19.ザインカーデの居場所
ルシェーラ姫の言葉で、セスティアはレーグラッドの髪を見た。
さっきの光景が目や頭に残っているのか、血のようも思える赤い髪。
赤い髪の人は、これまで何人も出会っている。特に珍しい訳でもない。だが、この状況で見ているせいか、失礼ながらレーグラッドの髪色を不気味に思ってしまった。
そう思ってから、セスティアは「あれ?」となる。
ルシェーラ姫の髪は、きれいな金だ。親子なのに、ずいぶん違う。もちろん、姫の髪は母親譲り、ということもあるし、おかしいとは言い切れない。
しかし、彼女の口調から察するに、異常なのだろうとは推測できる。
「私と同じ色なのに、赤く染まって……」
ザインカーデの力で、何かしらの影響が出ているようだ。
レーグラッドの目はやはりうつろではなかったが、異様な光を発している。
「もう一度、聞くわ。ザインカーデはどこ?」
セスティアの問いに、レーグラッドの目が恐ろしげにつり上がった。
「お前のような小娘が、ザインカーデを斬ろうというのか。面白い。やれるものなら、やってみるがいい。どれ程の腕を持っているか、見てやろうぞ。私を斬れば、ザインカーデも姿を現すだろう」
言葉は王の口からもれているが、声は王のものではない。さっきとは違う、低くて地の底から響いてくるような声。
「父上っ!」
後ろで、ルシェーラ姫が悲鳴のような声を上げた。ある程度は悪い予想をしていたものの、父のあまりに変わり果てた姿に、ショックを受けている。
しかし、レーグラッドは娘の声に反応しない。
「さぁ、斬れるものなら、かかって来るがいい」
レーグラッドは、無防備に手を広げる。だが、セスティアは動けない。
「セスティア、どうしたんだよ」
挑発にのらないようにしているのか、罠を警戒しているのか。
向かって行こうとしないセスティアに、ガルドバの声が飛ぶ。
「できない。この人は斬れない。彼は王なんだ、本物の」
「だから、ザインカーデに操られてんだろ。さっきみたいにその剣でやれば、正気になるだろーが」
「簡単にはいかないの。ただ操られてるだけじゃないから」
ルシェーラ姫がレーグラッドの髪色についてつぶやいた時、セスティアにその理由がふっと浮かんで来たのだ。
「ザインカーデが……奴が、王と一体化してるのよ。王でありながら、ザインカーデで」
「何だとっ」
ディスト達が驚きの声を上げ、ルシェーラ姫が短い悲鳴を上げた。
レーグラッドは、それを聞いて嘲笑する。おかしくてたまらない、とでもいうように、次第に高笑いになる。
「よく見破ったものだ。そうとも。私は、王の身体の中にいる。お前がこの身体を斬ったところで、私には傷一つも付けられぬぞ。この身体から抜ければ済むのだからな。さぁ、どうする?」
セスティアは、悔しさで歯を食いしばる。奥で、がりっといういやな音がした。
王を斬れば、ザインカーデが現れる。
まさに言葉通りだ。レーグラッドの身体が斬られれば、用済みとなったその身体からザインカーデが現れるのだから。
しばらく王を睨んでいたセスティアだが、剣を抜くと真っ直ぐ王に向かって突っ走った。
小気味いい音が、部屋の中に響く。素早く抜いた剣で、王が……ザインカーデがセスティアの剣を受け止めていた。
セスティアは後ずさりし、身構える。また斬り付けるが、ザインカーデはそれを全て受け払った。だてに魔王をしていない。
「やめてっ。父上を斬らないでっ」
ルシェーラ姫の叫びで、セスティアは動きを止めた。
振り返ると、自分の肩を抱き、涙を頬に伝わらせているルシェーラ姫が立っている。
「お願い……」
身体を乗っ取られているとは言え、自分の父には違いない。目の前で斬られそうになって、黙っていられなかったのだ。
いっそ、完全な魔物の姿に変貌してしまえば、そんな言葉も出なかっただろう。しかし、髪色や目付きが変わったくらいでは、何とかして助けてもらいたい、という気持ちを止められない。
その涙を見て、セスティアはレーグラッドへの攻撃にちゅうちょしてしまう。ザインカーデは、口の端に笑みを浮かべた。
