第十三話 =最悪の後日談(2)=
今回もよろしくお願いします。
その事実は、感情の出やすい雪菜には珍しく、驚くほど淡々と告げられた。
俯いてしまったため、彼女の表情は見えない。嗚咽の音も聞こえないため、泣いてはいないのだろう。それとも、もう涙が枯れ果てるまで泣いてしまったのか。答えは分からないし、興味も無いが。
瞳は相変わらず、優しく哀しい表情で雪菜の肩に手を添えたままハナさない。
対する優次郎もいつもの笑顔を封じ込め、感情の籠らない視線を向けている。
そして、口を開く。
「…………原因は?」
ただ一言、そう問うた。
「分かりません。黒岩先生の推測では、恐らく猪丸先輩に斬られた時、魔力を貯蓄する器官が崩壊してしまったんじゃないかとの事でした」
「そっか」
再び静寂。先ほどまで屋上を照らしていた月も、居たたまれなくなった様に雲に隠れてしまった。
何とも言えない時間が、ただただ貪られていく。
「雪菜ちゃんは、これからどうするの?」
再び、優次郎が静寂を破る。
「それも、分かりません……ただ、魔力が無くなってしまった以上は、『科学都市』に移住する事になると思います」
「科学都市……魔力を持たない人たちが住む町だね」
「はい。そこでアパートを見つけて一人暮らしをするつもりです。
学校は…………まだわかりません」
やはり淡々と答える雪菜。それを受け、優次郎は視線を瞳へと移した。
瞳は頷いて答える。
「姉さんも言っていましたが、魔術学院が出来るせめてものケアとして、住む場所と通う学校を手配するつもりです。
それと…………」
瞳は一瞬の間を置き、雪菜を見つめる。
雪菜もまた彼女を見つめ、その視線に意を察したようにうなずいた。
「雪菜さんは、ご両親が既に他界されてしまっています。そのため、学費や家賃等々を払うだけの財力が不足していると判断し、こちらからも援助金を出すとの事でした」
「そっか…………まぁ前例の無いこんな状況じゃ、それが精一杯かな」
「えぇ。既存の魔力が無くなるなど前代未聞です」
瞳の言葉にうなずき、優次郎は再び視線を雪菜へと戻す。
「ボクからは何も言えないし、同情くらいしか出来ないけど…………ホント、災難だったね」
「…………」
やはり、雪菜はこたえなかった。
「……………じゃあ、もう今すぐにでも?」
「えぇ。雪菜さんは、本日を以て日本魔術学院を退学となります。
次の学校と住まいが見つかるまでは、今回の様な事件に巻き込まれない様、姉さんと私の家に居候していただくつもりですが。今のアパートは必要最低限のものだけを私たちの家に送り、後の物は次の住居が見つかり次第配送、その後正式にアパートを出るそうです」
「それが妥当だろうね」
その様な会話の最中だった。
「―――――――――先生」
突然、それまで黙っていた雪菜が口を開いた。
「……何かな? 雪菜ちゃん」
答え、優次郎は視線を雪菜へと移す。
やはり俯いていて、彼女の表情は見えない。
「…………昨日の授業、覚えてますか?」
飛び出してきたのは、そんな言葉。
当然、優次郎の答えは決まっている。
「覚えてるよ。火炎魔術の構成だよね」
「はい。その中で、先生言ってましたよね?
