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第5話 物陰の観察者

 週明けの学園は、いつもとは違うざわめきに包まれていた。

 

 先日のマーガレット・バーンズ侯爵令嬢主催のお茶会で、ロザリアが政治の話題を見事に切り返し、反対派閥に属する令嬢たちを完全に沈黙させたという噂は、瞬く間に生徒たちの間に広まった。

 これまで彼女を『ただ殿下に溺愛されているだけの我が儘な令嬢』と侮っていた者たちは態度を改め、ロザリアの学園内での存在感はますます揺るぎないものとなっていた。

 

 そんな中、授業が終わり寮の自室に帰るため、私が一人で図書室の裏廊下を歩いていた時のことだった。

 

「……リリア様。少しよろしいかしら」

 

 ふと、行く手を遮るように声をかけられた。見慣れない令嬢が三人、こちらを値踏みするような目で見つめている。

 

「ごきげんよう。私に何かご用でしょうか?」

「ええ。少し気になっておりましたの。リリア様はいつもロザリア様と行動を共にされていますが……正直、ご無理をされているのではなくて?」

「無理、ですか?」

「あのように気が強くて隙のないお方と一緒にいては、息が詰まるでしょう。リリア様のような穏やかで可愛らしい方が、あの方の陰に隠れてしまうのは、見ていて忍びないですわ」

 

 心配するような口調を取り繕っているが、その瞳の奥にあるのは明らかな悪意だ。

 

 私は静かに息を吸い込み、真っ直ぐに彼女たちを見つめ返した。

 

「ご心配には及びませんわ」

「え……?」

「ロザリアは、あなたがたが思っているような冷たい人ではありません。誰よりも優しく、不器用なほど努力家で……私にとって、かけがえのない大切な親友です。それに、私が誰と親しくするかは、私自身が決めることですわ」

 

 一切の迷いなく言い切ると、令嬢たちは気圧されたように顔を見合わせ、「……そ、そうですか。失礼いたしましたわ」と逃げるように立ち去っていった。

 

「……はぁ。ちょっと、言い過ぎちゃったかしら」

 

 誰もいなくなった廊下で、ピンと張っていた肩の力を抜いて小さくため息をつく。

 すると、背後の柱の陰から、不意に楽しげな拍手の音が響いた。

 

「いや、素晴らしい演説だった。思わず聞き入ってしまったよ、リリア嬢」

 

「りゅ、リュシアン殿下!?」

 

 驚いて振り返ると、そこには壁に背を預け、優しげに目を細めている殿下の姿があった。いつもの明るいロザリア大好きオーラではなく、次期国王としての落ち着いた雰囲気を纏っている。

 

「いつもロザのことを、あのように庇ってくれているのかい?……彼女の親友が君で、本当に良かった」

「殿下……。私は、本当のことを言っているだけです。ロザリアはとても優しくて、努力家ですから」

「ああ、知っているよ」

 

 殿下は愛おしいものを思い浮かべるように、ふっと微笑んだ。

 

「王家と公爵家という、家同士が取り決めた婚約だった。最初は私も、彼女も、お互いに義務感しかなかったんだ。……でも、彼女は俺の隣に立つために、血の滲むような努力をしてくれている。その不器用で真っ直ぐな姿を見るうちに、私は心底、彼女を手放したくないと思うようになったんだよ」

「……殿下」

「だから、これからも彼女の良き理解者でいてやってほしい。俺からも頼むよ、リリア嬢」

 

 そう言って、殿下は私に向かって深く頭を下げた。

 

 未来の国王が、一介の伯爵令嬢に頭を下げるなどあり得ないことだ。それほどまでに彼がロザリアを深く愛していることが伝わり、私は胸が熱くなるのを感じながら「もちろんです」と深く頷いた。

 

 満足そうに微笑んで殿下が立ち去った後、私は温かい気持ちで自分の胸に手を当てた。

 思っていた学園生活とは少し違うけれど、大切な人たちと共に過ごす日々は、賑やかで温かいものになりそうだ。

 

 ――だが、私は気づいていなかった。

 

 この一連の光景を、さらに遠くの物陰から静かな瞳でじっと見つめられていたことに。

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