15.うつろな目の兵士達
「そりゃ、五位までの入賞はできなかったけどさ。それでも、六位だぞ。オレの同期なんて、十位にも入らなかったんだからな」
ケイジェスが剣術大会で優勝したことは聞いたが、準優勝以降が誰かを聞いた記憶がなかった。
さすがに弟のことも聞いているはずだが、優勝の前ではかすんでしまい……と言うより、セスティアは恋人のこと以外は完全にスルーしていたらしい。
「あは……ごめん。次からちゃんと聞くね」
笑ってごまかしておく。
とにかく、避難所の守りも大切だが、セスティアの方が優先順位は上なので、剣の腕が立つ彼らが同行している、ということのようだ。
「それにしても、まさかあの頃のおてんばが、こうなるとはな」
ガルドバが笑いながら言い、ノウイッグも同じように笑いながら何度もうなずく。
「それは、あたしも同じ気持ちよ」
まさか、昔のいじめっ子に守られる日が来ようとは。人生、何があるかわからない。
彼らの剣術がそんなにすごかったかは記憶にないが、王宮に入る前後から努力してきた、ということなのだろう。ケイジェスもそうだったから。
何かにつけて、セスティアはケイジェスを思い出してしまう。だが、ちゃんと治療はされていたのだし、今はゆっくり休んでいるはずだ。
ケイジェス、必ず帰るからね。
しばらく走り続けた一行は、やがてオーウェルマとの国境近くまで来た。このまま行けば、陽が上って少しした頃に王宮近くまでたどり着けるはず。
「ねぇ。あたし、これからの細かい計画って全然知らないけど、どうするの? オーウェルマの王宮へ入るって言っても、明るくなったら簡単に入れないわよ」
先頭を走っているセスティアは、ユーバスに尋ねた。
こういうことは、やはり慣れている者が仕切るべきだろう。と言うより、セスティアは「オーウェルマへ行け」とは言われたが、国へ入ってからのことを何も聞いていないので、動き方がわからないのだ。
一人で行くことになっていれば、もう少し色々と聞いて考えただろうが、ユーバス達がいるならいっか、と任せるつもりで。
「セスティアの行きたいように行け」
ユーバスの答えは、簡単だった。
「そ、それだけぇ?」
予想もしなかった答えに、セスティアはあっけにとられる。
「それだけ。計画なんて最初からない」
つまりは、行き当たりばったり、ということか。
「そんなことでいいの?」
「魔物を相手に計画練ったって、そううまくはいかないだろ」
横から、ノウイッグが口をはさんだ。言われてセスティアも「なるほど」と納得した。
しかし、そんなことでザインカーデを封じられるのだろうか。と言うか、魔物相手だからこそ、色々考えておくべきではないのか。
王宮へ向かう。それはいいとして、王宮一つをとっても広い。そんな中へ押し掛けて行っても、オーウェルマの人間がセスティア達を止めるだろう。普通の状況であってもなくても、明らかに侵入者だ。
まして、彼らがザインカーデに操られていたりした場合、なおさら。困難は目に見えている。好きにしろ、と言われても、やりようがない。
人間のアスターク王にさえ、あたしの存在がわかってるんだもの、魔王のザインカーデなら、確実に来るって知ってるはずよね。あんな刺客を送ってくるくらいだもん。隠れても堂々と行っても、どうせどこかで邪魔が入るはず。
それなら……いいや。いっそ、正面から入ってやる。こそこそと隠れたりなんかしないで。
向こう見ずな性格だ、と思われているのだ。セスティアは考えることをやめ、とことんまっすぐ行くことにした。
オーウェルマの領地へ入り、そんなことを考えながら走っていた時、遠くの方で何か黒い物が見えた。人影のようなもの。
太陽は少しずつながら辺りを照らしていたが、それは太陽の光を背にしていたので、影でしかわからない。
それでも、セスティアはそれを見た途端、身体に緊張が走った。
頭の隅で「来た」と思う。見えなくても、それがザインカーデの手の者だと直感した。
「お出迎えよ」
影を見据えながら、セスティアは四人に言った。
