【本編・完結】:ただひとつの心、ただひとつの光
エスタロッサは捜し続けた。どんな小さな手がかりも決して見落とさず、リュシールの影がわずかでも差した場所を、血を吐くような思いで泥を舐めるように歩き回った。
どれほど足を痛めようとも、風雪に肌を晒そうとも、旅路の果てに待つ旅情が挫けることはなかった。
旅立ちから、三年もの歳月が流れた頃。
傷だらけの足をひきずり、エスタロッサは国境の森深くにひっそりと佇む古びた教会へと足を踏み入れた。
静謐な聖堂の奥。そこには、年老いたひとりの神父が神像に向かって静かに祈りを捧げていた。
枯れ木のように細い背中。またしてもここも違ったかと諦め、踵を返そうとしたその瞬間――。
ふっと、かすかな風が吹き抜けた。
風に乗って鼻腔をくすぐったのは、かつてエスタロッサの運命を狂わせ、記憶の底で咲き続けていた、あのあでやかな白薔薇の香り。
エスタロッサは息を呑み、勢いよく振り返った。目にも止まらぬ足取りで神父へと迫る。
「ここに、リュシールという名の……サファイアの瞳を持った美青年はいなかったか!?」
神父の肩が小さく跳ねた。だが、老人は顔を伏せたまま、力なく首を横に振るばかり。
「……知りませぬ。そのようなお方は、ここには……」
しかし、匂う。間違いなく、彼から溢れ出しているのはリュシールの気配だった。
エスタロッサは逃がさぬようにじっと神父の顔を覗き込む。深く深く刻まれた深いシワ。その奥で揺れる瞳――それは、幾夜の夢で追い続けた、透き通るサファイアの輝きそのものだった。
「……リュシール?」
静かに名を呼んだ瞬間、老人は血の気を引き、弾かれたように背を向けて逃げ出そうとした。
エスタロッサはとっさにその手を掴み、強く己の胸へと引き寄せる。
引き寄せられた老人の顔からは、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちていた。
言葉など、もう要らなかった。エスタロッサの胸に、確信と歓喜が雪崩のように押し寄せる。
「見つけた……俺のリュシール」
そう呟き、溢れ出す愛おしさに任せて強く抱きしめた。
だが、リュシールは腕の中で激しくもがき、必死に顔を覆い隠そうとする。
「違います! 人違いです……! 私はただの、みすぼらしい年老いた神父に過ぎません……!」
「間違えるはずがない。どんな姿になろうと、お前こそが俺の愛するリュシールだ」
拒絶の言葉を優しく打ち消すエスタロッサの強い眼差しに、ついにリュシールは観念したように力を抜き、嗚咽を漏らした。
「……だとしても、見てください。私はこんなにも老い衰え、醜くなってしまった。……お願いです、私など捨て置いて、どうかあたたかなご家族のもとへお戻りください……」
自分を赦せない悲痛な叫び。
エスタロッサは何も言わず、彼の目元から零れ落ちる涙を、自らの唇でそっと拭った。
そして、戸惑うサファイアの瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに、けれど揺るぎない声で告げた。
「姿形など、何の関係もない。……お前こそが、俺の心なのだから」
言葉とともに、重ね合わされる二つの唇。
出会ったときの呪いを解くキスでも、別れの記憶を奪うキスでもない。すべてを受け入れ、魂の深みで結ばれた――真実の愛の口づけ。
その瞬間、重ね合わされた唇から溢れ出た眩い光が、二人を優しく包み込んだ。
「自分を奪い、偽る呪縛」から解き放たれるように、老いた皮膚が滑らかな若さを取り戻していく。白髪は眩しい金の髪へと変わり、瞬く間に、世界で最も美しい青年の姿がそこへと蘇った。
奇跡の光が収まったあと、二人は溢れる涙を拭い合い、幾度も微笑み合った。
その後、二人がどこへ去ったのかを知る者は誰もいない。人里離れた深い森の奥、静かな木漏れ日の中で、彼らは誰にも邪魔されることなく、穏やかで幸せな時間を重ねていった。
風の噂によれば、王都に残された元聖女フローネは、かつて共に戦ったパーティーの剣士と結ばれ、愛する娘エリスと共に穏やかな幸福を育んでいるという。
白薔薇の花弁が舞う世界で、誰もがそれぞれの光を見つけ、物語は静かに幕を下ろした。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
今回は短編として二人の運命を描いてみましたが、もし皆様からの評判や反響が良ければ、【二人が森の奥で暮らす甘い後日談】や【すれ違いの旅路の詳細】などを盛り込んだ長編化も考えています!
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