くて、完全に自分の想像と手先だけで結界の形を作らないといけない。
だから、『形のサンプル』が無い結界魔術の方が行使は難しい…………だと思います」
「へぇー凄いな。うん、その通り! 正解だよ」
周りの生徒がおぉー、と感嘆の声を上げた。
決してなめていた訳では無いが、優次郎も境子が答えに辿りついていた事に驚きだ。成績を見た限りでは平均より少し上程度だったが、どうやら彼女も短時間で物事の本質を理解する能力に長けているらしい。
「今境子ちゃんが言った通り、結界魔術には『サンプル』……つまり見本が無いんだ。それが解錠魔術との大きな違いで、この魔術最大の難しさでもあるんだよ。
それともう一つ付け加えるとしたら『大きさ』だね。結界魔術は基本的に防壁として使用する事が多いから、少なくとも人1人分ほどの大きさを作らなくちゃ成功とは言い難い。前にも話したし他の授業でも聞いてると思うけど、魔術は大きければ大きいものほど魔力も必要となって来る。
しかも建物1つ覆う様な結界を作る事もあるから、それだけ巨大なものを作ろうと思ったら魔力もいるし、何よりその建物の周りを熟知しておく必要があるんだ。
『魔術で大事なのはイメージだ』ってよく言うけど、結界魔術も例外じゃない。自分がどれくらいの範囲で、どれくらいの高さで、どれくらいの硬度で結界魔術を使いたいのかをちゃんと知っておかないと、中途半端で脆いものしか作れなくなるからね」
「しつもーん。前に先生、魔術が大きいほど魔力量が少なくなる事もあるって言ってましたけど、結界魔術ではそのパターンは無いんですかー?」
1人の生徒が、そんな質問が飛ばした。
「あーうん。結界魔術にもその方法はあるけど、それはかなりの技術と集中力が必要になるし、あんまりオススメは出来ないよ? 将来的に結界魔術を専攻したいって言う人がいるなら、多分ボクに訊くより専門の先生に聞いた方が良いんじゃないかな」
そう言えば、旧校舎での1件で結界魔術を専門にしてる講師がいたな。と、優次郎はふと思う。
あれから顔を合わせていないが、やけに自分に喰いかかっていたし、おそらく結界魔術に関して並々ならぬプライドを持っているのだろう。
あの講師が生徒にその技術を安々と教えるだろうか……と考えれば、思わず優次郎は苦笑した。
「まぁ、先週の解錠魔術も今回の結界魔術も、化学的に解読すれば根本は同じで『空気の半物質化』がポイントになるって事だね。
こればっかりは座学じゃ分かんない部分もあるだろうし、実践あるのみかな。実践に関しては他の授業でもやるだろうし、この授業の趣旨とは違うからやらないけど。
でも、休み時間とかを利用してやるって言うなら、ボクが空いてれば付き合うよ。その時は声かけてね」
そう言って、優次郎は机の上の腕時計に目をやる。
「さて、そろそろ時間だね……今回で結界魔術に関しては終わりにしよっかな。言いたい事は粗方言ったしね。
来週はもう少し踏み込んで、『相手の魔術を消し去る方法』の話をしたいと思います。まぁ簡単に言えば、小型のブラックホールの作り方みたいなもんだね。
その話も『空気』がキーになる話だから、復習はちゃんとしておく事をオススメするよ」
パタン、とノートを閉じれば、授業の終了をしらせる鐘がなった。
「じゃあ、先週言った通りノート集めるよ。
それから前言ったレポート提出期限は来週だからね。
内容は言った通り『魔術と自然の関係性について』で、自分なりの考えを書いてくれればいいから。忘れないようにね。じゃあ、また来週」
生徒たちは頷くと、1人1人席を立ち、優次郎へとノートを持ってきた。
皆行動の早い子で助かるな、と優次郎は思う。
「先生。ちょっといいですか?」
「ん? 何かな?」
ノートを出し終えた1人の生徒が、優次郎に声を掛けた。彼の授業2日目の授業後に、最初の質問を持ってきた生徒だ。
その時は恐る恐るだったが、今ではこうして普通に質問しに来てくれる。何となくだが、嬉しいものだ。
「質問なんですけど、先生の最初の授業で、『吸収』の話があったじゃないですか?
