04.砂になる
仲間が不利な状況になったのを見て、今まで動かなかった二人の兵士が横から加わった。だが、それもセスティアは簡単に落馬させてしまう。
そして、三人を相手に互角に、いや、明らかにセスティアの方が優勢だった。
一人が倒れ、また一人が崩れ落ち、残りはあの先頭にいた兵士だけになる。だが、最後の一人もセスティアの払う剣をまともに受け、後ろへ倒れた。
銀の立派な鎧を身に着けているはずなのに、何の防具もなかったかのように。この兵士を相手にケイジェスが苦戦していたのが、嘘のようだ。
「え……どういうこと?」
セスティアの剣に倒れた兵士の姿が消え、砂になってさらさらと風に吹かれて周りに散ってしまったのだ。
後には、何も残らない。今まで存在した気配すら、消えてしまう。
「な、何なの、こいつら。砂人形なの?」
砂でできた人形が、あんななめらかに動けるものなのか。セスティアは見たことがないが、これが魔法というものかも、と思うしかない。
あっけにとられるセスティアに、ケイジェスはもう一度力をふりしぼって何とか口にする。
「セスティア、残りの二人にも……とどめを」
地面でのたうちまわっている兵は、出血などは見られないが、苦しそうだ。それなのに、うめき声などが全く聞こえない。
ケイジェスに言われた通り、セスティアはその兵士達に剣を突き立てた。すると、やはり砂になり、同じように散っていったのだ。
三人が乗って来た馬も、今の戦いで全部が傷付いていた。それも、セスティアが楽にしてやろうと剣を刺すと、砂になった。
「どうなってるのよ……。あ、ケイジェス!」
不思議に思ったが、今はそんなことを疑問に思っている時ではない。ケイジェスの出血がひどく、顔が青ざめていた。
「ケイジェス、しっかりしてっ」
セスティアは家の中へ駆け込んで、止血用の包帯を取って来た。とにかく、自分にできる限りの応急手当をする。
この時程、たまにでも父の手伝いをしていてよかった、と思ったことはない。少なくとも、血を見て失神する、なんて体たらくにならなくて済んだ。
しかし、ケイジェスの傷は楽観できる状態ではない。胸を触った時、肋骨が折れているのがわかった。
太刀傷と骨折と打撲。ケイジェスの傷は、医者ではないセスティアの手に負えるようなものではない。
それに、いつまでも地面に寝かせておけないが、だからと言って診療所へ運ぼうにも、一人では無理だ。おかしな動かし方をすれば、傷がさらにひどくなる。
どうすべきか悩んでいると、蹄の音が聞こえてきた。音からして、一頭ではない。
セスティアは新手の敵かと思って剣を持って身構えたが、現れたのは弟のディストだった。弟の後ろには、父のシストも乗っている。
もう一頭には、ユーバスが乗っていた。ケイジェスと同期で城勤めをしている、セスティア達の友人だ。
「父さん! よかった……。ユーバスもディストも来てくれて」
見知った顔が現れ、セスティアはほっとして構えていた剣を下ろした。
「何か爆発した……という訳でもなさそうだな。そんな音はしなかったし」
「姉貴、何があったんだよ。こっちの方から煙が上ってたから、急いで走らせて来た。途中、父さんに会ったから」
「これは一体……。どうすれば、こんな焼け野原ができるんだ。むしろ、我が家が無事なことが不思議なくらいだ」
周りの光景を見て、三人は恐怖の混じった表情になる。
セスティアにも、この惨状についてはわからない。剣を取りに家へ入る時までは、普通の光景が広がっていたはずなのに。
「い、今はそれはいいわ。ケイジェスがケガしたのよ。父さん、早く診て」
セスティアは馬から降りた父の手を引っ張り、急いでケイジェスの所まで連れて行く。
「ひどいな……」
ケイジェスの様子を見たシストが、つぶやいた。
「とにかく、教会まで連れて行こう」
「教会? どうしてよ。目の前に手当ができる診療所があるっていうのに」
父の言葉に、セスティアは耳を疑った。
