12.水と剣と
遅れて入って来たディストとユーバスにも手伝ってもらうべく、セスティアは指示を出した。
「暴れるでしょうから、ユーバスは足を押さえて。ディストは右手ね」
セスティアはそう言うと、ケイジェスの頬を軽く叩いた。
「ケイジェス、あたしがわかる? セスティアよ。今から治療するわ。かなり痛むから、覚悟しておいて。でも、必ず治るから」
聞こえているかはわからないが、一応知らせる意味で言っておく。
「お、おい、セスティア。ケガ人相手に、そんなはっきりと……」
セスティアがあまりにあからさまに言ってしまうので、シストの方が慌てた。
「隠したって、すぐわかるでしょ。痛いのは本人なんだから、知っておく権利があるわ。いきなりとんでもなく痛くなったら、びっくりするじゃない」
びっくりする、くらいでは済まないだろう。それでも、心づもりができるかどうかで、痛みの感覚は変わるはず。
「ケイジェス、ちょっと手足は押さえるけど、我慢してね。なるべく長引かないようにするから」
長引かないように。
そうしたいのはもちろんだが、こればかりはセスティアがどうこうできる話ではない。せめて、痛みが少なくなればいいのだが。
「この剣で……効果が上がらないかしら」
「姉貴、ケガの治療に剣がどう役立つって言うんだよ」
ふとつぶやいたセスティアに、ディストが首をかしげる。
「これは、魔を滅する剣でしょ。で、この水は魔を消す。この二つで、相乗効果が起きないかしら。そうなれば、早く魔を消せるんじゃないかなって」
「だからって、剣をどう使うつもりなんだ?」
ユーバスも、不思議そうにセスティアを見ている。
手術をするというのなら、メスが必要。同じ刃物でも、剣は大きすぎる。それに、今は手術ではなく、傷の治療だ。
「剣に水をかけて、その水が傷口にかかるようにするの。剣の力を得た水で、魔の毒が消える……かも知れないでしょ」
相乗効果は望めなくても、少なくとも傷口に水がかかれば魔の毒は消せる。やってみる価値はありそうな気がした。
セスティアは、鞘から剣を抜く。
「ケイジェス、やるからね」
セスティアの声が聞こえたのか、苦しそうな息をしながら、ケイジェスが薄目を開けた。セスティアと目が合う。
「早いとこ……頼む」
半分意識がないであろうケイジェスの口から、そんな言葉がもれた。
話せると思っていなかったセスティアは、かすれていてもケイジェスの声が聞けて嬉しかった。
ケイジェスは、あたしを信じてくれてるんだ。これから何が起こるかもわからないのに。それなら……あたしも信じられる。必ずケイジェスが助かるって。
「父さん、あたしが剣を持ってるから、刃に水をかけて」
そう言うと、セスティアは水筒をシストに渡す。
「あ、ああ……」
セスティアが構える剣に、事情を把握できないままにシストがゆっくりと水をかけた。
剣の切っ先から、ケイジェスの傷にしずくが落ちてゆく。
☆☆☆
ユーバスが水筒を持っていてくれたことに、セスティアは感謝した。
セスティアの水筒だけでは、ケイジェスに入り込んだ魔の毒は完全に消せなかったのだ。
結局、一本半の水を使った頃、ようやく傷口から泡が出なくなった。これで魔の毒が消えた、ということだろう。
泡が消えた途端、ディストと同じようにケイジェスも気を失った。激痛がいきなりなくなるので、緊張していた分、一気に身体の力が抜けるためなのだろう。
ただ、ディスト程には苦しまなかったように見えた。ケイジェスがものすごく痛みに強い、というのでなければ、剣の力がうまく働いてくれたのかも知れない。
この剣が、魔の毒を魔物と同列に見て、斬ってくれた……。
真相はわからないが、セスティアはそう思っておく。
ケイジェスの意識はないが、息はしている。かすかに、胸が上下して。
それを見て、張り詰めた糸が切れたように、セスティアも気を失いそうになったが、何とかもちこたえる。
それでも、しばらくは気が抜けたように、シストが改めて治療するのをぼんやりと見ていた。
