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灰色の世界  作者: ken
第七章
100/140

第九十九話 =それぞれの未来へ向けて=

第九十九話です。よろしくお願いいたします。


 始業式から、早いもので一月が経過した。

 当初は休み明けでふわふわとしていた学生たちも、すっかり学生としての生活スタイルに戻っており、後期の履修登録を終え、各々学びの時間を謳歌している。

 そして前期と変わらず、火曜日三講義目にあたるこの時間は、とある教室で水瀬優次郎による講義が行われていた。

 カツカツと黒板にチョークを当て、彼が独自に解読した魔術の構成物質を書き込んでいく。

 生徒達が、それを真剣な眼差しで見つめている風景も、以前と変わらない。約半年間をかけ、ようやく生徒達の日常に溶け込み始めた優次郎の講義風景だ―――――ただ一つを除いては。

 カツン、と最後の一文字を書き終えた優次郎は、自身が書き連ねた図式を一瞥した後「……よし」と小さく呟いて振り返った。


「お待たせ! これが転移魔術を行使した時の魔力の動きを解読した図式だけど……後ろの人、ちゃんと見えてる?」


 最後列に座る生徒が手を挙げたのを見て、優次郎は胸を撫でおろした。

 優次郎の講義における、ただ一つの変化。それは『受講者数の増加』である。

 前期は四十名程度の生徒が受講していたが、後期に入り名簿を受け取ってみれば七十名程にまで増えていると知り、優次郎も思わず学生課職員に間違いでは無いか確認した程だ。

 だが、何度確認しても返答は同じ。「間違いはありません」の一言だけにとどまった。

 一年を通した講義の場合、受講者数は新たに募らない筈なのだが……何でも「水瀬先生の講義を受けたいから、単位は貰えなくても良いから受講させて下さい」と言ったような希望を伝えに来た生徒が山の様にいたらしく、叶に判断を仰いだ結果こうなったそうだ。増加に伴い、前期より収容人数の多い教室へ移動となっており、今しがた最後列の生徒に確認したのもそれが理由だ。

 ちなみに優次郎は、叶からこの件について全く聞いてはいない。先月の初講義の後、叶にそれを問いただしてみれば、


「あら、言ってなかったかしら? 色々と立て込んでたから忘れてたわ、ごめんなさいね」


 何て言われたが、あの笑顔は絶対に嘘だと。わざとやったんだと確信した。

 おそらく、今まで叶を振り回して来た事に対するささやかな反撃と言ったところだろう。


(叶さんの方が、ボクよりよっぽど人が悪いよなぁ)


 内心呆れながらも、今は講義に集中するべき時間だ。

 チョークを置き、手を払いながら優次郎は口を開く。


「今説明した通りで、転移魔術って言うのは『空間と空間を繋ぐ魔術』って事だね。『空間を超越・・する(・・)魔術』だって思ってる人が多いんだけど、実際にこうして紐解いてみれば、それが間違いだって事は分かると思う」


 トントンと黒板を軽く叩きながら話す優次郎の言葉に耳を傾けながら、生徒達は板書を続ける。


「実技に関しては他の講義でやったかも知れないけど、その時の先生も『目的地の座標をしっかり把握するように』みたいな事言わなかったかな?

 それは何でかって言うと、その場所をしっかり把握していないと目的地があやふやになって、魔術も正常に作動しなくなるからだよ。そうなれば最悪、転移魔術が暴発して全く知らない土地に流れ着いちゃう事もあるんだ。観光雑誌なんかに必ず座標が掲示されているのも、それが理由だね。

 毎年行方不明者が数万人単位で出ているけど、その一部はこうした転移魔術行使中の事故によるものだし」


「すみませーん、質問いいですかー?」


「あ、はーい! どうぞー!」


 最後尾付近の生徒が叫ぶように言えば、優次郎も同じく叫ぶように返す。

 生徒数の増加や教室の拡大は結構だが、こういった所は些か不便だなと一人感じた。多分、生徒達も感じているんじゃないかと思うが。


「前に転移魔術の実技試験受けたことあるんですけど、その時の先生が『座標が書いてあっても、知らない土地に行く時は自分では絶対にしないで、親に転移魔術を敷いてもらう様に』って言われたんですけど、何でですかー?」


「あー、なるほどね! きっと事故防止の為じゃないかな? この図式で言うと……あぁ、ここだね。この行程での魔力の動きが少し複雑でさ、ここが一番事故が起きやすい所なんだ。キミ達はまだ学生で、魔力も完全に体に馴染んでるわけじゃないからさ。暴発事故も起きやすいんだよね。

