第百一話 =再会と会議と、祭りの準備=
第百一話です。よろしくお願いいたします。
時は巡り、翌日の放課後。
夕日に照らされていた食堂で、この時間には珍しい二人組がいた。
「あー……毎日毎日会議会議……もう疲れたよ……」
「芽衣、だらしないわよ」
「だってさぁー」
ぐったりと机に身体を預ける芽衣を咎める様に、瞳はため息混じりに口を開く。
念のために言っておくが、食堂は営業などしていない。彼女たちの前に料理が置かれていない事が証拠だ。
この期間、出し物の話や舞台での催しで会議室は毎日の様に埋まっている事も少なくない。そう言った時は、椎名の厚意によって食堂を会議室代わりに使用させてもらう事も多く、今日が正にそれであった。他の生徒会役員は帰ってしまい、会長副会長の二人が残って話を詰めている、というわけだ。
このところ毎日会議詰めで、いくら元気印の芽衣とはいえ、流石に疲れもたまるというものだろう。
「だってじゃないでしょう? 芽衣も会長職を引き受けると決めた時に覚悟していた事じゃない」
「そうだけどさぁー。まさかこんなに毎日居残りしなきゃいけないなんて前の会長さんも言ってなかったし……まぁ、瞳っちの言う事も最もなんだけどね」
「分かっているなら良いわ。それより、昨日はごめんなさい。アナタだけに任せてしまって」
「あーうん、それは良いよ! 瞳っちにも事情があるんでしょ?」
「……えぇ、まぁね」
芽衣には、瞳の身体の事は伝えていない。芽衣だけではなく、和也にも境子にも。もし知れば、自分に気を遣ってしまうのではないかと考えたからだ。それぞれ抱えているものがある事は分かっている。新たな心配事を増やしてしまいたくはない。
だが、いつかは言わなければいけないだろうとも思う。今はまだ、そのタイミングでは無い。ただ、それだけなのだろうと。
「でも、本当に大丈夫なの? 後期に入ってから、瞳っちずっと疲れてるみたいだけど」
「大丈夫よ。水瀬先生と同居し始めて、色々と振り回される事が増えただけだから」
「あー……家でもそんな感じなんだね」
(ごめんなさい、先生……)
ご愁傷様、と笑う芽衣を見ながら、瞳は心の中で優次郎に謝っておく。
「そう言えば……こないだ瞳っち、医務室行ってなかった?」
「え?」
医務室。その単語に心臓が跳ね上がる思いがした。
「うん、お節介なら申し訳ないんだけど……身体、どこか悪いかなって思ってさ。優ちゃん先生に振り回されてるだけなら、それで良いんだけどね。でも、どうしたのかなって」
「それは……」
まさか見られていたとは。細心の注意を払っていた筈だが、甘かった様だと感じれ、内心舌打ちをしてしまう。
瞳が返答に困っていると、
「大橋」
「三木さん? どうしたの?」
二人の間に入る声が一つ。二人がそちらを見れば、椎名が二人分の茶を運んできた所だった。
「この間も言ったが、あまり詮索してやるな。綾瀬川も人間なんだから、怪我の一つや体調が悪い一日もあるに決まってんだろ」
「あ……うん、そうだよね」
またやってしまったと、和也と椎名に咎められた日を思い出し、しゅんとして顔を下げてしまった。
そんな芽衣の様子に息を一つ落とし、優しく頭を撫でる。
「怒ってるわけじゃねぇよ、友人を心配する気持ちも分かるしな。だが、もう少し瞳を信頼してやれ。本当に大きな問題を抱えているなら、お前に相談するだろうさ。どうだ、綾瀬川?」
「……はい、そうすると思います」
瞳が肯定すれば、芽衣も顔を上げ、瞳を見つめた。
「ホント? 瞳っち」
「当たり前でしょう、嘘を言ってどうするの?」
「……そっか……瞳っち、私に相談してくれるだ……」
ぽそぽそと呟く芽衣が何を言ったかは分からないが、嬉しそうに笑う彼女を見れば、ほっと胸を撫でおろした。
「それと大橋。盗み聞きになっちまって申し訳ないが、お前確かさっきの会議で『後で持って来て確認する』みたいな事言ってただろ。いいのか、持ってこなくて。ここも永遠に開いてるわけじゃねえぞ」
「あ、そうだった! ごめん瞳っち! ちょっと待っててくれる?」
「ええ、大丈夫よ。焦ってぶつかったりしないでね」
