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灰色の世界  作者: ken
第七章
103/140

第百二話 =予兆=

第百二話です。よろしくお願いいたします。


「……こんにちは……本野朱美もとのあけみ……です……」


「三木椎名だ。よろしく」


 初対面、と言っても差し支えない二人が、何処かぎこちない挨拶を終える。

 あの後。芽衣と瞳から『学食を使わせて欲しい』『学生生活の思い出作りに貢献してあげたい』と言う思いと懇願を受け取った椎名は『とにかく、その生徒に一度会わせろ。話はそれからだ』と返答した。

 芽衣が朱美に連絡すると、図書室にいたようで『すぐに行く』という事になり、今に至っている。

 長くのばされた黒髪に目は隠れ気味になっており、隙間からわずかに見える程度。声も小さく、話す言葉もぶつ切り。そんな様子を見れば、お世辞にも話し上手とは言えないのが分かる。

 朱美の隣に座っている芽衣と瞳は心配そうにその背中を見つめており、優次郎と辰正は、少し離れたところで静かにその光景を見つめていた。

 朱美と対面している椎名はと言えば、何を言うでもなく、ただいつもの鋭い眼光を彼女に向けるのみ。

 挨拶を終えてから、どれくらい経っただろうか。動いたのは、朱美だった。


「……これ……どうぞ……」


 差し出された一枚の紙を、椎名は静かに受け取り、確認し始める。

 数枚束になったそれをめくっていけば、コスプレ喫茶のコンセプトや内観、必要人員やメニューの草案などがびっしりと書き込まれていた。


「あの……三木さん……おねがい、します……ここで……喫茶店を、やらせて、下さい……」


 相変わらず小さな声でそう言った後、朱美は深々と頭を下げた。


「何で、お前はこの店をやろうと思うんだ?」


 未だ資料から目を離さず、椎名はそう問うた。朱美もそれを受け。顔を上げる。


「私……見ての通り、人付き合いが、苦手で……昔から、引っ込み思案、なんです……でも……このままじゃ、いけないって、思って……学生生活の、最後に……何か……自分が、此処にいた、証を……残したいって‥…思ったんです……」


 四人、そして椎名も分かっていた。朱美の身体が、小刻みに震えている事を。

 引っ込み思案だと自負する彼女だ。ほぼ初対面の相手にこういった話をするのは、勇気のいる事だろう。

 だが、彼女は言う。しっかりと顔を上げ、椎名を見つめながら。

 そんな彼女の決意の眼差しを、椎名も資料から目を離し、見つめる。


「正直……あまり、学食を、利用していない、私が、こんな事を、頼むのは……都合が、いいなって、自分でも、思います……でも……私には……もう……『今』しか……無いんです……」


 そう言って、再び。額がテーブルについてしまいそうな程、頭を下げる。 


「三木さん……お願いします……この食堂を……一日だけ……私に、貸してください……」


 芽衣が心配そうに。瞳は平静を装いながら。優次郎と辰正は、どうするんだと言わんばかりに。

 四者四様の表情で、椎名へと視線が集中する。それを気にする事無く、椎名はじっと朱美を見つめた後、資料を閉じ、口を開く。

 正直な、自分の想いを。




「―――――――駄目だ」




 朱美の身体が、ビクンと震えた。瞳と芽衣の二人も、少し落胆気味に息をつく。優次郎達二人は……特に変化なく、椎名を見つめたままだった。

 ここの責任者は、他ならぬ椎名だ。その彼女が拒否をしたのなら、話はここまで。

 だが――――――顔を上げた朱美の表情は、まだ諦めていない様だった。


「理由を……教えて、頂けませんか……? 私に……出来る事なら……何でも、します……だから……お願い、します……」


 そんな朱美を、瞳と芽衣は目を丸くして見つめていた。彼女とそんなに接点があるわけでは無いが、それでも四年間同じ学院で過ごした仲だ。消極的な性格である事は把握している。特に芽衣は、全校生徒の名前と顔を覚えているし、尚更朱美の行動を意外に感じていた。


「……本野の想いは、十分伝わったよ。それに、コンセプトや内観も別に問題無い。それと言っておくが、うちはお前が食堂を利用していないから、なんて理由で断ったりはしねぇよ」