すぐそこに治療できる場所が、しかも一般家庭ではなく、専門的に診察や治療ができる場所があるのに。
医者である父は、わざわざ丘の上にケガ人を移そうと言うのだ。ここから離れている場所へ。
反対しようとするセスティアに、王の命令を受けて動いているユーバスが説明する。
「セスティア、この状態を見ればわかるだろう。こういうことが起こってしまった時は教会へ行け、とアスターク王はおっしゃっているんだ」
場所を変えたくらいで安全になるとは言い切れないが、ここにいてさらなる危険を招く事もない。
だが、ケガ人のケイジェスを動かすのは、容易ではないはず。
「心配するな。俺達がどうにかする」
体格のいいユーバスが言うと、何だかまかせられそうな気になる。
その時、ふとケイジェスが目を開け、口をきいた。
「セスティア……」
「何、ケイジェス? もうすぐ治療するから」
「王宮へ……行くんだ。王が……お待ちだ……」
「今はケイジェスの方が先よ」
「駄目だ」
ケガ人とは思えない程、強い語調だった。
「お前が……行かないと、俺がここへ来たかいが……なく……なる」
そう言えば、ケイジェスはあたしを呼ぶために来たって……。
「だけど、ケイジェスを置いて行ける訳ないでしょ」
「行くんだ」
セスティアはまだ反対しかけたが、ディストがそれを止めた。
「姉貴がいたら、ケイジェスが治療に専念できないんだよ。早く行こうぜ。オレが送ってやる」
悔しいが、弟の言う通りかも知れない。このままここにいても、同じ会話が続きそうだ。
「けど」
「先生がいるんだから、ケイジェスのことは心配しなくていい。俺もしばらくついているから」
ここにいるみんなが「セスティアを王宮へ行かせよう」としている。セスティアはケイジェスのそばにいたいのに、拒否しきれなくなってきた。
「ほら、乗れよ」
すでに馬上の人となっているディストが、セスティアに手をかしてくれる。
仕方なくセスティアはその手を取りかけ、もう一度ケイジェスのそばへ寄った。
「すぐ戻って来る。王の話を聞いたら、教会にすっ飛んでくから」
セスティアはケイジェスの額にキスをすると、ディストの後ろに乗り込んだ。
☆☆☆
振り落とされないように、ディストの腰に手をまわしてしっかり掴まる。
ディストはかなりスピードを出して、馬を走らせていた。しかし、早くケイジェスのそばへ戻りたいセスティアにしてみれば「もっと速く走れないのか」ともどかしくすら感じる。
「ディスト、あんたは知ってる? あたしが王に呼ばれた理由」
風の音ばかりが耳に入ってくる中、セスティアは半ば叫ぶように尋ねた。
「あんまり」
弟の返事はそっけないものだったが、それでもセスティアは何か知っているような気がした。
ケイジェスがあんな身体になってもなお「行け」と言ったのは、なぜなんだろう。それ程大切な話があるんだろうか。でも、あたしは王に会ったことなんてないのに。話をしたところで、あたしに何ができるの?
それに、さっきの兵士達は何者だったのかしら。死ぬと砂になってしまうなんて、異様すぎる……。
あの焼け野原。家の中にいた時、おかしな音がした。状況から見て、二度目の音はケイジェスが壁に当たった音よね。その前に違う音が聞こえたけど、あの時に一度に燃えてしまった?
あれだけ燃えてしまうには、かなりの大火のはず。だけど、いくら大きな火でも、あれだけの範囲を燃やすのには時間がかかる。
なのに、あたしが外へ出た時には、火なんてなかった。煙だけが立ち上っていただけで。おかしなことばっかりだわ。
色々と考えているうちに、目の前に王宮が迫ってきた。
セスティアの住むコリート村は、王宮がある街カルノのすぐそばだ。なので、距離としては王宮からそんなに離れていない。
雨や雪でも降らない限り、家からでも王宮がわずかながら見えるくらいだ。
しかし、セスティアは実際に王宮まで来たことがない。王に会う、という以前に、王宮そのものに対して緊張してきた。





