16.オーウェルマの王
「これからどうする、セスティア?」
王宮の前に立ち、ユーバスが尋ねた。他の三人も、セスティアの顔を見ている。
「入るわ」
セスティアははっきり言い、馬を降りて進んで行った。それを止める者もなく、ユーバス達も、彼女の後をついて行く。
これが罠だろうと何だろうと、進むだけ。進むしかないのだ。
王宮の門まで来ると、門の両脇に立っていた二人の門兵が槍を突き出し、セスティア達の行く手をはばんだ。
彼らの目も、さっきの兵のように目がうつろだ。まともではない。止まれ、といった侵入者に対する言葉すらもなかった。
「どきなさい。あなた達に用はないわ」
セスティアは槍をどかせ、先へ行こうとするが、門兵は簡単に通してはくれない。操られていなくても、門兵の仕事としてこの行為は正しいと言える。
ディストとガルドバが門兵を押し倒そうとしたが、思いのほか、さっきの兵士達よりも強い。
ユーバスとノウイッグが加わるが、それぞれ二対一にも関わらず、相手は互角に張り合っている。
「お前ら、目を覚ませよ……って言っても、無駄か」
ディストはいらいらしてきた。
こんな所で時間をくう訳にもいかない。だが、相手はほとんど無言で、中へ入れまいとする。
普段ならもっと弱いであろう体格の二人だが、身体に似合わない力で押し返すのだ。
「あんた達とこうしてる訳にもいかないの」
セスティアもじれったくなって剣を抜くと、門兵が持っていた槍を叩き斬った。
槍の先がなくなり、柄だけが彼らの両手に残る。表情のない顔だが、それでも微妙にあっけにとられた様な顔になる。
その横を、セスティアは通り過ぎた。
「なんだ。最初から、ああすればよかったんじゃねーの」
セスティアの後を追いながら、ディストが文句をたれる。
「あんなにてこずるなんて、思ってなかったか……あぶないっ」
言いながら振り向いたセスティアは、叫びながらノウイッグを突き飛ばした。
門兵がさっき切られた槍の刃が付いた方を持って、ノウイッグの背中を狙っていたのだ。
間一髪で、その攻撃は避けられた。
「やっぱり、眠ってもらわないと駄目か」
ユーバスとガルドバが、門兵のみぞおちに拳を入れる。
普通なら、これで失神するはずが、操られている彼らにはあまり効かない。よろけながらも、まだ向かって来る。
今は問題なくても、元に戻った時に今受けたダメージは彼らを苦しめるはず。それを考えると申し訳ないが、こちらも手を緩める訳にはいかないのだ。
手加減すれば、こちらがやられてしまう。
「しつっこい奴だな」
ガルドバが、もう一度拳に力を込めた時。
「待て」
低い声が聞こえた。
そちらを向くと、立派なひげをたくわえた、いかめしい顔の中年男性が立っている。身分が上らしく、今まで見た兵士よりも鎧が上等そうで、後ろに五人の兵を連れていた。全員が、門兵と同じくうつろな目をして。
しかし、一人でもこうして会話ができるなら、まだ話がつけやすいかも知れない。これまでは、攻撃を受けてもまともなうめき声すらほとんどなかったから。
「我らの王が、お前達に会うとおっしゃっている。来い」
隊長らしき男はそう言うと、さっさと王宮の中へ入ってしまう。後についていた兵士もだ。
門兵は短くなった槍を持って、何もなかったかのように自分の持ち場へ帰って行く。
「どうする?」
ユーバスが尋ねる。
「行くしかないでしょ、ここまで来たら。あっちが呼んでるなら、探す手間が省けるわ」
セスティアはためらわず、彼らの後について行った。
☆☆☆
中の様子は「魔王が現れた」と言うから、どれだけおどろおどろしいかと思っていたが、キアノーチェスの城と同じだった。
国が大きい分、こちらの方が立派だが、それでも魔王がいるのならもっと暗い感じがしそうなもの。
昼間なのに真夜中のようで、廊下には鬼火が浮かんで、王宮のあちこちに何だったのかもわからない骨が転がり……なんてことを考えていた。
しかし、普通の人間が住む場所と変わりない。