 友達の家ぐらいなら良いけど、遠方だったり行った事のない土地に行くにはリスクがあるし、ボクもその先生に賛成だね。転移魔術だけじゃ無いけど、魔力の未発達が原因で起きる事故を無くす為に魔術学院は成人ギリギリまで在籍できるような仕組みになった訳だから」


「ありがとうございまーす」


 納得のいく答えが言えた様でよかったと、優次郎もニコリと笑った。


「まぁ『空間』と、それから『時間』に直接干渉するような魔術って言うのは、多くある魔術の中でもトップクラスに複雑だし、事故も多いからね。前期にやった『結界魔術』も厳密に言えば空間に干渉する魔術だから、実は難しいんだよ? 行使する事に関しては特に法律上の制約なんて無いけど、十分注意した方が良いと思うな。むやみやたらに使うのもオススメしないよ」


 言い終えて、優次郎は教卓の懐中時計に目をやる。


「さて、今日の講義はここまでだね。次回の講義だけど―――――『先天性魔術』について話をしようと思ってる」


 先天性魔術。

 その言葉に、生徒達がざわつくのが分かった。

 生まれ持った才能とも言えるその魔術は、未だ殆ど解明されていない。是非、優次郎の口から説明を聞きたいものだと思っていた生徒が多くいたからだ。

 まさか本当に講義でやってくれるとは、と。生徒達も興奮している様だ。


「まーでも、まだまだ謎も多い分野だからね。ボクが知ってる事や推察してる事は教えるけど、あんまり期待しないでね。ハードル上げられても越えられる自信無いからさ」


 アハハ……と苦笑する優次郎に、生徒達も笑った。

 それでも十分、と言うように。


「あ。そう言えば……『学園祭』って、確か来週の日曜日だったよね? 出し物をする人なんかは大変だと思うけど、あんまり根詰めすぎて体調崩さない様にしなよ! 

 来週はその準備期間にあてるみたいだから、講義はお休みするから。じゃあ、また再来週ね」


 言うと同時に、チャイムが鳴る。

 各々板書を続けたり帰り支度をする中、優次郎も名簿を畳み研究室へ戻ろうとした時だ。


「先生、お疲れ様です。今日もありがとうございました」


「ん? あぁ。お疲れさま、瞳ちゃん!」


 古馴染であり同居人、そしてつい先月告白されたばかりの少女、綾瀬川瞳が横に立っていた。


「どしたの? 何か分からない所あった?」


「いえ、そうでは無く……今日は帰りが遅くなるので、その報告に来ました」


「え? ……あぁ、今日は『検診』の日か!」


 ポン! と優次郎が手を打てば、瞳は一つ頷いた。

 

「そっかー! じゃあ、また七時くらいかな?」


「はい、おそらく。姉さんには伝えているので、食事は先に食べていてください」


「うん、分かったよ! 頑張ってね、相当辛いんでしょ?」


 優次郎の言う通り、魔力障がいの抑制はかなりの苦しみを伴う。優次郎には想像だに出来ない程の苦しみだろうが、玲央から聞いた限りでは、並みの人間なら卒倒してしまう程のものらしい。

 だが、瞳は穏やかに笑ってみせる。


「辛くない、と言えばうそになりますが……大丈夫です。黒岩先生も澄田先生も、全力で私の身体と向き合ってくれていますし、肝心の私だけ逃げるわけには行きません。後は、前に伝えた通りです」


「……そっか!」


 安心した様に、優次郎は笑った。


「なら、叶さんと待ってるから頑張ってね!」


「ありがとうございます。では……行ってきます」


「うん、いってらっしゃい!」


 一つ頭を下げ、瞳は教室を出ていった。

 その後ろ姿を頼もしそうに見つめた後、今度こそ自分も戻ろうと歩を進めるが……此処でまた一つ、優次郎を呼び止める声が背中を撫でた。


「あの、水瀬先生……」


「ん? 何かな……あ、ひよりちゃん! お疲れ様!」


 声の主へと振り返り、ニコリと笑ってそう言えば、その少女は「ど、どうも……」と頭を下げた。

 彼女の事は、当然優次郎も把握している。前期から優次郎の講義を受けており、名は中西なかにしひよりと言う。毎回講義が終わると優次郎の元を訪れ、質問をくれているのが彼女だ。鋭い質問をしてくれているし、優次郎にとっては印象深い生徒だ。


「ひよりちゃんの書いてくれたレポート、返す時にも言ったけどさ! 本当にすごい良かったよ! 面白い事書いてくれてあったし、ボクも講義してる人間として嬉しいよ!」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます……」


 オドオドしながらも、嬉しそうに頭を下げるひよりに、優次郎も再び笑う。小動物の様な子だ。以前の……優次郎の最初の生徒を思い出すような……そんな、可愛らしい生徒だなと思う。


