06.魔王
「ところで、ケイジェス・ボウクはどうした? 彼にお前を呼びに行かせたはずだが」
誰にセスティアを迎えに行かせたか、アスタークは把握しているらしい。
「ケイジェスは……ケガをしました」
セスティアは手短に、ケイジェスに傷を負わせた三人の兵士の話をした。
話しているうちに、腹が立ってくると同時に心配になる。
どうして、ケイジェスが傷付けられなきゃいけない? 何のために、あいつらはあんなひどいことをしたの? ケイジェスの傷は大丈夫なのかしら。ううん、大丈夫な訳がないわ。あんなに出血していたんだから。早く彼の所へ戻りたい。何もできないけど、そばについていたい。
「その兵士は、その後どうした」
「えっと……みんな砂になって」
目の前で砂になった。
それは事実だが、見ていない人が信じてくれるだろうか。しかし、聞かれたからには、そう答えるしかない。
「では、お前はもうザインカーデの手下を斬ったのか」
「は、はい……」
あれ? 当たり前、みたいな感じ?
あっさり受け入れられたみたいで、セスティアの方がすぐに受け止められない。だが、今はそんなことよりも気になることがある。
「あ、あの兵士も言ってました。ザイン……カーデ? って、誰なのですか? 今まで聞いたこともない名前だけど。そいつが世界を滅ぼすんだ、みたいなことを言ってました」
「オーウェルマに、魔が現れた。その名が、ザインカーデだ」
「魔って……悪魔、とか?」
話が想像もしなかった方向へ行き、セスティアはぽかんとなる。
「悪魔……そうだな。魔物、魔性、魔族、魔王。言い方は色々あるが、つまりは人間に害をなす存在、ということだ」
それじゃあ、あたしが斬った兵士は、悪魔の手下だったってこと? それをあたしは……斬り捨ててしまった。まさか。でも、あいつらが悪魔なら、死んで砂になってしまったのもわかる。魔物は死ぬと砂や塵になるって、何かで聞いたことがあるし。魔法で動く砂人形、なんてものじゃなかったんだ。
「世界には数名の……今は魔王と呼んでおこうか。そういう者が存在する。ザインカーデは、その中のひとりだ」
「魔王……」
魔物が存在するってことはわかっていたつもりだけど、その魔物を束ねる魔王なんて奴が本当にいるの?
子どもの頃に聞いた昔話によく登場していたが、まさか魔物の王と呼ばれる存在が本当にいるなんて、思いもしなかった。
「世界は一つではなく、我々が住む以外の世界に魔王達は存在している。その中には、時折この世界に干渉する者がいる。ザインカーデは、特に破壊と破滅を好むらしい。瞬時にして世界の半分をも吹き消す力を持ちながら、一度には使わず、じりじりと追い詰めるようにして破滅に導く。時には、人々の間に疑惑や誤解を招き、混乱を生じさせてさらなる精神的破滅を起こす。その結果、人間は戦を始める。ザインカーデは自らが破壊をするよりも、人間が自滅するのを見て楽しむようだ」
「陰険な奴!」
セスティアは、正直な感想を口にした。
魔物に性格がいい奴がいるとは思わないけど、それにしたって最悪。追い詰められた人間が狂う様子を見て、楽しもうってつもりなのね。どれだけねちねち系の性格なのよ。
「その兵士達の兜に、赤い紋章が付いていました。獅子の横顔みたいなものが」
「オーウェルマの紋章だ」
「でも、現れたのは魔物なんですよね? じゃあ、混乱させるために?」
「そうだ。事実、もう混乱はみえている。今まで襲われた国の者が、オーウェルマの印を見たと証言し、オーウェルマへの疑いが濃くなってきている、と報告を受けた。その印は恐らく、ザインカーデの力で人間に思い込ませられている。ザインカーデが消滅すれば、オーウェルマの疑いも消えるだろう」
「ザインカーデを消滅って……」
自分にこんな話をするのだ。セスティアにもおおよその見当はついた。
アスタークは、セスティアに「ザインカーデを封じろ」と言っている。
「お前にしかできぬ」
アスタークは、きっぱりと言った。
しかし、セスティアにはそんな大役をおおせつかる理由がわからない。
