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灰色の世界  作者: ken
第七章
104/140

第百三話 =静かなる戦争=

第百三話です。よろしくお願いいたします。


「……これはこれは、正義の味方さんでしたか」


 何とも言えない微笑みを浮かべ、身体ごと紗友里の方へと向けた。


「大変失礼を致しました。私の名は……割愛させて頂いてもよろしいですね?」


 どうやら情報通りの人物像で間違いない様だ。だが――――――――これはこれで、面白・・()。紗友里の不敵な笑みが、そう言っている。

 

「大橋真衣さん、でしょ? 話は聞いてるよ♪」


「はい、間違いありません。以後、お見知りおきを―――――――紀藤紗友里様」


 一瞬面食らうが、すぐに快活な笑顔を取り戻した。どなたですか? なんて大ウソつきも甚だしい事この上ない。

 短い会話の中で、互いに理解していた。相手は、自分の情報を持っている。そして、自分と言う人間を見定め、試そうとしていると。

 だが、会話を止めるつもりも無い。近い未来に訪れる衝突を前に、欠けた最後のピースを此処で手にしなければならないのだから。


「『星の下僕』の人間に知っててもらえるなんて光栄だなー☆ 紗友里ちゃんも有名になったもんだね♪」


「取締委員会諜報部の核を担い、ありとあらゆる情報を持つ世界最高峰の隠密技術の持ち主。この国が他国からの侵攻を受けない理由は、紀藤様の持つ情報を恐れている部分も大きい。

 日本と言う国の、情報戦における防波堤とも言える御方ですもの。当然、私も存じております」


「そんな褒められると照れちゃなー☆ ま、そのとーりなんだけどさ!」


「……全く謙遜なさらないんですね」


「だってそのとーりだし♪」


「随分と自信がおありなのですね」


「自信は情報の器、だよ! 自信が無い人は余裕が無いから、大事な事でもすーぐ口からボロボロと零してっちゃうからさ☆」


「それは良い事を教えていただきました。感謝いたします」


「どーいたしまして♪」


 一歩。紗友里が真衣へ向かって足を進めた。

 

「それよか、随分と恨んでるって感じだね? 一応、血を分けた妹なわけっしょ?」


「…………昔の話です」


「へぇー、否定する訳じゃ無いんだね?」


「したところで、意味はないでしょうから」


「にっしっし!」

 

 全く人の悪い。

 真衣は紗友里へ向けて。ニ歩踏み出してみせた。


「にしても、大橋ねぇ……あの名家の元お嬢様が、まさかこんな事してるなんてね! どんな生活してたん? マジ興味あるわー☆」


「聞いたところで、時間の無駄ですよ」


「無駄なものなんて、この世には一切ないよ♪ なんてーかさ、全部意味があってこの世に生まれてるって感じ? 意味を見いだせない、意味を見つける目が備わってない人間が、自分の無力を棚に上げて『無駄』なんて言葉を使ってるだけってね☆」


「……それがアナタの信条、といった所ですか」


「ま、そんなとこだねー☆」


 今度は二歩。紗友里から真衣へと歩みを進めた。


「んで、どーかな? 教えてくんない?」


 紗友里の問いに、真衣はふっと笑ってみせた。

 そして、彼女は三歩。相手に向かって足を動かす。


「言ったではありませんか――――――『時間の無駄』だと」


 またそれを言うのか。話を聞いていなかったのか。

 そんな感情が、紗友里の深層からあふれ出る事は―――――無かった。

 

「ふぅーん……あはは☆ 君らしい言葉だね―――――――『大嘘つきのおねーさん』☆」


 真衣が表情を変える事も、無かった。

 紗友里はしばしその姿を見つめた後、再び足を動かした。

 ゆっくりと。着実に。真衣に自分の身体が届く様に。

 一……ニ……三……四。

 そこで再び彼女は止まり、じろじろと、なめる様に、真衣の顔を見つめた。


「君の言ってる事は、嘘ばっかだよね? それも全部じゃない。うまーい具合に、うまーい部分で嘘を盛り込んでる…………確かに、そんな君から話を聞いても、時間の無駄かもね☆」