瞳の言葉を背に、芽衣はそそくさと食堂を出て行ってしまった。
後に残されたのは、瞳と椎名の二人だけ。しばしの沈黙の後、瞳は椎名へと視線を向ける。とりあえず、この一言だけは伝えなければいけない。
「……ありがとうございます、三木さん」
「構わねぇよ。お前も大変だな」
思わず苦笑してしまう。
そう、椎名も瞳の病状について知っているのだ。こういった場面に出くわしてしまった時、今の様に守るために、叶と瞳が直接伝えている。
「まぁ、なんだ。うちに出来る事なんざたかが知れてるが、頑張れよ」
「はい。私は、絶対に病気では死にません」
「ははっ、頼もしいこった」
笑いながら去っていく椎名の後ろ姿を見れば、やはり椎名に話をしてよかったなと感じる。大好きな姉に、もう一人姉の様な存在、兄の様な医師に講師、母親の様な医師、父親の様に温かい講師、そして―――――――大好きな人。
それだけじゃない。大切な親友に生意気だけど愛らしい後輩に、相談に乗ってくれる頼れる後輩までいる。
自分は、本当に幸せ者だ。心から、そう感じる。
幸福に身を委ねていた時だった。
「こーんにっちわー! あれ? 瞳ちゃんもいたんだね! 今日も会議?」
ハイテンションな声と、無機質な開扉音の不協和音が響いた。
芽衣が帰って来たのでは無いという事は、見なくても分かる。
「お疲れ様です、水瀬先生。はい、今芽衣と話を詰めている所でして」
「毎日大変だねー! あ、しーちゃんごめん! ちょっとお邪魔するね?」
瞳へと歩み寄りながらそんな事を言えば、椎名もため息をついて彼の方へ身体を向ける。
「それは構わんが、お前もっと静かに入って来れねぇのか。扉壊れたら弁償…………」
椎名の言葉が、そこで止まった。
何事だろうか。疑問を胸に入り口へと視線を移せば、そこには予想通り、優次郎の姿がある。
そして、彼の他にもう一人。見慣れた黒が視界に映る。
「お疲れ様です、篠田先生」
「あぁ」
瞳へ言葉を返した後、辰正は椎名へと視線を向けた。
「お前もいたのか……久しぶりだな、篠田」
「どうも、椎名さん。ご無沙汰してます」
何故か少し不機嫌な椎名の声に、辰正はいつもの調子で返した。久々の再会に話が弾む―――――訳でも無く、ただじっと、静寂の中で見つめあう二人。
その様子に、優次郎と瞳は顔を見合わせる。
だが、辰正たちはそんな事お構いなし、と言った様子だった。
「そういや、まだ言ってなかったな。講師就任おめでとさん」
「どうも。すんませんね、中々来れなかったもんで」
「……別に構わん。そもそも来なきゃいけないなんて義務も無いだろ」
「まぁ、そうかも知れませんね」
「下らない事気にしてる暇があったら、仕事に精を出しな」
「その為に、椎名さんの料理が必要だ……って言ったら、どうします?」
会話の最中も止まらなかった椎名の手が止まる。そんな彼女から目を離さない辰正は、ただじっと次の言葉を待つ。
「…………あり合わせでいいか」
再び訪れた沈黙を破ったのは、またも椎名だった。
「……ありがとうございます」
辰正が頭を下げれば、椎名は大きなため息を一つ吐いた。そして、さっと手洗いを済ませればバンダナをまき直し、厨房へと入っていく。
「ったく、相変わらずコミュニケーション能力のねぇ奴だよ。飯が欲しいならそう言え……今作ってやるから、少し待ってろ」
「どうも」
言うや否や、辰正も優次郎の後を追い、彼の隣へ腰かけようと歩き出す。
「瞳ちゃん、何この空気?」
「私に聞かないで下さい……先生が分からないのに、私が知るわけないでしょう?」
「だってボク鈍感だーみたいなこと言われたし」
「根に持ってるんですか?」
「そういう訳じゃ無いけどさ」
「おい、何コソコソ話してる」
「「いえ、別に」」
二人に聞こえない様、ひそひそと話をする瞳と優次郎を睨みながら、辰正は優次郎の隣へと腰かけた。その迫力に、二人は思わず背筋を伸ばす。優次郎に至っては、何故か敬語になっていた。
椎名と辰正。彼らも優次郎達が学生の頃から交流があった事は瞳も把握している。
だが、違う。あの頃とは明らかに違う。こんなぎこちない会話はしていなかった筈だ。
