第47話 星屑のダンス(後編)
「ルーカス……っ」
驚いて目を丸くする私に歩み寄りながら、彼は小さく息を吐き出した。
「君は本当に、自分より他人のことばかり優先するんだから」
「え、どうして……」
「あのご令嬢が、わざわざ僕のところへ教えにきてくれたんだ。君に助けてもらったって」
(あの子、私のこと知っていたんだ……まあ、入場の時にあれだけ目立ってしまったものね)
自分を知られていたこととルーカスに伝えてくれたことに驚きつつ、私は彼から少し視線を逸らして恐る恐る尋ねた。
「……怒ってる?」
私の問いかけに、ルーカスはピタリと足を止めた。
そして、静かな声で答える。
「……怒ってる」
「……っ!」
その低いトーンの声に、一瞬で血の気が引いた。
当たり前だ。彼がせっかくエスコートしてくれたのに、私は身なりを崩したうえに、大事なファーストダンスをすっぽかしてしまったのだから。
「ご、ごめんなさい……っ」
申し訳ない気持ちが溢れ、慌てて頭を下げようとした時。
「……嘘だよ」
頭上から、クスッと小さく吹き出すような優しい声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこには怒った顔どころか、柔らかい微笑みを浮かべたルーカスの顔があった。
「からかってごめん。……ドレスも髪も崩してまであの子を助けるなんて……本当に、君らしいなって思ってる」
彼は少しだけ照れくさそうに手元に視線を落とすと、すぐに甘さを帯びた瞳で私を真っ直ぐに見つめた。
「君のそういう優しいところ、昔から……素敵だと思ってるよ」
「……っ」
真っ直ぐな言葉に、顔が一気に熱くなる。
胸の奥に、甘くて温かいものがじんわりと広がっていった。
ちょうどその時、会場から漏れ聞こえていたワルツの旋律が静かに終わりを迎え、拍手の後に二曲目のゆったりとした音楽が流れ始めた。
ルーカスはスッと片手を差し出し、月光の下でとびきり優雅に一礼してみせる。
「さあ、踊ろうか。僕たちのダンスを」
驚きに揺れていた瞳をそっと細め、私は溢れんばかりの愛おしさとともに、伸ばされた大きな手の上に自分の手を重ねた。
「……うん!」
微かに聞こえるワルツの調べに乗せて、二人きりの秘密のステップを踏み出す。
誰もいない、静まり返った夜のバルコニー。
彼のエスコートに合わせてくるりとターンをすると、解けてしまった私の髪が、夜風にふわりと揺れた。
引き寄せられた距離の中で、ルーカスが私の髪へと視線を落とした。
「その髪飾り」
「え?」
「……付けてくれたんだね」
彼の視線の先にあるのは、冬休みに彼が選んでくれた、すずらんの髪飾りだ。
崩れてしまった髪の中でも、銀細工のこの花だけは、私を彩るようにしっかりと留まっていた。
「……選んでもらったから。今日、絶対につけたいって思って」
照れ隠しに俯きがちに応えると、ステップに合わせて重なっていた彼の手が、ほんの少しだけ、きゅっと握り返された。
「……すごく、似合ってる」
耳元で囁かれた、照れたような、けれど真摯で甘い声に心臓が跳ねる。
ふと空を見上げれば、雲を割って現れた月光が、私たちを包み込むように優しく照らしていた。眼下に広がる庭園の灯りが、まるで星屑のようにきらきらと輝いている。
幻想的な光に包まれたバルコニーで、私たちはただお互いの温もりを感じながら、いつまでも二人きりの特別なダンスを踊り続けた。