「……それも、『情報』にありましたか?」


「さぁ、どうかな?」


 そこから、数秒の静寂が開始する。

 そして、その終わりは―――――紗友里の言葉。


「でも、アタシが持ってる情報通りか♪ ホントー―――――辛気臭い人ばっかなんだね、『星の下僕』って団体は」


 どこか艶めかしく、それでいて嘲笑うような。そんな不敵な笑みを、紗友里は真正面から真衣へぶつける。

 ざわざわと、風が二人を避ける様に薙いで行く。揺れる金髪に隠れた真衣の瞳は、一体何に埋もれているのか。

 憎悪か。苛立ちか。それとも……。

 やがて風は止み、その蒼色が露わとなる。

 彼女の瞳。その答えは――――――変化なし。絵に描いたような微笑みを張り付けたまま動いていなかった。

 だが、その後。ゆっくりとその目は紗友里へ向けられ、そして、笑う。


「紀藤様がそう感じられたのなら、そうなのでしょうね」


 その笑顔に、その言葉に、紗友里は一体何を感じたのか。分かるわけも無いが、彼女もまたニコリと笑い、真衣を通り過ぎていった。

 柵の前に立つと、何となく視線を下げてみる。既に優次郎達の姿は無く、無人の校庭が広がるだけ。


「ねぇ、おねーさん。こんな昔話知ってる?」


 紗友里がそんな事を言い出せば、真衣も首を半分だけ彼女へ向ける。


「むかーしむかーし、ある所に、それはそれは愛らしい、誰からも好かれる女の子がいました。 

 男の子も女の子も、若者も老人も、そして魔術も、彼女を愛し、護り、育てました。たくさんの愛情を注がれた女の子はすくすくと成長し、やがて小学生になりました」


「随分と都合のいい話ですね」


「言ったでしょ? 昔話だってさ♪ 都合がいいくらいがちょうどいいって感じしない?」


 真衣の言葉を流しつつ、紗友里は更に続ける。


「小学生になった時、彼女は生まれて初めて、不運な出来事に遭遇します。

 それは―――――――大好きな姉が、自分の前から突然居なくなってしまったのです」


 柵に背中を預けるように、紗友里は真衣へと向き直る。未だに背中を向けている彼女の横顔に、その表情は見えないでいた。


「家族は何も教えてくれません。皆も何も言ってくれません。まるで、姉なんて最初からいなかった様に、『そんな子はいない』の一点張り。

 女の子は、毎晩の様に泣きじゃくりました。来る日も来る日も、自室のベッドで。

 でも、どれだけ泣いても、姉は帰って来ません。助けて欲しい時、いつも来てくれていた優しい姉は、待てど暮らせど、帰ってくることはありませんでした。

 『何で? 何でお姉ちゃんはいなくなっちゃったの?』

 女の子は考えます。そして、一つの答えを導き出しました。それは―――――――何だと思う?」


「……申し訳ありませんが。私には分かり兼ねますね。元々そう言った昔話には、興味を持たなかったもので」


「ざーんねん♪ じゃあ、正解を教えてあげるね?」


 真衣の返答など意に介さず、紗友里は解答する。




「その女の子は、こう考えたのです――――――『きっと、自分が悪い子だからだ』『自分が良い子じゃないから、お姉ちゃんは居なくなっちゃったんだ』って」




 答えを聞いた真衣は――――――――――やはり、変化なし。


「それから女の子は、精いっぱい良い子になろうと頑張りました。今までの甘えん坊で我儘だった自分を変えようと、親のいう事もよく聞き、時には欲しいものも我慢しました。周りの人達も、今まで以上に女の子を愛し、『良い子に育ってくれて良かった』なんて、そう思うようになりました。