「では……何が問題……でしたか……?」


「簡単だ。この喫茶の問題は一つ。それはな…………メニューだ」


 椎名は再度資料を手に取り、メニュー欄を開いて朱美へ差し出した。


「これ見る限りだと、お前『コスプレ』っつう部分に力を入れてこの資料作っただろ? それ自体はお前の考えがあるだろうし否定はしない。だが、ここは食堂だ。うちも此処を預かる身として、この場所でお粗末な飯を出させるわけには行かないんでね」


 だから。

 そう言って、椎名は初めて、朱美へと笑顔を向けた。


「お前の店のメニュー案と調理は、うちが担当させてもらう」


「え……?」


 思わぬ提案に、生徒達三人は目を見開き、優次郎は優しく微笑んだ。唯一辰正だけは、表情を変えずにいたが。


「喫茶店っつう事と、本野の書いたコンセプト。それを踏まえたメニューを考えて来る。勿論、代表であるお前に確認はするし、合わないと思えば言ってくれていい。また別のメニューを考える。

 調理に関してもそうだ。さっきも言ったが、この場所でお粗末な料理を出す事は、責任者として許すわけにはいかねぇからな」


 思ってもみなかった提案に、朱美は目をぱちくりさせていた。


「……良いん、ですか……?」


「決まってんだろ。冗談でこんな話しねぇよ」


「でも……それだと……三木さんにも……コスプレ……して、もらう事に……なりますよ……?」


 椎名の性格はよく知らないが、見たところコスプレなんてやる様な人間には見えない。

 それを察したのか、自分でもそう思っているのか分からないが、椎名は苦笑して見せた。


「まぁ、うちも若く無いんでな。あんまり派手な恰好は出来ねぇが……良いか?」

 

「っ…はい……はい……!」


 朱美の目にこみ上げるものがあった。

 その雫を零しながらも、再び朱美は頭を下げた。


「ありがとう……ございます……よろしく…………お願いします!」


「何だ、しっかりした強い声も出せるんじゃねぇか……こちらこそ、よろしく頼む」


 これで、問題は解決した。その瞬間を見届けた生徒会の二人が顔を見合わせて笑いあう中、優次郎は、ケタケタと笑いだした。

 

「しーちゃんも素直じゃないよねーホント! 最初から手伝うって言えばいいのに!」


「椎名さんが捻くれてるのは、今に始まった事じゃないだろ」


「お前等、もう此処で飯食えなくなっても良いみてぇだな」


「ごめんなさい!」


「…………すみません」


「ったく……」


 古馴染三人の会話を聞けば、瞳も芽衣も笑い、朱美も遠慮気味に笑った。それを見た椎名も、随分と綺麗に笑うもんだと思わず笑みがこぼれる。

 何はともあれ、コスプレ喫茶を行うにあたっての問題は――――――――一つを残すのみとなった。


「だが、人手は大丈夫なのか? 資料これを見せてもらった限りじゃあ、まだ全然集まってないみてぇだが」


「あ……はい……」


 椎名に指摘され、朱美は笑顔を消してしまった。


「調理はうち一人でもなんとかなるが……食堂には五十席用意されてる。仮に満席になったとして、それを捌くだけの人員を用意しなきゃならねぇ。それにコスプレ喫茶ってコンセプトで衣装も多種多様ってんなら、少なくとも十人は欲しいとこだな」


「学園祭まで二週間も無いし、今から募集しても集まるかどうか分かんないしね。皆それぞれ出店や出し物もあるだろうしさ」


「それに三木さんの料理が食べられるとなれば、集客は見込めそうだし、行列が出来るような事になってもおかしくないわね……本野さん、あてはあるのかしら?」


 瞳からの問いに、朱美は力なく首を横に振るだけだった。


「私……友達って、呼べる人も、いないし……頼める人、なんて……」


「どうやら、そっちの方が問題みてぇだな」


 むしろ、後はそれだけが問題だ。瞳たちも手伝ってあげたのは山々だが、何せ生徒会。当日は巡回や他の役員達への指示だしとやる事は山積みになっている。どう切りつめても、手伝う余裕は作れそうにない。

 

