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布留山の神鳴り

 大和の夜は、生き物の気配をすべて吸い尽くすほどに深い。


 布留山(ふるやま)の広大な杉林に囲まれた石上神宮(いそのかみじんぐう)。その最も奥深く、朝廷の武威の象徴たる神剣『布都御魂(ふつのみたま)』が眠る神庫(ほこら)の前に、影が三つ、滑り込んだ。


 大陸の異形の仮面をつけた、不気味な賊たちである。彼らは声もなく、神庫の頑丈な禁足の扉に、呪符の貼られた大斧をかけようとした。


「——本当に、十六夜の三更(午前十二時)、人数は三名。姉上の眼(まなこ)からは、神様だって隠れおおせないらしいな」


 闇を裂いて響いたのは、まだ少年の鈴鳴りを残した、あまりにも若々しく不敵な声だった。


 賊が驚愕に息を呑み、振り返る。


 杉の巨木の影から歩み出たのは、十五歳ほどの少年だった。夜目に映える白い衣を緩くまとい、腰には一振りの大刀を帯びている。名を、五十狭芹彦(ひこいさせりひこ)。のちに西国を震撼させる、若き日の英雄の姿がそこにあった。


「何者だ、ガキが……!」


「大和の皇子だよ。名前が長くて覚えにくいだろうから、死に土産に『モモ』とでも覚えていくといい」


 モモが不敵に笑うと同時に、その後方から、地響きのような足音が響いた。


――ズゥゥゥンッ! ドス、ドス、ドスッ!!


 神宮の警護官であり、朝廷きっての巨漢である犬飼健(いぬかいたける)が、身の丈ほどもある木製の重盾(しげたて)を構えて突進してきたのだ。


ガガガガァンッ!!!


 行く手を阻もうとした賊の一人を、イヌはその圧倒的な質量を誇る盾の壁ごと、容赦なく撥ね飛ばす。


「皇子、お戯れが過ぎます! ですが……百襲(ももそ)の姫様の神託、一分一厘の狂いもございませなんだな!」


ガキィン!


 イヌの掲げた盾が、賊の一人が放った弩弓の矢を弾き返す。


「だろう? 姉上の予知を疑うやつは、この大和には一人もいないさ。——さあ、神様の宝物に触れた罰だ。おねんねしな」


 モモの手が、柄にかかる。

 次の瞬間、布留山の闇に、一条の白銀の閃光が奔った。



 *



 その頃。神宮から遥か離れた庵の中で、一人の少女が、激しい過呼吸と共に跳ね起きていた。

 倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)——のちに諸国から『卑弥呼』と畏怖される、モモの姉であった。


 彼女の瞳には、まだ視覚が戻っていない。ただ、脳裏に焼き付いた『未来』の残像が、彼女の身体を恐怖で震わせていた。

 トトは己の胸を強く掻きむしり、暗闇に向かって、声を枯らして叫んだ。


「ダメ……! モモ、戦ってはダメ……! 今夜の勝利が、あなたを西の奈落へ、あの恐ろしい鬼(温羅(うら))の待つ吉備へと引きずり込んでしまう……!」


 だが、大巫女の悲痛な叫びは、夜の静寂に虚しく溶けるだけだった。

 東の空が、不穏な赤色を帯びて、ゆっくりと明けようとしていた。

ご覧いただきありがとうございます。

本作は「桃太郎」と「邪馬台国」の歴史のミッシングリンクを繋ぐ、和風大河ファンタジーです。


次話(第2話)は、このあとすぐ【7時10分】に投稿されます。すぐ下の「次へ」ボタンからお進みいただけます!

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