向こうも、こちらへ進んで来ている。近付くにつれ、それが歩兵らしいとわかった。
同時にセスティアは「これは魔物ではなく、魔物に操られている人間だ」と敏感に感じ取っていた。
「殺さないで。彼らは人間よ。ザインカーデを消滅させれば、元に戻るわ」
「見たところ、相手をするのに困る人数でもなさそうだな」
ノウイッグが、剣の存在を確認しながらつぶやいた。セスティアは、本当に困ったりしませんように、とこっそり祈っておく。
セスティア達は馬を走らせ続け、ついに歩兵と向かい合う位置まで来た。
約二十人ほどの兵は、みんな銀色の鎧を着けていたが、昨日の魔物のように顔を隠してはいない。しかし、逆にセスティアは不気味に思った。
自分の方を見ている目が、異様なくらいにうつろなのだ。
どこにも焦点が合っていない。表情もない。完全に「意識を奪われている人間の姿」だ。
「そこをどきなさい。あたし達はキアノーチェスから来た。あなた方の国に現れた魔物……魔王を斬るために。ザインカーデを斬れば、あなた方も自由になれる」
一応、来た理由を告げてみた。
しかし、彼らの目は変わらない。セスティアも「話は通じないだろうな」とあまり期待はしていなかった。
声をかけたくらいで元に戻れば、苦労はしない。
兵達は無言で、剣の柄に手をかけた。ゆっくりと、鞘から抜き出す。
「世界は滅ぶ……」
声にも表情はない。恐らく、魔王がしゃべらせているのだ。
「させやしないわ」
セスティアは斬り掛かってきた兵の首を、剣の柄で打った。鞘から抜いたら、斬ってしまいそうだ。
訓練を受けていないセスティアに、みねうちなどという技術は存在しない。まして、セスティアの剣は諸刃だ。
それを心得ている仲間達は、さっとセスティアの周りを囲むようにして馬を進める。
兵達は合図もないまま、一気に押し寄せてきた。
☆☆☆
思っていたより簡単に兵達を倒し、セスティア達は再び王宮へと走っていた。
簡単とは言え、魔物に操られている兵士達は痛みを感じないらしく、手加減していては決着がなかなかつかない。
完全に失神させておかないと、倒してもすぐに起き上がってくるのだ。
それでも、セスティア達の動きを阻止しようとした兵士は、全て倒した。セスティア側は誰も剣を抜いていなかったので、打ち身のようなケガはあっても、彼らに切り傷のようなものはないはずだ。
「ノウイッグもガルドバも、なかなかやるのね。ディストも知らないうちに、しっかり腕を上げちゃって。さすが、上位入賞者ね」
「……覚えてなかったくせに」
弟のそんなつぶやきは、聞かなかったことにする。
「おれ達が来た理由が、これでわかっただろ。腕の立たない奴が来ても、足手まといになるだけだからな」
「ガルドバ、変わってないわね。自信たっぷりのところなんか」
「セスティアもな。この役に就くのも、わかる気がするぜ。誰であっても関係なく向かって来るお前の性格、知ってるだけに納得できる」
からかって言ったら、ちゃんとからかって返された。
「それにしても……今の兵は妙に弱すぎなかったか?」
経験の浅いディストが言う程だから、他の三人も同じだろう。
なかなか倒れてくれない、という点はともかく、技術的には下級と言える。
「きっと……魔王本体から離れると、力が弱くなるんじゃないかな。それとも、操る力をわざと加減してるのかもね。完全に操らなくても、こんなことがずっと起こっていれば、それなりに疲れちゃうし」
「だとすると、向かうに従って邪魔する奴らの力は強くなる訳か」
ノウイッグが眉を寄せる。
「そういうことね。ありがちな展開だわ」
しかし、予想に反して、その後ずっと邪魔は入らなかった。
街の中は、ほとんど人影がない。何かしらの異変に、街の人達も外へ出ようとしていないらしかった。
やがて陽は高く上り、障害となる新たな兵士は現れず、セスティア達は王宮へ着いてしまう。
こうもうまくいくと、かえって気持ちが悪かった。罠かも知れない。魔王が操れる人間があれだけの人数とは、絶対に考えられなかった。





