05.謁見
ディストは馬に乗ったまま軽く会釈するだけで、門番の前を通り抜けた。
てっきり止められて、身分を明かすように言われる、と思っていたセスティアは、少し拍子抜けする。
ディストは王宮から支給されている兵士服を着ているので、通り抜けられたのだろう。でも、セスティアは私服だ。それはいいのだろうか。
……急いでいるのだから、止められなければそれでいい、としておく。
門を通り抜けてから二人は馬から降り、王宮の壮大な扉を通った。
何もかもが大きく、立派で素晴らしい。圧倒されて、くらっとしてしまいそうだ。
これまでディストから王宮の話は何度も聞いているが、やはり実際に見るのとでは違った。
初めて見る王宮の美しさに、セスティアは少しばかりおのぼりさんのようになり、きょろきょろと周りを見回す。
その間に、ディストは王への謁見のための手配を済ませていた。手配といっても大仰なものではなく、王室付きの兵に「セスティアが来た」という旨を伝えてもらうだけだ。
すぐに謁見が許され、セスティアは連れて行かれるままに王のいる部屋へと向かった。ディストも同伴するように命ぜられ、姉弟そろって歩いて行く。
周囲に人が少ないようにセスティアには思えたが……こんなものなのだろうか。もしくは、たまたま人がいないエリアを歩いているだけなのか。
「王宮って、いつもこんなもの? すごく静かだけど」
隣を歩くディストに、セスティアはこそっと聞いてみる。
「普段はもっと人がいるよ。今は半分以上が避難所へ行ってる。王妃様と王子様も、避難所へ向かわれた。その護衛も一緒に行ってるから」
何が起こるかわからない状態では、人々も混乱するだろう。興奮した人がケンカを始めることもある。
そういったことがないよう、誘導や人の整理をするために兵が派遣されているのだ。
「つまり、今の王宮にいるのは、王様とその周りの人だけってこと?」
「ああ。非公式の謁見だから、今から行く部屋はそんなに広くないんだ。失礼な言動はするなよ」
「そう言われても……。王様に会える身分じゃないんだから、何をすれば失礼になるのかなんて、あたしにはわかんないわよ」
貴族であったり、王宮に出入りする商人、もしくはディスト達のように王宮に勤めている人間なら、ちゃんとした所作で対応できるだろう。
しかし、呼ばれたのは、いつも遠くから王宮を見るだけの田舎娘だ。礼儀作法を要求する方が間違っている……とセスティアは思う。
ディストもそう言われると、言い返せない。今から王宮での礼儀を教える、なんて無理だ。
「えっと……とりあえず、丁寧な言葉遣いをしてくれよ」
「わかった。善処するわ」
王が待つ部屋の前に着き、扉が開かれる。二人を連れて来た兵は中へ入るように言い、入ったのを見届けると静かに扉を閉めた。
ディストは「そんなに広い部屋じゃない」と話していたが、これが広くなければ広い部屋はどれくらい広いのか、と聞きたくなる。
セスティアの家は、診療所だ。その診察室と待合室。さらに居住空間であるリビングや台所を足しても、この部屋の方が広いように感じた。
扉から見て縦長に置かれた大きなテーブルと、向かい合うように置かれたいすが十脚以上ある。
赤く、毛足の長い絨毯。聞いたことはあるが、絨毯の実物を初めて見た。分厚いコケの上に立っている気分だ。
天井は高く、この部屋だけで二階建ができるかも知れない。
窓はないが、温かな灯りで満たされている。
こんな部屋で非公式に何をするのか、セスティアにはさっぱりわからない。
部屋そのものに驚いていたセスティアだが、テーブルの一番奥に男性が座っていることに気付いた。
他に侍従だのメイドだのといった、世話係のような人はいない。この部屋には、その男性だけだ。
セスティアは遠目でしか見たことがないが、状況から考えて、彼がキアノーチェスの王アスタークだろう。
胸まで流れる金の髪と、思慮深そうな紫に近い青の瞳。色白の顔は整っているが、冷たい感じはしない。