「あたしは普通の人間で、普通の医者の娘です。魔王を退治するなんて……魔法使いや封魔師じゃないし。剣術だって、訓練したことはありません。第一、なぜあたしなのですか? 腕のたつ兵は、いくらでもいるはずでしょう。キアノーチェスだけじゃなく、他の国にも。その人達の方が、ずっと役に立つはずです。魔王がいるなら、勇者と呼ばれるような人もいませんか? 村娘のあたしでは、あっさり返り討ちにされて、消滅させられるだけです」
「本当にそう思うか?」
「え?」
穏やかな表情で、アスタークはセスティアに尋ねた。何かを確信して聞いている、とも取れる言い方だ。
「お前はすでに、複数の魔物を相手にして勝っているではないか。それでも、自分の方が消滅させられると?」
「……」
それを言われると、セスティアは反論できない。
さっき、自分の口から「兵士を三人斬った」と話したばかりだ。そして、その兵士達は魔物だった、ということも知らされて。
だからと言って、今度もそううまくいくとは限らない。相手は魔王なのだ。
「お前が聞いているかまではわからないが……お前の先祖には、今回のように現れた魔王を退けた者がいるようだ」
「ええっ? そんな話、初耳です。ディスト、知ってる?」
ディストは、慌てて首を振る。姉が知らないのに、弟が知っているはずもない。
「し、知らない。子どもの時にそんな話を聞いてたら、周りに言いふらしてるって」
父は医者。祖父は鍛冶師で、ちゃんと聞いたことはないが、たぶんその前の人達もそういった仕事をしていただろう。
そんな凄腕の剣士が先祖にいたなんて、聞いたこともないし、考えたこともなかった。
もしくは、母方の先祖だろうか。しかし、ティーアから祖父母や昔の人達について聞いた覚えは……やはりない。
アスタークは未来が見える、と聞いていたが、こういう話ができるのなら、実は過去も見えているのだろうか。
セスティアが意外すぎる話を聞いて言葉に詰まっていると、王は立ち上がってセスティアの横に立つ。
「その剣で、魔物を斬ったのだな」
セスティアの持つ剣を見て、王が言った。
「は、はい。祖父が最後に造った剣だと聞いています」
「今、お前には普通でない力がある、ということを教えよう。ディスト・フェルス・ダイリ。こちらへ来て、この剣を持ってみよ」
「はい」
呼ばれたディストがセスティアの横に来ると、姉から剣を受け取った。
「うわっ」
ディストが小さく悲鳴を上げる。
剣を渡された途端、ディストの腕ががくっと下がったのだ。ものすごく重い荷物をいきなり渡されたように、持ち堪えられなくて鞘の先が床に着く。
「何やってるのよ」
セスティアは、そんな弟の様子に首をかしげる。
女の自分が片手でも持てる剣を、なぜそんなに重そうに持つのかがわからなかった。
かと言って、ディストが遊んでいる風にも見えない。この場で悪ふざけはしないだろう。
「何って……姉貴、こんな物を振り回してたのか?」
ディストはどうにか剣を持ち直したが、それでも重そうなのは変わらない。見ただけで、その手に力が入っているのがわかる。
こんな所で演技をする必要はないのだから、これはディストにとって本当に重いのだ。
「こんな物って……普通の剣じゃないの」
セスティアは、ディストから剣を受け取った。
気のせいか、昨日持った時よりも軽くなったみたいだ。それに、自分にさらになじんでいるような。
「セスティア、その剣は今、お前以外の者には扱えぬ。私が持っても、ディストと同じ状態になるだろう。他の人間に使われることを、剣が拒否しているのだ」
「剣が人間を選ぶのですか?」
「そう……剣が、というよりは、この世界の自然がお前を選んだ、と言う方が合っているか。お前が持つその剣は、魔封じの剣だ」
「魔封じ?」
アスタークの言葉を聞いて、セスティアは自分の持つ剣をまじまじと見た。
しかし、そんなご大層な代物には見えない。鞘や柄に特別美しい装飾がある訳でもなく、どこにでもあるような、シンプルな長剣である。





