第46話 星屑のダンス(中編)
「どうかされましたか?」
そっと声をかけると、そのご令嬢は肩を跳ねさせ、涙で濡れた顔をこちらへ向けた。
「あ、あの……ドレスの裾を踏んで、転んでしまって……」
彼女の視線の先を見ると、繊細なシルクの裾が大きく破けてしまっていた。靴で引っかけてしまったのだろう。
「せっかく勇気を出して、ずっとお慕いしていた方を誘えたのに……こんな姿じゃ、一緒に踊れません……っ」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼす彼女の姿に、胸がぎゅっと締め付けられる。
好きな人と踊りたい。その切実な思いがどれほどのものか、私には痛いほど分かった。
私自身はその言葉を飲み込んでしまったけれど、彼から誘ってもらえた時の、あの胸が跳ねるような喜びは今でも鮮明に覚えている。
だからこそ、目の前の彼女を放っておくことなんてできなかった。
「……少しだけ、こちらへ来ていただけますか」
私は彼女の冷えた手を引き、人目のつかない控室の陰へと移動した。
躊躇っている時間はない。私は自分のドレスの裾に手をかけ、幾重にも重なっているレースの、なるべく目立たない部分を掴み、思い切って引き裂いた。衣服が裂ける鋭い音が静かな空間に響く。
「えっ……!何を……!」
「目立たない場所ですから、大丈夫ですよ」
目を丸くする彼女に優しく微笑みかけながら、破り取ったレースをくるくると器用に丸め、花の形に見えるように整えていく。足りない分は追加でレースを破り、大小いくつかの花を作った。
さらに、自分の髪を留めていたピンを数本引き抜き、破けた生地の境目を隠すように、そのレースの花を散らしながら留めていった。
そこに咲いた可憐な装飾は、まるで最初からデザインされていたかのような出来栄えだった。
「まあ……!」
「これで完璧ね!さあ涙を拭いて、早くお戻りになって!今ならまだ曲の始まりに間に合いますわ」
「でも、これでは貴方様が……」
「気にしないでください。私のパートナーはとても優しい方なので、きっと笑って許してくださいますから」
ハンカチで彼女の目元を優しく拭ってあげると、曇っていた顔にぱっと明るい笑顔が戻った。
「ありがとうございます……!本当に、本当にありがとうございます!」
何度も深く頭を下げ、会場へと走っていく彼女の背中を見送り、私は安堵の息を吐き出した。
(ルーカスならきっと、事情を話せば分かってくれるよね……)
私も会場へ戻ろうと一歩踏み出した時、壁にかけられた鏡に映る自分の姿が目に入り、足が止まった。
「……あ」
髪を留めていたピンを外したせいで、ニーナが時間をかけて美しく結い上げてくれたハーフアップは崩れ、柔らかな髪がはらはらと肩へ落ちていた。
慌てて手櫛で整えようとするものの、一度崩れた複雑な髪型は私には元通りにできない。
(こんな姿でもルーカスは怒ったりしないはず……でも)
彼に少しでも綺麗だと思ってもらいたくて、時間をかけて準備した姿では、もうなくなってしまった。
落胆に目を伏せた時、会場からはファーストダンスの始まりを告げる優雅なワルツの旋律が流れてきた。重厚な弦楽器の音色が、静かな廊下まで届いてくる。
(あの子、無事に間に合ったみたいね……)
胸を撫で下ろす一方で、鏡に映る自分を見つめて眉を下げる。
今から会場に戻っても、ダンスはすでに始まっている。
ただでさえ入場時に注目の的となっていた私が、曲の途中に、しかも髪を乱した状態で現れれば、好奇の視線を浴びてしまうのは目に見えている。
完璧な装いで待ってくれている彼を、巻き込みたくなかった。
私は会場への扉を背にして、人気のないバルコニーへと足を向けた。
扉を開けると、ひんやりとした夜風が火照った頬を撫でる。見下ろす庭園は美しくライトアップされており、どこか幻想的な景色が広がっていた。
(結局、ルーカスと一緒に踊れなかったな……でも、あの子が笑顔になってよかった)
手すりに寄りかかり、遠くから漏れ聞こえる音楽に耳を傾ける。
自分の選択に後悔はない。それなのに、あんなに楽しみにしていた彼とのダンスを失ってしまった事実に、胸の奥がチクチクと痛み、どうしても落ち込んでしまう。
「――こんなところにいたのか」
背後から響いたのは、少しだけ荒い息遣いを混じえた、聞き覚えのある静かな声だった。