「それで、どうしたの? 今日はどんな質問かな?」


「あ、いえ! 今日は質問じゃ無いんです……」


「? じゃあ何?」


 一体何の用事だろうかと首を傾げる優次郎。


「えっと、その……このまま、研究室までついて行っても構いませんか? 出来れば、あまり他の人に聞かれたくなくて……」 


「あ、そうなの? そういう事なら、全然いいよ! 別に予定も無いし!」


「あ、ありがとうございます! お願いします!」


「うん! じゃあ、さっそく行こっか! えっと、そうだなぁ。今日は……よし!」


 何かを逡巡した後、優次郎は一人の男子生徒を見つめ、叫んだ。


「おーい! 和也くーん!」


「げっ……何?」


「その反応は、もう分かってるよね! 今日の黒板消しよろしくー!」


「はぁ……だって、会長」


「何で私なんだよ! 頼まれたの辻上君でしょ!?」


「いや、あの黒板だよ? 前期の倍くらいあるよ? あれ一人で消せっての?」


「知らないよそんな事! 私この後学園祭の話し合いあるし、辻上君ほど暇じゃないんだけど!」


「はぁ……?」


「ちょっと! 何その『うわーコイツ本気で言ってんのかな? だとしたら引くわー』みたいなリアクション!」


「同文で」


「面倒だって感じで手を抜くなー‼」


 今日も今日とて始まった言い争いに、優次郎はケタケタと笑ってみせた。ひよりもまた、クスクスと遠慮気味に笑っている。


「じゃあそんな訳で! よろしく和也君! それと芽衣ちゃんも!」


「何かしれっと私足されてるし!?」


「これでもう揉める必要ないでしょ? じゃあね! 行こ、ひよりちゃん!」


「あ、はい!」


 そう言って、優次郎はスタスタと退室してしまった。


「あーもう! 辻上君のせいだからね!」


「人のせいにするなって、いつぞや俺に言ったの誰だったかなー」


「時と場所ってもんがあるでしょうがぁぁぁぁぁ‼‼」


 ひよりもまた、校内名物と化した漫才けんかを背に、優次郎の後を追うのだった。


















 と言うわけで、優次郎の研究室に到着した二人。


「適当に座って! なんか飲む?」


「あっいえ、お気遣い無く。ありがとうございます」


 慌ただしく両手を振るひよりに「そっか!」と返せば、優次郎はちょうど彼女の正面になる位置へと腰かけた。


「それで、話って何かな?」


 これが本題。思えば、彼女が質問以外で自分に用事なんて珍しい。一体何の用だろうかと、内心ワクワクしていた。

 だが、飛び出して来たのは意外な言葉。


「その……実は、従姉妹いとこのお姉ちゃんから、先生に話をする様に言われてて……」


「え、従姉妹? ひよりちゃんの?」


 優次郎は目を丸くした。


「はい……お姉ちゃんが、水瀬先生なら私の夢を応援してくれると思うから、一度話を聞きに行けって言ってて……」


「……どゆこと?」


 さっぱり意味が分からない。そんな様子の優次郎に、ひよりも戸惑っている様子だった。


「あの、その……てっきり、お姉ちゃんから聞いてると思ったんですけど……」


「聞いてるって、何を? てか、ボク会った事あるっけ?」


 一応記憶を掘り起こしてみるが、皆目見当がつかない。

 ひよりも聞いていた話と違うのか、頭の上に?マークが浮かんで見えた。


「あ、あれ? お姉ちゃん、先生に何も言ってないんですか? つい先月先生に会って、私の事をよろしく頼んでおいたからって言ってたんですけど……」


 そこまで言われて、ようやくピンときた。


『あの子の事、これからもよろしくね♪』


 そう言えば、あの日そんな事を言われた気がする。


「あー……もしかして、ひよりちゃんの従姉妹って紗友里ちゃんの事かな?」


「あ、はい! 紀藤紗友里です!」


 思わず溜息が漏れだした。


「紗友里ちゃんも、なぁーんでひよりちゃんの名前出さないかなぁ」


「え、お姉ちゃん私の事言わなかったんですか!?」


「あーうん、『あの子の事よろしく』って言われただけで、あの子って誰なのか聞く前に行っちゃったからさ。今、やっと理解出来たよ」


「その……従姉妹がすみません……」


 申し訳なさそうに頭を下げるひよりを、優次郎が慌てて制止した。


「ひよりちゃんが謝る事じゃないよ! 知ってると思うけど、あの人が自由奔放なのは今に始まった事じゃないんだしさ! ボクも慣れてるから、気にしなくていいよ!」


「はい……」


 ひよりが頭を上げた事で、ようやく優次郎も安堵する事が出来た。


「まぁ何て言うか……ひよりちゃんも大変だね」


「あ、あはは……私も慣れていますので……」


 この子も苦労してるんだなと、心の中で同情した。


(今度紗友里ちゃんに会ったら、絶対文句言ってやろ)


