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灰色の世界  作者: ken
第一章
13/139

第十二話 =最悪の後日談(1)=

 長くなったので、二部構成にしました。

 一章の結末的内容になっております。

 

 では、どうぞよろしくお願いします。

 後日談……なんて言える程時間は空いていないが、健二の一件が解決した数時間後。雪菜は今、医療室にて絶賛治療中であった。体中には包帯が巻かれており、見るからに痛々しい。その隣で彼女を見つめている瞳の表情も、心なしか険しいものだった。

 

「しっかし、キミも見た目に反してタフだったりしちゃうんだねー。

 普通こんな怪我負ったら、昏睡状態になっちゃったりしちゃっても仕方ないのにさー」


 独特かつ長ったらしい言い回しが特徴の医務室長の教師が、興味深そうに言う。

 名を黒岩玲央くろいわ・れおと言い、白衣と黒縁眼鏡が特徴的だ。怪我人に対して心配そうでは無く興味深そうにそんな事を言ってのけるのは、治癒魔術専門家としてはどうなのだろうかと思い、雪菜は思わず苦笑する。


「で、どう? まだ痛んじゃったりしちゃう所とかある?」

「いえ、先生の治癒魔術のおかげで、もうすっかり大丈夫です。ありがとうございました」


 そう言って、雪菜はぺこりと頭を下げた。

 何だかんだ言いつつ、世界的にも有名な治癒魔術師である目の前の男の腕は、やはり確かなものだ。有名な話だが、、彼は昔は戦場専門の治癒魔術師として多くの戦場に赴き、数々の逸話を残している。わずかな期間で叶にスカウトされてこの学院の医務室長となったため、現在その日々は伝説として各地に広まっている。

 しかも、これでまだ25歳だと言う。優次郎と言い叶と言い、この世代の魔術師はこんな怪物的な実力者しかいないのだろうか。

 そんな事を考えていると、玲央はふにゃっと崩れた笑い顔を零した。


「いやー実はさ、僕は殆ど何もしてないんだよね」

「え?」

「やった事と言えば、痛み止め作用のある魔術を打ち込んだくらいかな? 元々の応急処置が優秀だったみたいだから、それくらいしかする事無かったりしちゃったんだよね」


 応急処置が優秀だった。

 と言う事は、優次郎の張った結界魔術がそれほどの効果があったと言う事だ。あれほどの戦闘力に加え、補助魔術にも長けているとしれば、やはり優次郎は規格外の魔術師である事を、改めて思い知らされる。


「まぁ、ミナセ君が処置したって聞いてたからそんな事だろうなーとは思っちゃったりしてたんだけどね」

「え……もしかして、黒岩先生も水瀬先生のお知り合いなんですか?」

「うん? あぁ、そうだよ。彼は僕が三回生の時に入学して来てね。時々だけど、一緒に遊んじゃったりしてたんだよね」

「そう、だったんですか」


 やはり、優次郎が在学していた頃のこの学院の生徒は、とんでもない人達が集まっていた様だ。

 そうと知れば、優次郎が「学院のレベルが落ちた」と言ったのも頷ける。


「だから、ヒトミちゃんともその時からの知り合いだったりするんだよね。

 いやーあの頃のヒトミちゃんは……」

「――――――先生?」


 何かを言おうとした玲央を、瞳が睨みつけた。すると玲央は、可笑しそうに笑った。


「あっはは! 相変わらず照屋さんだったりするねーヒトミちゃんは!」

「………………あの、先生」


 唐突に切り出された雪菜の言葉。

 それに玲央は、んー? と短く聞きかえす。


「えっと、水瀬先生なんですけど……水瀬先生って、狂人って呼ばれてるじゃないですか?」

「おっ! いきなりだねー! まぁ確かに、世間じゃそう呼ばれてるし、実際そう呼ばれても仕方ない様な事しちゃったりしたからねーあの子」

「でも、先生や学院長に話を聞いていると……どうも昔から水瀬先生を知っている人は、あの人に対してかなり好意的だなーって思うんです。だから…………水瀬先生って、学生時代はどんな方だったんですか?」


 雪菜の言葉に、玲央は一瞬目を丸くした。瞳も、神妙な顔で俯く。

 彼女の疑問は最もだろうし、雪菜にとってこれは、前々から思っていた事だ。水瀬優次郎は狂人である。そして同時に、多くの人間を殺害した殺人犯でもある。これは事実だし、本人も認めている。

 しかし、叶や瞳、玲央などの話を聞いてみればどうだろう? 古くから彼を知っている者は、決して彼を忌み嫌ってはいない。この学院に優次郎が来た際にも、彼を嫌悪したのは学生と、優次郎と面識のない講師陣だけだった。雪菜は知らないが、三木や義信なども、優次郎に対して好意的な印象を抱いている。そして生徒たちも、優次郎の内面を知ってからはかなり彼に対して好意的だ。

 ならば、何故優次郎は狂人になったのだろうか? 