だから、この結界魔術でも吸収って言う方法は可能なのかなーって思って。どうですか?」
その質問に、ある視線が優次郎へと向けられた。
机の上を片付け、ノートを提出して帰ろうとしていた瞳だ。
『結界魔術』と『吸収』。その2つを掛け合わせる事は可能か。
答えはYes。瞳はそれを知っている。
理由は明白。雪菜を退学に追いやった方法が、正にそれだからだ。
優次郎はと言えば、ふわりと微笑んでその問いの答えた。
「可能だよ。結界魔術を用いて吸収する方法はある」
そう言うと、今度はその笑顔を苦しいものへと変えた。
「でもオススメは出来ないな。結界を張るための魔力放出の時に、その魔力に対象、例えば特定の魔術だったり魔力だったりを吸収させる様な効力を付けなきゃいけないし、魔力の使い方が繊細だから扱いがすごく難しいんだ。それに最悪の場合は対象を破壊したり、人間の場合は殺してしまう事だってある。よっぽど慣れてないと暴発して自分自身に被害が出る事もあるし、そんな事故も過去にあったからね。
だから『結界魔術での吸収』は、ほんの少し間違えただけで殺人兵器になっちゃうんだ」
そこまで言うと、優次郎は右手で生徒の頭をポンポンと撫でた。
「そんな方法は知らない方が良いよ。キミだって……………ボクみたいな殺人鬼になりたくないでしょ?」
冗談めかしに言う優次郎を、生徒は凝視した。
本当に冗談で、と言う雰囲気だったが、その笑顔がどうも悲しそうで、無理に作り上げた様だったからだ。
それは、その様子を見ていた瞳も同じだった。
彼は言った。結界魔術を用いた吸収など知らない方が良いと。それは殺人兵器だと。
そして―――――――そんな事をするのは自分だけで良いと。
優次郎は、雪菜にそれを用いた事を悔やんでいるのか、と訊かれれば分からない。
だが、それが悪しき力である事、紛れも無い禁術である事は理解している様だ。
生徒の方はしばし呆けていたが、優次郎が手を離すと我に返った様で、礼を言って席へと戻っていった。
その様子をボーっと眺めていた瞳だったが、
「――――ちゃん? おーい、瞳ちゃーん」
「っ、は、はい」
急に声を掛けられ、急いでそちらを見る。
そこにいたのは、板書を消しながら少し呆れた様子で笑う優次郎だ。
思えば、彼の笑顔をしっかりと視たのは随分と久しい気がする。
「ボーっとしちゃってどしたの? まぁ良いけどさ。
それより、ノート出してないの瞳ちゃんだけだよ?」
「え? あ………す、すみません」
ガタリと立ち上がり、瞳はそそくさと教壇の前に行き、ノートを提出した。
「ん、ありがと。じゃあ、また来週ね」
板書を終えた優次郎はそう言うと、よいしょっと声を上げてノートの山を持ち、出入り口へと向かった。
この授業を受けている生徒は40人ほどいるし、比例してノートの山の高さは優次郎の額あたりまで来ていたので、流石に重そうだ。
瞳はそれをじっと見つめる。
普段の―――――――前までの瞳なら、迷わず彼の横へ行き、手伝おうとしていただろう。
だが、今は違う。
瞳はあの1件以来、優次郎とはあまり話さなくなってしまった。話をしても授業の事ばかりで、個人的な話は1度もしていない。席だって、今は優次郎から離れて座るようになった。
それは何故か? 簡単に言ってしまえば、分からない。
あの1件で優次郎に怒りを覚えたからか。そう問われれば答えはYesかも知れないが、それは理由の1つでしかない様に思えてならなかった。
もっと違う、もっと何か別の理由があるのではないか。
自分の事なのに、その理由が分からない。怒りだけではしっくり来ない。
ここで、優次郎と話せば。優次郎を手伝えば。
そうすれば、その答えに辿りつけるかもしれない。