「食堂の職員さん達にお願いしてみるとかは、出来ませんか?」


「学園祭は日曜だ。今から頼んでも来れる保証はねぇよ。家庭を持ってる人間も多いしな」


「ですよねー……」


「まぁ一人だけ来れそうな奴がいるから、そいつには話をしてみるつもりだ。しかし、それ以上は見込めねぇな」


 さて、どうしたものか。

 四人が頭を悩ませている横で、優次郎たちは能天気に話をしていた。


「コスプレしてくれそうな人かー。叶さんまたやってくれないかな?」


「無理だろうな。学院長なんて立場になった今、そんな余裕があるとは思えない」


「じゃあー……玲央先輩と美沙子さんとか!」


「……ワンチャンあるな」


 その会話が耳に入り、椎名は勢いよく二人を見た。

 急にどうしたのかと、優次郎達は話を止めてそちらに目をやった。


「どしたの?」


「…………そうだな、これならいけるかもしれねぇな」


「「「え?」」」


 生徒達の声が重なった時、椎名は再度三人を見つめた。

 ―――――――優次郎と辰正を指さしながら。


「此処にいるじゃねぇか。当日暇そうで、尚且つコスプレが映えそうな連中が」


 言われて、三人もはっとした表情で二人の講師を見つめた。

 その視線にさらされた二人は顔を見合わせ、やがて優次郎が叫んだ。


「え? ボク達がやるの!?」


「そうだ。お前等がやりゃ、これで二人。あくまで希望的観測だが、黒岩と澄田と、それとうちが頼む奴も合わせりゃ五人になる。本野も接客に参加するだろ?」


「はい……」


「なら、それで六人だ。過半数は集まった事になる」


「なるほど……確かにそれなら、何とか十人集められるかもしれません」


「そっか、そうだよね……! 別に店員さんは生徒しかダメなんて決まりは無いんだし!」


 突如目の前に現れた希望に盛り上がる中。


「ちょ、ちょっと! 勝手に話進めないでよ!」


 優次郎が慌てた様子で話を遮った。

 椎名が、少し睨むような鋭い視線で彼を射抜く。


「何だ、水瀬。お前言ってなかったか? 講師として生徒達の事を考えているってな。だったら、本野がこれだけの想いでやろうとしている店を手伝うのも、それに当てはまるだろうが」


「それは、そうだけど……」


「それとも、お前当日に何か予定あるのか?」


「え? あ、あるよ? 食べ歩きって言うーーーー」


「無いんだな?」


「…………無いです」


 椎名からの圧に、それ以外の返答は逃げていってしまった。


「なら良いだろう。篠田、お前はどうだ」


 次に話を振られた辰正は、逡巡の後に朱美へと目を向けた。


「まぁ、予定は無い……俺で良いなら手伝うが」


「あ……ありがとうございます……篠田先生……是非、お願いします……!」


 願っても無い返答に、朱美も辰正へ対し頭を下げた。

 こうなってしまえば優次郎も手詰まりだ。生徒あけみの想いに加え、辰正も協力するとなれば自分にはもう逃げ道など存在しない。

 答えを急かす様な視線の集中砲火に、優次郎は思わず溜息を洩らした。

 降参だ。そう伝えるように。


「分かったよ。はぁ……当日は色んなもの食べようと思ってたのになぁ。

 ボクでよければ、よろしくね朱美ちゃん」


「水瀬先生…ありがとうございます……!」


 こうして、人員問題が解決の兆しを見せ、この日はお開きとなった。















「それにしても、朱美ちゃんがコスプレ喫茶かー!」


「意外……でしたよね……」


 椎名と別れ、五人は校門を出て帰路につく中、優次郎と朱美がそんな会話を始める。

 朱美は、こんな消極的でネガティブな自分がコスプレ喫茶なんて、柄じゃないというのは分かっている、とでも言うような声色だった。

 だが、優次郎の返答は違った。


「別に意外だなんて思わないよ?」


「え……?」


 目を丸くして優次郎へ目をやれば、彼はいつもの笑顔で朱美を見ていた。


「だって朱美ちゃん、いつもすっごいオシャレしてるじゃん! ボクの講義取ってくれてるけど、その時もいつも思ってたからさ! だから、朱美ちゃんらしいなーって思うけど!」


