第51話 初挑戦
放課後、特別棟にある大教室には、建国記念祭の特別委員に立候補した生徒たちが集まっていた。
前に立ち、全体を取り仕切っているのはテオ様だ。
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます。ご存知の通り、今年の建国記念祭は例年以上に規模を拡大し、国民と交流する催しを数多く計画しています」
テオ様のよく通る落ち着いた声に、生徒たちの顔が引き締まる。
「建国記念祭には古くから、『大切な人に花を贈る』という美しい風習がありますので、今年も王都中を色とりどりの花で飾り付ける予定です。準備は大変かもしれませんが、どうか皆さんの力を貸していただきたい。一緒に、素晴らしいお祭りにしましょう」
力強いテオ様の言葉に、大教室は温かい拍手に包まれた。
(五年に一度、街が花と笑顔で溢れる、とても美しいお祭り……。それに、この日に『大切な人と花を贈り合うと幸せになれる』という素敵なジンクスもあるのよね)
拍手をしながら、私は胸が高鳴るのを感じていた。
前回と前々回の建国記念祭の時、ルーカスと一緒にあの丘で遊んだ温かい記憶がふわりと蘇る。今年もまた彼と一緒に過ごせたらいいなと願いながら、自然と頬が緩んだ。
全体説明の後、生徒会があらかじめ決めていた班ごとに分かれての作業が始まった。
私の班は、責任感が強すぎて準備段階から目の下にクマを作り「僕たちなら絶対にやれるさ……っ!」と謎の気合を入れている上級生グレイ様、他クラスの元気なご令嬢ルフナ様、そして下級生のセイロン様という四人組になった。
「あのっ、シェイン様!」
顔合わせをしてすぐ、セイロン様が少し緊張した面持ちで話しかけてきた。
「修了パーティーの時は、友人を助けていただき本当にありがとうございました!おかげで彼女、無事にダンスも踊れて、とても喜んでいました」
「まあ、あの時の……!それは良かったわ。私も安心いたしました」
あの日、涙ぐんでいたご令嬢の姿を思い出し、私は心からの笑顔を返した。自分の行動が誰かの役に立ち、こうして温かい報告を聞けたことが何よりも嬉しかった。
特別委員の最初の作業は、他の班と合同で子供たちに配るお菓子の内容を決めることだった。
様々な意見が飛び交う中、私はそっと手を挙げた。
「あの……お菓子は、カモミールなどのハーブを入れたクッキーにするのはいかがでしょう?青リンゴのような甘い香りがして子供たちでも食べやすいですし、お祭りで食べ物をたくさん食べてもお腹を壊さないよう、胃腸を整えてくれる効果もあるんです」
私は言葉を区切り、少しだけ恥ずかしさを覚えながらも提案を続けた。
「それと、クッキーを包む袋に、小さな花を一輪添えてはいかがでしょうか?子供たちに渡す時、『あなたの大切な人にあげてね』とお伝えして……」
「それ、素晴らしいアイデアですね」
ちょうど見回りに来ていたテオ様が、顎に手をあてながら言う。
「ただお菓子を配るだけじゃなく、記念祭の風習を子供たちにも広められますね。……よし、クッキー作りのリーダーはリリア嬢にお願いします」
「シェイン様、すごいです……っ。僕たちも全力でサポートしますからね!」
テオ様の言葉に続き、グレイ様も感極まったように少し涙ぐみながら力強く頷いてくれた。
こうして、温かい班のメンバーたちと共に、私の委員としての役割が本格的にスタートしたのだった。
♢♢♢
数日後。学園の調理室には、バターの芳醇な匂いと、青リンゴに似たカモミールの爽やかな香りがふわりと漂っていた。
「シェイン様!生地が綺麗にまとまりましたわ。型はやっぱり、お花の形が可愛いですわよね?」
隣の調理台から、エプロン姿のルフナ様が弾むような声で提案してくれる。
「ええ、風習に合わせてお花の形にするの賛成です。ルフナ様、型抜きをお願いしてもよろしいですか?」
「お任せくださいませ!」
続けて、セイロン様も隣から声をかけてくる。
「あの、シェイン様!カモミールの粉末、ご指示いただいた通りに正確に計量いたしました!」
「ありがとうございます、セイロン様。とても助かります。子供たちが食べるものですから、ハーブの香りが強すぎないように微調整が必要なんです」
真面目なセイロン様のメモ帳を覗き込みながら、一緒にハーブの調合具合を確認する。
カモミールは細かくすりつぶして生地に練り込むことで、口当たりが良くなり、子供たちでも美味しく食べられるようになる。領地の畑で培ってきた知識が、こうして誰かの笑顔のために活かせるのが嬉しかった。
「ああっ……なんて優しい香りなんだ。僕たちの努力が、今まさに形になろうとしている……っ!」
オーブンの前では、焼き加減を見守っていたグレイ様が、なぜかハンカチで目頭を押さえながら感動に打ち震えていた。
「グレイ様、焦げないように温度管理のほう、よろしくお願いしますね」
「はいっ!この命に代えても、完璧に焼き上げてみせます!」
「ふふっ、大げさですわ」
やがて、焼き上がりの軽快な音と共に、こんがりと黄金色に焼き上がったクッキーがオーブンから取り出された。
少し冷ましてから、みんなで一口かじってみる。
サクッとした食感の後に、バターの甘みとカモミールのほのかな香りが口いっぱいに広がり、すっと心が落ち着くような優しい味がした。
「すっごく美味しいです!これなら子供たちも絶対に喜んでくれますわ!」
「はい!ハーブの主張が強すぎず、絶妙なバランスです。さすがシェイン様ですね!」
ルフナ様とセイロン様がパッと顔を輝かせ、グレイ様に至っては「美味すぎる……っ」と本当にぽろぽろと涙を流している。
三人の嬉しそうな顔を見て、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(私……今、ちゃんとリーダーができている)
少し前の私なら、目立つ役回りなんて絶対に引き受けなかった。誰かの後ろに隠れて、波風を立てないように息を潜めていたはずだ。
けれど今、私は自分の知識を活かし、仲間たちと笑い合いながら、一つのものを協力して作り上げている。
自らの意志で一歩を踏み出したこの学園生活は、思っていたよりもずっと鮮やかで、喜びに満ちていた。
「さあ、クッキーのレシピはこれで完成ですね。次は、当日袋に添えるための、お花の準備に取り掛かりましょう!」
「「「はいっ!」」」
私の声に、三人の元気な返事が調理室に響き渡る。
本番に向けて、私たちの準備はさらに熱気を帯びていくのだった。