 彼を知るには、こうして彼を知る人物を当たってみるのが早いのでは、と言う雪菜なりの考えがあっての質問だった。


「うーん、そうだね……」


 玲央はしばし考え込み、言葉を選ぶように口を開いた。


「確かに、僕はミナセ君が嫌いじゃないよ。むしろ素晴らしい魔術師だと思ってる。才能もあるしね。

 僕以外の人たち、例えば学院長やシーナちゃんだって、ミナセ君を嫌ってないだろうね」


 でもさ、と玲央は答え、上体を倒して雪菜の目を見る。


「学生時代のミナセ君はどうだったか……ツキシロちゃんの質問に答えるのは簡単だよ?

 でも、焦っちゃいけないんじゃないかな」

「………え?」


 予想外の返答に、雪菜は目を丸くした。

 だが、玲央の視線はいたって真剣なものだ。茶化している様子は微塵も無い。


「焦っちゃいけないよ、ツキシロちゃん。じっくり時間を掛けて、ミナセ君の事を知っていかなきゃ。

 多分、今のツキシロちゃんが学生時代のミナセ君を知っても、何も出来はしないさ。行動を起こしたとしても、いい結果には繋がらない。僕はそう思うな」


 玲央の言葉の真意が分からず、雪菜は戸惑った様子で玲央を見つめ返すしか出来なかった。瞳は何も言わず、ただ目をつむって、訪れた静寂に身をゆだねている。

 直後、玲央がまたふにゃりと笑った。


「ま、今は分かんなかったりしちゃっても良いんじゃないかな? そのうち分かるよ、そのうちね」


 さて、と言って立ち上がり、玲央は白いカーテンを小さく開けた。


「じゃあ、一応検査結果確認してくるね? まぁ特に後遺症が残ったりすることは無いと思うけど、もしもの時はハッキリと伝えちゃったりするからね」

「あ、はい! お願いします……」


 返答に満足した様で、玲央は一度笑った後にカーテンの奥へと消えていき、後に残されたのは、瞳と雪菜の二人のみとなった。

 気まずい……。

 これが雪菜の正直な感想だ。


「……月城さん」

「は、はい!!」


 声を掛けられ、反射的に瞳の方へと体を向ける。

 すると瞳は、あの、その……と少し言いよどんだ後、


「…………ごめんなさい」


 と一言だけ声を発し、頭を下げた。


「昨日の事、本当にごめんなさい。アナタを傷つける様な言い方をしてしまったわ。しかも、それを昨日姉さんに怒られるまで反省しなかった……久しぶりに姉さんに怒鳴られたわ。『アナタは人の心を何だと思ってるの‼‼』『ユー君に懐くのは良いけど、それで人を傷つける事に繋がるなら、今すぐユー君との関係を断ちなさい‼‼』って」


 あの後、そんな事があったのか。雪菜はどこか他人事のように感じていた。


「本当にその通りだと思う。アナタの気持ちを考えず、ただただ自分の感情に踊らされて、アナタに罵声を浴びせて傷つけて……水瀬先生に愛想尽かされても可笑しくないくらいよね」


 言うと、再び瞳は顔を上げ、雪菜を見つめる。そこにはいつものクールで冷静沈着な雰囲気の彼女はいなく、ただただ罪悪感に駆られている1人の少女の姿があった。


「だから、もう一度謝ります。月城さんを傷つけてしまって、本当にごめんなさい」

 

 そう言って、再び瞳は頭を下げた。雪菜の表情は分からないが、何も言葉を発さず、ただガタリと椅子から立ち上がる音だけが返って来る。

 そして―――――――


「先輩……ありがとうございました」


 穏やかな声で言い、雪菜の腕が瞳をふわりと包んだ。


「…………え?」


 瞳は思わず目を見開いた。この子は今、何と言ったのか?自分の聴覚が正常であったならば、確かに「ありがとう」と口にしていた。雪菜に抱きしめられているため顔を上げる事は出来なかったが、雰囲気で十分にわかる。

