13.力の出る条件
王宮の一室が与えられ、今夜はここで過ごすことになった。
恐らく、貴人が王宮に泊まる時に使われる部屋だろう。アスタークと話していた部屋よりは小さいが、それでも一人で過ごすには広すぎる。
調度品は見るからに豪華だし、ベッドはふわふわだ。こんな所で横になったら、絶対に身体が沈む。
家具はもちろん、天井も壁も床も全てが美しく、セスティアにとっては縁遠いものばかり。
しかし、どれだけ部屋が豪華でも、セスティアの目には何も入って来なかった。自分には過ぎた部屋だ、と考える余裕もない。
セスティアは窓の近くでイスに座り込み、ずっと自己嫌悪におちいっていた。
ケイジェスを助けるために、自分が動いたことについては後悔していない。だが、その動き方が悪かったのは事実だ。
ディストとユーバスを危険にさらしたし、時間がかかってしまったために、こうしてオーウェルマへ行く予定が延びてしまった。
アスタークはセスティアを召した時点で、すぐにでもオーウェルマへ差し向けるつもりだっただろう。魔物の次の攻撃がいつ来るか、わからないから。
しかし、それもできなくなってしまった。
本当なら、悠長に夜をすごす訳にはいかないのだ。魔物は昼も夜も関係なく動くが、夜の方がずっと危険になる。
次はいつ、どこが襲われるか。アスタークにも、そこまでの詳細はわからない。キアノーチェスなのか、よその国なのか。
どこであれ、夜は人間にとって非常に不利な時間。だからこそ、昼間のうちにオーウェルマへ向かって、と考えていたのだ。
王から、早く戻るように、とは言われてた。だけど、あたしだって、必死だった。ケイジェスを助けたかった。それでも、あたしの行動は許されるものではないんだろうか。
じゃあ、どうすればよかったのよ。あんな状態のケイジェスを放っておくなんて、あたしにはできない。あのままだったら、間違いなくケイジェスは……。
でも、あたしのせいで、ディストはケガをしてしまった。ちゃんとキト山へ行くって言えばよかったの? そんな余裕はなかったし、事情を話せばきっと「そんな不確かな情報のために行くなんて」と止められてた。だから……でも……。
同じ言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
セスティアがそうやって自分で自分を追い詰めかけた時、ノックが聞こえた。セスティアが返事する前に、ディストとユーバスが入って来る。
「やーっぱり、その顔は思い詰めてるな、姉貴」
ディストが、部屋へ入って来るなり言った。
「王に呼ばれて、戻って来たところなんだ。で、王がセスティアの様子を見て来いって」
ユーバスが、セスティアの近くにあるイスに座る。
「王に呼ばれたって、どうして」
「さっきの件、改めて尋ねられた。その時のセスティアについて話したら、やはりセスティアが適任だ、と」
「だけどっ。あたしは魔物を消すように言われたのに、逆に二人を魔物の危険にさらしたのよ。適任なんかじゃない。自分勝手なだけ」
人を助けるために、より多くの人を犠牲にしては何も意味がない。
「姉貴らしくねーの。終わった話だろ、いつまでぐずぐず言ってんだよ」
テーブルにもたれかかるようにして立っていたディストが、肩をすくめる。
「けど」
「けど、じゃないっての。ああしなきゃ、ケイジェスは助からなかったんだし、俺達だって理由を知ったところで、飛び出した姉貴について行ってた。結局、たどる所は同じだぜ」
ディストはケガをして痛い目に遭ったはずなのに、平気な顔で言っている。
「死ぬかも知れない所よ。来るって言っても、追い返してるわ」
「それで、素直に帰ると思ってる? オレ達、これでも訓練している兵士なんだけど」
魔物を斬る、という行為はセスティアにしかできない。だが、それ以外では。
男女の筋力の差。兵士という職業。日々の厳しい訓練。
子どもの時とは違うのだ。余程うまく不意打ちでもしない限り、今のディストにセスティアが勝つことは難しい。