思った時には、瞳の口には自然と動いていた。
「せ――――――」
「先生、手伝おうか?」
だが、少し遅かった。
自分より早く、そう申し出た生徒がいたのだ。
瞳は思わず声を止め、優次郎はそちらを見て目を丸くしていた。
「境子ちゃん? いいの?」
「構わないよ。この後授業も無いしね。それに、それじゃいつ転んでも可笑しくないでしょ?」
「でも、女の子に手伝ってもらうのも……」
「あーもう、私が良いって言ってんだからいいんだよ、そんな事は気にしなくて。ほら、さっさと行くよ」
言うや否や、境子は半分ほどノートを山から取り出し、何も言わずに歩いて行ってしまった。
凡そ生徒が講師に対して使うべきではない物言いと不愛想な態度を見て、思わず優次郎は吹き出した。
「男前だなぁ、境子ちゃんは」
「無駄口叩かないの。それより道案内してくんない? 先生の研究室知らないし」
「うん、分かった。ありがとね、境子ちゃん!」
「どういたしまして」
優次郎は教室を出て、境子もその後ろをついていく。
不意に優次郎があぁ、そうだと声を出し、教室へと振り返った。
「瞳ちゃん、悪いんだけど最後扉しめてきて貰って良い?」
「え、あぁ、はい……分かりました」
零れる様な瞳の声にニコリと笑い、悪いね、と一言残して優次郎は境子と並んで研究室へと向かってしまった。
瞳はじっと、ただじっとその光景を見つめる。
境子の位置。優次郎の隣。本来は、そこに自分が居た筈だ。
優次郎と並んで歩き、他愛も無い話をして―――――――それが出来るのは、生徒の中では自分と雪菜だけだった筈だ。もっと昔は、同年代では自分だけだった筈だ。
だが今は違う。今は、彼の隣に自分はいない。
なぜか? 今度は簡単に答えられる。
優次郎の隣を明け渡したのは――――――――自分だ。
自分の感情が分からず、勝手に悩み、勝手に優次郎と距離を取ったのは自分なのだ。
もし自分が声を掛けていたら、優次郎は喜んでお願いしてくれただろう。それも境子とは違い、気心しれた瞳だ。女の子だから、と断る事も無く。
自惚れもあるかもしれないが、きっとそうだ。優次郎は、瞳に対して気まずさも何も持っていないだろう。今日だって普通に話しかけてくれた。
だが―――――――本当にそうだろうか? という疑問もある。
今日の授業での質問の時だ。瞳だって、解錠魔術と結界魔術の違いには気づいていた。答えられた。優次郎もそれを知っていただろうし、自分を指名してくるかもしれないとも思っていた。
だが、優次郎は境子を指名した。自分では無く。
もしかしたら、優次郎も自分に対して少し気まずいと思っているのではないだろうか?
あの時の優次郎の感情を知らず、気落ちもしている今の瞳は、そんな風にネガティブな方向へと物事を考える様になってしまっていた。
「瞳っち? どしたの?」
「あぁ、芽衣……いえ、なんでも」
ボーっとしている瞳を心配して、芽衣が声を掛けた。らしくないと、そう思われているだろう。
芽衣に移していた視線を向ければ、もうそこには優次郎はいない。ノートを運ぶのを手伝ってくれた境子と共に、研究室へと向かっているだろう。
そう考えると、瞳はこう思わずにはいられなかった。
「ただ…………少し、古谷さんが羨ましいと思ってね」
瞳の言葉に、芽衣は訳が分からないと言った様子で首を傾げた。
すれ違いって、やっぱ定番ですよね(二回目)。
瞳ちゃんと優次郎の関係がどうなって行くのか、そして境子と優次郎の関係はどうなるのか。
この辺も二章の見どころです。ご期待ください。
また次回もよろしくお願いします。
私事ですが、何故か無性にサバが食べたい今日この頃です。