 彼女は今、笑っていると。


「なんで、お礼……」

「綾瀬川先輩はあの時……えっと、天ヶ崎さん? に言ってくれましたよね。

 『私の大事な後輩だ』って」

「え……えぇ……」


 確かに言った。瞳は玲奈へ向けて、「彼女は大事な後輩だ」と。間違いないし、それは事実でもある。


「私、昨日あれから不安でした。もしかしたら、綾瀬川先輩に…………瞳先輩に嫌われたんじゃないかって。

 瞳先輩が言った事は、何の間違いもありません。それは、確かに言われた時は落ち込みましたけど。でもそれ以上に、私は瞳先輩に嫌われてしまったのでは、と言う事が不安でたまらなかったんです。

 あの時の言葉は本当にうれしかったんです。本当に、ありがとうございました」

「…………私は、アナタが猪丸君に虐げられていた時、何も出来なかったわ」

「そんな事はありません! 実はさっき、瞳先輩が来る前に会長さんと学院長がお見舞いに来てくれて、その時言ってたんです。

 瞳先輩が私を心配して、町中をずーっと走り回って探してくれたって」


 瞳から腕を離し、もう一度雪菜と瞳は目を合わせた。

 そこにあったのは、瞳の想像通りの、とびきりの笑顔を浮かべた雪菜だった。


「だからそれも含めて、ありがとうございました! あの時の言葉も、今は全然気にしてないので、もう謝るのは終わりにして下さい。私はそれ以上に嬉しいんですから―――――って、先輩!?」


 言い終わる前に、瞳の言葉は中断され、目は見開かれ頬も赤く染まった。

 瞳が、急に雪菜を抱きしめたのだ。先ほどとは真逆の構図。何となく出た行動だったが、された側はこれほどまでにこっぱずかしい物なのかと思えば、雪菜は更に顔を赤らめた。


「ど、どうしたんで―――――」

「ありがとう」


 また、言い終わる前に。

 瞳によってその言葉はかき消された。


「ありがとう、ありがとう雪菜・・さん」


 そういう瞳の声は、震えていた。雪菜にも分かる。瞳は泣いているのだ。

 案の定、身体を戻した瞳の眼には、透明の涙が光っている。そして、同時に笑っていた。

 

「フフ。やっぱり、アナタは向いているのかもしれないわね。

 そして、私はアナタにとって初めての人になれたのかも」

「え? それは………」


 どういう意味だろうか? 向いている? 初めての人?

 真意が分からなかった雪菜だったが、次の瞳の一言でその疑問は消え去った。



「本当に、ありがとう雪菜さん。

 私は今―――――〝アナタに心を救われたわ〟」


 限界だ。雪菜の涙腺は決壊し、涙を流しはじめた。

 これなのだ。この一言…………それが、雪菜の欲しかったものだ。

 

