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第52話 いつかきっと

 私は学園の大温室で、土で汚れたエプロンを身につけて植物の手入れをしていた。

 建国記念祭に向けて、生徒会が街の業者に大量の花を発注している一方で、私たち委員は大温室を使って装飾に足りない分の花やクッキーに使うカモミールなどのハーブを育てている。グレイ先輩たちが飾り付けの設計や広場の設営準備に奔走する中、私はクッキー作りと並行して、この大温室の管理を任されていた。

 

「順調そうだね」

 

 ふいに後ろから声がして振り返ると、温室の入り口にルーカスが立っていた。

 

「ルーカス!うん、クッキーの試作も班の皆さんのおかげで上手くいっているし、お花も綺麗に咲きそうよ」

「それは良かった。……あ」

 

 温室の中を覗き込んだルーカスは、様々な花が育つプランターの一角を見て、目を丸くした。

 彼が見つめる先には、私がひときわ愛情を込めて手入れをしている『すずらん』が、可憐な白い花をたくさん咲かせている。

 冬休みに彼が似合うと選んでくれて、一緒に踊った修了パーティーでも身につけていた、私にとって特別に思い入れのある花。すずらんを見る度に、あの日、エスコートしてくれた彼の笑顔や手の温もりが蘇り、胸の奥が甘くきゅっと締め付けられる。

 花を見つめるルーカスの瞳が優しく和らいだのが分かって、自分の抱いている特別な感情を見透かされているようで、急に頬が熱くなってしまった。

 

「ね、ねえ。ルーカスは、記念祭当日はどう過ごすの?」

 

 誤魔化すように、私はずっと聞きたかったことを尋ねる。

 あわよくば、これまでの記念祭のように、今年もまた一緒に過ごせないだろうか。そんな淡い期待を込めて彼を見上げると、ルーカスは少しだけ困ったように眉を下げた。

 

「今年は、近衛騎士団と一緒に、一日中警備の手伝いがあるんだ」

「……そうなんだ」

 

 予想はしていたけれど、直接そう告げられると、ほんの少しだけ肩が落ちてしまう。

 本音をいうと、一緒に屋台を回ったり、催し物をみて笑い合ったりしたかった。けれど、彼は納涼の祭典で困っていた私を助けてくれたように、記念祭に訪れる人々が安心して楽しめるように警備をするのだから、私が悲しい顔をしてはいけない。

 

「今年は規模を拡大するから、たくさんの人で混み合いそうだものね。当日はお互いに頑張ろうね!」

 

 寂しさを隠して精一杯の笑顔を作ると、ルーカスは何かを言いたげに口を開きかけたが、すぐに優しく微笑んで頷いた。

 

「ありがとう。リリアも無理しすぎないようにね」

 

 足早に去っていく彼の背中を見送りながら、私は温室に残されたすずらんの白い花びらを指先でそっと撫でた。

 

(私は、私の役目をしっかり頑張ろう)

 

♢♢♢


 私は女子寮の自室で、ロザリアと一緒に温かい紅茶を飲んでいた。委員の仕事が忙しく、なかなかゆっくり話す時間が取れていなかったため、こうして一緒に紅茶を飲むのは久しぶりだった。

 

「いよいよ今週末は、建国記念祭ね」

 

 ベッドに腰掛け、香り高い紅茶のカップを置きながらロザリアが優雅に微笑む。

 

「リリアはクッキー作りのリーダーを任されているんでしょう?すごいわ。テオ様からも、あなたがとても頑張っていると伺ったわよ」

「ふふ、ありがとう。同じ班の皆さんがとても優しくて、すごく助けられているの」

 

 褒められて少し照れくさくなりながら答えると、ロザリアも嬉しそうに目を細めた。

 

「私もね、当日は殿下と一緒に見学へ行く予定なの。だから、リリアたちの活躍が見られるのを、とても楽しみにしているわ」

「まあ……!殿下と回られるのね。きっと素敵な一日になるわ」

 

 未来の王妃として殿下の隣を歩く親友の姿を想像し、私まで幸せな気持ちになった。

 すると、ロザリアは真剣な顔つきになり、少しだけ身を乗り出してきた。

 

「ねえ、リリア。建国記念祭の風習は、知っているわよね?」

「えっ……?ええ、もちろん。大切な人に花を贈るのでしょう?」

「ええ、そうよ。……ガランド様に、気持ちを伝えなくていいの?」

 

 真っ直ぐに核心を突かれ、心臓がドキッと大きく跳ねた。

 頭の中に、温室で愛情を込めて育てている、真っ白なすずらんの姿が浮かぶ。

 

「……実は、少しだけ考えていたのだけれど」

 

 私は膝の上で両手をきゅっと握りしめ、視線を落とした。

 

「でも、ルーカスは近衛騎士団の警備のお手伝いがあるから、当日は会えなさそうなの。だから……いつか、ちゃんと伝えられたらいいかなって」

 

 手伝いといえど重要な役目に就く彼が、どれほど忙しいかは容易に想像がつく。今回はきっぱりと諦めて、いつか別の機会に……と、自分を納得させていた。

 そんな私の心をあっさりと見透かしたように、ロザリアは小さく息を吐いた。

 

「そう……気持ちを伝えるのは、とても勇気がいることよね」

 

 ロザリアの優しい声音に、私はコクリと頷く。しかし次の瞬間、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

 

「でもね、リリア。いつかきっとを待っていたら……私たち、あっという間にお婆ちゃんになっちゃうわよ?」

「えっ……」

 

 予想外の言葉に目を丸くする私を見て、ロザリアは鈴を転がすように笑った。

 私も「それは嫌だなぁ」と笑い返したが、ロザリアの言葉は私の心の底にしっかりと響いていた。

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