02.祖父の剣
「セスティア、もう少し小さく切ってくれると、食べやすいんだが……」
横からかけられた声で、セスティアははっとした。
夕食の準備で野菜を切っていたのだが、ケイジェスの言葉が気になってしまい、うわのそらで料理していたのだ。
「野菜が崩れるまで煮込むには、少し時間が遅いぞ。ケイジェスのことでも考えていたのか?」
ケイジェスがセスティアにとって「今は幼なじみ以上の存在になっている」ということを知っていて、父のシストがからかってくる。
「そ、そんなじゃないわ。これから小さく切るわよ。父さん、ハクルの所へ往診に行くんでしょ。帰る頃には、用意できてるから」
照れ臭さもあって、セスティアは台所からシストを追い出す。シストは笑いながら出て行った。
セスティアの父シストは、医者だ。この家は、診療所兼住居である。
シストの父、つまりセスティアの祖父ロヴェストは医者ではなく、鍛冶屋をしていた。
腕は特別よかった訳ではない、と聞いているが、数年に一度、名剣と呼ばれるような素晴らしい剣を造ったりもしていたようだ。
ロヴェストとしては、シストに家業を継がせたいと考えていたが、シストにすれば「人を殺す道具を造りたくない」という思いがある。
祖父は息子が医者になったことに落胆していたが、医者不足だったこの村には喜んで受け入れられた。
母親のティーアは二年前、セスティアが十八の時に心臓を患って亡くなっている。以来、家事はセスティアが切り盛りしていた。
家族で食べる分だけの野菜を育て、時間ができればシストの仕事の手伝いもしている。
手伝いと言っても、ほぼ雑用。受付をしたり、薬を配達するといったものだ。今日のように、薬商人に薬を注文するのもセスティアが担当するようになってきた。
医者になろう、という気持ちはない。動くのが好きなセスティアは、自分が男なら弟のディストと同じように兵士になりたかったのだ。
ディストは、ケイジェスと同じく近衛隊にいる。ケイジェスの後輩になる弟は、まだ新兵なので下っぱの仕事が多い。それでも、セスティアは「ディストがうらやましい」と思わずにはいられなかった。
「本当に……」
リモーレと同じように、キアノーチェスが本当に襲われるのかしら……。
セスティアの心は、ケイジェスとの話でいっぱいだった。
国の半分が焼け野原。一体、どんな光景なのだろう。
真っ黒に焼けた家の柱や木々が、そこここに残る大地。横たわるケガ人。住む場所を失う人々。
直接見なくても、話を聞いただけの方がかえって不安をさそう。自分の故郷がそんなになるなど、信じたくない。
それでも、それが逃れられない運命だというのなら、たとえ力は小さくても守らなくてはいけない。自分自身でこの村を、この国を。
どこの国の兵士が襲ってくるか、もちろんまだわからない。でも来たら……迎え撃ってやるわ。たとえ返り討ちにあっても。
セスティアに、剣術の心得はない。子どもの頃、男の子にまじっておもちゃの剣を振り回していた程度だ。武器になるものと言えば、今持っている包丁か農具くらいのもの。
それでも、ただ手をこまねいているだけではいられない。
セスティアの野菜を切る手に、力がこもった。
シストの希望通り、野菜は小さくなっていく。が、ふと思い付いたことがあり、セスティアは包丁を置いて物置へと向かった。
薄暗く、ほこりだらけの物置で、セスティアは一本の剣を探し出す。
ロヴェストが最後に造った剣である。
シストは「人を殺す道具は置くな」と反対したが、ティーアが「形見だから」と言って残したものだ。
そのティーアが亡くなり、物置を整理しようとした時に、シストはこの剣を再び処分しようとした。医者の家にこんな物はいらない、と言って。
それをセスティアが「万が一の時を考えて」と父親を説得して置いていた物だ。
いつまで平和がもつか、わからない……と剣を置く言い訳にしていたが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。
