01.薬が来ない理由
「何ですって? 薬がないっ?」
セスティアはオーウェルマの薬商人ソームの胸ぐらを掴み、叫んでいた。
「お、おい、セスティア。待ってくれよ」
二十歳の乙女とは言え、セスティアは普通の女性より力がある方だ。本気で絞められたら、相手はたまったものではない。
ソームの声でセスティアは我に返り、手を放した。しかし、追求する手は休めない。
「どういうことなのよ、ソームのおっちゃん。リモーレの国からちゃんと手に入るって、この前来た時に言ってくれてたじゃないの」
セスティアは、完全にご機嫌ななめだ。と言うより、怒っている。
待っていた品物が手に入らない、というだけでなく、セスティアはその薬を本当に待ち望んでいたからだ。
その薬は、幼なじみケイジェスの祖母ツェルマのために頼んでいたものだった。
ツェルマは半年前に体調を崩して以来、今ではほとんど寝たきりになっている。高齢ということもあって、病気に対する抵抗力が低下し、食欲も落ちていた。そのため、体力も落ちる一方なのだ。
セスティアが住むこの国キアノーチェスは小国で、貧しい訳ではないが物品が潤沢にある訳ではない。この国で手に入る薬では、ツェルマの身体を少し楽にすることしかできないでいる。
それが、リモーレの国で手に入る薬はかなり効果があるらしい、と医者をしている父親のシストから聞いた。リモーレは薬の開発に力を入れている国なので、期待できるだろう、と。
なので、セスティアは診療所で使うために買っている薬とは別で、ソームにその薬の入手を個人的に頼んでいたのだ。
それが……この有様である。
ツェルマはケイジェスといつも遊んでいたセスティアや弟のディストを、本当の孫のように可愛がってくれていた。
色々な昔話を聞かせてくれたり、冬にはかわいい手袋を編んでくれたり。特に、ツェルマの焼いてくれるクッキーは絶品だ。
セスティアには、祖父母の記憶がない。物心つく前に亡くなっている。
だから、自分をかわいがってくれるツェルマをセスティアは本当の祖母のように思っていたし、大好きな彼女に少しでも何かしてあげたかったのだ。
そんな事情だから、この状況に落胆を通り越し、怒りを覚えてしまう。
「わしだって、遊んでいた訳じゃないんだ。実は……リモーレの国が襲われたらしくてな」
「え? 襲われたって……」
予想もしなかった理由に、セスティアの動きが止まる。
「国の半分が焼け野原になった、という話なんだ。本当に半分もやられたのかはわからんが、被害はかなり出ているらしい。そのせいで、他国の人間は入れんようになってる。国中が混乱していて、今は他に目を向ける余裕がないんだ」
ソームの話を聞いて、セスティアの怒りもおさまった。
そういう不可抗力なら、仕方がない。理由の内容が大きすぎるし、一個人が何とかできる話ではないから、彼を責めるのは理不尽というものだろう。
代わりに、疑問が浮かんでくる。
「一体、どこがそんなことを」
「わからん。一部の噂では、オーウェルマがやった、などという者もいるようだが……そんなことをするはずはない」
今度は、ソームが怒りの表情を浮かべる。
彼の気持ちは、セスティアもわかる気がした。たとえ噂であっても、個人が対象でなくても、疑われることは気持ちのいいものではない。
オーウェルマは、ここキアノーチェスの隣国だ。話に出ているリモーレを含め、近隣諸国の中ではオーウェルマの国土が一番広く、力を持っている。
キアノーチェスは色々な物資を各国と取引しているが、その中でも割合が一番多いのはやはりオーウェルマだ。
しかし、一番大きい力を持つとは言え、他の国との国交がなければオーウェルマとてやってゆけない。
オーウェルマにはない物が他の国にはある、ということだって多々ある。リモーレの薬しかり、だ。
どこも、持ちつ持たれつの関係。国同士で多少のいさかいはあっても、表面上は三百年以上の平和が続いている。
オーウェルマに限らず、どこかの国がよその国を狙っている、なんてきな臭い噂は聞いたことがなかった。