 ―――――――ただ一人を除いては。その人は……」


「もう、良いのではありませんか」


 そこで、真衣が口を挟んだ。紗友里もそれに従い、言葉を止める。

 やがて真衣が、身体ごと紗友里へと向けた。いつもの、何もこもっていない微笑を携えて。


「先ほども申しましたように、私はそういった話に興味がありませんので」


 しばしの沈黙。互いに瞳を逸らす事なく、じっと向かい合ったまま固まる。

 やがて、動いたのは紗友里だった。


「――――――にゃは☆ ごめんごめん! 長々と話に付き合わせちゃったね♪」


「こちらこそ、せっかくお話いただいている所を遮ってしまい、申し訳ありません」


 綺麗なお辞儀に、紗友里も改めて笑い直した。


「……では、私はこれで失礼致します」


「えー? 残念、もっとお話ししたかったんだけどなー」


「生憎、私も予定がありますので……では、紀藤様」


 真衣が転移する瞬間、確かに紗友里は見た。

 

 彼女の瞳の奥で――――――怪しく光る赤色を。


「また、いずれ(・・・)何処・・かで(・・)


 その言葉だけを残し、真衣の姿は消え去ってしまった。

 残された紗友里は、笑顔そのままにしばし真衣がいた場所を見つめていたが、やがてゆっくりと右耳に手を当てる。


「やっほー、かいちょー♪」


『紀藤か……その様子だと』


「うん! 大橋真衣に接触したよ☆」


 通信魔術。その相手は雄清だった。


『ご苦労。その様子だと、戦闘は避けられたようだな』


「まーね! 向こうも争いは望んでなかったみたいだったし♪」


『そうか』


「ごめんねー? ホントは通信魔術これつなげたままに出来れば良かったんだけどさ!」


『構わん。仮に使用していても、向こうがそれに気づいていた可能性もある。それだけならまだ良いが、逆探知なぞされようものならば、こちらにとって大損害だからな』


「さっすがかいちょー! わかってるぅ☆」


 こんな時でも、相変わらずおどけた態度を崩さないのは流石だと、雄清は素直にそう感じていた。

 真衣との間で行われていたのは、会話と言う名の心理戦に他ならない。

 取締委員会も、そしておそらく『星の下僕』も、この先に訪れる全面戦争を予感している。今回の邂逅は、その前哨戦。

 互いに相手の情報と言う点に関しては不足している今、此処で情報を引き出す事が出来れば、勝利に大きく近づく事は間違いない。

 だが、逆に迂闊な事を話してしまえば。

 相手に有力な情報を与え、敗北を引き起こす戦犯となってしまう。

 だからこそ、雄清はこの任務を諜報部門の要である紗友里に委ねたのだから。


『それで、どうだ。何か情報はあったか』


「んー……ごめんね? あんまり聞き出せなかったや」


『そうか……まぁ、向こうも馬鹿じゃないという事だ』


「ほんとだよー……あのおねーさん、相当な大噓つきだね。骨おれそーで、テンションだだ下がりって感じ」


『それから、ノーランドはどうしている?』


「今は十神とがみんの方を追ってくれてるよー! 多分そろそろ定時連絡が入るんじゃない?」


『了解した。『星の下僕』に関して進展は無いにせよ、大橋真衣に直接干渉出来た事は大きいが……どうだ?』


「んー? どうって?」


『奴の魔力だ……どう感じた?』


 人の持つ魔力には、それぞれ個性がある。容姿や性格の様に。

 その特徴を感じる事が出来たのならば、今後『星の下僕』を追う事が容易になる。雄清が言っているのは、そういう事だ。

 だが、雄清は思う。紗友里も、自分の発言の意図は分かっている筈だ。

 それでもこうして言いあぐねた、という事は―――――。


「それがさー……魔力の気配、なーんにも感じなかったんだよね」


 やはり。雄清が息をつくのが分かる。

 資料にも、こう記載されていた。『大橋真衣は呪術を操る』と。そして、『魔術を極端に嫌っている』と。

 おそらく、今転移したのも魔術ではなく、呪術を応用した何かだったのだろうと紗友里は推察する。で無ければ可笑しいのだ。魔力痕を残す事無く魔術を行使することなど。

 呪術も日本にとって悪しき過去であり、その資料は殆ど残っていない。ただ、名前だけが記されている様な、作り話の様な話だ。その一点に関して言えば、情報も無いに等しい。

 だが――――――それはあくまで、『取締委員会内部』の話。


『……黒岩玲央だ』


「? 玲央ちんが…………あぁ、そーいう事か」


 そうだ。

 玲央は真衣と古馴染であり、呪術の事も知っていた。そして、実際に一戦交えた事もある。

 彼ならば呪術に関して、取締委員会以上の情報を持っている筈だ。


『黒岩に聞けば、呪術に関して今以上には情報を得る事も出来るだろう……だが、出来れば澄田がいない時にしてやれ。アイツは大橋真衣にトラウマを抱いている。いずれ相まみえる事にはなるだろうが……』


