14.出発
さっきから自分で自分をなぐさめようとしても、どこかに無理があった。いや、それ以前になぐさめようともしていなかった。ずっと責めてばかりいた……ような気がする。
でも、これは自分だけの問題ではない。冷たく思われたとしても、他は無視してとにかく自分の役目を全うするしかない。そうすることで、他の人が救われる。
あたしは魔物が斬れる。でも、全てを救える超人じゃない。
そんなふうに考えることで、少し心が軽くなった気がした。
気にしない、というのではないが、自分が揺れている場合ではない。守りたければ、動くだけ。
セスティアは、やっと小さな笑みを浮かべた。
「ありがと。ちょっと楽になったかも……」
「もっとも、今のは王の受け売りだけど」
「え? ユーバスじゃなくて、王の言葉なの? さっき叱責されたのに」
セスティアは、少し意外な気持ちで聞き返す。
「王がセスティアを叱ったのは、セスティアが無茶な動きをした、と思われたからだ。でも、後で俺達の話も合わせて、このことは無駄ではなかった、とおっしゃってた。ディストのケガも偶然ではなく、自然がそうさせたんだ」
「あたしを目覚めさせるために、ディストにケガをさせたの?」
「こんなの、ケガのうちに入らねーよ。あの水は、さすがにこたえたけど」
ディストは、包帯を巻いた手をぶらぶらさせる。痛みを我慢してるようには見えない。
「他国では、もっと大勢がオレよりひどいケガをしたり、死んだりしてるんだ。なぜこんなことが起こったのか、わからないままに。王みたいに特殊な力を持った人間は、魔物が関係してるらしいって、うすうす気付いてるかも知れないけどな。でも確実に知っているのは、キアノーチェスでもほんの数人だ。敵となる魔物のことを知ってるのもな」
「セスティア」
ユーバスに呼ばれ、うつむき加減だったセスティアは顔を上げた。
「過ぎたことを悩んでいる暇はない。明日の朝、陽が上る前に俺達はここを発つからな。行き先は、オーウェルマの中心にある王宮だ」
「俺達って……まさか」
セスティアは、二人の顔を交互に見た。今の言い方は、完全に複数だ。
「そう、俺達。あと二人、来るからな」
「なっ……。危険ってわかってるんでしょ。無茶よ。行くのは、あたしだけでいい」
アスタークからオーウェルマへ行くように言われた時、てっきり自分一人だと思っていた。
普通の剣では、魔物を斬れない。それはケイジェスの時や、さっきのディスト達がキトラウザに苦戦していたことでもわかる。
でも、相手は人間を斬れるのだ。分が悪い。
「もちろん、俺達に魔物は斬れない。でも、セスティアが魔物を斬ろうとする時に、その魔物に操られた人間がセスティアの邪魔をしに来るかも知れないだろ。それを防ぐんだ」
「それは……そうしてもらえれば楽だろうけど、やっぱり危険すぎるわ。あたしは反対」
セスティアははっきり言ったが、二人は知らん顔。
「悪いな、姉貴。もう決まってるんだ。本当は、ケイジェスが行くはずだったんだけど、あんななっちまったし」
「ちょっと、決まってるってまさか……」
「王が決断されたこと。俺もさっき、命じられた。キト山に行ったことで魔物に関わったんだし、これ以上関わってもどうってことはないからな」
王が決めたのでは、いくらセスティアが反対したところで、くつがえるはずもない。
セスティアは一人の方が行動を起こしやすいと思っても、王は「セスティアには助けが必要だ」と見越しているのかも知れない。
いくら「魔物はセスティアにしか斬れない」とはいえ、それ以外についてはセスティアにはわからないのだ。
正直に言えば、オーウェルマの王宮へ迷わずに行けるかも心配だった。今までキアノーチェスから出たことがないのだから。
「これで、さらに気持ちが楽になっただろう。キアノーチェスやこの世界の運命が、セスティアの肩だけにかかってしまう訳じゃないんだから」
ユーバスやディストが笑うのを見て、セスティアも笑うしかなかった。
☆☆☆
次の日の朝。
