07.命令ではなく
「お前達の祖父ロヴェストは、素晴らしい剣を遺してくれたな」
アスタークの口から祖父の名前まであっさり出たが、セスティアはもう驚くことに疲れた。
それにしても、まさか祖父が魔物を斬れる剣を造っていたとは。たまに名剣と呼ばれる剣を造っていた、とは聞いていた。
だとしても、ここまでとんでもない名剣が遺っていたなんて、予想外すぎる話だ。
この剣は、二度もシストによって処分されるところだった。
それを、母が「義父の形見だから」と言ってくれなければ。セスティアが「万が一のために」と説得しなければ。
人々は何の手立てもなく、魔王のたわむれに翻弄され、されるがままに滅亡の一途をたどることに……なっていたかも知れない。
こうなると、剣の「処分させるな」という意思が働き、セスティア達を動かしていたのでは、なんてことまで考えてしまう。
「でも……本当にこれで、魔王を斬ることができるんですか?」
昨日、この剣の刃を見た。美しく輝いていたが、これという特殊な感覚は感じ取れなかった。
セスティアにとっては、細長い刃物。さっき、ディストは重そうにしていたが、やはりセスティアには軽くて扱いやすそうな刃物、という感覚しかない。
「もう手下を斬ったではないか。確実に、その剣は力を発揮している」
セスティアはあの時、この剣で魔物を斬った。つまり、王の言葉は正しい。
と、言うことは、さっきから王が話していることも正しい訳で、剣がセスティアを選んだ、というのも正しいのだろう。
つまり……セスティアが魔王と戦うことも、セスティアにしか相手ができない、ということも……。
今更ながらに考えてみれば、あの兵士達を斬ろうとした時、セスティアはまるでためらわなかった。
戦場でもないのに相手を殺せば、それは人殺し。敵を討つ、という言い訳はできない。
それなのに、セスティアは剣を振りかぶった。あれは、剣が相手を魔物と認識し、消滅させるためにセスティアを動かした、ということだろうか。
そうとでも考えなければ、いくらケイジェスを傷付けられたとは言え、自分がなぜあんな行動をしたのか、今ではセスティア自身にもわからない。
「だけど……本当にあたしにできるんでしょうか。それに、なぜあたしなんですか。魔王を退けた人が先祖にいたとしても、その子孫はあたしだけじゃなく、弟だっています。年齢はともかく、父だって子孫には変わりない訳で」
子どもの時ならともかく、日々訓練に励んでいる今の弟と剣を交えても、セスティアに勝ち目はない。
シストにどこまで剣を扱えるのか、それはわからない。だが、それはセスティアも条件は同じこと。
「そこまでは、私にもわからない。さっきも言ったように、この世界の自然が選んだことだ」
「でも、魔物を相手に戦うなんて」
さっき、セスティアは兵士の姿をした魔物を斬った。でも、対峙していた時は、当然ながら、魔物だとは思わなかった。
これからは、そうはいかない。相手が魔物だと認識しながら、戦いに臨まなくてはならなくなるのだ。
相手が人間ではないだけに、セスティアの不安も大きい。いくらおてんばでも、魔物と戦うとなれば、あまりに勝手が違う。
「お前が弱気になるのか」
セスティアのつぶやきに、アスタークはわずかに笑みさえ浮かべている。
「え……?」
「お前は夢中になると、周りが見えなくなるのではないか?」
セスティアはぐっと詰まる。当たっているので、反論できない。
後ろで、ディストが吹き出すのをこらえている気配がした。
確かに、セスティアは昔から勢い余って、ということが多かった。勇気がある、というより、無謀という言葉の方が合う。
ケンカなどをするにしても、相手がどんなに自分より大きく、他の男の子でさえ歯向かうのにちゅうちょしてしまうような子でもひるむことなく、セスティアは向かって行った。
多勢に無勢でも、関係ない。そういう要素が全く見えていないのだ。周りがよく「無鉄砲すぎて、見ている方が怖い」と言っていた。