『心を救える人になって欲しい』


 いつかの父との約束を、今、雪菜は確かに果たしたのである。

 雪菜は、たまらずまた瞳に抱き着き、瞳もまた、それを抱きしめ返した。


「先、輩…………」

「もう……泣かないで、雪菜さん」

「それは、先輩もじゃないですか」

「…………ふふ、そうね」


 そう言って、二人は無言で抱き合った。

 1人の少女が、今1人の少女に心を救われた。

 1人の少女が、今1人の少女の夢を叶えた。

 ―――――――――――――――その光景を、カーテンの向こうから眺めていた者が一人。


「あのー…………」


 突然の第三者の声に、二人は顔を真っ赤にして勢いよく離れ、同時にそちらへと顔を向けた。

 そこにいたのは、何とも気まずそうな表情を浮かべた玲央だ。


「愛を確認しあってる途中で、ひじょーに入りづらかったりするんだけど…………」

「な、何のことですか?」

「そ、そそそそうですよ!! べべべべ別に私と瞳先輩はそういう仲ってわけじゃ!!」


 冷静を装う瞳と、見るからにテンパっている雪菜。

 対照的ながら同じ感情を持つ二人を見て、玲央は少し笑い、カーテンから出て二人の前にたった。


「アッハハ! 冗談だよ‼ 二人の会話は、こんなカーテン越しだから普通に聞こえちゃったりしたしね」

「き、聞こえて……!?」

「うん、めっちゃ聞こえてたよ? いやー急に名前で呼び合ったりしちゃって、すっかり仲良しだね!」

「あぅ……」


 もはや茹でタコの様な状況の雪菜に、玲央は可愛いねーなんて言いながら笑った。


「そんな事より……どうだったんですか? 検査結果は」


 再び冷静さを取り戻した瞳が、そう切り出す。

 これは瞳の癖の様なものだ。何か不都合があった場合、あからさまな会話の転換を試みる。最も今回の場合、雪菜の体調も勿論心配しての事だが。

 だが…………… 


「ん? あぁー…………うん、検査結果ね。

 全然問題なかったよ? 後遺症も残らないだろうし、傷ももう殆ど塞がってる。もう包帯も取って良いと思うよ…………だから、うん。本当に、身体は全く(・・・・・)問題ないよ(・・・・・)


 頭をガシガシとかき回しながら言う玲央。その態度に、瞳は目を細めた。


「まぁ、うん…………ただね、ちょっと問題があって。

 ねぇ、ツキシロちゃん」

「あ、はい!」


 名を呼ばれ、雪菜は玲央へと向き直った。


「あのね、実は…………」


 その後、玲央の口から語られた事実は意外なものだった。

 意外で…………とても残酷だった。




      ■ □ ■ □  




 優次郎には、学生時代から変わらない癖がある。

 それは今の様に、何かが一段落したら屋上へ上がり、空を見上げる事だ。

 あの後学院へ戻った優次郎は、叶に報告を済ませた後で研究室に戻り、朝から約束していた生徒の質問に答え、そして今、ようやく落ち着いた所だ。

 見上げる空はもうすっかり暗く、一日の終わりを感じさせる。

 フェンスに寄りかかって、ボーっと見つめる優次郎。いつも通り。

 その時だった。ガチャリ、と音を立て、扉が開かれる。

 

「……あぁ、お疲れ様。瞳ちゃん。それに雪菜ちゃんも」


 笑顔の優次郎に、瞳は会釈で返す。瞳の後ろにいる雪菜もまた同様に。瞳は月あかりでかろうじていつもの仏頂面が見えるが、その後ろの雪菜に関しては、暗闇によって表情は見えなかった。


「猪丸君はどうなったの?」

「先ほど、姉さんが魔術師専門の少年院へ送還しました。詳細は追って伝えるとの事ですが、おそらくは退学処分になるかと」

「ふぅーん、まぁ仕方ないよね……玲奈の方は?」

「あれから違法魔術師取締委員会に連絡し、向こうも既に捜索を始めているとの事です」

「そっか」

「はい…………私からの報告は、以上です」

「ん、ありがとう」

「では…………」


 そういうと、瞳は後ろを振り返り、雪菜の肩を優しくつかんだ。

 雪菜は一瞬震えると、瞳を見つめる。瞳は何とも言えない表情で頷くと、そのまま雪菜を月明りのスポットライトの真中へと導く。

 照らされた雪菜の表情は――――――お世辞にも明るいとは言えなかった。目も赤くはれている様に見える。

 

「…………今日は災難だったね、雪菜ちゃん」


 何も言わない雪菜に、優次郎の方から声を掛ける。

 雪菜は再び身体を震わせると、優次郎へと向き直った。


「体の方は?」

「…………問題ないです。この通り包帯も取れましたし、後遺症も残らないそうですから」

「そっか、よかったよ。流石は玲央先輩だな、治療は完璧だね」

「…………黒岩先生が言ってましたよ。今回は何もしてない。水瀬先生の処置が完璧だったって」

「そうなの? ああいう類いの魔術、あんまり使った事ないからさ。自信なかったんだけど」


 そんな事を言い、優次郎はケタケタと笑った。

 だが、いつもはつられて笑う雪菜が、今回は笑わなかった。


「ただ…………」

「ん? どうかしたの?」


 優次郎は首を傾げ、問う。

 雪菜の視界が、自然とぼやけた。これから優次郎に告げる事が怖かった。

 たまらず瞳の顔を見れば、彼女もまた、泣きそうな表情で頷くだけだ。

 雪菜は二筋の雫を瞳から零した後、優次郎の目を見た。

 そして、告げる。そこに絶望があると分かっていても。

 最後の(・・・)勇気を振り絞って、目の前の恩師に、真実を伝えた。




「私の身体から――――――魔力が全く無くなっていました。

 さっき学院長に報告したんですが、魔力を持たない以上、もう―――――この学院にはいられないそうです」




 詳しい事は、次回となります。

 次回も、ぜひよろしくお願いします。

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