「りょーかい♪ タイミング見て、玲央ちんに聞いてみるね☆」


『あぁ、それでいい。また何かあれば、連絡してくれ』


「ほいほーい……あ、ちょい待ち!」


 通信を切ろうとした時、紗友里はある事を思い出して声を上げた。

 

「『星の下僕』に関しては、あんま分かんなかったんだけどさ! でも、大橋真衣に関してだけ言えば、すこーしだけ進展合ったよん♪」


『……何だ』


 紗友里は不敵に笑い、話を続けた。


「色々と話してみたんだけどね? ちょーっと気になる反応する時があってさ」





 










 見渡す限りの黒。

 大橋真衣が転移いどうした先に広がる光景がそれだった。

 テーブルに置かれた小さなランプだけが、ぼーっとやる気ない灯を生み出していた。それを見つめる真衣は、一体何を考えているのだろうか。そして、先ほどの紗友里との話に、何を感じたのだろうか。

 それは分からない。分からないが―――――――。


「穏やかじゃないわね」

 

 真衣の後ろ。暗闇の向こうから声が届く。

 そちらへと振り返れば、フードを深くかぶった何者かが椅子に座ってこちらを見ているのが、ぼんやりと目に映る。

 顔は全く見えないが、声色からして女性である事が分かる。

 最も、真衣は誰なのかすら分かっているのだが。


「何か、嫌な事でもあったの?」


「……相変わらず悪趣味ですね。人の心にずかずかと入って来るなど」


「酷い言われようだわ。アナタ達はコレ(・・)が目当てだったのでしょう?」


「教団としては、ですがね。私個人の判断ではございませんし、むしろこの件は全く関与しておりません」


「あら、そう」


 話を聞いていれば、相手方はともかく真衣はその人物にあまりいい印象を抱いていないらしい。

 敬語を使っている事からも、信頼を置いていない事が推察できる。


「それにしても、アナタも随分な悪女ですね……昔は私達・・()敵対・・していた(・・・・)と言うのに、今では自ら『力を貸そう』と言い出すのですから」


「過去は過去でしか無いわ。人は変わるものよ。環境も、そして―――――精神もね」


「変わってしまえば……以前は仲間だった人間を敵に回しても良いと?」


「それはあの人達が一番分かっているわ。特に―――――――黒岩玲央は、ね」


 その名前に、真衣は久方ぶりに表情を歪めた。

 憎悪に。嫌悪に。そして――――――――――――――嫉妬に。


「お言葉ですが……」


 振り絞る様にそう言うと、真衣は初めて女へ身体を向けた。

 そして、告げた。



「玲央君は私のものです。アナタにも……そして彼女・・にも、絶対に譲らない……その様な戯言は慎んで頂きたいですね」


 何とも純粋で、それでいて醜い感情だ。

 女はそんな想いを抱きながら、その歪んだ顔を見据えた。

 しばしの無言。だが、すぐにそれは破られた。 


「…………ですが、先ほども申した通り今は教団に力を貸して頂いていますからね」


 そして、真衣は笑った。

 目の前に座る、異国・・()美女・・を嘲笑うように。




「頼りにしていますよ――――――――――――ラウラ(・・・)先生・・




今回もありがとうございました!

物語は確実に進んできております。完結はいつになるか分かりませんが……これからも頑張ります!


そんな感じの百三話です。

色々と複雑になって来ていますが、自分にとって書いてて楽しい部分に入ってきました。物語の結末と同時に、今後の戦いや再会についてどうなっていくのか……皆さんに楽しんで頂けるよう頑張ります!


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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