まして一般人女子の「帰れ」という言葉だけで、兵士をしている人間がどれだけ帰るだろう。実力行使、なんて通じるはずもなく。
「どこへ向かうにしろ、姉貴だけは絶対に無傷で済む、なんて保証があるのかよ」
「それは……」
ディストが傷付けられるまでは、かなり手こずっていた。劣勢、と言ってもいい。あのままだったら、セスティアの方がやられていた、ということも。
「起こったかも知れない可能性なんか、今話しても仕方がないだろ。結果論なんかやめようぜ。いいじゃないか、助かったんだから。ケイジェスもオレも」
「あんた……楽観的ね」
昔はこんな風じゃなかったような気がする。
「重要任務だって気負いすぎるなんて、姉貴らしくないぜ。かっちかちに固まって、いざ魔王って奴が現れた時に斬れるのかよ」
「かっちかちに……なってる?」
自分では気付かない。でも生活が今日一日で一挙に変わったのは事実だし、それにともなって自分の中の何かが変わっていても不思議ではない。
「なってるね、しっかり。いつもの姉貴なら、こんなことがあったって『なるようにしかならない』なんて言いながら済ませる。なぁ、ユーバス?」
セスティアからユーバスに、視線を移す。ユーバスは「その通り」とでも言うように、大きくうなずいた。
「それに、俺達が行ったのは正解だった。セスティアだけだと、やられていただろうからな」
「どういう意味よ、ユーバス」
自分でも「やられていたかも」とは思った。でも「お前は魔物を斬れる」と言われたのに、他人からそう言われるのは釈然としない。
「そのままさ。まだあの時の段階では、セスティア一人では無理だった」
「あたしだけでは無理って……」
「ディストが傷付けられてから、セスティアはあの魔物が斬れた。どうなった時に魔物が斬れるか、セスティアは自覚が出てきたんじゃないか? それがわかったのなら、俺達がついて行ったのは無駄じゃなかったんだ。だから、そんなに悩むことじゃない」
どうなれば、力が発揮できるのか。……確かに、わかってきたように思う。
だが、セスティアはそれについて、引っ掛かる部分があった。
「あたしが力を発揮できるのは、誰かが傷付いた時よ。ケイジェスの時も、ディストの時も……。誰かが犠牲にならないと、力が出ないってことじゃない」
まるで、人の血を見て興奮したから力が出ている、みたいに思えてしまう。
魔物が斬れる、人々を助けられる。そういう力を持つ者は、いつどういう時でもその力を発揮できるのではないのか。
少なくとも、自分にはそれがあてはまっていない。
「なぁ、セスティア。俺達がこれから相手にするのは、魔王だとか、その手下だろ。キト山のあいつは、ちょっと別口かもだけど。そんな奴らと戦って、全員が無傷でいる……なんて本気で思うか?」
「ユーバスやディストは、そのために日々訓練しているじゃない。ディストだって、そう言ったし」
「いや、ちょっと待てよ。俺達は魔物と戦うために鍛えているんじゃないぞ。あくまでも、国や民に危害を加えようとする人間相手だ」
戦が起きないに超したことはない。誰もがそう願っている。
しかし、どこの誰が戦を仕掛けてくるか、わからないのだ。
戦が起きなくても、災害は起こる。そういった危機から国を守れるように、兵士は日々努力しているのだ。
「悔しいが、剣の腕はディストや俺より、ケイジェスの方が上だ。でも、ああなった。魔物相手に全員が無傷なんて、無理な話なんだ。言ってみれば、俺達のふがいなさがセスティアの力が出るきっかけ、みたいなものかな」
「ふがいないなんて、そんな……」
「違うって思ってくれるのか? ってことは、魔物を相手にするのに、誰の何が悪いとかって話じゃないってことだろ。この状況で気にするなって言っても、無理な話だろうけどな。魔物を斬れるのはセスティアだけ、なんて重圧がかかってるんだから、余計なことはこれ以上考えなくていい。死ななきゃそれでいいから、周りの奴のことは気にせず、セスティアは魔王へ突っ込め」
ユーバスがそう言って、不敵な笑みを浮かべた。