ソームのような商人達なら、情報を手に入れるのも早いはず。だが、彼も「そんな話はなかった」と言う。
侵略し、国を占領するために戦を仕掛けるならともかく、宣戦布告もなしに国の半分を焼け野原にする。どこの国の仕業にしても、あまりに無謀ではないのか。
「とにかく、貿易どころじゃないってことね、リモーレは」
焼け野原から薬を買ってこい、とはセスティアも言えない。
そもそも、そんな状況の中で薬が残っているかも怪しいし、残っていたとしても今は自国民に使われているだろう。
「ああ。すまんな。いつもの薬は持って来てるから」
セスティアはがっかりしながら、そろそろ中年の域を出ようとしている商人に薬代を払った。
☆☆☆
「ごめんね、ばあちゃん。約束してた薬、今回は来なかったんだ」
セスティアは、横たわる老婆に謝った。
「かまわないよ。セスティアのその気持ちだけで十分さ。気にしないでいいんだよ」
しわだらけの手で、ツェルマは恐縮しているセスティアの頬をなでる。こうやって優しくされると、余計にすまなく思えた。
ツェルマの部屋を出て、ケイジェスから「気にするな」と言われても、やはりつらい。
「ケイジェスは聞いてる? リモーレの国が襲われたって話」
家の外へ出てから、セスティアは尋ねてみた。
ケイジェスは、キアノーチェスの王宮で近衛兵をしている。この手の話なら、ケイジェスの方が詳しいだろう。
どこかの国がリモーレを襲う、なんてことをするから薬が手に入らなかったのだ。それがどこの誰であれ、とにかく腹立たしい。何てことをしてくれたんだ、と。
それに、久々の休みで家にいたケイジェスと、何が悲しくてこんな暗い話題を出さねばならないのだろう。
「ああ。かなりひどい状態らしいってことは。でも、まだ詳しくはわからない」
ケイジェスが知っている話は、ソームから聞いたこととほぼ変わらなかった。つまり、まだ他国にちゃんとした情報が入っていないのだ。
どこの国の誰が、なぜこんなことをしたのか。
襲われた被害者の国も、その辺りのことは全くわかっていないらしい。
「……どうしたの? まさか、戦でも始まるの?」
話すうちに悪くなるケイジェスの顔色を見て、セスティアは聞いてみた。
「今回、リモーレが襲われたのは、戦が始まったからって訳じゃない。……セスティアも、アスターク王の力は知ってるだろ」
「え? うん、何となくは」
キアノーチェスの国王アスタークには、不思議な力が宿っている、と聞く。
弱いながらも、先の事がわかる、というものだ。
彼が王の座に就く以前から、数える程ではあるが、キアノーチェスに起こる天災を予知したりしていた。
何もない時にいきなり避難令が出たりして国民はいぶかったが、その後で必ず地震や洪水が起こったのだ。
おかげで、キアノーチェスは最悪の状態から逃れられてきた。
セスティアが生まれる前や、物心がつく前の話ではあるが、そのことは両親から聞かされている。キアノーチェスの国民なら、誰もが知る話だ。
「王が何か?」
「キアノーチェスにも同じことが起こる、とおっしゃってる」
「何ですってっ?」
セスティアは血の気が引いた。
リモーレの惨状をその目で見た訳ではないが、話を聞いて想像はできる。このキアノーチェスが、そんな焼け野原になるなんて考えたくない。
しかし、アスタークの予知は当たる。滅多に起こらない災害が、彼には見えるのだ。
だとすれば……今回も本当にそうなるだろう。
「誰の仕業か、どうしてそんなことをしたのか、まだわからないんでしょ。同じことが起きるって言われても、あたし達は何をどうすればいいの」
「たとえそうなったとしても、その前にちゃんと逃げるようにおふれが出るさ。狙われるとすれば、王宮があるカルノの街だろうと思う。俺達の村は街に一番近いけど、こんな大きくもない村なんて素通りされるって。あまり深刻に考えるな」
不安げなセスティアを安心させるように、ケイジェスは自分の胸に彼女の顔を抱き寄せた。





