17.逃げる
王の言葉に、セスティアはむっとした表情を浮かべた。
元々、うそがつけるような性格ではない。政をする人間のように、自分を殺して対応できるような訓練なども、当然ながらしたことはなかった。
むしろ、感情を真っ直ぐにぶつける方が多い。今はかろうじて「ここで大声を出すべきではない」と抑えている。
しかし、セスティアよりさらに怒りの表情を見せたレーグラッドは、強い口調で告げた。
「お前達はオーウェルマに勝手な疑いをかけ、王宮へ押し入った。そして、こちらが納得のできぬ申し開きをした。その罪、軽くはないぞ」
押し入った、と言われるのは心外だ。王が会うから、と案内されて来たのに。まるで、盗賊か何かのような扱いだ。
「ちょっと待ってくだ」
セスティアが口を開いた時、後ろから声がして振り返ると、一緒に入って来ていたディスト達が兵士に捕らえられていた。
喉元に、剣の先を当てられている。抵抗すれば、容赦なくかき切られるだろう。
王と話ができているので、彼らも少し油断していたようだ。
「あなたは気付かないのですかっ? 門兵も、ここにいる兵士もみんな、うつろで死んだような目をしている。これは魔王に操られているからです。たとえオーウェルマに魔物がいなくても、間違いなく魔王はここの人間に災いをもたらしているんですっ」
「そんな事実は、一切ない。我が国の兵は、素晴らしい力を持つ。大国にふさわしい力だ。他の国が攻めてこようともな」
レーグラッドは淡々と言った。冷めたような目付きだ。
なぜこんな時に「他の国が攻めてくる」なんて話が出るの。魔王がいる・いないって話をしているのに。どう見たって、兵士の顔に生気がないのに。
おかしい。兵士とは違うけど、王も操られている。きっと、別の種類の術がかけられてるんだわ。
しかし、セスティアにはこの状況をどうすることもできない。
王宮へ来るまでに倒した兵士は、今頃正気に戻っているだろうか。ここの兵士も、倒せたらいいのだが……セスティアだけでは無理だ。
ディスト達は拘束され、部屋から連れて行かれようとしていた。
そして、セスティア達をここへ連れて来た隊長が、こちらへ近付いて来ようとしている。当然、彼女も捕まえるつもりだ。
セスティアは、レーグラッドの方を睨み付けた。もう、彼は王であって王ではないのだ。遠慮はしない。
「ザインカーデはどこにいるっ。ここにいるんだろう」
だが、誰も答えない。
隊長が近付いて来たのを見て、セスティアは鞘に入ったままの剣で隊長を突いた。あっけなく隊長は仰向けに倒れ、そのまま気を失う。
ディスト達はかなり苦戦していたが、セスティアが簡単に兵士を倒せたのはやはり剣のおかげだろう。
セスティアは捕まえようとする兵士達の間をすり抜け、部屋を飛び出す。
こんな所で、王の相手なんてしていられない。ここにザインカーデがいるはずなのだ。それを見付けなければ、王宮の中で追いかけっこが続くばかり。
現に、走っているとあちらこちらから兵士の姿が見え、セスティアを追って来るのだ。さっきまで、全然姿を見なかったのに。
こうするために、どこかで待機させられていたのかしら。たった一人の小娘を捕まえるために。
それだけ、ザインカーデにとってセスティアの存在は面倒、ということなのだろう。
手下を差し向ければ簡単に始末できる、と思っていたはず。それができなかったので、今度はあえて懐に入らせてどうにかしよう、という魂胆なのだ。
あたしを追って来る兵士が人間だってことはわかるけど、ザインカーデの居場所はわかんない。剣にはそこまでわからないってことなの?