『炎を発生させる魔術』が主な使用法だけど、『炎を吸収する魔術』もあるって」
「うん、言ったね」
「その『吸収』って、他の魔術などにも使用可能なんですよね?」
「当然だよ。いかなる魔術にも、まぁ例外を除けばだけど、『吸収』と言う方法は適用出来る」
「あと、こうも言ってましたよね? 猪丸先輩との一件で先生がやったのは、その吸収という方法を使ったと。そしてあれは、相手の魔力を自分の魔力で上書きすると言う少し複雑な使用方法を用いたって」
「…………うん、言ったね」
少し間を置き、優次郎は答える。
「これは、あくまで私の推論ですけど…………先生が張った回復作用のある結界。
あれは――――――――本当に回復効果の結界なんですか?」
「…………どういう事かな?」
「黒岩先生が言ってました。確かに応急処置は完璧だった。自分が手を加える必要が無いほどに回復されていた。治癒魔術を行使したならともかく、ただの回復効果を持つ結界を張った所で、あの回復スピードと効果は可笑しい。まるで――――――――傷が何かに吸収されて跡形も無くなったみたいだって。」
そういうと、ようやく雪菜は顔を上げた。
そこで、優次郎は初めて目にする事となる――――――――敵意に染まった雪菜の表情を。
「先生。先生が張ってくれた結界………あれの本当の効果は『回復』では無く『吸収』だったんじゃないですか?
傷と一緒に私の魔力も吸収し、先生の魔力で上書きして放出、もしくは体内に取り込んだ……私はそうなんじゃないかと思っています」
優次郎はしばし答えず、敵意に満ちたその目を見つめていた。瞳も、口を挟もうとはしない。
やがて、優次郎が出した言葉は、
「…………根拠は?」
の一言だった。
「確かに今雪菜ちゃんが言った方法なら、雪菜ちゃんの魔力を吸収する事は可能だろうね。
でも、それはあくまで一つの方法でしかない。玲央先輩の推測通り、猪丸君が斬りつけた時に貯蓄器官が破壊された可能性だってあるし、今の雪菜ちゃんの説を有力視出来る根拠がないじゃん。
そもそも、ボクがそんな事をしたとしても、何のメリットがあるのかな?」
その言葉を聞き、瞳は思う。
まるで、雪菜を試している様だ。
雪菜は敵意を納める事無く、それにこたえる。
「先生がそれをやった理由は、流石に分かりません…………でも、もし本当に貯蓄器官が崩壊したと言うのならば、可笑しいんです」
「何が?」
「魔力を持つ者にとって、魔力の枯渇は致命傷です。普通なら、私は魔力をすべて失って植物状態になっているか、最悪死に至っていても不思議ではありません。
なのに、私は今もこうして生きている。身体にも何一つ不自由がない。まるで魔力なんて最初からなかった様になっている…………。
もし魔力の貯蓄器官が破壊されて無くなったとしたら、これは説明出来ません。
そして―――――――もし、今私が言った様な事が出来るとしたら、先生以外いないと思いませんか?」
そう言って、雪菜は口を閉じる。隠れていた月が雲の切れ間から顔を出し、今度は雪菜達の方を照らしたのは、ほぼ同時の事だあった。
瞳はただ黙り、雪菜と共に優次郎の返答を待つ。
しばし俯いていた優次郎だったが、
「……………ふふっ」
しばしした後―――――嗤った。
「あっははははははははははは‼‼‼‼ さすがは雪菜ちゃんだ‼ ボクが教えた事を、もうここまで理解してるなんてさ‼‼‼‼‼‼」
ひとしきり嗤った後、そのままその視線を二人へと向ける。
暗闇の中でも十分に分かる。その目は玲奈と対峙していた時と同じ様に、真っ黒に染め上げられていた。
「うん、まぁ『たいへんよくできました』にはまだまだだけど、及第点かな。合格だよ、雪菜ちゃん!
