08.やるしかない
アスタークの言葉を噛み締めるように、セスティアは聞いていた。
「お前がこうして無事でいるのも、何かのめぐり合わせだろう。責任重大な役目を突然押し付けられた気になるだろうが、その剣をふるってほしい」
「……」
これって、子どもの頃に読んだ英雄譚みたいじゃないの。で、その主役があたしなの?
だけど、物語と違って、途中部分がものすごく省略されてない? 魔王を討伐するために、仲間を集めて冒険してってシーンなんかがないじゃない。剣があって、それを扱えるのがあたしだけ。だから魔王を倒して来い、なんて……ありなの?
だけど、このままでは逃げるばかり。ううん、逃げても魔王やその手下は迫って来る。あたしを消し、他の人を一人残らず消すために。人間が逃げるところを、じっくりと見物しながら。
あたしはもちろん、ケイジェスもディストも父さんも……あたしが知ってる人はみんな。
それに、母さんの墓だって、跡形もなく消される。一度に家や畑を焼き尽くす力があるんだもの。村を焼いたのは手下だけど、手下があれだけできるってことは、魔王はもっと力があるはず。
そして、人間が全滅した頃には、地上に残るのは炭くらいのもの。
だけど……あたしにはそれを止める力がある。この剣であたしが、あたしができるなら。
やるしかないじゃない。
怖いし、本音を言えばやりたくない。どうしてそんな役があたしに回ってくるのって、確かに押し付けられたような気にはなるけど。
ケイジェスがあんなことになって、悔しいし悲しいし……絶対に許せない。
世界の人を救う? そんな偉いものじゃない。あたしはあたしのために、自分の大切な人を守りたい、という自分の気持ちのために、やるんだ。
セスティアはぐっと剣の柄を握りしめ、顔を上げて王をしっかり見た。
「やります。あたしの意思で、ザインカーデからあたし達の世界を守ります」
☆☆☆
セスティアは馬をすっ飛ばしていた。もっとも、手綱を握っているのはディストだ。
来る時と同じようにして、セスティアはディストの後ろに乗り、ケイジェスや父シストのいる教会へ行く途中である。
本当なら、ザインカーデを討つべく、オーウェルマへ発つ準備をするべきなのだが……。
ケイジェスの様子がどうしても気になり、王に許可を得てからこうやって向かっているのだ。
キアノーチェスの南端、小高い丘に建てられた教会。こういう緊急事態が起こった時の、避難所兼病院だ。
そういった事態になった時は中にあるイスや机を動かし、少しでも人が大勢入れるようにする。
ベッドのようなぜいたくはできないので、普段は物置にしまってあるシーツなどを引っ張り出してきて、病人やケガ人が出た時にはそれを床に敷く。
セスが教会に着いて中へ入ると、思ったより多くのシーツが敷かれていた。予想していたより、ケガ人が多いようだ。
ほとんどの人は、ウィース山へ避難していると思っていた。ここにいるのは、ツェルマのように自力で動けなかったり、長く移動できない人が大半のはずだ、と。
セスティアは、ここにいる人々のほとんどがやけどをしていることに気付いた。さっきの火事が原因なのだ。
あの兵士達による、脅しのような火事。
セスティアはケイジェスの傷と兵士に意識が集中していたので、焼け跡などはしっかりと見ていない。
村の一部が焼けていたように思えたが、それでも思いもよらない突発の火事。焼ける瞬間は見ていないが、逃げ遅れた人がいたのだろう、とは推測できる。
それでも、あの時点ですでに避難命令は出ていて、村の人達は移動を始めていた。だから、これでもまだ少なく済んだ方なのかも知れない。
他の村や街の医者が集まって、それぞれ治療をしている。
一カ所に人が集まっていたら狙われそうなものだが、アスタークの話では、ザインカーデは人間が自滅するのを見たがっている。
つまり、あの一度の脅しで、後は人間が疑心暗鬼になるのを待っているのだ。ここを狙うとすれば、魔物ではなくよその国の人間、ということになるのだろう。