一体二人の間に何があったと言うのか。非常に気になる所ではあるが、今はそんな事を聞ける雰囲気でも無い事も分かっていた為、とりあえず心の奥へ押し込んだ。
とりあえず、気まずい。見てるこっちも気まずい。
誰かこの空気を打開してくれないものかと、心の中で救世主を望んでいた二人の願いは、すぐに形となって表れた。
「ごめーん瞳っち! お待たせ……あ! 優ちゃん先生にタッちゃん先生も来てたんだ! こんにちは!」
「芽衣か、お疲れ様」
「お疲れ―芽衣ちゃん! そして、ありがとう!」
「へ?」
「私からもお礼を言わせてちょうだい。芽衣、ありがとう」
「な、何の話さ」
戸惑いながら瞳の隣に座る芽衣に、瞳と優次郎は手を合わせてしまいたい位の衝動にかられた。それほど、今ここで芽衣が来てくれたことは救い以外の何物でもない。
「って、そうだった! 瞳っち、これ資料! 見ての通りだけど……どうしたもんかな?」
「そうね……代表者は四回生の本野さんだし、最後に思い出を作って欲しいとは思うけれど……」
芽衣が一枚の紙を瞳に差し出せば、瞳も気持ちを入れ替え、話に集中する事とした。
何の話をしているのかは、優次郎達にも分かる。改めて、もうそんな時期なんだなと感じながら、優次郎が資料を覗き込んだ。
「学園祭の出し物ねぇー。懐かしいなぁ、ボク等の時も、皆色々やってたっけ」
「そうだな……と言うより、それ俺たちが見てもいい資料なのか?」
「え? あぁー良いよ、二人は講師だし。むしろ意見を聞きたいくらいだもん」
言うが早いか、芽衣は資料を反転させ講師陣へ見せる。
そこには『学園祭出店・催し希望一覧』というタイトルと、店名やイベント名、それぞれの代表者の名前でびっしりと埋まっており、どこの教室で行われるかも記載されている。
「これ、承認した出し物の一覧表なんだけどね? さっきの会議でもう一件、出店をしたいって子が出てきたの」
「募集期限は今日までだったので問題ないのですが……見ての通り、教室は全て埋まってしまっていて」
「なるほどねー。それで、その代表者が四回生で最後の学園祭だから何とかしてあげたいって事かな?」
「そーいう事」
思えば自分たちが学生だった頃にも、叶がこういった事を相談してきた時があったなと、二人の脳内は同じ思い出を振り返っていた。確かあの時は、募集期限を過ぎてから泣きついてきた生徒がいて、生徒会長だった叶が承認したはいいものの今の様に空き教室が無く、一緒に考えてくれと自分たちにお願いして来たと記憶している。
いつの時代になっても、やはり生徒達はこういったイベント事にはやる気で満ち溢れるもののようだ。
夏休みが終わった今、冬休みまでの期間で羽を伸ばせるのは此処しかないのだから。
「外にテントを張るわけにはいかないのか?」
辰正の提案に、芽衣が首を横に振る。
「それも考えたんですけどね。何せ出し物が出し物なんで……」
芽衣が、もう一枚の資料を差し出す。
先ほどの会議で配布された、新たな出店候補の詳細が書かれたものだ。
そこに書かれていたのは。
「『コスプレ喫茶』?」
「はい。ここは私服校ですので、どうも制服に憧れている生徒も多いようでして」
「それ以外にも、メイド服に執事服、はたまたチャイナドレスまで用意してるんだってさ。まぁ社会人になって年を重ねちゃったら着れない様な服ばっかだし、今の内にって気持ちも分かるんだけどね」
「人員不足の問題はある様なのですが、衛生面などの基準はクリアしていますし、後は場所を用意して保健所に申請すれば大丈夫ではあるのですが……」
「なるほどな」
それだけ聞けば、二人にも十分事情は理解出来た。
コスプレ喫茶となれば、調理場にテーブルだけでなく更衣室も用意しなくてはならない。普通の出店と比べれば場所をとるし、外でテントを張るとなればそれなりの数も必要となる上に、もし雨が降ればせっかくの衣装も台無しになってしまうという事だ。
「一番広い教室は……後期からボクの講義で使ってる所だよね? あそこは……へぇー! お化け屋敷か! ボク等の時も、あそこでやってたよねー!」
