20.現れた人物
「父上……」
父の姿でありながら、父ではない声と口調。
ルシェーラ姫の瞳は、恐怖で見開かれている。
そんな姫の方へ、ザインカーデは一歩前へ出た。
セスティアは、その行く手をさえぎるように立つ。ガルドバ達も、ルシェーラ姫を守るようにして周りを囲んだ。
今までの兵士達みたいに、剣の鞘や柄で突くくらいじゃ、たぶん戻らない。どうすればいい? あたしが人を守ろうとする気持ちがあれば、魔王は斬れるはず。でも……その斬る対象が人間なら、どうすればいいの!
セスティアにはなす術もなく、次第に部屋には重苦しい空気が漂い出す。ザインカーデの周りが、一番その空気が濃い。
いけない。この空気がこの部屋を満たしたら……死を招く。でも、窓も扉も閉められてるし、出口はない。あの王の中にいる、ザインカーデを封じないと。
セスティアは部屋中を見渡した。
逃げ道になりそうな場所は、どこにもない。外への道は窓と、入って来た扉だけ。しかし、それは使えない。
セスティアが扉の方を見た時、扉の横の壁にある偶像が目に入った。石で造られた、邪教の崇拝に使われそうな像。
あ、すっかり忘れてた。この部屋へ入って来た時、最初に見て怪しいって思ったはずなのに。王の中にザインカーデがいるってわかって、そっちに意識が向きすぎていたんだわ。
ザインカーデの本体が入ると、生物では壊れる、と言った。つまり、無機物の中に、この世界の本体があるってこと。あの像でなくて、どれだって言うの。あいつの近くにあって、怪しすぎる物って、あれしかないじゃない。違えば、その時よ。
セスティアは、その像へ向かった。だが、今度は王がセスティアの行く手をさえぎる。
「もうあきらめよ。この世界は、じき滅びの時を迎える。私がその最期を看取ってやろうぞ」
「そんなの、お断り。お前の思うようにはさせないっ」
ザインカーデの剣を打ち返し、セスティアはその横をすり抜けて像の方へ走った。
「セスティア、待て」
あと少し、という所で、セスティアの目の前に人が現れた。像の前に立ちふさがる格好で、男が現れたのだ。
「ケイジェスッ?」
セスティアが思うより早く、ユーバスの声が響いた。
「ど、どうしてここにいるの。……ケガは」
「セスティア、落ち着くんだ。目を開いて、しっかりと自分の敵を見ろ」
こちらの驚きも介さず、突然現れたケイジェスはセスティアを見据える。
「自分の敵……」
「そうだ。王はお前の本当の敵じゃない。仲間のようなふりをして、お前達をここへ連れて来た人間……そいつこそが、魔王だ」
ケイジェスの言葉で、思わずセスティアはルシェーラ姫の方を振り返った。
「別の人間を斬ることで、お前達に衝撃を与え、反抗する気力をなくさせるつもりなんだ」
敵だと思って斬った相手が、実は単純に操られていただけの人間で、それを見た魔王がセスティアの失敗をあざける。
いかにも、ザインカーデがしそうなことだ。
セスティアと目が合ったルシェーラ姫は青い顔で、泣きながら首を激しく横に振る。時々、かすかに「違う」という声が聞こえた。
本当に違うのか、泣く演技をしているだけなのか。
「早く斬るんだ、セスティア。迷ってる暇はない。時間が経つ程、王の身体は魔の毒に冒されてしまうんだ」
その言葉を聞いて、セスティアは焦る。
ケイジェスの言うことが本当なら、急がなければいけない。生物の身体がザインカーデを受け入れ切れないのなら、その一部であっても中へ入られた王に何の影響もないはずがない。
実際、髪の色が変わっているらしい。今は髪で済んでいても、そのうち身体のいたるところがおかしくなることも。
ザインカーデを斬っても、元に戻った王の身体がぼろぼろでは解決したとは言えなくなってしまう。救った意味がなくなる。
「セスティア、姿形に惑わされるんじゃない」
ケイジェスがセスティアをうながす。彼女のためらいを打ち消すように。
セスティアは剣を握り直すと、ルシェーラ姫の方に向き直る。
ユーバス達はルシェーラ姫を守るべきなのか、セスティアの邪魔にならないように引くべきなのか、迷っていた。