もう子どもとは言えない年齢になって、少しは落ち着いた、と自分では思っていたつもりだったのだが……性格はそう簡単には変わらないものなのか。
あの時の兵士も、本物の兵士であろうと魔物であろうと、セスティアにとって問題ではなかった。
大切な人やものを傷付けられた、という怒りで、セスティアは向かっていたのだ。
恐れ、などという感情など、微塵もなく。
「いわゆる、恐い物知らずなのだな。しかし、今はそれが原動力となっている」
「恐い物知らずが、ですか?」
半分からかわれているような気になってくる。もちろん、そんなはずはないし、アスタークは真面目な顔だ。
「確かに、あまり無鉄砲なのは困るだろう。しかしお前の場合、その原因が何かを守るために起こる。これは本人に聞くより、第三者に聞いた方がよいか」
アスタークは、ディストに視線を移す。
いきなり話を自分の方にふられ、ディストは少し戸惑っていたが、小さくうなずいた。
「言われてみれば、そうです。姉が自分より五つ以上年上の子とケンカしたのは、俺がおもちゃを取られて泣かされた時だったし……七人程を相手にした時は、女の子達が摘んだ花をその子達が無茶苦茶にして追い掛け回していじめた時でした」
「そ、そうだっけ……」
改めて話されると、恥ずかしい。小さい頃はケンカばかりしていた、みたいに聞こえる。女の子らしいところもあった、という話をもう少ししてほしい。
アスタークはディストの話をうなずきながら聞いていたが、またセスティアに視線を戻した。
「セスティア、今もう一度、その頃の気持ちを持ってほしいのだ。お前の大切な人々や国が、滅ぼされようとしている。それを守ろう、という気持ちを持ってほしい。お前が兵士を斬ったのは、ケイジェスが傷付けられたからだ。このままでは、ケイジェスだけでは済まない。最後には、お前自身にもふりかかってくる」
脅されているようにも聞こえる。だが「やれ」という命令ではない。そこがセスティアには気になった。
アスタークはセスティアに「任務を与える」というような言葉は、一度も発してない。
「なぜ、命令されないのですか? 王の権限で、あたしにやれと命じることもできるでしょう」
一国民が王の命令を拒否することは難しい……と言うより、まず無理だ。相手は国の最高権力者なのだから。
「この件に関して、私に権限などない。これは、この国の問題だけではないからだ。それに、誰かの命令でお前が動くなら、剣は決して力を発揮しないだろう。お前の気持ち次第で、力は倍にもなるし半減もする。どうせなら、何倍にもなってほしい。それには、セスティアが本気でザインカーデを封じる気になってくれねば、意味がない。それに……」
アスタークは少しちゅうちょした様子だったが、言葉を続けた。
「怖がらせるつもりはないが、恐らくザインカーデはお前の存在に気付いているだろう」
「え? どうして……」
「三人の兵士が来た、と言ったな。他の国では、街の一部を焼いたと聞く。コリート村が街に近いとは言え、村が襲われたのはキアノーチェスが初めてだ。その兵士達は、セスティアを消しに現れたのだろう」
「そんな……。じゃあ、ケイジェスはあたしより先に魔王の手下に遭ってしまったから、あんなことに?」
あの兵士達は、ケイジェスにとどめを刺すことなく、周囲を見回していた。邪魔さえされなければ、彼の存在などどうでもよかったのだ。
セスティアが目的だったから。
「自分にとって障害となるものは、早めに片付けようとする。魔王もそこは我々と同じ、ということなのだろう」
「あたしのせいで、ケイジェスは……」
自分の近くにいなければ、彼が襲われることはなかったかも知れない。
「間違えるな、セスティア。誰のせいでもない。ケイジェスが傷付いたのは、ザインカーデのせいだ。彼に対して何かを思うのであれば、ケイジェスがその場にいたおかげで、お前は不意打ちされずに済んだ。感謝はしても、謝罪する必要はない。……そう簡単には考えられないだろうが」