暗いうちから、セスティアは起き出した。ずっと眠れなかったので「やっと起きる時間がきた」と思うと、ほっとしたくらいだ。
窓の外を見ても、まだ太陽はどこにも見えない。しかし、じきに東の空から、確実に太陽は上る。今日は晴れるはずだ。
動きやすい服を身に着け、剣を腰に差す。
こうしていると、剣士になった気分だ。現実は医者でもなく、農民とも言いがたい。家のことで動き回る、どこにでもいる田舎娘なのに。
魔物を退けたっていう先祖も、実は普段は普通の人だったのかな。男の人? あたしみたいな女の子? 魔王が現れた時って、どんな状況だったのかしら。
これまで全く知らなかった先祖に、セスティアは思いを馳せた。
こんな役目を背負うことになって、先祖も運命を呪ったりしたのだろうか。どうして自分がこんなことを、と。
それでも、子孫の自分達がこうして生きているのだから、その人は役目を果たしてくれたのだ。それなら、自分も大切な人を守るために動かなくては。
剣の柄を少し強く握り、その存在を確かめて、セスティアは部屋を出る。
薄暗い廊下を歩くとすぐに、ディストとユーバスの姿があった。短い挨拶をすると、三人は厩舎へ向かう。
厩舎に着くと、二つの人影が見えた。昨日聞いていた、残りの同行者だろう。
人影は、セスティア達が乗って行く馬を用意していた。昨日の魔物が乗っていた黒馬とは見事に対照的な、白い馬ばかりだ。
王宮で飼われているだけあって、体格も毛並みも素晴らしい。暗い中でも、光って見える。
「ノウイッグ、ガルドバ、用意はいいか?」
ユーバスが、人影に声をかけた。呼ばれた二人は、こちらを向いて黙ってうなずいた。
「え、ノウイッグとガルドバ?」
セスティアは今の今まで、一緒に行くのが誰なのかを聞いていなかった。ケイジェス達以外、兵士については知らないので、聞こうとも思わなかったのだ。
「そう、おれ達。久し振りだな、セスティア」
ガルドバが、セスティアの方を見てにっと笑う。
ノウイッグとガルドバは、セスティアの昔のケンカ相手だった。
二人は七つ上なのだが、セスティアは他の友達をからかおうとした彼らによく向かっていったのだ。勝つ時もあったが、負ける方だってもちろん多かった。
それでも、セスティアは彼ら二人を含む年上グループと取っ組み合いをしたものだった。
大きくなるにつれ、顔を合わすことも次第に少なくなり、最近彼らが王宮に勤めている、という話をちらっと聞いたくらいだ。
それが偶然にもこんな所で、こんな形で再会するとは思ってもみなかった。
「行くぞ」
思いがけない対面で少しほけっとなりかけていたセスティアは、ユーバスの声ではっとした。呆けている暇はないのだ。
気を取り直すと、ノウイッグが連れて来た馬に乗る。五人はオーウェルマに向けて、一気に馬を飛ばした。
まだ空は暗い。しかし、そろそろオーウェルマがある方角から、じきに太陽が上る時間だ。今日の自分達の行動次第では、太陽が上っても人間が照らされなくなる。
その責任重大さに、改めて緊張してきた。
「ねぇ、どうしてこのメンバーなの?」
「少数精鋭ってやつだ」
馬を走らせながらの質問に、ユーバスが答える。
王宮の兵士達は半分以上が避難所にいる、とディストが話していた。表向きは人々の誘導であったり、整理であったり。
だが、真相は魔王の手下が来た時の守りだ。
どこまで対抗できるかはともかく、少しでも国民を守るために控えている。
王宮に残った兵士もまた、魔物に備えていた。王宮を無人にしては魔物に占領されかねないし、王を守るためでもある。
「昨日も話したけど、俺達に魔物は斬れない。でも、操られた人間からセスティアを守ることはできる。こう見えても、王宮の剣術大会では、全員が上位入賞者なんだ」
「そうなの? ケイジェスはそうだって聞いてたけど。じゃあ、ディストも?」
「姉貴……弟のことだぞ。もう少し、興味を持ってくれよな」
セスティアが驚いてディストの方を見ると、弟は不満そうな顔をしていた。





