03.不気味な兵士
予想もしなかった言葉に、セスティアは目を丸くする。
こんな非常事態に……まだ何も起こっていないが、田舎娘などを王宮へ呼んで何をする気なのだろう。
だが、ケイジェスは真剣だ。冗談を言っている顔でもないし、今はそんな場合ではない。
「セスティアの家に、剣があるだろ? 長くて少し古い剣。以前、おじさんが処分しようとしたのを止めた、とか話してたよな」
「うん……」
昨日、何かあった時のために、と思って出しておいた剣が頭に浮かぶ。
ケイジェスには、剣のことで父と少しもめた、という話を雑談の中でしていた。それを聞いたケイジェスは「もらっていいなら俺が引き受けるんだけど、形見だしなぁ」と少し残念そうにしていたのだ。
ケイジェスが言うのは、その剣だろう。セスティアの家には、あの剣しかないから間違いない。
「来る時にそれを持って、とおっしゃってる」
「剣なんて、王宮にたくさんあるんじゃないの?」
少しでも多く、予備を用意しておきたい、ということだろうか。それにしても、なぜ王が「セスティアの家に剣がある」ということを知っているのだろう。
「それはそれなんだよ。他の仲間はみんなに避難するように触れ回っているけど、俺はお前を迎えに来たんだ」
「どうして? どうしてあたしを迎えに来るの。何があるのよ」
剣を持って来いとか、王宮に来いとか、訳がわからない。
「話は後だ。とにかく、その剣を持って一緒に来てくれ。王宮へ行く道中で説明するから」
「……わかった」
セスティアは今すぐ理由が聞けないことに不満ながらも、家の中へ剣を取りに入った。
☆☆☆
セスティアが家の中へ入ったのを見届けた直後、ケイジェスは背後から聞こえてきた蹄の音に振り返る。
兵士が三人、馬に乗ってこちらへ向かって来ていた。銀の鎧を身に着け、兜で顔を隠している。
先頭にいる兵士が、あの中のリーダーだろうか。二人が先頭兵士の斜め後ろにそれぞれつくようにして、馬を進めている。
馬は見事な黒馬で、体格も立派だ。かなり位が上の者が乗る馬、と見受けられる。
上位の兵が、村へ? あの鎧を見る限り、キアノーチェスの兵士ではないようだけど。だったら、どこの誰だ。
いぶかしんでいたケイジェスだったが、その三人を見てはっとした。銀の兜の額部分に、オーウェルマの印である赤い獅子の横顔があったのだ。
「オーウェルマの国の兵、とお見受けしましたが」
近くまで来た兵に、ケイジェスは話しかけた。だが、三人は何も答えない。
ケイジェスはいやな予感がした。鎧を着けるまではともかく、兜で顔を隠すのは何か隠す理由があるからではないのか。
たとえ相手が小国の下級の兵であっても、他国の者に会えば訪れた理由などを述べるのが礼儀のはず。
侵略や略奪をするつもりでもなければ。
なのに、この相手は全く何も言わないし、兜を上げて顔を見せようともしないのだ。オーウェルマの紋章が付いてはいるが、惑わせるためのものかも知れない。
例の、リモーレの件にからんでいる連中の仲間、とも考えられる。
「顔を見せられよ。多少の礼儀はわきまえていらっしゃるはず」
少し語調を強めて、ケイジェスはもう一度言ってみる。
「我らに礼儀など、必要ない」
先頭の兵が低い声でようやく応えたが、非礼を詫びる気はさらさらなさそうだ。
それよりも、その声を聞いて、ケイジェスは思わず背筋がぞくっとした。
地の底から響いてくるような、どこか人間らしからぬ感じに思えたのだ。あの兜を上げれば、人間ではない顔が現れるのではないか、とさえ思ってしまう。
「そのような言葉、大国の兵が口にするものとは思えませんが」
ここで黙ってしまえば、相手のペースにはまってしまいそうだ。
「この国を滅ぼす」
何の感情もない声が、そう告げる。異様な宣戦布告だ。
「どういう意味だ。オーウェルマがキアノーチェスに戦をしかけるのか。何のために!」
空気が張り詰める。ケイジェスは、剣を抜いた。
「意味も何もない。この世界はザインカーデ様によって、滅亡へと導かれる」