傷をもう一度縫合し、しっかり休んで体力を取り戻せば元気になるはず。
ケイジェスは助かった。
まだはっきりした実感がわかないが、それでも「嬉しい」という気持ちがセスティアの心を満たしていく。
ケイジェスの治療が終わるのを見届けた後、ディストがやっと口を開いた。
「姉貴……そろそろ王宮へ戻らないと」
言われてセスティアは「ああ、そうだっけ」と、どこかまだぼんやりした頭で思った。
もう少し、ここにいたい気もする。苦しんでいないケイジェスの寝顔を見ていたい。
だが、そういう訳にはいかなかった。やるべきことがあるから。
「俺も一度、戻らないと。一緒に行こう」
ユーバスが立ち上がる。ディストも立ち上がったが、セスティアはまだしばらく座ったままでいた。
眠っているケイジェスの髪を、いとおしそうにかきあげる。
少しずつ顔色がよくなってきている……ような気がした。いや、キト山へ行く前に比べれば、ずっといい。しばらくすれば、熱も下がってくるだろう。
「セスティア、ケイジェスはもう大丈夫だ。早く行きなさい」
「うん」
シストに言われ、やっとセスティアは立ち上がった。
その顔は、今までのように気が抜けたようなものではなく、強い意思が浮かんでいる。
「行って来るわ。二度とキアノーチェスに、魔物を立ち入らせたりしないから」
外へ出る前、セスティアはシストに断言するように言うと、教会を後にした。
☆☆☆
「遅れた理由は?」
セスティアが王宮へ戻って再び王に謁見した時、アスタークの最初の言葉がこれだった。
怒りが混じっている様子でもなく、淡々とした口調だ。しかし、その方がかえって怖い時もある。
セスティアはこれまでの経過を話し、申し開きをした。
あのままケイジェスを放ってはおけなかった、ということを。キト山の魔物や、癒しの泉についても話した。
「遅れた理由はわかった。お前が人を助けるために走り、戦ったことは認めよう。だが、お前のその行動はほめられぬ」
セスティアの話を聞き終えたアスタークは、きっぱり言った。
「その行動、とは?」
「お前が飛び出したことだ」
セスティアは何がどうほめられないのか、よくわからなかった。
「お前の悪い部分が出てしまったな。訳も話さず、時間を惜しんで飛び出してしまった気持ちはわかる。だが、それを話さなかったばかりに、二人の人間を危険にさらしてしまった」
あっ、とセスティアは小さな声を上げる。
自分が一人で血相を変えて飛び出したばかりに、ユーバスとディストは心配して追って来てくれた。王宮へまた連れて行かなくてはならないのに、という理由もあっただろう。
あの時は、追って来たんだ、くらいにしか思っていなかった。あるかどうかもわからない泉を、少しでも早く見付け出したい、と焦っていたから。
しかし、行き先は危険な場所だ。そして、実際に危険な目に遭った。
初めから話しておけば、二人を教会に残しておけたし、ディストにケガを負わせることもなかっただろう。
アスタークは、その点を責めているのだ。セスティアの向こう見ずな性格がここで出てしまった、と。
「ディストは、ケガで済んで幸運だった。殺されでもしたら、今度は暴走しかねないだろう」
アスタークの言葉は、セスティアの心に突き刺さった。
言われる通り、ディストが殺されでもしていたら、パニックを起こしていたはず。そうなったら、もう周りのことなど本当に何も目に入らなくなるだろう。
最悪、仲間を傷付けることだって、ないとは言えない。
そうなっていたら……あたしも魔物と同じだ……。
セスティアはそう考えると、ぞっとした。
魔物を消すはずの人間が魔物のようになってしまうなんて、絶対に考えたくない。
だが、その可能性はなかった、とは言えないのだ。
セスティアは寒気がして、自分の肩をきつく抱いた。
「今日は、もう陽も暮れる。夜は魔物の力も強くなり、危険だ。オーウェルマへは明日の朝、発て」
「はい……」
それ以上は何も言えず、セスティアはそのまま下がった。