こちらへ向かって来るのが人か魔物かを判断できるのはありがたいが、どうせなら目的地を教えてもらいたい。
もう、ここってどこなのよぉ。ディスト達はどこへ連れて行かれたのよ。
逃げたり隠れたりするうちに、セスティアは自分がどこを走っているのかわからなくなってきた。
捕まってしまったディスト達を助けるどころか、自分の現在地もさっぱりだ。
そもそも、自国の王宮にも昨日初めて入ったばかりなのに、よその国の王宮の間取りなんてわかるはずがない。
ひとまずどこかに隠れて、少し様子をうかがわないと。走ってばかりだと、いざという時に体力がなくなっちゃうわ。
薄暗い廊下を走っていたセスティアは、手近にあった部屋の扉を開け、中へすべり込んだ。
中は暗く、少し湿っぽい。明かり取りの小さな窓があるだけだ。奥の方に、ローソクの火がぼんやりとともっているが、この部屋がどれだけの広さなのか、何が置かれているのかなどは判断しづらい。
「誰です?」
女性の声がした。澄んだ優しい声だ。
セスティアは一瞬、キト山にいた魔物キトラウザを思い出した。
あの魔物も現れた最初のうちは美声だったから、この声も「魔物ではない」という保証はない。顔を付き合わせているうちに、姿が変わるということも。
セスティアは剣の柄を握り、身構える。
やがて、奥から現れたのは、流れる金の髪を持った美しい女性だった。
気品があり、身に着けているものも悪くない。小柄だが、年齢はセスティアとあまり差がないように思われる。
少なくとも、彼女から魔物の気配は感じない。
相手はセスティアを見て驚いていたが、それでも取り乱したりはしなかった。落ち着いて、わずかに笑みさえ浮かべている。
「あなたは……キアノーチェスの方ですね?」
「え?」
いきなり当てられ、セスティアの方が戸惑う。
「私は、オーウェルマの姫でルシェーラ。よくこの部屋へ入れましたね。鍵はかかっていませんでしたか?」
「えっと……かかってなかったような。覚えてないけど」
必死だったので、細かいことは覚えていない。かかっていなかったから、こうして入れたと思われる。
もし鍵がかかっていたのなら、勢いで開けてつぶしてしまった……かも知れない。
「でも、姫がなぜこんな所に?」
薄暗い廊下の先にある部屋。中も薄暗く、小さなイスとテーブルくらいしか見当たらない。
間違っても、一国の姫が過ごす自室などではなかった。
鉄格子こそないが、牢屋に近い気がする。王族の世話をする使用人達の部屋だって、ここよりはましなはず。
明らかに、彼女は幽閉されている状態だ。誰に? ザインカーデか、操られている者にだろう。
しかし、なぜそんな必要があるのか。みんなと同じように操ってしまえば、こんなことはしなくて済むはずなのに。
それとも、ザインカーデが現れる前から、何かしらの理由で幽閉されていたのだろうか。
「王宮の人間を見ましたか? みんな、意思を奪われていたでしょう? でも、私はなぜかそうならなかった。だから、ザインカーデがここへ閉じ込めたのです。狂っていない人間はまだ邪魔で、世界のほとんどの人間が狂った時に放り出すつもりなのでしょう。狂気の中で、正気がどう変わってゆくかを見るために」
中にはこういう人間もいるのだ。術にかかりにくい性質の人間が。
「だけど……なぜあたしのことがわかったんです?」
ルシェーラはセスティアがキアノーチェスの人間だと、すぐに断定した。見た目ではわからないし、出身が特定できるような何かをセスティアが持っていた訳ではないのに。
「夢を見たんです。あなたがこの国を、いえ、この世界を救ってくれるところを」
アスターク王のようなことを言う姫だ。もしかすると、同じような力を持っているのかも知れない。
だから、夢でセスティアを見たり、ザインカーデの術にもかからなかったのだ。
「ザインカーデのいる所、わかりますか? あ、それと、囚人を入れる牢の場所を」
「囚人ですって?」
セスティアは、ユーバス達が捕らえられたことを簡単に話す。
「わかりました。彼らが連れて行かれるとしたら、北の塔の地下でしょう。ザインカーデの所へは、その後で」
まずは、味方を増やさなければ。それに、放っておいたら彼らまでザインカーデの術にかかってしまいかねない。
話はまとまり、二人は部屋を出ると、ユーバス達がいるであろう場所へ向かった。