 先日の雄清から届いた通信では、確か今回の件で紗友里とシエルが動いていると聞いた。会うのもそう遠くない未来だろうからと、優次郎は一人誓いを立てるのだった。


「まぁ、紗友里ちゃんの事はいいや。それで? ひよりちゃんの夢って何?」


「あ、えと…その……」


 今度こそ本題に入ろうと優次郎が口を開けば、ひよりは目を泳がせ、手を遊ばせた。

 どうやらその夢は、他人には言いづらいものらしい。自分は人の夢を聞いて笑ったり馬鹿にしたりする人間では無いと自負しているが、全ての人間がそうである訳がない。推測でしかないが、ひよりも夢に対して色々と言われてきたのかもしれない。いつもオドオドして自信が無さそうなのも、もしかしたらそんな過去に起因するのだろうかと、一人脳を動かした。

 ならば、講師である自分がやる事はただ一つ。


「ひよりちゃん」


「は、はい―――――え?」


 ビクンと身体を震わせた後、ひよりは思わずそんな声を漏らす。

 優次郎が、右手で彼女の頭を優しく撫でている事が原因だと理解するのに、そう時間はかからなかった。

 結界魔術の講義の後で質問をした時も、こうやって頭を撫でられたと記憶しているが、その時とは違う心地よい温もりと、まるで兄の様な優しい笑顔に、思わずひよりも見とれてしまった。


「大丈夫だよ、ひよりちゃん。ボクはひよりちゃんの夢を笑わないし、バカにもしない。どこまで出来るかは分からないけど、出来る範囲でなら相談にも乗るし、協力するって約束するよ」


「ほ、本当……ですか?」


 やはり、自分の推測は正しかった様だ。

 そう思えば、今度はニコリと、少年の様に笑う。


「うん! こう見えても、今のボクは講師なんだからさ! 生徒の夢を笑うなんてするわけないでしょ? だから、もう一度言うけど大丈夫! ボクはひよりちゃんの味方だよ!」


 やっと、ひよりにも笑顔が舞い降りた。

 この子がこうやって満面の笑顔を咲かせているのは初めて見た気がするが、優しく美しい笑顔だと感じながら、優次郎は手を離した。


「水瀬先生、ありがとうございます」


「どういたしまして! ほら、言ってごらん? ひよりちゃんの夢って、何?」


 再び問えば、ひよりもまっすぐ優次郎を見つめる。

 本当に、この人なら自分の夢を笑わずに応援してくれるという、不思議な自信を感じながら。


「実は、私――――――――」





 五分程だろうか。ひよりの夢を聞いた優次郎は、ただじっと彼女を見つめていた。


「――――――あの、先生……ど、どうでしょうか?」


「ひよりちゃん」


「は、ひゃい!」

 

 何とも可愛らしい声が漏れ出せば、優次郎も吹き出してしまう。

 そして、告げる。

 いつもの優次郎らしく、素直な、嘘偽りない言葉を。



「すっごく素敵な夢じゃんか!」



「ほ、本当ですか……!?」


「うん! 確かに一般的にはあまり認められてない様な職業かもしれないけどさ」


「そ、そうですよね……」


「でも、ボクはすごく良いと思う! ひよりちゃんが夢を叶える事で、きっと色んな人が助けられると思うからさ! だから、そのまま追いかけ続けたらいいんじゃないかな? さっきも言った通り、ボクも出来る事は協力するよ」


「あ……ありがとうございます!」


 ひよりは勢いよく、そして深々と頭を下げた。優次郎はニコリと笑い、彼女を見つめていた。


(先生に相談してよかった……ありがとう、お姉ちゃん)


 心の中で従姉妹への感謝を抱きつつ、ひよりは頭を上げ、そのキラキラと眩しい程の笑顔にしばらく浸っていた。

今回もありがとうございました!

私の家は石川県なのですが、こちらは現在腰まで埋まってしまいそうな大雪です……仕事休みで良かったー! 皆様も運転などなさる時はお気を付けください。雪道は本当に危険ですので。


そんな感じで、九十九話です。

思えばひよりちゃん、一章から登場していたものの名前出てなかったなと、書いてる途中で思い出しました(汗)。

改めて、彼女は中西ひよりちゃんと言います。今後ともよろしくお願いいたします


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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