「確かにそうだよねー! 本野さんって、いつもコーディネート完璧だし!」


「そ、そう……ですか……?」


 朱美の言葉を、優次郎と芽衣が首肯する。彼女自身、服装にはこだわっているので、やはり嬉しく感じるものだ。


「そう言えば、本野さんに会った時にいつも見て思っていたのだけど……その服、あまりお店で見かけないわね」


「あ、確かにそうかも! ねぇ本野ちゃん、それどこで売ってるの?」


「あ……これは……どこにも売ってない……」


 瞳と芽衣、それに優次郎が目を丸くした。

 それはつまり。


「朱美ちゃん、自分で服作ってるの?」


「は……はい……」


「じゃあ、コスプレ喫茶の衣装も?」


「採寸して……自分で……作るつもり……」


 そんな事を言ってのければ、優次郎が目をキラキラさせた。


「すっごいねー! ねぇねぇ朱美ちゃん! ボクの服縫ってくれない? これ囚人時代・・・・から着てるから、もうボロボロでさー!」


「作ってもらっても、お前どうせすぐダメにするだろ」


「むー! そんな事ないよ! そもそも人から貰ったものは大事にするし!」


「本野、断ってもいいぞ。コイツ、本当に服なんかには無頓着だからな。すぐに破れて使い物にならなくなるぞ」


「そうなんですか……?」


「だからそんな事しないってば! 辰はいつもそんな事ばっか言って!」


「前にも言っただろう。日ごろの行いを正せ」


 優次郎と辰正の言い争いが始まり、朱美は最初きょとんとしていたが、やがてクスクスと笑い始めた。


「あー! 朱美ちゃんまで笑ったー! ボク本当にものは大切にする人なんだってば!」


「この前『携帯壊れたから直してくれ』と言ってたのは何処のどいつだ」


「あれは違うんだってば! あの時言ったじゃん!」


 終わりの見えない争いを後ろから見ていた瞳は、思わず頭を抱えた。こういう所は、全く成長していない、とでも言いたげだ。


「全くあの人たちはもう……」


「まーいいじゃん! 何か楽しそうだし!」


 そして瞳の隣で、芽衣は微笑ましそうにその背中を見つめていた―――――――時だ。


「っ――――!」


 優次郎と辰正の背中に、一瞬。自分と和也の幻影を見た。

 自分たちも、周りからはあんな風に見えていたのだろうか。それは分からないが、少なくとも自分にとって、あの時間は鬱陶しくも楽しいものだったと、今にして思う。

 そう今にして。


『笑うの下手になったなって思っただけ』


『来ちゃダメだ』


 もう、あんな日々は来ないかもしれない。自分はきっと、和也に拒絶されている。話しかければ普段通り話してくれるかもしれない。

 でも。それでも。

 もう、あの鬱陶しくも愛おしい日々は――――――きっと、来ないだろう。


「芽衣?」


 自分を呼ぶ声に、はっと我に返る。急いで声の方を見れば、瞳が心配そうに芽衣を見つめていた。


「大丈夫? 急に黙り込んで……気分でも悪い?」


「……ううん! 大丈夫!」


 芽衣は思う。失ってから気付くなんて、本当によく言ったものだ。今、その言葉を、嫌と言う程痛感していた。

 そして瞳も、その芽衣の態度に疑問を覚える。

 何故。何故、彼女は――――――。


(何故、そんな無理して笑っているの……?)






















 そんな芽衣を見つめる存在が、もう一人。それは、優次郎でも辰正でも、朱美でも無い。

 その存在がいるのは、屋上だった。

 金色の髪に、蒼い色の瞳。派手な和服。そして――――――芽衣を睨む、鋭い眼差し。

 忌々しい。

 腹立たしい。

 二つの思いをありったけに詰め込んで、彼女――――――大橋真衣は、じっと芽衣を睨みつけていた。

 

「うわー怖ッ! 激ヤバな目してるねー! それじゃせっかく超美人なのに台無しだよー? あの子となんかあったん?」


 真衣にとって聞きなれない声が、背後からこちらへ覆いかぶさる。


「……他人の問題に首を突っ込むのは、感心できませんね」


 ゆっくりと、そちらを振り返れば、やはり見慣れない女性が立っていた。 


「あはッ☆  ごめんねー? おねーさんが怖ーい顔してたからさー♪」


「……失礼ですが、どなたですか?」


 妙な女だと、真衣は思う。そして同時に―――――――どうやら、自分にとって害をなす存在の様だ、とも。



「アタシはねー……正義の味方的な?」



 ペロッと舌を出し、ピースサインを作りながら、普段のままの彼女――――――紀藤紗友里が、そう言った。

今回もありがとうございました!

最近、予約していて見れていなかったドラマを見たんですが、面白かったなぁ……看護師のドラマだったんですが、医療行為が許される看護師さんっていう資格あるんですね、初めて知りました。

久々にドラマ見ましたけど、小説の参考にもなるし、これからもちょくちょく見ようかな。


そんな感じで、百二話です。

学園祭だけでなく、色んな事が動いて来ていますね。

そして、遂に邂逅を果たした真衣さんと紗友里ちゃん。一体どうなるやら……書いてる自分も不安です(汗)。


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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