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魔を斬る娘  作者: 碧衣 奈美


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12/21

12.水と剣と

 遅れて入って来たディストとユーバスにも手伝ってもらうべく、セスティアは指示を出した。

「暴れるでしょうから、ユーバスは足を押さえて。ディストは右手ね」

 セスティアはそう言うと、ケイジェスの頬を軽く叩いた。

「ケイジェス、あたしがわかる? セスティアよ。今から治療するわ。かなり痛むから、覚悟しておいて。でも、必ず治るから」

 聞こえているかはわからないが、一応知らせる意味で言っておく。

「お、おい、セスティア。ケガ人相手に、そんなはっきりと……」

 セスティアがあまりにあからさまに言ってしまうので、シストの方が慌てた。

「隠したって、すぐわかるでしょ。痛いのは本人なんだから、知っておく権利があるわ。いきなりとんでもなく痛くなったら、びっくりするじゃない」

 びっくりする、くらいでは済まないだろう。それでも、心づもりができるかどうかで、痛みの感覚は変わるはず。

「ケイジェス、ちょっと手足は押さえるけど、我慢してね。なるべく長引かないようにするから」

 長引かないように。

 そうしたいのはもちろんだが、こればかりはセスティアがどうこうできる話ではない。せめて、痛みが少なくなればいいのだが。

「この剣で……効果が上がらないかしら」

「姉貴、ケガの治療に剣がどう役立つって言うんだよ」

 ふとつぶやいたセスティアに、ディストが首をかしげる。

「これは、魔を滅する剣でしょ。で、この水は魔を消す。この二つで、相乗効果が起きないかしら。そうなれば、早く魔を消せるんじゃないかなって」

「だからって、剣をどう使うつもりなんだ?」

 ユーバスも、不思議そうにセスティアを見ている。

 手術をするというのなら、メスが必要。同じ刃物でも、剣は大きすぎる。それに、今は手術ではなく、傷の治療だ。

「剣に水をかけて、その水が傷口にかかるようにするの。剣の力を得た水で、魔の毒が消える……かも知れないでしょ」

 相乗効果は望めなくても、少なくとも傷口に水がかかれば魔の毒は消せる。やってみる価値はありそうな気がした。

 セスティアは、鞘から剣を抜く。

「ケイジェス、やるからね」

 セスティアの声が聞こえたのか、苦しそうな息をしながら、ケイジェスが薄目を開けた。セスティアと目が合う。

「早いとこ……頼む」

 半分意識がないであろうケイジェスの口から、そんな言葉がもれた。

 話せると思っていなかったセスティアは、かすれていてもケイジェスの声が聞けて嬉しかった。

 ケイジェスは、あたしを信じてくれてるんだ。これから何が起こるかもわからないのに。それなら……あたしも信じられる。必ずケイジェスが助かるって。

「父さん、あたしが剣を持ってるから、刃に水をかけて」

 そう言うと、セスティアは水筒をシストに渡す。

「あ、ああ……」

 セスティアが構える剣に、事情を把握できないままにシストがゆっくりと水をかけた。

 剣の切っ先から、ケイジェスの傷にしずくが落ちてゆく。

☆☆☆

 ユーバスが水筒を持っていてくれたことに、セスティアは感謝した。

 セスティアの水筒だけでは、ケイジェスに入り込んだ魔の毒は完全に消せなかったのだ。

 結局、一本半の水を使った頃、ようやく傷口から泡が出なくなった。これで魔の毒が消えた、ということだろう。

 泡が消えた途端、ディストと同じようにケイジェスも気を失った。激痛がいきなりなくなるので、緊張していた分、一気に身体の力が抜けるためなのだろう。

 ただ、ディスト程には苦しまなかったように見えた。ケイジェスがものすごく痛みに強い、というのでなければ、剣の力がうまく働いてくれたのかも知れない。

 この剣が、魔の毒を魔物と同列に見て、斬ってくれた……。

 真相はわからないが、セスティアはそう思っておく。

 ケイジェスの意識はないが、息はしている。かすかに、胸が上下して。

 それを見て、張り詰めた糸が切れたように、セスティアも気を失いそうになったが、何とかもちこたえる。