「親孝行な娘よの。こんな状態になっても、まだ父をかばうか。止めたことを、必ず後悔するぞ。あの時にさっさと斬り捨てておけばよかった、と」
「父上、目を覚ましてください!」
どれだけ声をかけても、戻らないだろうとはわかっている。魔王の力で、本人の意識は身体の奥底に閉じ込められているだろうから。
それでも、叫ばずにはいられない。
「親子の愛か。ふん、ヘドが出るぞ」
ザインカーデは、ルシェーラ姫の必死の叫びを鼻で嘲笑った。
それを見て、セスティアはむかっとなる。ケイジェスが傷付けられてからも、さっき戦の幻を見てからもずっと腹を立てていたが、改めて心の底から怒りがわいてきた。
「お前に、人間の愛情がわかってたまるかっ」
セスティアは再び、ザインカーデに向かって行く。
ザインカーデはセスティアの剣を受けてはいたが、さっきより勢いづいたセスティアの剣に自分の剣を弾かれてしまった。
セスティアは容赦なく、その首筋に先を向ける。
「出て行けっ。王の身体から。今すぐに」
「王を殺せば、すぐに出て行ってやろう」
ふてぶてしい態度で、ザインカーデはセスティアの視線を跳ね返す。どこまでも強気だ。
「ユーバス、王を縛って」
「お、おい……セスティア」
中身がどうあれ、相手は一国の王。縛れ、と言われても、すぐには動けない。
「いいから、早く。身体は人間なんだし、今は動けないようにする」
身体の自由を奪っておけば、簡単に反撃できないはず。
これくらいでザインカーデがおとなしくなるとも思えないが、たとえ邪視などで力を使うにしても、ささやかな抵抗にはなるだろう。
都合よくロープなどはないので、ユーバスとノウイッグがベッドのシーツを取ってレーグラッドを拘束した。
「本当にお前には実体がないのか」
素直に答えるとは思わないが、尋ねてみる。
「神に実体などない」
あつかましい。魔王が神を名乗るなんて、図々しいにも程がある。
「まあ、いい。どうせ、その娘はわかっているのだろう? 本体は私の世界にある。この世界では、本体で来るとすぐに滅んでしまうのでな。精神だけで来ている。今のように生物の中へ入れたらいいが、精神だけであってもすぐに壊れてしまう。何とも脆弱なことだ」
ザインカーデに実体はない。さっき、ルシェーラ姫が話していた通りだ。
「じゃあ、なぜ王の身体に……」
ザインカーデに入り込まれた人間の肉体は、今の話が本当なら壊れてしまうといいうこと。ずっとこのままだと、レーグラッドの身体は壊れる……つまり命を落とすという意味になる。
「この世界での本体は、別にある。今の私は、その一部でしかない」
「ああ、そういうことね」
一部だけだから、人間の身体がかろうじて持ち堪えられる。自分の身体のように使える、ということ。
残りは、他の人間を操ったり、手下の魔物を出したりするのに力を使っているという訳だ。
ご親切に教えてくれるのは、セスティア達に本体をどうかできるはずはない、と思っているからだろう。
状況がわかってありがたい反面、ずいぶんバカにされたものだ。
「これくらいで、私の動きを封じたつもりか、キアノーチェスの娘」
ザインカーデは不気味な嗤いを浮かべると、自分を縛っていたシーツをあっさりと燃やしてしまう。
さらには、弾かれた自分の剣を、そちらを見ずに手元に寄せた。
身体はレーグラッドであっても、ザインカーデが同化しているために思ったよりも力を使えるようだ。
このままだと、ユーバス達はともかく、ルシェーラ姫にまで危害が及ばないとも限らない。
セスティアは目線で、ディストにルシェーラ姫を外へ出すようにうながした。
それに気付いたディストは、なるだけ動作を感じさせないようにしてルシェーラ姫を部屋から出そうとする。
しかし、ルシェーラ姫が扉近くまで来ると、勢いよく扉が閉まった。全員がザインカーデの方を見る。ザインカーデは、喉の奥で嘲笑っていた。
「どうした、ルシェーラ? 父を置いて、どこへ行こうというのだ? さっきまで私のために、涙を流して命乞いをしていたというのに」