まだほんの少ししか教えてないのに、よくそこまで辿りつけたもんだね‼‼」
「…………それは、自白ととってもよろしいですね?」
雪菜の言葉を受け、優次郎はわざとらしく両手を開いた。
「構わないさ。キミの魔力を吸収して、キミから魔力を無くしたのはボクだよ。
まぁまだまだ粗削りな推測だけど、そこまで分かったなら上出来さ」
「…………何でこんな事をしたんですか?」
「ナンデ?」
体と声を震わせ、雪菜は問う。
優次郎はと言えば、一言だけ答えた後、嗤ったまま目を細めた。
そして、続ける。
「ボクがそうしたかったからだよ。ボクがそうしたいと思ったから、キミから魔力を奪ったのさ」
それが何? とでもいう様に、優次郎は言ってのけた。
それが、限界値。
気が付けば、雪菜は瞳の手を振り払い、優次郎の元へと駆けよったかと思えば、そのまま両手で胸倉をつかんだ。
「あらあら、穏やかじゃないねぇ雪菜ちゃん……キャラ壊れちゃってるよ?」
「ふざけないでよ‼‼」
軽口を叩く優次郎をにらみつけ、雪菜は叫ぶ。
今までの彼女からは想像も出来ない程、それは憎悪によって歪んでいた。
「アナタは私の夢を知ってるでしょ!? その夢のために、初日に授業をしてくれたんでしょ!!? それなのに何でよ‼‼ 私の何が気に入らないの!? 結局私は、アナタにとって玩具でしかなかったの!?
返して‼ 今すぐに返してよ‼‼ 私の魔力を、約束を、夢を…………返せぇぇぇッ‼‼‼‼」
後半は涙声になりながら、雪菜は叫んだ。優次郎の胸倉をゆすりながら、獣の様に。
だが、優次郎は何もしないし、変わらなかった。
体を前後ろに揺らしながら抵抗しようともせず。ただただ嗤って雪菜を見ていた。
その雪菜を止めたのは、瞳だ。
「雪菜さん、もう止めなさい」
「離して‼‼‼」
「落ち着きなさい‼ このまま叫んだところで、先生が安々と返してくれると思ってるの!?」
「でもっ……‼‼」
「…………今回の事は、私から姉さんに報告します。きっと水瀬先生にも、然るべき処置が下されるわ。
だから…………あなたのその手を、これ以上汚しちゃダメ」
瞳に諭され、雪菜は悔しそうな表情を浮かべながら手を離し、そのまま屋上から出て行ってしまった。
後に残された瞳は、雪菜が去っていった方向を見つめたまま、口を開く。
「水瀬先生…………」
「何かな? 瞳ちゃん」
その声は、もう狂気は感じられない。
いつもの優次郎の、子供の様に素直な声だ。
「今言った事……本当ですか?」
「そうだよ」
「本当に…………先生がそうしたかったから、と言う理由で彼女の魔力を奪ったんですね?」
「だからそうだってば。嘘言ってどうするの?」
優次郎が答えた直後だった。
パシッ‼
乾いた音が、屋上に響く。
理由は簡単だ。誰が見ても分かる。
瞳がたった今、優次郎の頬を思い切りひっぱたいたからだ。
反動で振られた首をゆっくりと直す優次郎。そこには、涙目でこちらを睨みつける瞳がいた。
あぁ、この子のこんな顔は久々に見たなぁ。
呑気にもそんな事を考えている優次郎に、瞳は一言だけ告げる。
「初めて…………アナタを嫌いになれそうです」
そのままその言葉を最後に、瞳は屋上を出ていった。
再び1人になり、優次郎はおもむろに叩かれた頬に右手を添える。
「イタいなぁ…………本当に」
そのまま、再び黒く塗られた空を見上げてみた。
月を覆っていた雲は完全に晴れ、ただその明かりが自分を照らしている。
しばしボーっとそれを眺めていると
「お疲れ様……ユー君」
今度はそんな声が聞こえて来た。
ふとそちらを見れば、優次郎もニコリと笑う。
「やぁ、叶さん。お疲れ様でした」
返答を受けた叶は微笑み、優次郎の隣まで来てフェンスに上体を預ける。
そのまま視線を夜の街へと向けたまま、口を開いた。
「…………今、すれ違ったわ。瞳と」
「そうですか。じゃあ話も?」