 それでも、しばらくは気が抜けたように、シストが改めて治療するのをぼんやりと見ていた。

 傷をもう一度縫合し、しっかり休んで体力を取り戻せば元気になるはず。

 ケイジェスは助かった。

 まだはっきりした実感がわかないが、それでも「嬉しい」という気持ちがセスティアの心を満たしていく。

 ケイジェスの治療が終わるのを見届けた後、ディストがやっと口を開いた。

「姉貴……そろそろ王宮へ戻らないと」

 言われてセスティアは「ああ、そうだっけ」と、どこかまだぼんやりした頭で思った。

 もう少し、ここにいたい気もする。苦しんでいないケイジェスの寝顔を見ていたい。

 だが、そういう訳にはいかなかった。やるべきことがあるから。

「俺も一度、戻らないと。一緒に行こう」

 ユーバスが立ち上がる。ディストも立ち上がったが、セスティアはまだしばらく座ったままでいた。

 眠っているケイジェスの髪を、いとおしそうにかきあげる。

 少しずつ顔色がよくなってきている……ような気がした。いや、キト山へ行く前に比べれば、ずっといい。しばらくすれば、熱も下がってくるだろう。

「セスティア、ケイジェスはもう大丈夫だ。早く行きなさい」

「うん」

 シストに言われ、やっとセスティアは立ち上がった。

 その顔は、今までのように気が抜けたようなものではなく、強い意思が浮かんでいる。

「行って来るわ。二度とキアノーチェスに、魔物を立ち入らせたりしないから」

 外へ出る前、セスティアはシストに断言するように言うと、教会を後にした。

☆☆☆

「遅れた理由は?」

 セスティアが王宮へ戻って再び王に謁見した時、アスタークの最初の言葉がこれだった。

 怒りが混じっている様子でもなく、淡々とした口調だ。しかし、その方がかえって怖い時もある。

 セスティアはこれまでの経過を話し、申し開きをした。

 あのままケイジェスを放ってはおけなかった、ということを。キト山の魔物や、癒しの泉についても話した。

「遅れた理由はわかった。お前が人を助けるために走り、戦ったことは認めよう。だが、お前のその行動はほめられぬ」

 セスティアの話を聞き終えたアスタークは、きっぱり言った。

「その行動、とは?」

「お前が飛び出したことだ」

 セスティアは何がどうほめられないのか、よくわからなかった。

「お前の悪い部分が出てしまったな。訳も話さず、時間を惜しんで飛び出してしまった気持ちはわかる。だが、それを話さなかったばかりに、二人の人間を危険にさらしてしまった」

 あっ、とセスティアは小さな声を上げる。

 自分が一人で血相を変えて飛び出したばかりに、ユーバスとディストは心配して追って来てくれた。王宮へまた連れて行かなくてはならないのに、という理由もあっただろう。

 あの時は、追って来たんだ、くらいにしか思っていなかった。あるかどうかもわからない泉を、少しでも早く見付け出したい、と焦っていたから。

 しかし、行き先は危険な場所だ。そして、実際に危険な目に遭った。

 初めから話しておけば、二人を教会に残しておけたし、ディストにケガを負わせることもなかっただろう。

 アスタークは、その点を責めているのだ。セスティアの向こう見ずな性格がここで出てしまった、と。

「ディストは、ケガで済んで幸運だった。殺されでもしたら、今度は暴走しかねないだろう」

 アスタークの言葉は、セスティアの心に突き刺さった。

 言われる通り、ディストが殺されでもしていたら、パニックを起こしていたはず。そうなったら、もう周りのことなど本当に何も目に入らなくなるだろう。

 最悪、仲間を傷付けることだって、ないとは言えない。

 そうなっていたら……あたしも魔物と同じだ……。

 セスティアはそう考えると、ぞっとした。

 魔物を消すはずの人間が魔物のようになってしまうなんて、絶対に考えたくない。

 だが、その可能性はなかった、とは言えないのだ。

 セスティアは寒気がして、自分の肩をきつく抱いた。

「今日は、もう陽も暮れる。夜は魔物の力も強くなり、危険だ。オーウェルマへは明日の朝、発て」

「はい……」

 それ以上は何も言えず、セスティアはそのまま下がった。

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