「まぁ、あれも場所を取るからな」
「確か『お化け屋敷でスタートからゴールまで手をつないでいたカップルは成就する』とかって噂が流れててさ! 皆こぞって行ってたよね!」
「そういや、そうだったかも知れないな。お前も叶先輩に強引に連行されていたか」
「そうだったねー!」
突如始まった思い出話に反応を示したのは瞳だった。
たまらず、会話に割って入る。
「先生、姉さんとお化け屋敷に入ったんですか?」
「ん? うん、入ったよ! ていうか強引に入らされたって感じだったけど!」
「手をつないだんですか?」
「んーと、確か……」
「つないだんですか?」
「あれ、どうだったっけなぁ」
「つないだんですか?」
「ちょ、瞳ちゃん? どうし―――――」
「つないだんですね?」
「ひ、瞳ちゃん? どしたの? 怖いんだけど……」
どんどんとアップになっていく瞳のしかめっ面に、たまらず優次郎も背中を逸らした。一体どうしたというのかと考えてみるが、答えは見つからない。助けを求める様に芽衣と辰正を交互に見るが、芽衣はニヤニヤと楽しそうに笑い、辰正はため息を漏らすだけだった。
「お前ってやつは……」
「罪な男だねー、優ちゃん先生」
「???」
さっぱり分からない。と言うより、この男は告白までされたのに何故これで気付かないのか。水瀬優次郎と言う男の謎は、更に深まるばかりだった。
「と、とりあえず話戻そうよ! えーっと、コスプレ喫茶の場所の話だったよね?」
慌てた様子で話を切り替えれば、瞳も渋々引っ込んでいく。
「……そう言えば、俺らの時代にもこんな店があったな」
辰正がぽろっと零せば、今度は芽衣が反応し、辰正に顔を寄せる。
「タッちゃん先生! それ本当ですか!?」
「あぁ。叶先輩や玲央先輩も手伝っていたから、行った覚えがある」
「あーあったね! 確か叶さんがメイド服で、玲央先輩は執事だったっけ?」
「そうだったな。二人と話していれば、男女関係なく睨んでくるもんだから居心地は悪かったが」
(姉さんがメイド服……確かに、今の年齢では着ないわよね)
最も、そういった職に就いているなら話は別だが。
そんな事を呑気に考えている瞳を余所に、芽衣が再び口を開いた。
「それ、どこでやってたか覚えてますか!?」
「えーっと、確か…………」
優次郎が言おうとした時だった。
「だいぶ話は進んでるみたいだな。ほら、篠田。お前の晩飯」
「……どうも」
椎名も調理を終え、辰正に食事を差し出す。
おかれていたのは―――――――コロッケだった。
辰正はそれをしばし見つめた後、椎名へ視線を移す。
「これ、南瓜のコロッケですか」
「あぁ。秋が旬なもんでな」
「これ、俺の好物なんです。ありがとうございます」
「……そうだったかもな。忘れてたよ、んな昔に聞いたことは。ほら、冷めないうちに食え」
「その前に――――――椎名さん」
「あん?」
「俺たちが学生だった頃の学園祭、ここで喫茶店やってたの覚えてますか」
「そういや、そんな事やってたな。それがどうした―――――――なんだお前ら、揃いも揃って」
椎名がテーブルへ視線を向ければ、四人全員が食い入る様に椎名を見つめていた。何となく心地悪く感じ、思わず顔を顰める。
「これだぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」
沈黙を打ち砕く芽衣の絶叫に、椎名は困惑の表情を浮かべるだけだった。
今回もありがとうございました!
まだまだ大雪が続きます。昨年末に立ち往生中の車の中で一酸化炭素中毒で亡くなった方もおいでましたね……今回も22時間の立ち往生があったみたいですが、ああいった悲惨な事故が起こらない事を祈るばかりです。
そんな感じで百一話です。
此処から日常回。第七章は学園祭前と学園祭当日で、大きく二つの分かれる形で進める予定ですので、多分今までで一番長いですし、それだけに書き進めるのも楽しみです。皆様にも楽しんで頂けるよう、努力してまいります。
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