言いながら、その兵はすっと左手を横に伸ばし、横一文字にその手を払った。
途端に黒い光が走り、一瞬にして周りの家や木、畑などが一面の焼け野原と化した。ケイジェスは、その光景に呆然となる。
やっぱり、こいつらは人間じゃない。王が話されていた……。
「すぐに全ては滅ぼさぬ。ゆっくりと時間をかけるから、残りの生を楽しむがよい」
「ふざけるなっ。そう簡単にされてたまるか」
ケイジェスは怒鳴りながら、剣の柄を力一杯握った。
この兵士達がオーウェルマと関わりがあるかどうかなど、関係ない。たった今、目の前で自分の住む村が……国が傷付けられたのだ。この化け物達を、このままにしておく訳にはいかない。
ケイジェスは、先頭の兵に切り掛かっていった。相手も剣を抜いて、ケイジェスの剣を受ける。
ケイジェスの剣は、剣術の大会で優勝する程の腕だ。
しかし、相手の腕もすごかった。いや、ケイジェス以上かも知れない。
馬上から大振りに剣を払うのに、ケイジェスのスピードについてくる。後ろの二人は傍観しているだけで、何もしようとはしない。
「うっ」
わずかに避けきれず、ケイジェスの左肩から胸にかけて太刀傷がついた。深い傷ではないが、出血がひどい。
「くそっ……」
「苦しんで死ぬがよい。愚かな人間ども」
その冷ややかな声に応えるかのように、乗っていた黒馬がいななきながら後ろ立ちになる。その前脚が上がる時、ケイジェスの身体を蹴り上げた。
ケイジェスは軽々と飛ばされ、診療所であるセスティアの家の壁に叩き付けられる。砕けた壁土や細かい石が、倒れたケイジェスの上にぱらぱらと落ちてきた。
やはりリモーレはこいつらが……。このままだと……セスティア……。
痛みと叩き付けられたショックで、ケイジェスの意識が次第に薄れてゆく。兵士達は倒れたケイジェスには見向きもせず、何かを探すように見回しているのがぼやけながらも見えていた。
「ケイジェス! 今の音は何っ」
セスティアの声が響く。異様な音がして、慌てて出てきたのだ。
「何、これ……なっ、ケイジェス!」
焼け野原を見て呆然となり、血にまみれて倒れているケイジェスに気付いてセスティアが駆け寄って来た。
駄目だ、セスティア。逃げろ……。殺されちまうぞ。
心で思っても、声に出ない。
「どうしてこんな……。おい、そこの銀ずくめ」
セスティアはケイジェスの様子を見てとると、こちらを見ている三人の兵士に怒鳴りつける。
普通の村娘なら、この状況に慌てふためき、泣きわめくか、ケガ人のそばで何をすればいいか混乱するばかりだろう。
しかし、セスティアはそんなかよわい性格ではなかった。
セスティアの言い方に怒るでもなく、三人はこちらを向いているだけ。兜の中で、冷たい目をセスティアに向けているに違いない。
「なぜ、彼を助けようとしないの。それとも、彼をこんな風にしたのはお前達か」
兵士相手でも、セスティアは全く臆さない。
しかし、その声が聞こえているケイジェスの方が焦った。
やめろ、セスティア。早くここから逃げてくれ。
「そうだ」
相手は悪びれもせず、答える。その罪悪感のかけらもない答え方に、セスティアの中で何かが切れた。
「ザインカーデ様によって、世界は滅ぶ」
「何言ってんのよ。許さないっ」
家の中から持って出ていた剣を抜くと、セスティアは三人の方へと走り出す。
「やめろっ。セスティア!」
力をふりしぼり、ケイジェスが叫ぶ。だが、必死に出したケイジェスの声は、もうセスティアには聞こえない。
いくら子どもの時に剣の扱い方がうまかったとは言え、所詮はごっこ遊び。兵士で、剣の腕がいいはずのケイジェスが負けたのだ。何の訓練も受けていない女性のセスティアとでは、相手との差がありすぎる。
だが、朦朧としたケイジェスの目の前で、信じられないことが起こっていた。
剣の達人かと思えるような太刀筋で、セスティアが馬上の兵士を斬り付けているのだ。
鎧どころか、まともな防具一つすらもない、たった一人の村娘。
兵士はそんな相手にかなり苦戦していて、そうこうするうちに落馬してしまった。