やがて、セスティア達が連れて来られたのは、大きく、立ちはだかるような扉の前。重々しく感じるのは、この扉の向こうにいる存在のためか。
「入れ」
無愛想に、隊長らしい男が言った。
音もなく扉は開かれ、セスティアは部屋の中へと踏み込んだ。
入った真正面に、誰かが玉座に座っているのが見える。会ったことはないが、状況から見れば、彼がオーウェルマの国王レーグラッドだろう。
アスタークと同年代くらいか。肩より少し下まで波打つ赤髪に、王冠。座っているが、しっかりした体格なのはわかる。
まさか、自国と他国の王に続けて会う日が来るとは思わなかった。庶民には、およそ考えられない状況だ。
入った部屋はかなり広い。舞踏会などで使う場所なのだろう、とセスティアは勝手に想像した。庶民には縁がないので、それくらいしか考えられない。
ただ、人がいないので妙に淋しく感じる。大国らしく、装飾品などは美しく立派な物ばかりなのに、さびれたようにすら見えてしまうのだ。
どうしようかと少し考えたものの、セスティアは王の前までずかずかと歩いて行く。
知るはずのないセスティア達の存在を知っているなら、王にも魔王が関わっているはずだ。それなら、遠慮する必要もない。
ザインカーデのいる場所を尋ねたところで、彼が知っていたとしても、簡単には答えないだろう。
しかし、こうして王宮の兵士が心を囚われている以上、のんびりはしていられない。いつどこで、彼らによって人が……仲間が傷付けられるかも知れないから。
「そこの女、止まれ」
王の口から言葉が発せられ、セスティアは止まった。まともな声だ。
それに少し近付いたことでわかったが、今までの兵士のように目がうつろではない。
まだ操られていない……?
少し安心したが、それでもセスティアは疑いを捨てなかった。操られていなくても、どういう形でかだまされている、という場合もある。
「どこから来た?」
「キアノーチェスから参りました」
「何のために?」
素直に答えるべきか迷ったが、王がちゃんとわかっていないのなら教える必要があるだろう。
魔王には、こちらのことが知られている。もし王が操られているなら、セスティアのこともわかっているだろうし、嘘をついてもすぐにばれる。
どっちに転んでも、言うことは同じ。
「魔王を封じるためです」
セスティアは言いながら、王の顔を窺った。王は穏やかな表情で、セスティアの方を見ている。
「このオーウェルマに魔王がいる、と申すか」
「近隣諸国の惨事については、すでにご存知のはず。昨日は、キアノーチェスがやられました。その時、私が斬った魔物は兜にオーウェルマの紋章を付けておりました。そして」
「それが、オーウェルマに魔王がいる、という証拠になるのか?」
セスティアの言葉を、途中で王がひったくる。レーグラッドの表情が、いつの間にか硬くなっていた。
「キアノーチェスを襲った魔物がオーウェルマの紋章を付けていたとて、何の証拠になろう。別の国では、キアノーチェスの紋章を付けて暴れているやも知れぬ。そうであれば、オーウェルマに魔王がいる、とは申せぬはずではないか」
セスティアは詰まった。
ソームから聞いた噂で「オーウェルマの紋章を見た者がいた」というものがあっただけ。セスティアも斬った兵士の兜にあった紋章を見たが、詳しくはわかっていない。
この話だけでは、確かに「オーウェルマに魔物がいる」と断言はできない。
それに「オーウェルマに魔王が現れた」と言ったのは、アスターク王だ。しかし、ここでそれを話したところで、レーグラッドが信じてくれるかも怪しい。
「仮にオーウェルマに魔王がいたとして、なぜキアノーチェスの人間が封じるのだ。わざわざ小国から出向いて、どうやって封じるつもりか」
キアノーチェスが小国なのは事実だが、あえて言われると気分が悪い。それが大国の王であっても、それを口にする必要などないはずなのに。
他国から出向いて、と言われるなら受け入れられるが、自分の国を見下されたような発言には怒りを覚える。
これは……わざと怒らせようとしているのだろうか。