そんな早まった人間が現れないうちに、セスティアが何とかしなければならないのだ。
しかし、その前に。ケイジェスの様子をどうしても見ておきたい。
セスティアは教会内を見渡し、ケイジェスの姿を捜した。
「ケイジェス!」
セスティアは、一番奥で横たわっているケイジェスを見付けた。彼のそばには、シストやユーバスがいる。
急いでセスティアは、そちらへ駆け寄った。
教会の中は、春に近付く季節の太陽の光が差し込んでいて、明るく暖かい。しかし、その光に照らされるケイジェスの顔は、真っ青だった。
血の気がない。息は荒く、見るからに苦しそうだ。上半身は包帯で巻かれているが、あの兵士に斬られた傷の辺りには多量の血がにじんでいる。
「父さん、どうなの? ケイジェスの様子は……」
どう見ても、よいとは言えない。シストの顔も暗い気がする。
「父さん!」
セスティアはいらいらして、つい大声を出す。それから「ここは今、病院になっている」ということを思い出し、声のトーンを落として尋ねた。
「どうなの。ケイジェスの具合はどうなの」
「よくない」
シストは、つらそうに答える。それを聞いたセスティアは、自分の顔から血が引いていくのがはっきりわかった。
「ど、どうよくないの。何が……」
普通にしていようと思っても、声がかすかに震えている。
「麻酔が全く効かない。痛み止めも、効いてないようだ。本当なら、もう少し身体が楽になって休めるはずなんだが……。痛みのせいで、眠れていないんだ、ケイジェスは。あれからずっと、この調子でいる。このままだと、体力が消耗する一方だ」
「この血は……何?」
太刀傷の部分を差す。
セスティアが応急処置をした時も、出血がひどかった。何針か縫う傷のはずだ。縫ったとして、包帯にこれだけ血がにじんでくるのはおかしい。まるで、応急手当のまま、のような。
セスティアにそのことを言われ、シストは重々しい表情になる。
「十二針縫ったんだが……」
語尾が小さくなるので、セスティアはまたいらいらしてくる。
「それでどうしたの」
「糸が切れた」
「え?」
父親の言葉を、セスティアはよく理解できなかった。それでも、何だか恐ろしいことを聞いたような気になる。
縫合するための糸は、そんな簡単に切れるものだっただろうか。
「傷口が開いたままなんだ」
セスティアは、背筋がぞくっとした。
つまり、あの傷は治療されないまま。本当に、応急手当をしただけの状態なのだ。血が流れないよう、押さえている程度。
あんな大きな傷が、人間の治癒能力で追い付くはずがない。あの時からずっと、ケイジェスは放っておかれたも同じだ。
「他のケガは……肋骨が三本折れていたが、それは固定したし、小さなすり傷は薬を付けた。だが、この傷は……私にはもう手のほどこしようがない」
麻酔も効かず、傷を縫い合わせることもできない。他にどうする術もないのだ。
「魔物に切られたから……か」
そうとしか考えられない。骨折や他の傷は、恐らく壁に激突した時のもの。だから、治療ができた。
しかし、魔物に切られた傷は、人間の力では治すことができないのだ。
「あいつら……死んでも苦しめるつもりなの……」
自分が消滅させた、三人の兵士。その姿をした魔物を思い出して、セスティアは怒りに震えた。
自分達が消滅させられる、とはまさか思っていなかったろう。恐らく、人間が苦しんで死ぬさまを見物する気でいたのだ。
陰険なザインカーデの手下なのだから、それくらいのことはするだろう。
「ちっくしょおっ」
セスティアは床を叩いた。それくらいでおさまる怒りではないが、怒っているだけでは何も解決しない。
「セ……ス……?」
ケイジェスが、うっすらと目を開けた。それに気付いたセスティアは、素早くケイジェスの顔に自分の顔を近付ける。
「ここにいるよ。帰って来た。ちゃんと王の話も聞いて来たからね。安心して」
言いながら、セスティアは汗の浮かんでいるケイジェスの額や頬をなでた。