王座に就いて二十年経つと聞いているから、四十代半ばというところか。しかし、セスティアにはもっと若く見えた。三十代半ば、と言っても通りそうだ。
座っているのでよくわからないが、きっと背は高い。
アスタークの存在に気付いてからどうしようかと迷ったが、セスティアはつかつかとそちらへ歩き出した。
「あ、姉貴……」
後ろでディストが慌てたような声を出して後を追うが、セスは構わず進んだ。
自分を呼ぶからには、何か用件があるはず。それを聞きたいし、早く聞いてしまってケイジェスの所へ戻りたい。
こんな所でぼんやり立ち尽くしていても、無駄に時間が流れてしまうだけだ。
それなら、たとえ王に「近くまで来い」と言われる前に近付いた、と咎めを受けても、自分の方にだって言い分はある。ひるむ必要はない、と思ったのだ。
だいたい、こんな大きなテーブルの端と端にいたのでは、話を聞き漏らしてしまう。耳は悪くないが、王の声の音量がわからないので、近くにいた方がいい。
部屋の奥にいる王の前まで来ると、セスティアは一応の礼儀として深々と頭を下げた。
王に盾突く気はないのだ。国の頂点に立つ人への、ごく常識的な礼儀である。
「よく来てくれた。セスティア・ファイス・ダイリ」
アスタークの言葉に、セスティアは驚いて顔を上げる。
まだ名乗っていない。名乗るどころか、この部屋へ入ってからまだ一言も声を発していないのに。
当然のように、フルネームを言われた。
国民の顔と名前を、王が全て覚えているはずはない。呼び出したからには名前を知っていてもおかしくはないが、部屋へ入って来た人物がセスティアかどうかはわからないはず。
しかし「お前がセスティアか」という問い掛けもなく、アスタークははっきりと言い切った。当てずっぽうで言った……とは思えない。
「なぜあたしの名を……」
「昨日、私にはお前の姿が見えた。我々を救ってくれるために動いてくれる、お前の姿が……。名はその時に知った」
アスタークの言葉に、セスティアは首をかしげる。意味がよく理解できない。
王宮へは初めて来たのだから、アスタークにセスティアの姿が見えるはずはないのに。
これがアスタークの不思議な力、ということだろうか。
「あ、えっと……お初にお目にかかります。セスティア・ファイス・ダイリです」
おかしな順番になってしまったが、ちゃんと名乗っておく。アスタークは小さくうなずいた。
「私が、キアノーチェスの王アスタークだ。セスティアは、カムエンの話は聞いたか? ドウゼルやペンザット、リモーレ、テーンバーム、リィミィア、インダイズ……他にも色々あるが」
いきなり尋ねられたが、セスティアが呼ばれた件について本題に入った、ということだろうか。
「リモーレについては聞きましたが……まさか、それらは全て」
アスタークが口にしたのは、近隣諸国の国名ばかりだ。
その中に、セスティアが昨日から聞いていたリモーレの名があった。ということは、その他の国もリモーレと同じことが起こったのだ。
国の半分が焼け野原にされた、と。
リモーレの次に、このキアノーチェスが襲われる。
そう思っていたセスティアは、すでに多くの国が襲われていた、という事実に、ショックを受けた。
「なぜ、そんな話をあたしにされるのですか?」
気を取り直して、セスティアは尋ねた。
近衛隊にいるケイジェスは、この話を知っていたのだろうか。知っていてもセスティアが不安になるから話さなかったのか、実は彼も知らなかったのか。
コリート村で、こんな話をしている人はいない。少なくとも、セスティアは耳にしていない。
民衆が混乱しかねない話だから、きっと一部の人しか知らないだろう。
そんな話を、王はセスティアに話している。一介の娘に話していい内容ではないはずなのに。
ディストは、恐らく知らされてはいなかったのだろう。セスティアの後ろで、息を飲む気配があった。
「お前に話す必要があったからだ」
アスタークの答えは、簡潔だった。