「えぇ………………全部聞いた」
小声で言う叶に、優次郎もまた小声で「そうですか」と答える。
「…………弁解は無いのね?」
問うたのは叶だ。
「ありませんよ。瞳ちゃんから聞いた話が全てです」
「本当に?」
「しつこいなぁ、本当ですよ。全く……こういう所は、姉妹で似てるんだから」
「私は真面目に聞いているのだけど」
「ボクも大マジメですよ」
「………………嘘つきね」
「失礼だなぁ、ボクほど正直者はいませんよ?」
そしてまた、会話が無くなった。
不思議な事に、この二人の間で沈黙が訪れても、不思議と気まずさが無い。古なじみだからこそ、なのだろうか。
「ボクの処分、どうなるんですか?」
「どうなると思うの?」
「うーん…………ま、最悪は懲戒免職ですかね。
どのみち今回の件が生徒に知れれば、またあの子たちはボクに近寄らなくなりますよ」
「それは無いわね。瞳にも言ったけど、今回アナタが月城さんにした事は、他の先生や生徒たちには極秘にする事にしたから」
「おやおや、そりゃ何でまた?」
「…………あなたが今言った理由が強いわね。アナタの授業は人気があるみたいだし、生徒たちを怖がらせないためにもね」
「そこで『自分のメンツが立たない』とか言わないのが、何とも叶さんらしいですね」
「そんなもの……アナタを講師にするなんて言った時点で気にしていないわ」
「……そりゃそうだ」
ははは、と笑う優次郎。
今度はその表情をしっかりと見つめ、叶は言う。その表情は、真剣そのものだった。
「ユー君、しつこい様だけど、最後にもう一度だけ聞くわ…………アナタがそうしたかったから、そうしただけ。そこに理由なんてない。ただ自分の欲望に従っただけ。
…………本当に、それだけなのね?」
優次郎もまた、叶と目を合わせた。
そして、反芻する。今度は笑顔では無く、何もかもを失った表情で。
「えぇ、それだけです」
「…………そう。もういいわ」
叶は目を閉じてそういうと、出口へと向けて歩き出した。
「流石に何の処分も無し、とはいかないから、アナタへの処分は追って説明します。それまで待っていなさい」
「りょーかいです」
ふざけた子供の様な返答を返す優次郎。
それには何も答えず、ガチャリとドアノブを捻った叶は、扉を閉める寸前に言った。
「いつから…………変わってしまったのかしらね」
そして、再び優次郎だけの空間が訪れた。
再び空を見上げ、優次郎は思う。いつから変わってしまったのか。何が、かは叶は明言しなかった。だが、優次郎にはその『何か』が何なのか、何となく分かった様に思える。
はぁ、とため息を吐き、空を見上げた優次郎は呟く。
「そんなの、最初からですよ。叶さん」
そんな言葉は、すぐに空気へと溶かされて消えてしまった。
いかがでしたでしょうか?
優次郎の取った行動をどう取るかは、皆さんの自由です。雪菜や瞳の彼を嫌った方もいるでしょうし、叶の様にその真意を疑う方もいるでしょう。
ただ、今の段階で言えるのは、「自分がそうしたかっただけ」と言う言葉は、裏を返せば「そうしたいと思った理由がまたある」という事です。それは叶も気づいているんでしょうね。それも追々、まだまだ先になるとは思いますが、描いていきたいと思っています。
とりあえず、雪菜は此処で魔術学院からは退学となってしまいました。雪菜を気に入って下さった方、そして雪菜自身に一言。
一体いつから、雪菜がメインヒロインだと錯覚していた?
・・・・・・・・・・・・・・はい、すみません。これも物語の進行上、必要な事なんです。許してください、お願いします(土下座)
さて、後はエピローグを描いて、とりあえず第一章は終了となります。
ん? エピローグと後日談って殆ど同じ意味なんじゃ……。
・・・・・・・・まぁ、そこは気にしないでください(土下座/二回目)
では、次回もよろしくお願いします。