ルシェーラ姫がザインカーデの本体とは、とても思えない。しかし、今のセスティアは、ルシェーラ姫に鋭い視線を向けている。
それはつまり、セスティアには相手の真の姿がわかっている、ということ。
「いや……違うわ、あたしじゃない。やめて、お願い……」
消え入りそうな声で、ルシェーラ姫はセスティアに訴える。しかし、セスティアは一歩前へ踏み出した。
「やるんだ、セスティアッ」
ケイジェスの声が、大きく響く。それを聞いて、セスティアは剣を真横に振った。
「ぎゃああっ」
セスティアの剣に傷付けられた魔物が、壮絶な悲鳴を上げる。セスティアは容赦なくもう一太刀浴びせ、心臓を突いた。
「自分の敵を見ろ、と忠告してくれてありがと。姿形に惑わされるな、とも言ってもらって。おかげで、ためらわずに済んだわ」
塵になって消えてゆく魔物を見ながら、セスはティアつぶやいた。
その光景をディスト達、そして……ルシェーラ姫が見ていた。
「ケイジェスに化けるなんて……許せない」
セスティアの剣を持つ手が、かすかに震えている。消えた魔物のいた場所を睨み付けたままで。その目に、うっすらと涙がにじむ。
「何を考えて、ケイジェスの姿を取ったの。彼を動けない身体にしたのは、お前達なのに」
ルシェーラ姫を斬ろうと見せ掛け、セスティアはとっくに見破っていたケイジェスの姿の魔物を、身体を回転させて斬ったのだ。
「それに、あたしが斬ろうとしたのは、人じゃなくて物よ」
セスティアは舌打ちするザインカーデを睨み、そしてまた像の方へ駆けて行こうとする。
「その像に触れるなっ」
ザインカーデの声が飛ぶが、セスティアはおかまいなしだ。焦ったように怒鳴るところを見ると、やはり本体はあの像らしい。
「わっ」
セスティアが、士気をくじかれたように立ち止まった。黒い何かがその像からあふれ出し、向かって行こうとするセスティアに襲いかかってきたのだ。
コウモリを醜くしたような小さな魔物のようだが、数が多い。うっとうしく、周りを飛び交う。セスティアを足止めするために、まとわりついてくるのだ。
それを見ていたガルドバとディストが、急いで加勢した。低級な魔物だからか、人間の剣でも斬られると、消えてしまう。もしくは、単なる幻影かも知れない。
「姉貴、早くっ。こいつらは、オレ達が引き受ける」
「ちっ」
足止めのための魔物がガルドバ達に消され出すと、ザインカーデ自らがセスティアへ向かって走り出した。
「セスティアの邪魔はさせねーよ」
「斬れなくても、そばへ行かせないようにするくらいなら、俺達にもできるからな」
ザインカーデの前を、ユーバスとノウイッグが立ちふさがった。
こうしてる間にも、セスティアは像の所までたどり着こうとしている。
それを見てとったザインカーデは、獣のような咆哮を上げた。レーグラッドの身体から黒い煙が立ち、それがセスティア目掛けて飛ぶ。
レーグラッドの身体を操り、優越感にひたりながら人間の相手をしていられなくなったのだ。このままではまずい、と。
一瞬、セスティアは手首にしびれるような痛みを感じる。剣が音をたてて落ちた。
それを、煙になったザインカーデが奪う。
しまった、と思ったセスティアだったが、じゅっという何か焼けるような音がして、ザインカーデはすぐに剣を落とした。
「ぐっ……何だ、この剣は」
実体ではないはずのザインカーデが、苦しげにうめき声をあげる。
「セスティア」
ノウイッグが自分の近くに落ちた剣を拾って、セスティアへ放る。思いがけず剣が重かったせいか、投げる時に顔が少し歪んだ。
「ありがと」
それをセスティアは軽々と受け取り、再び像の方へと走り出した。
近付けまいとするザインカーデが、それを追う。しかし、セスティアはとうとう像の前まで来た。
「それに触れるなっ」
不気味な声と気配を感じ、そちらをちらっと見たセスティアだが、力を込めて像の胸に剣を突き立てる。
石でできているはずの像に、剣は深々と吸い込まれた。