あの時は、どういう用途の物であれ、祖父が造った作品を置いておきたい、と思っただけなのだが。
長く、ずっしりと重量感のある剣だ。女性が振り回すには少し持ちにくいものだが、セスティアはあまり気にならない。むしろ、手にしっかりなじんでくる気がする程だ。
ロヴェストは、孫娘が剣を使うとは考えていなかっただろう。セスティアとしても、使わずに時が過ぎれば、と願っている。
だが、その願いが届かなければ……。
十五年以上、この物置の片隅で眠っていた剣。だが、鞘から抜いてみると、刃は一点の曇りもなく、美しい光を放っている。
父さんは人殺しの道具だって言うけど……人助けの道具でもあるのよ。自分達に向かって来る災いから守るため。道具は使い方次第なんだから。
セスティアは鞘に剣を収め、それを持って物置を出る。家に戻ると、自分の部屋に立てかけておいた。
☆☆☆
いつもの薬を、近所の患者に届けた帰り道。
セスティアは、周りの様子が妙に騒がしい気がして、周囲を見回した。
人々の動きが、どうも慌ただしいように思える。具体的にどう、とは言えないが、空気が違うような。
「ねぇ、何かあったの?」
近くを通り掛かった友人のマーチェを掴まえ、尋ねてみる。
「あら、セスティアはまだ聞いてない? さっきお城の兵士が来て、ウィース山へ避難しろって触れ回ってるのよ」
「避難っ? どうしてっ」
いやな予感が、セスティアの脳裏をよぎる。昨日のケイジェスの話が、いやおうなしに浮かんだ。
「さぁ、理由はわからないわ。兵士も言ってなかったと思うし。でも、王様の命令だって」
事情を知らないマーチェは平気な顔をしているが、それを聞いてセスティアの顔は青くなった。
王の命令。間違いない。リモーレと同じことが、もうすぐキアノーチェスに起ころうとしているのだ。
でもどうして……。こんなに早くなんて。
恐らく、人々は「何か天災が起こるのだろう」くらいに思っている。言われるままに避難すれば、被害は最小限で済む、と。
だが、今回は人災なのだ。へたすれば、人々が逃げた所まで敵は追って来るかも知れない。一カ所に集まっていたら、格好の的だ。
まだ、相手も何もわかっていない。昨日、ケイジェスと話した後で判明したとしても、すぐにそれを止める手立てはないだろう。深刻な事態に変わりない。
セスティアは、急いで家へ戻った。
声をかけたが、シストはまだ帰って来ていない。往診に出掛けたままらしい。待合室に誰もいないのは、避難するように言われて出て行ったのだろう。
「セスティアッ! いるか」
外で声がして、セスティアは急いで出て行く。
表には、ケイジェスが来ていた。乗って来ていた馬から素早く降りて、セスティアの方へ駆け寄る。
「ケイジェス! どういうことなの。昨日話してたことが、もう起こるの?」
興奮しているセスティアは、ケイジェスに突っかかるようにましくたてる。
「落ち着け、セスティア」
ケイジェスは、セスティアの肩を強く掴んだ。
「みんな、逃げなきゃ。……ばあちゃんは? ばあちゃんみたいに、起きられない人はどうするの。それに、ケイジェス達は街や村に残るんでしょ。だけど、そんなことしたら……無事にいられるとは限らない」
「ばあちゃんみたいに、身体の動かない人の手配はもう済んでる。教会へ運ぶから、安心しろ」
キアノーチェスの国土は、東西に伸びた楕円形のような地形をしている。その南側には小高い丘があり、教会が建てられていた。
国の西側には南北を流れるプルドー川があるが、昔は大雨になるとよく氾濫していた。その避難所としての役割も兼ねて、建てられたのだ。
現在も災害時には使われているが、昔に比べれば人も増えた。
小国で土地にあまり余裕がないので、第二の避難所が南東にあるウィース山に造られている。
今の場合、身体の不自由な人は教会へ、自力で動ける人はウィース山へ向かうように指示されているのだ。
「それより……お前に王宮へ来るように、と王がおっしゃってる」
「あたしに?」





